ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか二次 -ガティマハ帝国と七神竜- 作:3×41
「あぁ、気が遠くなってきた……」
薄暗い一室にかすれた少年の声がこだまする。
うめくようなその声は、白髪の少年のいる小さな部屋の隅まで発散して行ったが、その声に反応するものはいない。
少年は自分の声が部屋を満たし、そしてむなしく消えるのを意識の隅で確認しながら、横になったソファーの上で力なくモゾっと体を横にした。
するとほどしばらくしてから、今度は少年の腹部がさみしそうにグゥゥと鳴った。
彼の住む街は古代の神々を頂き、その地下に無限に広がるダンジョンを擁する。冒険者の街オラリオ。
世界中から、駆け出しの冒険者から九山八海にその名を轟かせる英雄までもがこのオラリオへと新天地を求め、
昼夜を問わずこの地下に広がる広大なダンジョンへとその足を進めていた。
野望と冒険の街、オラリオの片隅にある古びた教会の廃墟、その地下にある弱小ギルド[ヘスティアファミリア]の小さなホームの一室で、
冒険者としてこの街を来訪し、神の子としてダンジョンを探索する冒険者となった白髪の少年、ベル・クラネルは、しかしながら、ただ、飢えていた。
「うぅ、僕の冒険もここまでなのかな…… ダンジョンで死ぬならまだしも、まさか神様のホームで死ぬことになるとは思わなかったな……」
少年は再びソファーに横たえた体をモゾリと仰向けにし、かすむ目で天井を見つめてそうつぶやいた。
二日も何も食べないと、体から水気が抜け、今にも崩れ落ちそうな脱力感をはらうことができない。
立ったり、座っているだけでも必要なカロリーがかさんでしまう。そういうわけでソファーに身を横たえている姿勢は、彼にできる最大の省エネモードでもあった。
カタン
ホームの入り口から、誰かが足を踏み入れる音がした。
ベルが頭だけで部屋のドアのほうを見やると、ちょうどそのドアが開き、半獣の姿をした少女が入ってくるところだった。
少年は、省エネモードながら、力なく笑って普段の彼のパーティーメンバーを迎えた。
「ああ、おかえりリリー」
しかしベルはどうだった? とは聞かなかった。
なぜなら、その少女のうら暗い表情もまた、首尾がはかどらなかったことを察するに余りあるところだったからである。
伏し目の半獣の少女は、部屋の隅で少し逡巡していたようだったが、ついに思い切った風に口を開いた。
「す、すいませんベル様! なんとか返済用の売却まではできたのですが、そちらでギリギリで……」
「ボクのほうも似たようなものだったよ、ハハハ」
「そんなっ! 笑いごとではありません! うくっ……」
ベルが乾いた声で笑うと、その様子にいきり立った様子のリリーだったが、
抗議の声を上げようと小さい体をピョコンとはねさせたところでフラっと体をよろけさせ、部屋の中のベルが横たわっているのとまた別のソファーへとボフっとつっぷした。
それもそのはずで、彼女もここ数日のまず食わずなのだった。
「もとはといえばボクのせいだしさ、今思えば軽率だったよ」
「本当です。なぜあのような詐欺師にいっぱい食わされてしまうのでしょうか。リリーは嘆かわしいです」
「最初に助けてもらったのはこっちだったから、信用できると思ったんだけどな」
ソファーに横たわったまま省エネモードでそう答えるベルに、同じくソファーにつっぷしたままのリリーが深くため息をついた。
「ハァァァ、ベル様は本当に人がよすぎます。お人よしもたいがいにしてください。人が見せる優しさは必ずしも社会善を旨とするものだけではありません、搾取するための撒き餌として使われる場合もあるということを、ベル様は学ばれるべきです。本来そういう人間には心を開いてはならないのです」
「そこまで冷徹になるのもどうかと思うけど、確かにボクにリリーの半分でも人への懐疑心があれば今回の被害を受けることもなかったんだろうね」
フゥーと、ベルがついたため息が、うす暗い天井に吸い込まれて拡散して消えた。
このベルが唯一の団員として所属するヘスティア・ファミリアは、ここ数日の間、突発的に火の車となっていた。
先日のダンジョンからの帰り道、暴漢たちに襲われそうになったところをある女性に助けられ、その女性の悩みを今度は解決しようということになり、そしてその結果として300万ヴァリスの借金を背負うこととなったのだった。ちなみにその女性はいつの間にやら霧散しており、後から伝え聞いたところによると最初にベルたちを襲った暴漢たちは匿名でそうするよう依頼されていたとのことである。
後からこの話を聞いたリリーはそれは典型的な冒険者詐欺だと3秒で看破し、そしてさらにその借金がサントーの闇金だと聞いて真っ青になると、この3日で借金を完済するべくありとあらゆる手を尽くしたのだった。
よって、飲まず食わずなのである。言葉通り、彼らは何も食べることができずにいた。
もうヘスティア・ファミリアのホームには、売れるものはあらかた売り払ってしまい、食材はおろか、ポーションの一つも残ってはいない。
なお悪いことに、ここ数日、オラリオの地下に広がるダンジョンが“探索禁止”となっていたことがベル達に追い討ちをかけることとなった。
リリーを司令塔としたベル達の奮闘により、サントー、三日で10割の超絶ぼったくりの借金はなんとか2倍に増えることなく完済できそうではあったのだが、逆にそのおかげで飢餓によりベル達の命そのものが風前の灯となってしまっていたのだった。
「うぅ、ボクはもう動けそうにないよ」
「リリーもです。ああ、なんでしょう。天井から光が……」
「だ、ダメだリリー。その光はきっと身をゆだねたら二度と目を覚ませない……」
リリーが隣のソファーで朦朧としながら薄ら笑いを浮かべて薄暗い天井になにやら不吉な光陰を見出しているのを、
ベルが必死にとめようとするが、しかしベルの薄れる意識にも、似たような光が天から差し始めた。
この心象風景は、ベルにはダンジョンでの戦闘で命を落としそうになったときにデジャブがあった。
その幾度の命の危機をなんとか乗り切ってきたベルとリリーであったが、いかんせん、いかな冒険者も空腹には勝てない。
部屋のソファーに横たわり、虫の息でなんとか意識を保つベルとリリーだった。
ベルは浅く息をするリリーのほうを気にしながら、眠気にも似た意識の隅で、再びホームの入り口から人が入ってくる音を聞いた。
「う、うん……?」
頭をもたげたベルの視線の先で、次にその部屋に入ってきたのは、
このホームの代表者であり、天界の神の一柱でもあるヘスティアだった。
この世界へと降臨し、子供たちである人間に天啓を与える神々の一人である。
最期に神様の姿を見ることができてよかったと、ベルは力なくほほえんだ。
「か、神様。すみません。どうやら、ボクはもうダメみたいです……」
「ふぅむ。どうやらベル君も何も食べてないみたいだね。そこのリリーとやらも餓死寸前。ただならぬ事態、というわけだね」
ヘスティアは部屋に入るなり、部屋中を睥睨し、ソファの上で虫の息のベルと既に意識があるかもおぼつかないリリーの姿を確認した。
そのヘスティアの言葉に、リリーはもう意識を失っているのか、飢餓が過ぎておっくうなのか、ヘスティアに返事をせずにソファにつっぷしたままだ。
「はい…… ボクが死んでも、向こうの世界からヘスティア・ファミリアの成功を草葉の陰から祈っています……」
「ふっふっふ……」
「神様……?」
ベルの言葉に、ヘスティアがうつむいたかと思うと、今度は肩を跳ねさせるように上下させながら含み笑いをはじめたので、ベルは途切れそうな意識ながら、ちょっとした違和感を持ってヘスティアの様子をうかがった。
おそるおそるベルが視線を送っていると、ヘスティアはひとしきり含み笑いを続けたあと、
「ベル君!! これを見てくれ! ジャガ丸くん、1.5キロルだぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
と、背中に隠したジャガ丸くんが詰め込まれた特大の袋を、ヘスティアのその小さい体で高々と掲げたのだった。
掲げられた袋からはジャガ丸くんがところせましと顔を出し、ホカホカとした湯気とかぐわしい香りがあふれだすと、ベルとリリーは一気に飛び起きた。
「うぉぉぉぉぉぉぉ!! か、神さまぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
「す、すごいです! リリーはそんなに大量のジャガ丸くんを持ってる人をはじめて見ました!」
「今日は運よくバイト先のまかないが超絶あまってたんだ! さぁ、ベル君! たらふく食べようじゃないか! ひき肉ジャガ丸くん、ベジタブルジャガ丸くん、なんでもござれだ! あ、そこのチンチクリンも一応食べてもいいぞ」
「は、はい! 我が神の奇跡に感謝します!」
「リリーも今回は素直にご相伴に預からせていただきます!」
そうしてヘスティアが大量のジャガ丸くんの群れを部屋の机の上に広げると、ベルとリリーと三人で獰猛に飢えた兎のごとく一斉にジャガ丸くんへと殺到したのだった。
~Fin~ ……じゃなくてもう少しcontinued
~その頃~
オラリオの中心、ダンジョンへと続くバベルの塔の第一階層で、塔の職員のひとりであるハーフエルフのエイナが、
ダンジョンへの進入を禁止され、閑散としたロビーで事務作業をこなしていた。
「ふぅー……」
少し疲れた肩を軽くグルグルとまわして息を吐く。
そのロビーには、エイナ以外、一人の冒険者の姿も見ることができない。
ここ数日のダンジョンへの進入の禁止は、職員としてそこそこのエイナにもいささか特例的なことではあった。
しかしながら今彼女にとって気になるのは、最近聞き及んでいる、ベルの所属するヘスティア・ファミリアがまたぞろ災禍に見舞われているということだった。
「ベル君。大丈夫かなぁ……」
普段ダンジョンにもぐる冒険者は彼だけではないが、なじみの冒険者の窮地に、一冒険者アドバイザーながら気になっていた。
彼らに舞い込んだ問題も、ダンジョンへの進入が解禁されていさえすれば、あるいはもうすこし対処の仕様もあったのかもしれなかったのだが……
エイナはややはがゆい気持ちでそう考えながら、横目にチラりとダンジョンへと続く階段を見た。
ロビーの奥の階段は、いつもは冒険者であふれているくらいなのだが、今は誰もおらず、静かに暗く地底へ続く穴をあけている。
「しかし、なんで突然進入禁止例なんて……」
彼女は相変わらず、この特例的なダンジョンへの進入禁止例に不平をもらした。
3日前から突然始まった進入禁止例。これには冒険者たちも猛烈に反対したのだが、しかしバベルの上層部は伝達を覆さなかった。
しかも、ダンジョンには誰も侵入できないというわけではなかったのだ、一部の団員たちを除いては。
カツン、カツン……
エイナ以外誰もいない静まりかえったロビーに、鉄靴の音が響いた。
その規則的な金属質な足音を聞いたエイナは、不意にあたりを見回した。
「足音?」
ロビーの入り口を見たが、誰もいない。
エイナは入り口に誰もいないことを確認すると、次にダンジョンへの入り口のほうを見た。
一般人は鉄の靴などはかない。はいているとすれば、それはダンジョンへと乗り込む冒険者だろう。
そしてロビーの入り口にいないのなら、ダンジョンのほうだろう。
足音は一人分、それはエイナが聞いていた一部の団員たちの規模とはかけはなれたものだ。
何かあったのだろうか?
エイナがおそるおそる受付のカウンターから身を乗り出してダンジョンへの入り口のほうに視線を送っていると、
その暗がりの先から、一人の冒険者が姿を現した。
冒険者の歩みはヨロヨロと力がなく、そして、その姿は平常のものとはずいぶんと違ったものだった。
「だ、大丈夫ですか!? そ、その体は? 急いで手当てしないと……」
その姿を確認したエイナは、目を見開いて急いでその冒険者の男へとかけよった。
しかし、エイナがその男の体に触れる前に、男のほうがエイナへと右手を突き出して、これ以上近寄るなと言外に示した。
男の体は、左半身が石になっていた。
左手の先から、肩口、そして首下までが灰色の石と化しており、またその石化は進行中で、ビシビシと体の残りまで石化していく。
エイナがその光景に口もとを覆って2、3歩と後ずさると、男は震えるように口を開き、
「ガ、ガルヴニール……」
そうエイナにつぶやくと、つぶやいた口も石化し、そして頭まで石化しきると、ロビーにエイナ一人を残し、完全な石像となったのだった。