ウルキオラさんがTS転生していく話   作:鉄パイプ

7 / 17

…久々にハーメルンを開いてみたら、感想で
『待ってます』
だって、だって、言ってもらって…


四ヶ月ぶりの投稿、これ以上下がるような腕もありません故に。

お話は中学2年の夏へ。



ウルキオラさん、恋愛相談。

季節が夏になった。

気温は30℃を越え、太陽の照り付けが「刺さる」と表現してもよい程に強い。

只今の日にちは8月7日。世間は夏休みと呼ばれる期間に入っている。

何匹もの雄蝉が鳴き喚き、耳障りな音を絶やすことなく、アビールを続けている。

今、リビングで俺はボンヤリとその蝉の鳴き声とテレビから流れる昼の情報番組の軽快なトークを聞いている。

テレビの中で半袖のポロシャツのリポーターと何処かの商店街の甚平姿の爺が下らないやり取りをしているが、正直聞くのも飽き飽きしていた。

机の上のテレビのリモコンを手に取り、4、6、8、10と適当に変えていくが別段気を引く番組がある訳でも無い。

ブツン、とテレビの電源を切ると、チャンネルを座っているソファーの端に放り投げた。

何となく片手で首元をなぞると少し湿った汗の感覚を覚える。

「暑い……」

 

「あら、美咲。私よりも涼しげな格好をしてるのに……」

後ろからTシャツに薄手のスカートという出で立ちの母がクスクスと笑いながらそんな声をかけてくるが、反応せずにソファーに転がった。

この地味な暑さというのは人間になってから何度も体験しているのだが、前世での「あつさ」と言えばこの体温的な「暑」よりも火炎的な「熱」だったのだからこれまた慣れない。

自分は現在、ノースリーブのシャツにローライズの短パンという暑さ対策万全の格好である。

言い換えれば外に出る気の全く無い格好だった。

別にこの格好で外に出ても一応問題は無いだろうが、誰がこのような痴女同然の姿で長時間、公然に出たがるというのか。

「何か、やることは無いのか」

 

「うーん、真紀ちゃんと遊んでくるというのは?」

 

「外に出るのはご免だと言っている」

何故あの愚弟はこのような暑さの中で出掛けていったのか分かりかねる。

そういえば何やら真剣な表情で決心をして出ていったようだが、まあ自分にはどうせ関係が無いのでほうっておこう。

アイツがそのような表情でいる時は八割がロクでもない事を考えている時だ。

溜め息を吐いて、やることを探そうと身体を起こした時、丁度卓上の俺の携帯電話が微かな振動音を伝えながら、バイブレータで震えた。

どうやら電話のようで表示には『井上真紀』とあった。

「真紀ちゃんから?ほら、外で遊ぼうっていうお誘いかもよ」

無視して通話ボタンを叩く。

「……もしもし」

 

『あ、美咲ちゃん?その、よかったら今会えない…?』

本当に誘いだった。

『…重要、というか相談があるんだけど…もしかして弟君家に帰ってる?』

……何だ?このよそよそしい態度は。

「いや、愚弟なら出掛けている」

 

『……そっか、じゃあ今から美咲ちゃんの家に行ってもいい?』

振り返り、母を見ると片手で小さな丸を作っていた。

「ああ、来てもいいぞ。何時頃来る?」

 

『ありがとう!実はさっきから美咲ちゃん家に向かってたから美咲ちゃんに断られたりしたら…』

 

「……断っていたらどうするつもりだったんだ?」

 

『……えー、その、どうしてたんだろ…?』

彼女が電話の向こうで苦笑いしているのが分かった。

「まあいい、家を出ているならすぐに着くだろう。その程度の時間なら直接出迎えてやる」

 

『分かった、多分5分もかからないから』

そう言ったのを最後に電話を切った。それから携帯を置くと玄関へ向かう。

ドアを開けると軽い熱風に出迎えられた。顔にかかる日光を手で遮って表札の前まで出てくる。

「あ、美咲お姉さん……って、どぅわッ!?」

自宅前の道路に彼女の姿は無かったが、代わりに他の見知った顔があった。

「…兵藤か、騒がしいぞ」

 

「あ、ああ!今日は暑いですもんねッ!!」

兵藤一誠、弟の友人でありオレの同級生でもある男がいた。

 

 

ファーストコンタクトはいつ頃の事だろうか。

細やかな事は全く覚えてはいないが、自分が「兵藤一誠」という男を見て、酷く変わった反応をした事だけは覚えている。

彼が愚弟と同じようなだらしない一面を持った少年、それだけであるならばよかった。

兵藤の保持していた内包する力は確実に自分が今まで会った人間の中では最も高いものであったし、外面の一般人の空気と掛け合わせればただ少しの才能を持った、ただの人間という立場に固定してあっただろう。

気紛れで兵藤一誠という人間単体に集中して探査回路(ペスキス)を使わなければ。

 

 

「兵藤、弟に何か用事か?」

 

「あ、えー……」

こちらから目を逸らして頬を掻く兵藤。視線が空と地面とオレの胸を右往左往している。

何となく着替えなかった事を後悔しながらも、言葉に詰まったのを切っ掛けに、いつものように(・・・・・・・)探査回路(ペスキス)を兵藤の体内に集中させた。

 

人の魂の海に潜ってゆくような感覚。兵藤という人間を形作る小さな器をすり抜け、奥深くへ、深くへ、更に奥深くへ。

瞬き一回にも達しない時間だが、魂の奥底へと潜り込むには充分だ。

そして、見つける。

 

兵藤の、奥の、奥で、静かに眠り、微かに渦巻く赤い力を。

 

本来の兵藤の持つ霊力とは明らかに本質が異なっているその赤い力。

それは時に唸り、時に巻き上がり、時に膨れ上がる。まるで何かに呼び掛けるように。

落ち着いて再び渦巻き始めるが、何処と無く爬虫類を連想させるうねり方には少し不安を覚える。

そしていつものように率直に思った。

(―――何というものを抱えているんだ、コイツは)

初めての遭遇以来、会う度に探査回路(ペスキス)を使っているが、この紅い力は間違いなく大きくなっている。まあ、それでも魂の奥の奥でひっそりと潜んでいるレベルだが。

ただし、それだとしてもただの人間が受け止めるには明らかにキャパシティが足りない筈である。

この人間が元人外という変わり者の自分の近くに生まれてきたのはただの偶然なのか、疑いたくなる。 普通の人間として別世界に生まれついたならば、それはそれで受け入れるが、自分の周囲に厄介事が存在しているのはどういう事なのか。好奇心からか、気になって会う度に毎回探査回路(ペスキス)を使っているが、正直関わり過ぎると自分が処理しきれないような面倒事が出てきそうで困る。

 

やはり、この男は―――

 

 

「美咲お姉さん?えーと、アイツ家にいますか?」

 

「……ん、アイツは今出ているな。何か用件があるのか」

ふっ、と意識を引き戻し、応答する。

深く考えすぎて、ぎこちなく接するというのも疲れるだろう。普通に過ごせばいい、普通に。

「いない、ですか」

 

「ああ、今朝出たっきりだ。昼飯時にも帰ってきていない」

額に手を当てて、少し考えたかと思うと、彼は小さく息を吐いた。

「分かりました、ありがとうございます」

 

「伝えたい事があるなら帰ってきたら伝えてやるが?」

 

「あー、大丈夫です」

それじゃ、と軽く会釈しながら兵藤は去っていった。「メールよこしたクセに」だの「済ませたのかよ」だのと、愚痴をこぼしながら走っていく後ろ姿に軽く手を振った。

その場に自分以外に誰もいなくなると、途端に暑さを感じて、日陰を求めて玄関まで後退する。

さて、あの電話からそろそろ5分経つわけだが。

太陽を視界に入れないように、青空だけを見て待っていると、足音を聞いた。

転びそうな不安を誘うその足音の主が家の玄関の前にたどり着いた。

「ごめーん美咲ちゃん、待った?」

 

「待った。とにかく入れ」

 

井上に向けて手招きしながら、冷気を求めて玄関のドアを開け放った。

 

 

「…………何?」

 

「うん、あのー、だから、ね?」

二階の部屋に上がって、井上が発した第一声は小さくて聞き取りにくかった。聞き取り難かっただけだが。

「……告白?」

 

「うん、告白されたの。ついさっき」

とりあえず勉強机の椅子にどっかり座り、井上の方向に向き直る。井上はベッドの足下にちょこんと座った。

「……何となく察してはいるが、誰にだ?」

 

「うん、多分お察しの通り。…弟君にね」

 

「その事について、相談と」

話を聞けば、今朝に愚弟に呼び出され、しばらく適当に歩き、昼飯を奢られた後に、告白されたという。ちなみに返答は保留と伝えたら、顔を真っ赤にして走り去ったのだそうだ。何をやっているんだ、アイツは。

「…話は分かったがオレはその話のどこに口出しをすればいい?」

 

「告白の返事……どうしよっかって…」

 

「告白してきた男の姉に告白の返答を委ねるのは人間としてどうなんだ」

実際にする輩は他にもいるのかもしれないが、そもそも自分に恋愛事を振られても困る。

「いや、だって美咲ちゃんはたまに告白されてるし」

 

「…お前は俺がどう対処するか、見たことが無いのか?」

中学に入ってから数回、急に何処かに呼び出されたかと思えば意味深な言葉をぶつけられ、時に手を握られながら懸命にアピールをされた。その時は、それが人間の男が女にする交尾アピールのようなものだと知っていたのでそのとおり『興味が無い』と言って切り捨てた。

 

「というか!!逆に何で美咲ちゃんはそういう事に興味無いのさ!!」

 

「興味無いからだ」

 

「答えになってないよ…。その、ほら、男の子の姿とか動作を見てドキッとする事とかあるでしょ?」

 

「無い」

 

「枯れてるッ!?」

ダメージを受けたように、床へゆっくりと芝居っぽく倒れ込む。小刻みに震え始めるが、すぐに顔を勢いよく上げる。

「ま、負けない…っ!!み、美咲ちゃんにも乙女力が残っている筈っ!!……そうだ、ほら、誰か男の人を1人思い浮かべてみて!!」

そう言われて真っ先に浮かんだのは、前世で自身を討ち倒した橙色の髪の死神。虚には人間のように明確な雌雄の区別が無かった事を咄嗟に考慮に入れたので、一番最初に出たのはその人物であった。

「はいっ、浮かんだね?浮かんだな、よし!!じゃあ、その人とキスしている光景を思い浮かべてみて!!」

黒崎一護、キス、と思い浮かべて出てきた光景は、奴が胸に手のひら大の大きさの穴を開けて、血を流しながら倒れ伏すシーン。

確かに『地面と』キスをしている。

「はいっ、浮かんだね?これで終わり!!さぁ、ドキッとしたでしょ!?」

 

「全く」

 

「何でェ!?」

男がスプラッターに地面に倒れ伏している光景に浪漫のようなものを感じる輩はどれほど邪悪な心を持った変態だというのか。

「おい、井上。話が脱線しているぞ」

 

「ぐぬぬ、美咲ちゃんの乙女力を取り戻すのは先送りか…。あと名字じゃなくて名前で呼んでね」

そこまで話し切ると、井上は諦めたように溜め息を吐き、肩を落とした。

「その……実際、美咲ちゃんは私と弟君が付き合う事についてはどう思うの…?」

 

「…別にどうも思わん。普通に接する」

 

「うん、ある意味予想通りなんだけどね…」

私にとっては初告白だし、と体育座りで手を組み、俯く井上。頬が微かに赤らんでいるよう見えた。

 

「…井上」

 

「……何?…あと名前…」

 

「俺の意見は変わらん。どうにも思わない」

 

「………」

 

「……だが、まあ、強いて言えるならアイツの望ましい結果になればそれは万々歳だ」

数百年ぶりに家族と認識できた存在、それが愚弟と義母。父は気付いたら家族、という感覚だったので具体的に家族が出来たのだと感じられたのはその二人が家にやって来た時だ。

 

「しかし、もっと言えばだ、井上。お前にとって望ましい結果になれば尚更良いとオレは思っている」

 

「…それは、くっついてくれたら嬉しいってこと?」

 

「そう取ってもいいし、別の意味に取ってもらってもいい。お前が愚弟と男女関係になろうがなるまいが、どちらにせよアイツにとって良い経験にはなる」

体育座りをしながら困ったように首を傾げる井上。顔には、ドユコト?とでかでかと書いてあるように見える。

「お前が幸せになれそうだと思う選択肢を選べばいい。お前らが仲良く二人でやっていくのも、これまで通り普通の仲でやっていくのも、兵藤や松田の奴らは受け入れる筈だ」

 

「……」

 

「言えることは以上だ」

 

 

それから十分間。部屋では呼吸音とクーラーが稼働する音だけが聞こえた。そして井上が、やっぱり分かんないや、と呟いて立ち上がる。

「……うん、ありがと。とりあえず返事は家に帰ってから考え直してみる」

 

「…ああ、それもいいだろう」

それからは告白の話が出ることは無く、ただ部屋の内装、乙女力という謎エネルギー、ぬいぐるみの置く位置など、いつものように雑談をし合った。

 

 

「美咲?ケータイ鳴ってたわよ」

 

「…投げてくれ」

井上が帰って、一時間半後。

風呂から上がり、洗面所にてバスタオルで身体の水分を拭っていた時、そんな声をかけられた。

軽く全身を素早く拭き上げ、スポーツブラを身に着けると、リビング寄りの廊下より飛来する携帯を半身乗り出してキャッチする。

表示を見ると『井上真紀』とある。告白についてだろうか。

スポーツブラと同配色のショーツを履くと、バスタオルで水分の残った頭を拭きながらリビングに入った。

台所に立つ母からドライヤーを使いなさい、と軽い野次が飛ぶがスルーして夕食の並ぶ机に座った。何故か横の愚弟の席が空いている。

「まだ帰ってないのか?」

 

「そうなんだよ、さっきメール送ったけど返信もないし…美咲からも送ってやってよ。『帰ってこないとオシオキ』だって」

父がビールの空缶を回して弄びながら言う。そして、先ほどの井上からのメールを確認する。

 

『To:美咲ちゃん

Sub:告白

結局告白は断りました。これが美咲ちゃんにとって嬉しい結果かは分からないけれど、少なくとも私はこうしたいなって思いました。先ほど弟君に返事をした時にもいいましたが、美咲ちゃんからもヨロシク伝えておいて欲しいです。

P.S.

その、凹んでたら慰めてあげてください』

 

断った、か。今、愚弟がいないのは十中八九それが原因なのだろう。

「美咲、ケータイは食後にしておきなさい。あとあなたはビールそれで終わりですからね」

母が湯気の立つ鯖の味噌煮を運びながら注意する。

そして、家族を1人欠いたまま夕食が始まった。

置かれた裏返しの茶碗から妙な寂寥感が漂う中、ひたすら魚をつつく。

「……んー、所で…何で愚息は帰ってこないの?兵藤さんとこか松田さんとこにでも泊まりに行ってるの?」

母が少し不安そうに問い掛けてきたので、本日あった出来事を纏めて要約して丸ごと話す。

あとで愚弟が帰ってきて文句を言おうが関係ない。

「ほぉほぉ……あの甲斐性無しのエロガッパが…ねぇ」

 

「いやぁ、そんな歳になったんだなぁ」

両親は共に満面の暖かい笑みを浮かべ、赤べこのようにかくかくと首を振り続けた。

「しかし…フラれただけでそんなに凹むなんて、軟弱者になっちゃったんだなぁ」

 

「まあでも、それなら家に帰ってこないのも納得かな」

二人は依然としてニコニコと微笑み、気付けば、高校の時は…、等と二人きりで思い出に浸り始めた。

それから自分が黙々と食べ続け、更にいつもなら夕食も終わる時刻になろう頃、家の玄関の扉が勢いよく開かれる音が聞こえた。そして廊下を駆ける音、階段を昇る音と続き、最後にドアが荒っぽく閉められる音。

茶の間の空気も思わず停止する。

「……帰ってきたわね」

 

「……うん、帰ってきたね」

 

「……慰めに行く?」

 

「……そこは母さんが行った方がいいんじゃ…」

互いに耳を寄せてどうするか小声で相談し合う両親。この人達は折角話したのに何をやっているのか。

その時、ちょうど夕飯を完食したのでガタリと立ち上がる。そのままケータイを片手にリビングを出て、階段を駆け上がった。

「――――?――!?――――……?」

愚弟の部屋から何やら声が洩れている。部屋のドアを見ると、強く閉めすぎたせいか少し隙間が開いていた。

少し聞き耳を立てると、話し相手は兵藤のようでそれらしい声も微かだが確かに聞こえる。だが、戸に耳を寄せた時に聞こえた音はそれだけでは無い。愚弟の涙声も、耳に入った。

(泣く……泣くほどに悲しかったのか)

全く理解できない。何故泣けるのか。

この件は井上が求愛を断って終わり、それだけだと思ったから両親にもすぐに話したというのに。

俺は人間に生まれてこのかた、一度も泣いたことはない。というか寧ろ一度くらい泣いてみたい。

泣くという行為が悲しみや嘆きといった『心』の動きの結果で起こるものなら、それをした自分は今、人間であると再認識することもできる筈だから。

…愚弟のように失恋でも経験すればいいのだろうか。

「……誰だよ?」

ふと扉の向こうからこちらに向けて、腹の底から絞り出すような声が飛んできた。

どうやら俺の気配に気付いたらしい。

「俺だ」

 

「……姉ちゃんか、とりあえず何か用?」

 

「………」

何も話す事を考えていなかったが、気遣いを見せておくくらいの事はしておいた方が良いだろうか。

「……コンビニに行くが欲しい物はあるか」

 

「……無い」

頭の中で、小さく『気遣い』と書かれた紙が真っ二つに破られるイメージが見えた。

内心は少し苛ついたが抑えて、わかった、と小さく呟いて自室へと戻っていく。

ベッドに座って耳をすますと、また耳に入る愚弟とその友人の惨めな慰め合い。

(……鬱陶しい、殴れば大人しくなったりしないだろうか)

立ち上がってハンガーラックから3代目の白ジャージを乱暴に引っ付かみ、下着の上に素早く着る。

隣でめそめそと弱音を聞かされ続けるより、ランニングがてら本当にコンビニに行って気分を晴らした方がいいだろう。

小銭入れを握り、部屋を出る。

リビングの前を通る際にコンビニに行く旨を伝えると父と母からそれぞれ、早く帰るようにという注意とバニラアイスーと注文をされた。

軽く手を振って、玄関から夜の空の下に躍り出と、夏の夜特有の生温い風に身体を煽られて汗が滲み出た。

 

自宅から目的地のコンビニエンスストアまで走った中で最短時間は9分半。

携帯の待受に設定されたアナログ時計のアプリケーションで走り出すタイミングを計る。

なんだか最近、走るのが一種の趣味になっているような気がする。まあ、興味が持てるものが増えていい事だとは思うのだが。

長針が12を差した瞬間、手を振る動作と同時に携帯をポケットに入れ、鋭角的なフォームで風を切って走り出した。

目指すは9分切り。

 

 

 

「――何が、目指すは9分切り、だ」

 

手に持ったビニール袋が車が横切って起きた風でパサパサとなびく。

小さな歩幅でゆっくり歩いて、二酸化炭素の多い都会の空気を身体中に受ける。

全力で走ったことが原因でかいた汗は既に引いたが、ジャージの生地が素肌に張り付いて感覚が非常に不愉快だ。

何故自分は風呂に入った事を考慮に入れずにランニングをしようなどと思ってしまったのか。

食後のランニングは相当胃に来るものがあった。

それに、意気込んで走り始めたというのに、コンビニへの道中に通る3つの信号機全てに引っ掛かってしまった。

 

「空回りばかりしている気がする…いや、気のせいか?」

 

 

何気無しに買った物の確認をしていたら、新公園の横を通っている事に気が付いた。

歩けば20分かかる道程、どうやら随分長い間意識せずに歩いていたらしい。

一般家庭は家族で団欒しながら、テレビを見ている時刻。今は風が吹いていないので聞こえるのは、そのテレビらしき音と空で何かがパタパタと羽ばたく音。横目で空を見上げると蝙蝠が数匹飛んでいる。月は出ていない、暗雲が空を覆っている。

 

「…雨でも降りそうな予感が―――」

 

と、そこで何故か視界が少し黒くなった。

何かが暗雲の隙間から漏れる月光を遮ったのだと思い、また歩きながら空を見上げる。

 

その瞬間、顔面に衝撃が走った。

 

「がッ―――!?」

 

顔に当たった衝撃は俺の身体を空中へと持ち上げた。

思わずビニール袋を取り落とし、中身のアイスや缶コーヒーが道路に散らばるが、その光景もあっという間に手の届く範囲を離れていく。

顔を、掴まれている、何かに。

 

「誰、だッ…!?」

 

俺の顔を目元から頭部まで掴んでいるその何かを空いた両手で掴み返すと、線の細い女性の腕だった。

顔を、と目を稼働範囲限界まで動かすも、目に入ったのは、黒い翼。

見えないと分かり手を引き剥がしにかかるが、その瞬間、女に掴まれた俺の身体が新公園の茂った木に突っ込んだ。

ガサガサと喧しい音と共にジャージのあちこちが木枝で傷付いていく。

 

(コイツ、俺をコケにしているのか…!?)

 

掴み返した手を放して顔を守るが、育ち盛りの夏の樹木は小枝を大量に伸ばしており、通るだけで身体のあちこちに引っ掻き傷ができた。木の中を抜け、公園の中に入った頃にはあちこちでジャージが裂け、木の葉が引っ付いた状態だった。

そして、俺の顔を掴みながら飛行する本人は、まるで俺だけを木にぶつけるようにギリギリ当たらない高さにいた。

 

「放せ…!!」

 

再び手首を掴み、それを軸に下半身を持ち上げ、顔のある筈の場所に体内の霊力を込めた蹴りを叩き込もうとする。

 

「暴れるんじゃない!!」

 

黒い翼の女は叱咤しながら手で蹴りを受け止める。かなり力を入れた筈だが、空中でしかも無理な体勢では大して威力は出ないようだった。

 

(どうする――足と顔は掴まれたまま、両手が使えるから抜け出そうと思えば出来ないこともない。だが、気になる――)

 

その声が、その翼が、その霊力が。自分の頭の記憶の奥底を掘り起こしていく。

何かを、思い出そうとしている。

 

「何だこいつ、急に大人しくなって…まぁ叫ばないだけ好都合だが…!!」

 

女は新公園の中央の広場に辿り着くと、地面に舞い降りて、改めて俺の身体を掴みなおした。

そしてどこからともなく出現させた杭のような光の塊を首に突き付ける。

傍目に見れば、これは人質を取っているように見えるだろう。

 

「ファビオは……いた!!」

 

黒い翼の女は周りの空に何かを探したかと思うと、すぐある一方に探す何かを見付けたらしい。

その方向からはその、何か黒い物体が高速で飛行してきた。

近付くそれもまた、翼を生やした人間だった。

 

(人間?……違う、霊力の質が根本から違っている)

 

飛翔するその人物は途中で後ろから近付く脅威に気付き、咄嗟に振り返って手に持った槍で弾き返す。

そして、追撃が来ないと確認すると、先程のように高速で此方に羽ばたき、そのまま新公園の中央の広場に同じく勢いよく着地した。

 

「…ッ…!!アビゲイル…その女の子は…」

 

「手段を選んでる暇は無いわ。あいつが来たら帰るよう説得するから、後ろから殺っちゃって」

 

飛んできた男は、金の装飾が散りばめられた槍を持っていたが、それより目についたのは彼の翼。

羽先から3分の2程が黒に染まっていた。根元の近くは白の羽根なので、その中途半端さは余計に目を引いた。

そして今この瞬間。この夜という時間帯、新公園という場所にてこの二人の人外を見たことで、記憶のごく一部にかかっていた霧が晴れた。

 

(………そうだ、思い出した。コイツらは、確か三、四年前の…?)

 

特に痛みを伴うワケでもなく、きわめて簡単に、唐突に思い出す。

そして、不自然な記憶の途切れ方から忘れていた、というよりは忘れさせられた事も何となく察する。

 

「…来たか!!下がれッ!!」

 

考え事をしている間でも事態は進行する。

 

男が飛んできた方向より、また光の塊が飛来する。その数、三本。視認は簡単に出来る速度だ。

翼の男、ファビオは3メートル弱の槍をかなり手が余るように持ったかと思うと、勢いよく薙いだ。

そして、轟音。槍が飛来物を三本纏めて弾いた鋭い音と、薙いだ衝撃で巻き起こる暴風の重苦しい音。

背後で翼の女、アビゲイルが小さく悲鳴をあげる。

思わず自分も目を覆いたくなる風だが、その中でまた一つ、遥か遠くの空中より飛んでくる白い影を見つける。

 

「…ッ!!」

 

息を呑んだファビオが槍を近接戦の長さに持ち換え、吹き荒れる風の中で飛来する白い影を待つ。そして更に影は加速した。

 

風が吹き止む、その直後。

影は両手から光を出現させ、豪速のままファビオに襲い掛かった。

 

「ぐぅッ…!!」

 

「よく逃げますよねェ…お二方?」

 

槍と対になった光の剣がかち合う。

力が拮抗し、固まった二人。

 

白い影、白のロングコートに身を包み、長い金髪に眼鏡といった風貌の男。

その男の背中にもまた、存在感を放つ白い翼があった。

 

 





書きます、エタったりなんかしません。
…ただ投稿のスパンが長すぎるんですがね。



【今回の要約】
皆思春期だもん、そりゃ恋愛くらいするさ。
弟は井上に撃沈したけどその内元気になるさ。
しかし、天使と堕天使とその中間の方が一人ずつ来て、勝手に戦り始めて巻き込まれた。



▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。