機皇帝ワイゼル∞インフィニティ・ストラトス 作:王・オブ・王
第二十六話 新たなる影
結局、臨海学校から帰ってきても何事もなかったかのような日々が続く。
それも当然といえば当然か、あの件に関しては他言無用の機密事項、話が漏れて大騒ぎとなればそれこそ悪い意味で何事もなかったかのような日々は続かないだろう。
すなわちこれで良いと言える。
思い出話に花を咲かして結局一夏狙いの生徒たちにはなんの進展もなしであった。
それもそうだ、何かあれば専用機持ちたちが発狂することになるのが目に見えている。
鈴辺りは目のハイライトを消して『よし、殺そう』とか言い出すに違いない。
「では、決勝大会を始めます!」
現在俺は休日中なので久しぶりにIS学園を出て街の小さなカードショップで開催される
街にいくつもあるカードショップの一つに参加した俺だが、決勝まで行くのになかなかどうして苦戦することもなく順調で、手応えがないと感じていたが少しばかり事情が変わる。
店にて
なぜこんなところで会ってしまったのか……まぁそんなことを言っていても話は進まないだろう。
『ちょうどいい機会だ。奴の新たなデッキとやらも楽しみだしな』
―――まぁそれに関しては同感だな、さて……俺の機皇帝相手にどこまで持つか楽しみだ。
俺の笑みに、吊られたのか箒も笑みを浮かべた。
楽しそうでなにより、さて……満足させてくれよ?
俺と箒は同時に口を開く。
―――
◇◇◇◇◇◇
スタンディングデュエル、それはバーチャルの世界で進化した決闘……。
そこに命を懸ける、伝説の痣を持つ者たちを、人々は、ファイブディーズと呼んだ……。
◇◇◇◇◇◇
―――呼びません。
別にシグナーが全員ファイブディーズというわけではないということを覚えておいてほしい、特にプラシドには……。
まぁ前述のことはともかくとしても、俺の機皇帝相手に箒はかなり善戦した。
いや、善戦したどころの話ではなく……完璧な引き分けだ。
この世界に来て俺の『機皇帝』と引き分けまで持ってきたのは箒が初めてであり……今現在どういうわけか俺は箒と共に喫茶店に来ていた。
『自業自得だな』
まったくであり反論もできない。
こうして箒と話す機会もないのでいい機会だと思ってはいるが、少し話しづらくもあった。
「まぁ散々貯めた金だ。気にせず使ってくれ……それよりもお前のあのカードだが」
「あの……姉さんからだ」
彼女がしっかりと束を『姉さん』と呼んだことに安心して、俺は頷く。
仲良きことは良きことかな、個人的にも二人が仲良くしてくれる方が嬉しい。
というより束はあのカードを持っていたのか、とんでもない女だな。
「私からも聞かせてくれ、まずは機皇帝グランエルについてだが……まぁISのことは姉さん関連だから聞かないがなんだあのインチキカードは」
「そんなことを言えばお前だってインチキドローだったじゃないか」
「私はインチキなどしていないぞ」
「俺も同じだ」
俺に論破された箒は『むぅ』と頬をふくらませているが、可愛いじゃないかと思う。
どちらかというとセシリアやラウラに感じる可愛いとは違って“妹やら姪っ子やら”に感じる類の可愛いだ。
束と何かあれば箒が妹になるのかと思えば少しばかり得する気がする自分が憎いところ。
「それにしても、お前はTGデッキ以外は無いのかと思っていた」
「まあ俺の本気……と言うのはおかしいが俺自身の証でもあるからな、このグランエルは」
ありのままを伝えてみるが、箒はわけがわからんと首をかしげるのみだ。
当然と言えば当然の答えなのだろうけれど、理解されないというのは少し寂しい。
『わかるわけがないのは当然だ。お前も俺もな』
―――ごもっともで。
「あと一つ聞きたいことがある」
「なんだ?」
聞いて、俺は店員が持ってきたコーヒーを啜る。
すると少し顔を赤らめた箒が頷くと、口を開いた。
「姉さんとお前はどこまで進展しているんだ?」
―――っ!?
「げほっ! がはっ……えほっ、ゲホゲホッ!」
「どどどどどうした!?」
それはこちらのセリフだ! と思うも明らかに動揺しまくってる箒を落ち着かせるためにまず自分から落ち着くこととする。
何度か胸を叩いて深呼吸。
ふぅ、と一息ついて箒を見ると『大丈夫か?』という顔をしていた。
こうして箒と話すと自分と箒がいかに微妙な関係かわかるな、特に束関係のせいで微妙な関係だ。
「束からはなんて聞いている?」
「そ、それは……」
顔を逸らす箒から『言わせるな恥ずかしい』と聞こえるようである。
あることないこと箒に伝えたに違いない。
過去に戻って歴史改変したいところであるが、できないのだから諦めよう。
「とりあえず、大抵は束の虚言だ。俺が女に手を出す度胸があると思うか?」
「ない」
少し傷ついたぞ……。
「だが一緒に添い寝などもしていたというのも嘘なのか? あれに関しては詳しく聞いたから嘘だとは」
それは本当だと、とてもじゃないが言えないのだ。
昔懐かしい武士のような侍のような娘のことなのだ、おそらく添い寝をしたことがあるとでも言ってみれば確実に『責任をとれ』とか言われるだろう。
だからこそ『そんなことはない』と答えるのだ。
『ふん』
束のわがままを聞いて添い寝した日は、プラシドはずいぶん怒っていた。
自らの体は女と遊ぶためのものじゃないらしいが、俺とて遊んでいるつもりはないのだ。
ただ自分に好意を寄せてくる女なんて今までいなかったものだから、ついな……。
「束の言うことだぞ、面白いと思ってるだけだ」
「ありえる」
納得してくれて何よりだと思いながらも、運ばれてきたサンドイッチをかじる。
箒の前に置かれるストロベリーサンデーを見て、どこか違和感を感じるのだが特に気にすることはないだろう。
まぁ他人の目を気にするからか、基本的にこういうものは学園で食べないようだからこういうところで発散してくれれば俺としても嬉しい。
一夏の前でそういうところを見せればアイツも少しはクラッと行くと思うのだが……。
「はむっ、はむ……」
やけに長いスプーンでストロベリーサンデーを頬張る彼女を見れば俺もまぁ奢る甲斐がある。
常にそばにいられない姉の代わりに面倒見のいい兄ぐらいになれればいいとは思う。
それに、自惚れではないと思うのだがおそらく箒も俺といる今は学園にいるときよりも肩の力を抜いている気がする……。
「で、お前は一夏とはどうなんだ?」
丁度口いっぱいに頬張ったストロベリーソースのかかったアイスを飲み込んだあとを見計らって聞く。
それに驚いたのか、箒は目を見開いてから赤い顔で周囲を確認した。こんなところにIS学園の生徒がいるわけがあるまいと思いながら周囲確認をすました箒が軽く手招きをするので身を乗り出して箒の方に耳をやる。
もう一度あたりを確認した後、箒が耳に手を当ててボソッと一言。
「なぜ知っている?」
気づかないと思っていたのか愚か者が……と思うも言いはしない。
とりあえず乗り出していた身をソファに戻して言う。
「大体察しはつくさ、それでどうなんだ?」
箒と鈴とシャルロットの誰かに肩入れする気はないが、今はとりあえず箒の話が聞きたい。
セシリアとラウラが居ないというのはどういう状況なのかも楽しみだ。
『野次馬か』
―――そこまでじゃない。
「つかず離れずだったが、紅椿の件からは少し距離が縮まった……ような」
「ならよかったじゃないか、アイツは鈍感かアレだから露骨なアタックじゃないと気づかないぞ」
そう言うと、顔を赤くする箒。
露骨なアタックで何を想像したか知らないが、とりあえず暴走は禁止したい。
まぁ露骨なアタックでも気づかないのであれば一夏は本格的に“アレ”なのだろう。
たとえそうだったとしたら俺は焦りに焦ってIS学園からの逃亡すら考えることになる。
「それにしても……」
言葉を続けようとしたがやめた。
箒はすでに口いっぱいにストロベリーサンデーを詰めていたので話をやめる。
下手な地雷を踏んでぶばっ、と出されるわけにもいかないしな……。
それからしばらく、俺はコーヒーとサンドイッチを食べていた。
会計はもちろん俺もちで店を出て少し歩いていると、突如俺たちの横に一機のD・ホイールが止まる。
もちろんそれを運転している人物を俺たちは知っているし、俺たちの知り合いでこれを持っているのは一人のみ。
「セシリアか」
「箒さん、私に黙ってプラシドさんとデートなんて! とんだダークホースでしてね!」
「いや、これはプラシドが勝手に」
これがクリボーの気持ちか……というよりなぜこうなる!
仕方ないので横でD・ホイールことホイール・オブ・フォーチュンに跨り目立つセシリアにこととしだいを説明する俺。
だが説明したら説明したらで『私に黙ってプラシドさんと決闘!?』と言い出した。うん、嬉しいんだけど……面倒というかなんというか……。
「まぁ私も今日はこれで満足だ。あとはセシリアと楽しんでくれプラシド」
そう言って去っていく箒。
彼女の後ろ姿は完全に『面倒事は任せた』と言わんばかりである……少し箒の印象が変わった。
それにしてもセシリアが現れるとは予想外。
「プラシドさん、ライディングしましょう!」
決闘がない辺りは普通だが、なぜ俺がセシリアとD・ホイールにてツーリングをせねばならないのか……というより、ツーリングって、セシリアはバイクの免許を習得済みなのだろうか?
もしやとは思うが、束はD・ホイールをどう登録しているのだろうか?
なんにも申請が無ければもれなく違法車として取り締まられかねない。考えれば考えるほどゾッとするが、今までT・666を使っていた俺が考えても結果は出まい。
今度聞いてみようと思い……俺は考えるのをやめた。
「それもいいが買い物なんてどうだ?」
そう言うと、セシリアはホイール・オブ・フォーチュンを量子化する。
辺りの通行人たちは驚いた表情でセシリアを見るが、俺はさっさとここを離れたいのでセシリアの手を引くこととしよう。
別に抵抗したりはしないので俺のメンタルも安心だ。
手を振り払われたり叩かれたりすれば俺のメンタルがダウンしてしまうだろうけれど、セシリアならば安心である。
「ぷ、プラシドさんは積極的ですのねっ」
それほどでもない。と思いながら彼女の手を引いていたが途中で『こっちですわ!』と言われて行ったのは喫茶店。
まぁその喫茶店が俺と箒が先ほど言った喫茶店というのは不幸な偶然であり、おかげさまで俺は店員に『うわぁっ』って目で見られた。
俺のメンタル的なライフポイントは鉄壁に入った。
「お好きな席にどうぞ」
そんな言葉を受けて、セシリアが選んだ席はなんの偶然か先ほど箒と座った席だ。
箒もセシリアもやたら美人なせいで目立つ。
コーヒーだけを頼む俺、紅茶と適当なものを頼むセシリア。
先ほどとほぼ変わらないような状況でありながら、妙にシリアスな雰囲気をかもしだす。
「ご相談なのですが」
―――やはりな。
『面倒事はごめんだぞ』
―――助けてもらった恩があるだろ?
『……』
プラシドの沈黙は肯定と受け取って問題ない。
敵でもないセシリアへの恩義はしっかりと感じているようでなによりである。
そして、目の前のセシリアは少し悩むような表情。
意を決したのか口を開く。
「来週、祖国にてパーティーがあるのですが……そのパーティーについてきてほしいというか……」
―――どういう、ことだ?
「いえ、IS開発事業で最近名前が上げられているであるアルカディアムーブメントをご存知でしょうか?」
「なに?」
セシリアは今なんと言った? 有名なIS開発の事業にアルカディアムーブメントだと……?
その会社は確かサイコデュエリストのディヴァインが作った会社のはずだが、いやなにかの偶然か? その程度の名前であれば誰かしら付けるとも考えられる。
でも、なんだこの嫌な感覚は……。
「IS開発事業なのですが、その会社主催のパーティーに招待されて、出なければならないようなのですがどうにもおかしな点がいくつかあり嫌な予感もして……」
なるほど、そういうことか……。
シグナーとダークシグナーが現れたのだからあの男がこの世界にいないという保証はない。
しかし本当にそうなのか? たとえそうだったとしてもいろいろな疑問が俺の頭の中に渦巻く。
くそ、なんだ。なにが正解だ?
『ふん、行ってみればわかることでいちいち悩むな』
―――脳筋じゃねぇか。
『悩んで結果を先延ばしにするよりはマシだな。それに俺たちには間違っても修正できるだけの力がある』
過去に戻れないくせに今更なにを、と思うもののこの際だ。
確かにプラシドの言っていることが今のところ一番マシなのだが、そうだな……助っ人に相談するとしよう。
あいにくIS学園には頼れる教師がいるわけだしな。
俺はセシリアの提案に同意した
◇◇◇◇◇◇
その日はセシリアと店を巡ったりなどした後、二人してD・ホイールに乗って帰った。
ちなみに捕まったりしなかったので安心だ……見つかりもしなかったから見つかったらどうなるかはわからんがな。
そして現在IS学園敷地内の寮にて、俺はある人部屋を訪ねた。
「イリアステルか、どうした?」
寮長室、つまり俺は織斑千冬を訪ねてきたわけだ。
織斑千冬と話すことに関して、少しばかり気の弱い俺では役不足であると、今件に関してはプラシドに交渉を頼むこととする。
プラシドの視線に気づいてか、千冬は周囲を軽く確認した後部屋へと入れた。
織斑千冬がそうして生徒を部屋に招くのは珍しいことであるが、ジャージの彼女は椅子を出すと別の椅子に座る。
最初に出した椅子に座れということだろうけれど、プラシドは立ったまま話を進めることにしたようだ。
プラシドは立ったまま話を進めていき、セシリアのパーティーのこととアルカディアムーブメントのことを話す。
およそ五分もないそんな話を千冬は鋭い目で聞く。
―――俺じゃ絶対話にならなかったな。
彼は気が弱い。
「つまりはどういうことだ?」
「いざとなった時、どうにかできるように後ろ盾をしておけ」
その言葉に千冬が立ち上がり、片腕を上げる。
「待て織斑千冬、お前に俺が倒せると思うか?」
プラシドはそう言った後にニヤリと笑うが、無情にもその腕は振り下ろされる。
拳が直撃した頭頂部を押さえて片膝をつくプラシドだが、自業自得と言わざるをえない。
「ぐおぉぉっ」
「ふん、敬語を使え敬語を」
「も、申し訳ありせん」
途中でプラシドは表に出ているのをホセへと変わったため痛みも引き受けたホセが痛さに顔を歪める。
結局こうなるのだから最初から自分で話していればいいと思った。
多少ビビリながらになるが痛いよりはそちらのほうがよほど良いと、彼は今度から気をつけることとする。
結局話は夕飯を食べるには遅い時刻まで続いてしまう。
◇◇◇◇◇◇
プラシドの部屋、つまりは俺の部屋にて俺は通信を開いていた。
画面に映るのは見慣れた顔、篠ノ之束でありいつも通りの笑顔で話をしている。
もちろん箒のカードのこともあるが、すでにこととしだいは話し終えた。
しっかりと下準備も済まして、目的を果たさねばならないのだ。
「では、頼んだぞ束」
「了解! こんなこともあろうかと作っておいたものが役に立つよぉ!」
「フッ、それでこそ束だ」
「じゃあ受け渡しの日にね!」
そんな会話を終えて、俺と束の通信は終わる。
とりあえずこちらの下準備は完了したと一息つく。
あとはアルカディアムーブメントを調べるだけだが、それはまた翌日からで良いだろう。
俺は椅子から立ち上がるとベッドに寝ようと上着を脱いだ。
瞬間、ドアがノックされる。
「誰だ?」
ドアを開けると、そこには制服姿のラウラ。
両手で抱えているのはおそらく寝巻きなのだろう。
確かに忍び込んで裸で俺と共に寝るのは良くないと思うが、こう堂々とされて断りにくい俺のことも考えて欲しいものだ。
どうにも、こうまでされると断りにくいというか断るのもあれというか……。
『優柔不断だな』
―――やかましい。
「まぁ入れ」
やましいこともなければ問題ない……はずだ。
せっかく一緒に寝ようとしてくれる女の子を門前払いするほど俺は鬼でもない。
ラウラを部屋に入れると、さっそく服を脱ごうとしているので視線を逸らして着替えを待つ。
とりあえず素数でも数えるかと思ったが俺は数学が苦手だということに気づく。
「嫁、終わったぞ」
嫁じゃないが、なんて言っても無駄だろうから言わないでおいた。
そちらを見れば素直にパジャマを着ているラウラ。
これにて安心と頷くと、ベッドを指出す。
「先に寝ていてくれ」
そう言うと、素直に頷いたラウラがベッドへと入った。
俺が同じベッドで寝るのかと思いため息をつきそうになるも、しょうがないと一息。
ラウラの意識が無くなってきた頃にそっと入ることとしよう。
それが一番無難である。
一夏を羨ましく思っていた時もあった……というか今でも羨ましいが俺はラウラとセシリアの二人で一杯一杯である。
ここに束が加わったと思えばゾッとした。
素直に、単純に一夏を尊敬せざるをえない。
―――さて、来週はいささか忙しくなりそうだ。
この、休息とも言っていい時間を彼は彼なりに楽しむこととした。
この先ずっと、こうのんびりした日々が続くとは思えないからこそ……だ。
あとがき
新章突入です! ここからはオリジナルが大きくなりますがどこぞの姉妹やどこぞの企業などもしっかり出す予定でござる。
まぁ当分はこのアルカディアムーブメントという企業の話になるかもしれないでござるなぁ。
そしてこれに一枚噛んでる者たちなど今回はとんでもなことになる確率100%!
では、次回もお楽しみにしていただければ、まさに僥倖!!