ウルキオラさんがTS転生していく話   作:鉄パイプ

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大魔法峠見ながら書いてたら気付いたら書きあがってた。
すげぇ!!執筆速度上がるならこれから小説書くときはアニメ見ようかな!!
多少は内容に影響出るだろうけど、まあいいや。
さて、次は屍鬼とぼくらの、どっち見ながらやろうかな。

大魔法峠オススメ、特に3話オススメ


ちなみにタイトルに深い意味は無いです。


(追加)編集入れました、詳しくは後書きに。


ウルキオラさん、人間喪失

 

 

 

夜の闇に火花が散る。

 

鈍い音と鋭い音がほぼ隙間なく響き渡る。

ファビオ、と呼ばれた男の持つ槍が振るわれる度に青白い稲妻を放つ。

しかし飛び込んできた白い服の男は余裕綽々と言った表情でなんなく避けている。

 

光る剣と白い槍の軌跡が宙に残像を残していく。

その速度は二人の腕がブレるほどであったが残像の中に見える二人は傷一つ付かない。

すべていなし続けていた。

 

突如、残像が消えて大きな衝撃音が響いた。

 

 

ぎりぎり、ぎりぎり。

 

 

聞こえるその音はどちらかの歯軋りの音か、それとも擦れ合う二つの得物の音か。

黒に染まりかけた白い翼の男越しに見えるその男は、愉悦か恍惚か、もしくはそれに準ずる何かを含んだ笑みを浮かべている。

 

 

 

「ねェ、何度も聞いているでしょう。何故其処の愛に焦がれて溺れて堕落したどうしようも無い糞を庇うんですか?」

 

 

 

聞いたファビオが、鍔競りの均衡を崩して彼の男を払い除ける。

振るわれる大きな凶器をものともせず、気軽に距離をとる姿にはまだまだ余裕が感じられた。

 

 

 

「……」

 

「黙り、は酷いですよォ……私はね、これ以上堕天する仲間を見たくないだけなのに」

 

 

 

相手を苛立たせる事を意識しているのか、素の口調なのか。白い男は、自らが劇場に立っているかのように、ファビオとアビゲイルを煽り立てている。

 

短時間で分かった。

この男は腹の裏側が真っ黒だと。

 

 

 

「ネ?今ならまだ間に合いますよ。その後ろの糞にその槍をブチ込んで殺っちゃってください――」

 

「――口が過ぎるぞ、マルコフ」

 

 

 

怒りを燃やしながら、しかし口調は冷静に、ファビオは遮る。そして槍を構え直す。

 

 

 

「何度もお前に『決着を付ける』などと言ってきた」

 

「…えェ、貴方が出ていく度に私は喜び、貴方が帰ってくる度に私は落胆していましたね」

 

「ああ、横で一喜一憂するお前の事なんて気にしなかった。だから、今あえて言う」

 

 

 

彼の目には確かに固い覚悟があるように見えた。

 

 

 

「私は、アビゲイルに会いたかった。その為に度々出掛けていた。貴様への説明はそれで充分だ」

 

 

 

ファビオの背中の羽根が、また黒に染まった。白い部分は根元のみになる。

 

それを確認した『マルコフ』というらしい男は肺の中の息を全てを絞り出すような溜め息を吐き始めた。

目線はあらぬ方向を向いている。

あああ、と喉の奥から自然と声が出る程に長く、深く。

 

 

 

「……ねェーファビオさーん、後ろの糞の腕の中見えないんですかァー貴方の大、嫌いな『人質』じゃないんですか、その娘ォー」

 

 

 

…人質、俺の事か。

 

コイツら三人は知り合いのようで、どうやら自分はその内輪揉めに巻き込まれたらしい。

このまま時が過ぎれば解放してもらえないかとノーアクション、ノーリアクション、ノーコメントを貫いていたが、正直この険悪な会話からして戦闘は避けられないだろう。

先程、後ろのアビゲイルとかいう人外女に捕まえられた時は、久々に殺意が沸いた。ほんの少しだが。

しかしそれは、目の前で起こった大きな実力の衝突で消え去った。

 

今、俺の頭の中にあるのはどちらに敵対し、どちらに味方するかという事。

 

全員を敵に回す事は出来ないことはないが、パワーもスピードも戦闘経験もあるファビオとマルコフの両方と敵対するのは得策と言えない。

 

ちなみにその点で考えると背後の女は落第だ。

空中で蹴りを止められたとはいえ、あのマルコフと対面している時に少し恐怖で震えていたのだ。

少なくとも面と向かい合っての戦闘なら十中八九は勝てるだろう。

 

そうして、考えを纏めていく最中にコイツらの存在に検討がついた。

「堕落」「堕天」という単語や三人の『翼』という身体的特徴、つまり―――

 

 

 

「――天使」

 

 

 

ボソリと呟くと目元まで落胆が浮かんでいたマルコフが、顔を輝かせた。

 

 

 

「そうですよー天使さんですよー」

 

 

 

満面の笑みと共にこちらに両手を振ってきた。

神話上のみに存在する筈の架空の者達。

文字通り「天の使い」という宗教観からも一般人からも良いイメージを抱かれるべき存在。

 

だが、差別を含んだ罵倒を吐き散らかす20代後半の容姿をした男。

その人物がそんな表情でそんなファンシーな存在を名乗ると何故か非常に目を背けたくなる。

 

 

 

「ッ!!舐めているのか…!!」

 

 

 

そして、当然ながら飛ぶ怒声。

 

天使を名乗る男は此方に両手を振ったのだ。

戦闘で気を張り詰めている最中とは思えない隙だらけの態度に、彼は怒りを隠せない。

 

流石にその隙を狙うような真似はしないのか、ファビオは警告を飛ばす。

それを聞いた本人はつまらなさそうに、また光の剣を構える。

 

 

 

「……まったく、堕ちる気ならそれはそれでさっさと堕ち切ってくださいよ…折角隙を作ってあげたのに、ねェ!!」

 

 

 

光剣を一本を投擲し、駆け出して斬りかかる。翼を黒に染めた男は槍の先と後部でそれを交互にいなしていく。

斬りかかる天使は剣の間合いまで近付こうとするが、それより大きな槍の間合いが許そうとしない。

七合、八合と危なげの無い斬り合いが槍先と剣先で結ばれる。

 

 

 

「マルコフ、本気を出せッ!!」

 

 

 

緊張感の無い立ち会いに焦れたファビオが攻めに出る。

槍の間合いを詰める。

 

 

 

「いや、だから…うわォ!?」

 

 

 

槍の能力らしい突風が槍に纏われ、マルコフの首筋を掠める。

上等な生地で仕立てられたオーダーのコートが少し裂ける。

慌てている様子で、しかし動きは機敏に彼は距離を取った。

 

 

 

「……何ですかァ、私が何故貴方と本気で戦わないか分かってないんですか?」

 

「……」

 

 

 

仕方ないな、といった風に肩を竦めるマルコフ。空いていた手に再び光剣を発現させる。

その目には呆れが浮かんでいる。

 

 

--―短い時間だが、恐らく分かった。

 

表情をコロコロと変える男。

このマルコフという天使、心の底から天使が好きであり、心の底から堕天使が嫌いらしい。

その為に堕ちきっていない友人の天使には敵対するか否か決めかねている、といった所だろうか。

 

その時、俺の背後の女が小さく息を吸い込むのが聞こえる。交渉を始めるつもりであろうか。

 

 

 

「………マルコフ」

 

「何ですか糞」

 

 

 

瞬時に表情が冷え込んだ。

 

俺の首を掴む腕に冷や汗が一筋、伝う。

口調からすると女も堕落する前は知り合いだったのかもしれないが、対する男はその関係を「糞」の一言で切り捨てた。

 

 

 

「帰りなさい」

 

「ヤです、死んでください」

 

 

 

平行線。

アビゲイルは逃げたい。

マルコフは殺したい。

 

この二人は妥協線がどうしても交わらない地点にある。

互いがあわよくば殺してしまおう、必ず殺したいと思っている時点で交渉などはありえない。

そこでアビゲイルにはとって活きてくる札が二枚ある。

そこにいる95%堕天使と、腕の中にいる『か弱い一般の人間の女の子』という二枚のカードが。

 

 

 

「……マルコフ、この人間が見えない?」

 

「見えてますよ、ええ。ホンッッッット、ロクでもない女ですよねェー、ファビオ?」

 

 

 

首がチクリと痛む。光の杭の先が喉元に触れたらしい。

同時に苛立ちが増えるのを感じる。

胡散臭い奴に同情されるのは嫌だが、勝手に内輪揉めの場に盾のカードとして連れてこられるのは更に嫌だ。

 

 

 

「……いや、これは仕方のない…ああ、その筈だ」

 

「……はぁ、全く」

 

 

 

天使の男の殺気が薄まるのを感じる。

 

何となく戦闘としての場は一時的に保留され、話し合いの場が出来上がりつつある。

だが正直に言うと、立場と関係が大体把握出来たので、そろそろ大人しく堕天使の女のカードになる必要も無くなってきた。

 

あとは、何らかの行動してこの場を逃れればいいのだが―――。

 

 

 

「……」

 

 

 

ふと、マルコフと目が合った。

彼は眼鏡のレンズ越しにウィンクを一度、此方に飛ばしてきた。

 

何か1アクションをして、両方の注意を逸らす役割を期待しているらしい。

先程の胡散臭い笑みである程度信頼は得られたとでも思っているのか。

 

だがよく考えると、俺を捕まえた背後の堕天使は確実に死に絶え、槍持ちのほぼ堕天使の男も死ぬか瀕死にはされるだろう。

 

メリットは、ある。デメリットは、少ない。

考え直せば、この男に加勢するのも悪くは無いと思えた。

 

(…いいだろう、渡りに船だ。乗ってやる)

 

場を治める可能性はこの男の方が持っている。

俺が女、奴が男を鎮圧すればそれで終わり。

仕事はそれだけ。

 

それに、たとえ人外でも人の形をして心を持っていれば、殺す気にはなれない。

だからといって他人に始末させると詭弁になるが、今の俺にはそれでいい。

 

この人間の身体で、心を持っている筈のこの身体で、積極的に人殺しなどしたくは無いのだから。

 

信じて、賛同しよう。

俺は無表情のまま、ウィンクを返した。

 

 

 

「……フフッ」

 

 

 

猫目の怪しい笑みをこちらに投げたかと思うと、彼はファビオに向き直した。

動く合図を出すタイミングを計り始めたのだろうか。

 

 

 

「さて、あなたも大体堕ちちゃいましたし……九割八分くらいかな?」

 

「…マルコフ、私からも言おう。帰ってくれ」

 

「私今、孤立させられてぼっちアウェー状態じゃないですかァー堕天使なんて糞を処理したいだけなのに」

 

「今ならお前を見逃す、だから…」

 

「その場合は貴方達が逃げちゃうじゃないですかァー」

 

 

 

向き合い、武器を構えあっての会話に対し、アビゲイルは黙りこくる。

何か喋ってもますます時間を喰い、立場が不利になると理解してるらしい。

 

だがしかし、人質の一般人が無反応無表情でこの場を観察する事が出来るのに違和感を感じない時点で論外だが。

 

現在、首を拘束するは左腕、杭を持って突きつけるは右腕。

何か1つのアクション、それは別に小さなものだろうが大きなものだろうが構わない、だろう筈だ。

 

 

 

「――だから私の事はもう構わないんだ、放っておいてくれても」

 

「ファビオさァーん…堕天使は皆屑ですよ?貴方の思っている以上に非情な事をしているんです。貴方だってその非道な事をやらされてしまうかもしれません。人喰い。狂人(キチガイ)のお付き。それに、当然あなたの嫌いな――」

 

 

 

スッ、とマルコフは目の前の人物に向けて手を差し出す。

親指と中指を合わせた、その手を。

 

 

 

「――人質も」

 

 

 

そのまま、指をパチリと鳴らした。

 

動く合図。

 

瞬時に首を抑える腕の、肘と手首を掴む。

 

そして躊躇せず、女の左腕を横に(・・)180度回転させた。

骨が豪快にヘシ折れる音が耳元で響く。

拘束が緩んだのを確認すると、しゃがみ込んで突き付けられたままの光の杭から身を逃す。

更に女が杭で反撃してこないよう、バックステップで素早く距離を取る。

 

 

 

「――ぇ?」

 

「――なぁッ!?」

 

「――ほぅ」

 

 

 

見慣れない方向にだらりと折れ曲がった腕を見て呆けた声を出すアビゲイル。

大人しかった一般人の女の子が彼女腕を折ったことに気を取られるファビオ。

その隙にファビオに斬りかかりながら、こちらを横目で見て関心した声を上げるマルコフ。

 

場は動いた。

留まる暇はない。

 

背後からは斬撃音と地面に何かが落ちる金属音、そして男の呻き声が聞こえる。

あちらも仕掛けたのだろう。

胡散臭い天使が何を考えているかは分からないが、此方は此方で久々の戦闘にしっかり勘を取り戻して対応しなければならない。

 

腕を折った女のみに神経を集中させる。

 

 

 

「う…腕、腕がッ折れて…!!」

 

 

 

等の本人は途切れることも無い痛みに夢中で、あまり此方を気にする余裕もなさそうな様子である。

どうやら実戦経験というものもほとんど無さそうだ。

 

数年前の勇ましく戦っていた姿は一体なんだったのか。

痛みは無いと知っていたから再現無く戦えたというのか、それともあの頃は本当に強かったのか。

 

 

どちらにせよ、此方がやる事は1つ。

 

女が光の杭を振っても避けられるように取った距離。

 

面倒を引き寄せる原因となりそうな響転は使わない。全脚力を以て駆ける。

殺す気は無い、鎮圧すれば終わりだ。

狙うは悶える女の柔らかそうな鳩尾の肉。

医学上は胃や十二指腸のある場所だが、そこに指を突き刺せば腹筋が使えず、戦闘経験の少ない者なら鎮められる筈だ。

 

蹴り出した勢いのまま、霊力強化の爪先を突き出す。

痛みは酷いものだろうが、これで大人しくなる筈――

 

 

 

「させるかァァァァォォオオオオッ!!」

 

 

 

突如、前の女だけを見詰めていた目が割り込んでくる影を捉えた。

 

突き出した手は中途半端には戻せない。

女を刺す為のその指は、割り込んだ影の左胸の堅い肉に第二関節まで呑み込まれた。 内臓にまで達した指が目の前の人物の血潮の流れを感じる。

 

 

 

「ファビオ―――貴様、何をしているッ……!?」

 

 

 

後ろから驚愕する声が聞こえる。

影の背後で守られた女が絶句して固まっていた。

 

 

 

「……ご、ぼっ…!!」

 

 

 

影、ファビオが血を吐き出す。

髭を生やした口と、在るべき物が無い右肩から。

彼の足下に早くも血溜りが出来ていく。出血多量、医者が見ればそう言って首を横に振る量が、主に右肩から流れ落ちていく。

おそらく、右肩はマルコフによるもの。

 

 

 

「…貴、様…!!」

 

 

 

男の左腕が俺の首を掴もうとゆっくり伸びてくる。殺す、つもりで。

伸びてきた腕を空いた手で掴み抑える。

 

 

 

「ア、ビゲイル…を、殺そうと…!!」

 

 

 

ギリギリと音を経てて、それでも強引に掴もうと手を伸ばしてくる。

必死の形相で、渾身の力を込めて伸ばしてくる。

力を入れれば、当然だが右肩からまた血が噴き出す。

 

それでも、必死に、必死に。

 

 

その女を庇う姿は何故か一瞬、いつかの滅却師と重なった。

 

 

 

 

 

「わざわざ、庇う為だけに、腕と武器を捨てた---?」

 

マルコフは只今さっき知人がした行動に驚愕を示していた。

 

気を取られた相手の腕から槍を叩き落として離れた場所に蹴り跳ばし、剣先を突き付ける。

そこまですれば、少なくとも彼の友人は隙を見計らって槍をもう一度手にするか、徒手空拳で立ち向かうだろうと思っていた。

 

だが甘かった。

彼は『糞』の元へ向かおうとした。

戦っている最中だというのにこちらに背を向けて、言葉も槍も、そして右腕までもかなぐり捨てて。

 

 

 

「貴方は天使でしょう…私と同じ種族なのでしょう…何故、何故…!?」

 

 

 

視界の先には、『糞』の元へ向かおうとするのを無理矢理引き留めようとした時に肩口からバッサリと切り取ったファビオの腕がある。

 

勝手に堕ち、勝手に後悔する元知人の『糞』にそんな、腕一本の価値があるというのか。

彼にはとても理解できない。

 

 

 

かつて、彼にとって『堕天使』とはその姿を見てしまっただけで、見た目玉を千切り捨てたくなる、それほどに憎い存在だった。

かつて、というように今は、気難しいが良い友人のファビオと駄々をコネやすい娘のような存在だったアビゲイル、その二人のお陰で『堕天使』嫌いはかなり治まっていた。

 

だがその矢先のアビゲイルの堕天。

原因は堕天使に惚れた彼女が自ら望んだ事。

 

当然、マルコフの『堕天使』嫌いは戻ってきた。

彼自身はそもそもそれなりに力を持っていたので、鬼気迫る勢いで堕天使を狩り始めた。

 

その姿たるや、「何故マルコフはまだ翼が真っ白いままなのか」と言わせしめる程で、一部ではどうすれば彼が堕ちるのか、などと軽く議論された事がある。

 

 

彼は、堕天使を憎んで憎んで憎んで憎んで憎んで憎んで憎んで憎んで憎んで、それでもまだ憎み切って。

 

気付けば、娘のように思っていた彼女までも憎んだ。

気付けば、堕天使になったならば知人であっても憎んでいた。

 

 

 

 

「……あぁ、なんだ」

 

 

 

そして、マルコフは思い出して気付いた。

少し前、細かく言えばファビオが『糞』を庇う直前。

視界に入った些細で小さく大きな変化、嗚呼決して見間違いではない。

気付いたそれは、確かに重要、そしてもう既に重要な事では無くなった。

 

彼の顔から表情を抜き取るのには十分。

 

 

 

「もう、いいか」

 

 

 

両手に持っていた光の剣を片方消滅させ、もう一本を力無く握り締める。

 

 

目標は、前方の『糞』二匹(・・)

 

 

 

 

 

 

「……!?」

 

 

 

今、人生において最大の殺気と悪寒を感じた。

手は目の前の男に突き立ったまま。

その男は荒い息のままうわ言を話す。

最初あった気迫は今は微塵も無く、これほどの殺気と悪寒を発する事は出来ないだろう。

 

 

この男からでは無い、ならば。

 

 

振り向いて確認しようとしたが、未だに伸ばされる男の震えた指のせいで振り向けない。

そして、声が聞こえた。

 

 

 

 

「がっかりですよ」

 

 

 

 

突如。

 

風切り音。

 

鋭い。

 

後ろから。

 

当たる。

 

避けろ。

 

死ぬ。

 

 

 

――避けた。

 

 

 

「ッ!?」

 

「……がぁ…」

 

 

 

気付けば先程俺が立っていた場所を光が突き抜けていた。

そして、その光は死に体のファビオの胸に容赦無く刺さり、その命の灯火を消し飛ばす。

 

ドサリ、と彼の身体が膝を着いた。

右腕を無くし、胸に4つの小さな穴開け、光の剣を生やし、それらの場所から血を垂れ流すその抜け殻は、暖かさを失っていった。

 

 

 

「いっぴーき、と」

 

 

 

俺の背後で、そんな楽しそうな声が聞こえた。

振り返ると先程のウィンクの時と同じような笑みを浮かべたマルコフがもう一本、大きな光の剣を発現させている所だった。

 

自分の胸の中で何かが湧き上がる。

 

 

 

「あ、人間さん、ありがとうございました。帰ってくれてもいいですよ」

 

 

 

にこやかに、剣を持っていない方の手を振りながら、「用済みだから帰れ」と柔らかく促してくる。

 

確かに、今の俺には殺気が向いていない。

この男の殺気の先には、腕を折られ、ただ無言で一人の堕天使の死体を眺める女がいる。

俺の感じた殺気と悪寒は俺に向けられたモノでは無く、ただ俺が勘違いしただけという事だ。

 

しかしだからこそ、確認したい。

無防備に背中を向ける男に尋ねたい。

 

 

 

「…俺ごと、殺そうとしたのか?」

 

 

 

 

「どうでもいいこと聞かないで下さい」

 

 

 

男は箒でゴミでも掃くように手を振る動作をする。

 

その様子は、本当にどうでもいいようで。瞬時に――

 

 

――湧いた、胸元に何かが湧いた。

 

――湧いた何かが語りかける。

 

――『撃鉄を起こせ』

 

――『スイッチを切り換えろ』

 

――それは全身を瞬時に駆け巡った。

 

――首から手先までが刃物になった。

 

――深く、冷たく、黒く、無くなる。

 

――意識が勝手に探査回路を使う。

 

――身体に異常は無い。

 

――男にも大した異常はない。

 

――俺が何をした。

 

――この男が何をした。

 

――殺意を向けられた、殺されかけた。

 

――それなのに、この男は何だ。

 

――帰れ?どうでもいい?ふざけるな。

 

――湧き立つものは抑えられない。

 

――誰に向ける。当然男に。

 

――ならば、去ね。この

 

 

 

 

 

「――(ゴミ)が」

 

 

「……!!」

 

 

 

 

殺気に気付いたのか此方をゆっくりと振り返る。

顔には先程のどうでもよさそうな表情は無い。無表情で此方を睨み返してきていた。

が、そんな顔もすぐにヘラヘラとした笑い顔に切り替わる。

 

 

 

「…イヤですねェ、そんなにピリピリしちゃって…困ったことでもあったんですか?」

 

 

 

その言葉に、一瞬胸が痒くなった。

 

――この男は何をしてやれば苦しむだろうか。

 

――やはり天使ならば翼をもいでやれば苦しむだろうか。

 

――今の自分の想像力ではその程度が限界だ。

 

思考がまた始まる。

目の前の花をどういった風にバラバラにするか悩むような気軽さで。

 

 

 

「……というか、さっきからちょくちょく思ってたんですが…何者なんですかねェー貴女」

 

 

 

両腕を組んで片手の人差し指を顎に押し付ける女のような動作をする男。

胸の奥はそれに対して反応し、痒みをもたらす。

 

――本人がいるのだから、聞けばいいか。

 

 

 

「魔力と肉体は、まあ魔力はアレですが肉体は普通の人間ですよねェ……神器は」

 

「おい、(ゴミ)

 

「……」

 

 

 

話し掛けた途端に奴は持っていた光を破棄し、新たに最初使っていた対になった光の剣を生み出した。

その唇は固く結ばれ、目は俺の動きを1フレームも逃すまいと大きく見開かれている。

 

 

 

(ゴミ)、イエスかノーかで答えろ」

 

「……」

 

 

 

折角、前置きをしてやっても口は閉ざされている。

揺さぶりの質問なんて、何も答えなければ動揺で隙なんて表さない、とでも考えているのだろう。

 

――なら仕方ない、その身体に聞こう(・・・・・・・・)

 

 

響転で即座に男の背後に回り込み、その片翼の中腹の骨を強く掴む。

そして、耳元で囁いた。

 

 

 

「――これは、必要か?」

 

「ッッ――!?」

 

 

 

移動した俺の気配を掴み取れなかったのだろう、声を聞くと弾かれたように背後を光の剣で薙いだ。

だが、奴が振り向けば、当然奴の翼も移動する。

さもすれば、奴の攻撃なんて当たるワケがない。

 

 

 

「お前、阿呆か」

 

「このォ…!!」

 

 

 

振りほどこうとしたのか、マルコフは勢いよく、不様に身体を揺する。

流石にそこまでされると放すことを余儀無くされるが、別に大人しくそうされるのを待つ必要は無い。

 

揺らされながらも、掴んでいた翼の中腹を渾身の力を込めて、折り曲げる。

普通の骨を折った時とは何かが違う、メリッ、という音が鳴り響いた。

 

 

 

「い、ギッ……!?」

 

 

 

痛みに激しく悶えたその動きに軽い人間としての身体は弾き飛ばされる。

不様には地面に落下しない。

体勢を整えて着地し、奴の動作を注視する。

 

 

 

「は、はは、折れ、…折れて…よくもォ…!?」

 

 

 

軽くグロッキーになっている。

天使としてのアイデンティティを傷付けられたのはやはりショックな事なのだろう。

 

片手間で考えながら、奴の横側至近距離に響転で大股に踏み込む。

腰の捻りを加えた裏拳を叩き込む――

 

 

 

「ッ見えてるんだよ小娘ェーッ!!」

 

 

 

咄嗟に裏拳の勢いを殺し、限界まで仰向けに身を反らした。直後に眼前を通過する光剣。

髪先を焦がされながらも疑問を抱く。

 

--見えた?何故、見える。

--響転は死神の霊感知や虚の探査回路もすり抜ける筈

 

そのまま体勢を低くし、マルコフから離れようとする。たが当然奴は間髪を入れずに両手に持った光剣で斬りかかる。

 

 

 

「貴女がどれだけ『移動』が速かろうがその直後の行動が分かれば無意味なんですよォ…!!」

 

 

 

一つ、二つ、三つ、四つ。

二刀流特有の手数の多さによる連戟を、身体を翻し首を傾けて避けていく。

 

奴の言った『響転直後の行動』を読むことによる回避方法。

恐らくそれは天使の肉体の神経反応速度にものを言わせた、奴にとってもほぼ無意識でやっていた事だ。

今の人間の肉体では目の前で剣を振るう男の反応速度を上回る事はほぼ不可能で、隙も見付けずに響転をした所で移動先が死角でなければ確実に斬られる。

隙を見つけなければならない、隙を。

 

 

 

「ハハハッ!!かわすのも辛くなってきたでしょうねェ!!」

 

 

 

隙間無く放たれる斬戟から身を逃し続けていたが、時折ジャージの端やセミロングの髪が切られ、焦がされる。

鍛えてはいるが流石に二刀流熟練者の人外による攻撃は避けただけでも相当なスタミナを使う。

体力的にはそろそろ仕掛け時なのだがな。

 

正にそう考えた直後、マルコフがパターンを変えて大きく踏み込んできた。

 

 

 

「翼を折った報いを受けなさいィ!!」

 

 

 

両手の光剣を同時に振りかぶる。間違いなくその一撃で俺を斬り殺すつもりだ。

 

だが、斬戟の弾幕が一瞬でも途切れたならばそれだけで十分だ。

 

響転、瞬間移動と言わせしめる程の速度で奴の視界から外れる――

 

 

 

「死角への瞬間移動、してくれると思ってましたよォ…!!」

 

 

 

だがマルコフはその唇を三日月のように歪める。

読み切っている。そう物語る目は自信に満ち溢れていた。

 

 

 

「後ろォ!!」

 

 

 

勝ち誇るように上げた叫び声。

奴は振りかぶった両腕を隙など気にせずに背後に向けて振り抜いた。

気にすることは無いのだろう、この一撃で目障りな小娘が死に逝くと確信していたのだから。

 

確かにそれには俺も驚いた。

 

 

--何せ、この天使の読みがそんな簡単なもので終わる筈がない、と身構えていたのが全て無駄になったのだから。

 

 

 

 

――俺は上から(・・・)マルコフの側頭部に踵を叩き込んだ。

 

 

 

「な……あ、ガヒッ…!?」

 

 

 

その身体は面白い程に派手に地面に倒れ込んだ。

 

 

――色々とガッカリした。

 

――もう少し頭は切れると思ったが。

 

――我を失えばこんなものか。

 

 

地面に軽やかに着地すると、俺は仰向けに倒れた男の胸に力強く足を押し付けた。

 

 

――逃さないように。

 

――終わりにしよう。

 

――後はこの男を………

 

 

 

 

「そ、の手…は何です、か…?」

 

 

 

思考がその言葉に遮られ、ふと我に帰る。

 

指を向けていた、男の顔に

 

そう無意識に。

さも自然にこの男を殺そうとしていた。

さも自然に、虚閃を出そうとしていた。

 

 

 

「俺は……?」

 

「何で、すか?貴女は、瞬間移動、どころ…か、衝撃波まで、出せるとでも…?」

 

 

 

足の下で息も絶え絶えに呻くような声を上げるマルコフ。

その目には、諦観と侮蔑と苦渋が映っている。

 

何故俺は出せない筈の虚閃を自然に出そうとした。

転生から数年、自分はこれだけの時間をかけたが『響転』と『探査回路』以外は使える気配さえ見えなかった。

昔は「戦力になる」など考えていたのだが、近頃は「寧ろいらない」とさえも考え始めていた。

確かに嘗ては使えないことに不満を覚えていた。取り戻した探査回路、響転と並行してなにか使えるようにならないものか、と試行錯誤したこともあった。

だが気付いたのだ。

 

『虚』閃。それが使えたらそれはまるで自分自身を虚だと、両親や弟や友人の魂を貪る化物だと肯定しているようで。

普通に考えて人間が普通に生きていく中では、そんな技は必要なくて。

家族と過ごしていく中で自然と、自分は少しずつだが人間として受け止められているような気がして。

だから俺は『虚』としての力を思い出すのではなく、人間として生きれる努力をしてきた、その筈なのに。

 

 

 

 

「――まったく、どこが人間、なんですか…ねェ」

 

 

 

 

マルコフが何気無く皮肉のように言い放った言葉が電気のように背中を駆け上がった。

 

 

――……嗚呼、また来た。

 

――胸元から湧き立つものが。

 

――人外呼ばわりでショックか?

 

――そうか、その程度か。

 

――貴様が目指した人間とやらは。

 

 

 

 

「……ッ!!」

 

 

 

足下で息を呑む音が聞こえた。

ふと構えた指先を見れば、黒い何かが集まっていた。

無を凝縮し、破壊へと変換したその力が爪先で膨れ上がる。

 

これを放ってはいけない。

 

――ならばどうやって殺す。

 

彼を殺してはけない。

 

――ならばどうやって帰る。

 

彼を気絶させて逃げ帰る。

 

――この男に後日襲撃されたらどうする。

 

戦って追い返す。

 

――周りの人間が殺されたらどうする。

 

そうなる前に護りきる。

 

――人間(オマエ)にそんな力があると思うか。

 

………。

 

――ならば去ね、この男はここで殺す。

 

 

指先の無の力は既に放てる状態になった。

だが、放ってはいけない。

放てばこの天使は死んでしまう。

そうすれば俺は人で無くなるような気がする。

 

だから、それが、それは、それを――

 

 

 

 

 

「――虚閃」

 

 

 

 

 

指から無意識に、そして無慈悲に放たれたその破壊は翼の折れた天使の上半身を命と共に消滅させた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

意識が徐々にはっきりし出したのは、それから約3時間後の事だった。

気付けば、俺は裸の格好をして、暗闇の中で自室のベットの上に寝転んでいた。

頭がぼんやりとしている。倦怠感が酷い。

何があったか、どうやって帰ってきたかさえも記憶が怪しい。

壊れかけのビデオデッキのように、頭を巻き戻す。

 

自室のドアを叩いて声を掛けてくる母親、約1時間半前。

力を振り絞って窓から自室に飛び込み、返り血と冷や汗の染み付いたジャージ、下着を脱ぎ捨ててベッドに倒れ込む、約2時間前。

周辺住民に見付からないか精神をすり減らしながら歩き始めた家路、約2時間半前。

堕天使の亡骸を抱えた女が仇を見るような目で此方を見ながら、地面に書いた幾何学模様の絵で帰る、約2時間45分前。

――殺した、約3時間前。

 

 

 

「疲れが…」

 

 

 

片手で顔を隠すように覆う。

肉体的にも精神的にも疲れた。

俺は結局殺したのだ、人の形をした意思を持つ者を。

『虚』の技を使って消し飛ばしたのだ。

 

 

 

「…寝る」

 

 

 

今はただ、なにも考えずに眠りたかった。

力の事も、殺した事も、もやもやしたものは全て投げ捨てて。

 

朝になると汗の臭いも大変な事になりそうだが、今は風呂に入りに行く気も起きない。

 

夏布団の上で寝返りをうつ。身体が泥に沈むように、再び意識が遠退く。

 

ぼやつく視界の中でちょうどクローゼットの横の鏡に上半身が映っている。

 

暗闇の下の鏡の中、仏頂面の顔と白い撫で肩と胸の孔の線がやけにハッキリと見えた。

 

 

 






書けば書くほどマルコフのキャラが惜しく感じられるなぁ…
だからと言って生き返らせるのもちょっと…出す方法無いかな…

次回はまた飛んで一年後のお話。

ちなみに内容がイマイチ理解できないヒトの為の要約。


【今回の要約】
スコア:戦闘不能2名、殺害1名
取得物:虚閃、戦闘モード、人外2陣営の情報(微)
紛失物:人間としての実感一部、自信(小)


(追加)編集箇所
・沸く→湧く
・――また身を任せるのか?
 ――この前世の本能に。

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