ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか二次 -ガティマハ帝国と七神竜- 作:3×41
「エイナさんがいない?」
冒険者事務局内部に、ベルの素っ頓狂な声が響いた。
周りにひしめく冒険者たちは、ベルの声を意に介す様子もなく、ベルの目の前の窓口の、
エイナのようなハーフエルフではなく、
ヒューマンの事務局の女性がベルに補足した。
「そうなんです。今、エイナさんは外せない用事があって、エイナさんも、今日はたぶんあなたが来るだろうって言ってたから、
できるだけこっちで待っていたかったんでしょうけど、個人的な事情でつっぱねることもできないことだったみたいだから」
「そんな……」
ベルは力ない声でそういって、2、3歩後ずさった。
これはのっけから計算が狂ってしまった、冒険者アドヴァイザーとしてのエイナの助言は、無鉄砲なベルにとっては、
必要なブレーキングでもあったし、
今のダンジョンがどういう状況なのか、どの階層にどの程度の冒険者がいて、
モンスターの発生状況や攻撃特性はどのようなものがあるのか、
そういった情報の有無で、ダンジョン探索の成果は違ってくるし、
それだけではなく、ベル個人としてもいつも助言してくれているエイナと会って話しがしたいという気持ちもあったのだった。
そういうベルの心情を知ってかしらずか、ベルの後ろに控えていたリリが、窓口の前で青くなっているベルの代わりに
いくばくか不機嫌そうな様子で
その事務員のヒューマンに尋ねた。
「それで、エイナさんは我々との相談をほっぽり出して、今どちらにいらっしゃっているのですか?」
リリがたずねると、そのヒューマンの女性は、リリの言葉の端々のトゲは聞き流して、まず右手の人差し指で天井を示して言った。
「“上”です。エイナさんは今、バベルの上層部で“神々”と面会中です」
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エイナは、ハーフエルフというやや特異な種族ではあるが、一冒険者アドバイザーに過ぎない。
そのエイナがバベルの上層部に呼び出されること自体、そもそも異例だったし、
加えてバベルの上層部の一室で、エイナ一人に三柱の神々を前にすることなど、本来はありえないことで、
エイナ自身もさすがに少々気後れせざるをえなかった。
「エイナ・チュール君だね。だいたいのことはこちらも聞いているが、直接君の話を聞かせてもらいたくてね。かまわないかい?」
「はい、それはもちろんです」
エイナにそう言ったのは、エイナの目の前にある執務用の机に座り、両手を組んでアゴの前に手をやっているアポロン神である。
そしてその両脇に、ロキ神、そしてヘファイストス神が立ち、エイナに視線を送っている。
エイナはそのプレッシャーで後ずさりそうだったが、アポロン神の声はあくまで柔和なものだった。
「しかし、僭越ながら私のようなものが何かお役に立てるとも思えませんが」
「フフフ、そう固くならないでくれたまえ」
アポロンが微笑みかけると、エイナもつられるように息をついた。
すると次にアポロン神のとなりのロキ神が口を開いた。
「せやことゆうてやなぁ。このくっそめんどくさい時に、さらにもう一個めんどそうな事件が出てきよったもんやわ」
右手で頭をワシワシとするロキ神に、部屋の反対側からヘファイストス神が言った。
「気持ちはわかるがしかたがないだろう。こっちはこっちでケリをつけなければならない、それも、できるだけ穏便にだ」
ヘファストスがそういうと、アポロンがうなずいて肯定した。
「そのとおり。“夜会”事件についても、多くのファミリアと神々の不信感、疑心暗鬼は刻一刻と増している。それに加え、今回の石化事件についても別の観点から注意が必要だ。
エイナ君。君が目撃した兵士は、間違いなくガティマハール帝国の兵士だったんだね?」
アポロン神の問いに、エイナは慎重にうなずいた。
「おそらくそうだったと思います。彼が身につけていた鎧はガティマハ帝国のものでしたし、
それに何より、あのダンジョン禁止令が発令されていた3日間はガティマハ帝国の関係者以外、あのダンジョンへ立ち入ったものはいないはずです」
「その通りだ。しかしエイナ君。ここで重要なのは、
そのガティマハ帝国の兵士が、“間違いなくダンジョン内で命を落とした”という事実が重要なのだよ。わかるね?」
「はい……」
エイナは再び、慎重にうなずいた。
「これがもし仮に、オラリオの関係者によって、ガーティマハール帝国の兵士が攻撃され、死亡した、ということになれば、
すぐさま事態は一触即発の展開を迎えることになるだろう。下手をすれば、オラリオとガーティマハール帝国が一戦まじえる事態にもなりかねん。そしてそのとき我々は人間の争いに介入することもできない」
「そんな……」
エイナはアポロンの言葉に、絶句し、口元をおさえた。
あの軍事大国のガティマハと戦争になる? そんなことになれば、この街はどうなるのか。戦火は街のいたるところに及ぶだろうし、人も死ぬ。
それだけではなく、冒険者たちも、いつもとは比較にならないような危険に見舞われることになるだろう。それはいつもエイナが冒険者アドバイザーとして助言しているベル達も例外ではない。
ともなれば。エイナは昨晩、あの場所に自分が居合わせたことを神に感謝した。
エイナが目撃証言をすれば、ベルたちに危険が及ぶことを防ぐことができるかもしれない。
「もちろん我々としてもそのような事態はのぞんではいない。だからエイナ君。その兵士がダンジョンから出てきてすぐさま石化したという君の証言は非常に重要なのだ。もし法廷でこの問題について議論されることになれば、君の証言を求めることになるだろうが、だいじょうぶかな?」
「はい、もちろんです! 神に誓って真実を証言します!」
「フフフ、そういってくれると我々としてもありがたい。ほかに気になることはないかな? なければ面会はこれで終わりにするよ」
「はい。こちらこそわざわざおよびいただいてありがとうございました。 ……あ、そういえば」
「うん? どうしたんだい?」
エイナは少し安心した心地になると、ふと昨晩のことを思い出して、右手の人差し指をアゴにそえて、記憶の泥をさらっていった。
「ええ、たいしたことではないと思うのですけれど、その兵士が石化する間際に、一言だけ口にしたんです。“ガルヴニール”と」
「なんだと!?」
突然声を荒げたアポロンに、エイナはビクリと体を震わせ、目を見開いた。
アポロンが声を荒げると、その瞬間に火の神、アポロンの体から猛烈な火炎が噴き出し、アポロンが座る大理石の執務机が、
まるで煙のように蒸発し、すべてを消し去る神の炎が部屋中にほとばしった。
「キャァァァァァッ!?」
エイナは炎のなだれが押し寄せてくる光景に目をつぶって叫び声を上げると、しばらくしてから目をあけた。
すると部屋の後ろの壁は消え去り、アポロンの立っている場所から、無事だったのは2箇所だけ、
ひとつはロキ神が手を前に掲げ、アポロンの炎を防いだ地点で、ロキは
「なにしよんねんアポロン! 殺す気かっ!? アポロンやのうてアンポンタンに改名しろや!!」
とがなっている。
もう一点は、エイナと、その目の前に立ちはだかったヘファイストス神が、右手に二人をアポロンの炎から守った盾を構えている地点である。
ヘファイストス神はその盾を消して言った。
「気をつけろアポロン。お前の言うところの貴重な証人を消し去るところだったぞ」
ヘファイストスの言葉に、アポロンは頭に手をやってあやまった。
「すまない。つい押さえがきかなくなってしまったよ。しかしあの瞬間に私の炎をも防げる盾を創造してエイナ君を守るとは、さすがは鍛冶の神ヘファイストス。君に同席を頼んでよかったよ」
「創造ではなく、正確には生成だがな。しかし……」
ヘファイストスの言葉を、アポロンが受け取って続けた。
「そう。まさかガルヴニールの名前が出るとは……」
「めんどい事件がひとつ片付いたかとおもたら、ガティマハの狙いはガルヴニールかもしれんとは、もしそうやったらさすがに洒落にならへんで」
ロキがまじめな顔でそういうと、アポロンも同意して言った。
「うむ。もはや事態は一刻を争う。神々に呼びかけなければなるまい。これより我々はオラリオにあまねく神々に“神会”を招集する」