定員割れなのに落ちたのでアカデミアぶっ潰します 作:家臣さん
『拝啓、“
どこかで見た一言を今度は耳で聞くことになるとは。
「それ手紙でも同じ事書いてたけど」
『うう……すみませぇん……』
もし上手く行っていれば今頃アカデミアの入学手続きを経て、本島行きの船に乗っているところだろうか。そんな時に千里は人通りの多い街通りで、とある人物を会話をしていた。
「それで、あんたは何者なんだ?」
『あ、はい。改めて自己紹介しておきます。これから暫くあなたに仕えさせていただく精霊です』
「……どこにいるんだよ」
さっきからずっと声が聞こえていたのにその実態は見えない。幻聴で片付けるには無理のあるレベルで千里の耳に声を響かせてくる。話を聞いている内に手紙の主であることは推測できたが、“精霊”というワードも“神”というワードも前世で聞きなれないものだった。
『ここです。ここ。あなたのデッキの中』
「どれだよ」
一枚ずつカードを滑らせてデッキを確認していく。バニラ色のカードに紛れる、緑色の《凡骨の意地》――見れば見るほど単純なデッキだ。
しかしそれらしいカードはない。聞いたところ女性の声のようだが、女性風のモンスターカードは1枚もないのだ。
『あ、それです。そのカード』
「……は?」
目を取り出して洗ってみようか、耳を外して掃除してみようか――千里は精霊によるストップの合図を聞き、自分の目と耳を疑った。今目にしているカードこそ、千里がアカデミア行きの便ではなくこのような街に居ねばならなくなった諸悪の根源。
デッキに2枚存在している《封印されし者の右腕》――の、2枚目。
「右腕じゃねーか!」
『そうなんですよぉぉぉぉ! 私右腕になっちゃったんです!』
自らが置かれた状況の把握が追い付いていないのは千里だけではないのかもしれない。ともかく、互いが理解している情報を提供しあって整理しなければならない。途方に暮れた表情を一切隠すことなく、千里は実態も見当たらない謎の精霊に話を続けていく。
「……なんで俺がこうなったのか、なんであんたがそんなに訳の分からない事になってるのか説明してくれ」
『は、はい……えーとですね』
千里は人通りの少ない路地裏に一人入り込んでいく。よくよく考えれば周りからは独り言をする奇妙な男にしか見えていない。
『手紙にあった通り、本来あなたはアカデミアの業績を盛り返させるためにこの世界に派遣されたんです。魂が成仏されるところを……』
「やっぱり俺、死んじまったのか」
『お気の毒ですけど。……それで』
バイザウェイで済ませられる話でもないが、千里にとっても哀しいことに今一番気になっていることは自分の生死ではなく彼女の素性だ。
『あなたはエクゾディアのデッキを使って入学試験は簡単に乗り越えられる……予定だったんですけどぉ……』
「もしかしてあんたがやらかしたのか」
『うう……すみません……』
思った通りだ。彼女(?)は千里のデッキにエクゾディアの左腕ではなく、2枚目の右腕を間違えて入れてしまったらしい。そして罰としてその右腕に自らの魂を定着させられた――と。
「よりによって体の一部になっちまったのか。哀れだな」
『そう言ってくださいますか……?』
「全部てめぇのせいじゃねぇか!」
『いやぁぁぁごめんなさいぃぃぃぃ!』
声は可愛らしいのに姿は右腕。考えられる限り最上級のミスマッチだ。千里は絶望の淵に立たされて、コンクリートの壁に体をもたせかけて脱力した。
訳の分からない世界に飛ばされて、自分の果たさねばならない役割とやらも果たせず、行き場を失う。
「それで俺はどうすればいいんだよ。もうアカデミアを救済するどころじゃないだろ」
『い、いえ……そうはいかないんです。任務を果たしてもらうために成仏するあなたを捕まえてここに連れてきた訳ですから……任務を放棄するという事はあなたがここに居る意味がなくなっちゃうんです』
「どうなるんだ……?」
『多分、存在が消えちゃうんじゃないかなぁ……』
「なんだよそれ?!」
反射的にこのカードを破ってやろうかとも思ったが、理性を振り絞って自制した。この“右腕”に喧嘩を売ると返り討ちにあってしまいかねない。
止め処なくため息が漏れていく。入学試験で出会ったあの子は今頃自分の事を笑っているだろうか。
「ここの世界も悪くないって思った俺が馬鹿だった! 俺だってちょっとヒロイン的存在(久留巳ちゃん)との恋愛物語を期待したんだぞ!」
『わ、わかりました! じゃあ私がひと肌脱ぎます!』
「腕が脱ぐのか……」
『違いますよ! 私の体が元に戻ったあかつきには私が一生あなたに仕えます!』
突拍子の無い告白に千里は言葉を失った。そしてその声の主が筋骨隆々の“右腕”であることをすぐに思い出し、更に言葉を失った。
「よっぽど前の自分の姿に自信があるんだな」
『ええもちろん! ボンキュッボンの超絶美人ですから私!』
三度言葉を失った。
「調子に乗んな! お前は今大戦犯のムキムキな右腕だってことを自覚しろ!」
『ずみ゙ま゙ぜん゙んんん!』
一しきり怒号を浴びせたところで今一度千里は力の抜けきった体勢を立て直した。この精霊とやらに関係なく、自分が消滅するなど認められるわけはない。彼に与えられた選択肢は状況の打破のみである。
「なんとかなんねーのかよ……タイムリミットは?」
『厳格には決められてませんけど、私よりも偉い方が痺れを切らしたら、ですかね』
「ガバガバ過ぎないか……? こんなミスやらかしてただでさえ怒ってるんじゃないのか」
『ええそれはもう。お母さんでもないのにこっ酷く叱られました』
「あーわかる。他人とかに怒られるとすごいへこむよな」
『ですよね! ほんと! そんなに怒ることないじゃんって思いましたよ私も!』
「……駄目だこいつ」
* * * * *
「みなさん、アカデミアのご入学、ありがとうございます」
“おめでとう”ではなく“ありがとう”という所に哀しさが感じ取れる。
アカデミア本校が建つ孤島では、新入生の入学式が行われていた。総勢50名であり、着用しているジャケットの色は全て赤だ。汚れ一つない真っ新な制服を見に纏い、フレッシュな新入生が校長のスピーチを聞いている。しかしながら大半はその話を碌に聞かず、夢の旅路かPDAでミニゲーム中だ。
(加賀さん……どうしていないんだろう)
後列でひっそりと辺りを見回すのは、入学試験で千里と出会った“笹乃 久留巳”。彼女は千里がリミットレギュレーション違反で唯一不合格となった事実など知らない。アカデミア行きの船を下りて以来、居もしない人物をずっと探していたのだ。
「どうした? あんた」
突如彼女の動きを停止させたのは、久留巳の隣に座る男子生徒。眉に前髪がかからないその髪型は彼の爽やかさを印象付けるようだ。探している相手ではなかったが、無視をするわけにはいかない。
「あ、ごめんなさい……なんでもありません」
「ふーん、まぁいいや。ふぁぁぁ……ねみぃなぁ」
この反応が普通――彼だけでなく他の新入生も同じような態度だ。そしてそんな体たらくにも関わらず教員は何も口出しをしてこない。今のアカデミアの状況を言葉よりも鮮明に表しているようだ。
(やっぱり、何も考えずここに入ったのは間違いだったかなぁ。加賀さんも見つからないし……)
近年の酷評は彼女も耳にしていた。それでもこの学校を選んだのは、年の離れた姉妹がここの卒業生だったからだ。
愛する姉の顔を思い浮かべていると、再び隣の青年がこちらを覗き込んでいる。
「自己紹介しようぜ。俺は“
「“笹乃 久留巳”です。よろしくお願いしますね」
「おう! よろしくな!」
屈託のない笑顔でそう返した。腐った目の者達が蔓延る学校には相応しくない、真っ直ぐな目をした青年――そんなイメージを持たずにはいられなかった。
入学式が終わるや否や、何かから解放されたように新入生たちは立ち上がり、自らが生活する寮を目指す。レッド寮である彼等は男女関係なく同じアパート寮で生活することとなる。
「覚悟はしてたけど、思った以上だなぁ……」
久留巳が大きな鞄を床に置くと、不安なほど床板が軋んだ。壁は傷み切って黒く変色し、天井は雨漏りと思われるシミが出来ている。備え付けられたキッチンも錆びつき、そこで料理すればもれなく病気がセットでついてくるような気すらしてならない。
「あ! 隣あんただったのか!」
開かれたドアの前に立っていたのは、入学式で初対面した青年だった。どうやら彼が隣部屋らしい。
「皆川さん、入寮は住んだんですか?」
「ああ。しっかしボロッボロだなどこも……男女関係なく手入れされてない部屋なんだな」
部屋を分かつのは薄い壁一枚であり、少しの物音でも周りに聞こえてしまいかねない。プライバシーも減ったくれもないアパートに、神示は虚空を見つめて嘆息交じりの息を吐く。
「あ、あの。皆川さん?」
「んぁ?」
「どうしてこのアカデミアに?」
自分でもこの質問を投げかけた理由は分からない。ただ彼が底辺校の学生には見えないから、という理由だけなのかもしれない。
「ここに惹かれたんだ。この学校は将来大きくなると思ってさ」
「そ、その根拠は……?」
「勘!」
気恥ずかしさの欠片を見せる様子もなく、神示はニッカリと笑って見せた。実際に実力を見たことはなくとも、やはり彼は鶏群の一鶴のように思えてならなかった。
「よーし! 早速飯だ! 久留巳も食いにいくか?」
「あ、はい。ご一緒します」
掃き溜めの中で光る一人の少年――不安に見舞われていた彼女も、どこかで心が安らいでいくのを感じていた。
* * * * *
「そういえばさ」
宛てもなく通りを歩く千里が虚空に向かってそう言った。もちろんこれは独り言ではなく、憎き右腕に話しかけているのだ。
『はい?』
「これっていつの時代? 俺が見てたGXの世界はパラレルワールドか?」
『いいえ。あなたが知っている世界よりも幾年か昔の時代です。ですからあなたが見たことのある人物はほとんど登場しないと思いますよ』
「ああ……アカデミアのレベルを引き上げないとマズイってのはそれが理由か」
オシリス・レッドの“
『だから一緒に頑張りましょう! 私も精一杯サポートします!』
「通り魔とかに出会ってもワンパンしてくれそうだな」
『じょ、冗談はよしてください! 中身はか弱い女の子なんですよ!』
見れば見るほどストレスが溜まるのでこれ以上この話(彼女の見た目)を広げたくない。嘆息交じりに、もっと実のある話を探すことにした。
「……俺のデッキはこれだけか?」
『他にも無くはないですけど、基本は【エクゾディア】に入るカードです』
「紙束か」
『そうですね……紙束です』
「お前の事だよ」
単体だとレベル1の通常モンスターで、攻撃力は200。頭パーツも攻撃力は1000。5枚が揃っていないのならば今すぐデッキから抜いて捨て去ってやりたい。
「パーツを手に入れることは出来ないのか?」
『すっごい高価なので……ちょっと厳しいですね』
「図ったような設定だな。俺を陥れてるんじゃないだろうな」
『違います! あ、それと私はデッキから抜いちゃだめですよ。サポートできなくなっちゃいます』
「ゴミをデッキに混ぜとけってのか。ならお前のサポートなんていらねえ」
『えええ?! お願いしますよぉ! 私もこの任務に貢献しないと私が許してもらえないんです! ずっと右腕のままでいいんですか?!』
「うん」
荒れに荒れているがそれも無理はない。すべてはこの無能な精霊の尻拭いをさせられることになったせいだ。今必死に対策を考えているが、どうやっても答えは見えてこない。こんな謎の生物のせいで自分の存在が消えるなどと言われて平静でいられる方がどうかしている。
頭を抱えて歩いた千里は結局、アカデミアへと続く港に到着してしまっていた。
「あの海の向こうにアカデミアがあるんだよな」
『はい。今頃新入生の皆さんが入寮してる頃でしょうか……ヒィッ!』
目線で彼女を突き刺した。しかしもう文句を言う気力すら沸いてこない。塩気の交った波風が肌を打つ中、千里はその場に胡坐をかいて座り込んだ。風音は止まることなく耳に纏わりつき、悲しみに暮れる彼を嘲笑うようだ。
彼が半ば諦めの表情を見せたその時、“精霊”は声を荒げる。
『そうだ! 悪役になりましょう!』
「は?」
『千里さんが知っているGXの世界では、主人公の“遊城 十代”さんが迫りくる魔の手に仲間と立ち向かって成長していきましたよね』
「おう」
『それと同じ事を千里さんが演出するんですよ! そうすればアカデミアの人たちは団結して強くなるんじゃないですか?!」
きっと今の彼女は迫真の表情をしていることだろう。顔はないが。そしてそれに対する千里の表情は曇りがかかっていた。
「本気で言ってんのか? 俺が敵になれと?」
『はい!』
「あのな……どん底のアカデミア生にそんな意識の高い奴がいると思うか?」
『あー……えーと。そうですね……一人くらいは?』
奮い立てるような声は一転して消えるようなか細い声となった。その場の考えだったようだ。
「……でもな」
それ以外に方法はない。
『千里さん?』
徐に彼は立ち上がった。水平線の向こうに聳え立つアカデミアを外側から潰しにかかるのだ。あとは“彼ら”の成長を両手を合わせて願う――対岸の火事の消化をただ見守る事しか出来ない。
「やるよ。今のアカデミアをぶっ潰してやればいいんだろ」
『千里さん……!』
「これからよろしく頼むぞ、右腕」
『み、右腕……』
第二の人生を取り戻すために、彼は健気に奮闘する。この世界の未来を取り戻すために彼は自らピエロとして踊るのだ。
この、“役に立たない右腕”と共に。
これで一応のプロローグ。色々滅茶苦茶ですがご勘弁。