定員割れなのに落ちたのでアカデミアぶっ潰します 作:家臣さん
「ここがアカデミア……生で初めて見た」
連絡船から降りると、そこに広がっていたのは一面に広がる木々と奥に聳えるアカデミア本校。千里がアニメで何度か目にした光景が、まさか鮮明に眼前に広がる事になるとは。
『これからが本番ですよ。頑張りましょう』
「……あー、何でこんなことに……」
これ以上ない程の項垂れで自らの心境を露わにする。なし崩し的にここまでやって来ざるを得なかっただけだ。
『それで、なんですけど』
「どうしたよ」
『行動を起こす前に、一つ提案があるんです』
良からぬ事に決まっているが、既に千里がやろうとしていることは“良からぬ事”である。これ以上は早々ない。
『早速目的地へ向かいましょう。そこでお話します!』
早朝という事もあり、人影は少ない。身を隠して行動する必要も今の所はなさそうだ。右腕の言った“目的地”に到着したのも、それほど時間は掛からなかった。
「……おい、この学校のセキュリティどうなってんだ」
『ふふ。千里さんが思っている以上にとんでもない有様ってことですね』
「ここって……倉庫か?」
『“カードが収められている”倉庫です! 後は分かりますよね!』
「……吹っ切れろと、そういう事だな」
このままのデッキではとても戦えない。――つまりはそういう事だ。
明るい声でとんでもないことを言う相棒と今後の展開に、千里は沈鬱した。
* * * * *
「じゃあ、この話でもするかい?」
昼休み中の食堂内にて。誰か話題を提供してくれ――という在りがちで理不尽な課題を突き付け、結局自分でその話題を提供した女子生徒は、神示や久留巳より1歳年上である“
「この学園で実しやかに囁かれてるらしい都市伝説なんだけどねー」
「と、都市伝説ですか?」
予想以上に食いつきが良かったのは神示ではなく久留巳だった。その眼を輝かせて好奇心をむき出しにするその姿は普段の彼女からは少しばかり想像し難い。見かけによらずオカルトに興味があるようだ。
「このアカデミアに伝説のカードが眠ってるらしいのよ」
「伝説のカード……! そ、それで?」
「それ以上は知らーん」
「ええ……」
自信満々に提供したにもかかわらず伸びしろの無い話題だった。伊波の適当っぷりが見て取れる。落胆する久留巳を察してか、半ば無理矢理に神示がこれを広げていく。
「俺も聞いたことあるな。精霊……がどうだかって」
「せ、精霊ですか?!」
身を乗り出して問い質す。神示と数センチにまで顔を近づけて数秒後、我を忘れていた久留巳は顔を紅潮させて椅子に座り正した。
「なんだか意外だな。お前がこんな話に興味あるなんて」
「え、ええ……嫌いではないですけど」
「ま、飽く迄も伝説だけどねー。ここじゃ結構有名な話だよ」
1年先にここで生活をしているからこそこの学校については良く知っている。――だが、彼女は久留巳たちと同じ1年生だ。即ち留年組。
そんな彼女と知り合うことになったのは、彼女が久留巳の隣の部屋で生活することになったから……留年した者は部屋の移動がない。
「ふぁぁ……まぁこんな感じで一応ここについては詳しいから。これからよろしく」
「は、はい。こちらこそ……」
このアカデミアにおける留年は特別なことではない。毎年数割の学生が留年を経験することになる。授業の出席すらまともにしていない者が多い現状ではそれも必然か。
「こんな底辺校じゃあデュエリストの闘志なんて絶対集まらないっしょ」
「闘志?」
「うーん。その伝説のカードを手に入れるには闘志が必要なんだって。訳わかんないよね」
そう言い投げて伊波は椅子の背に体を預けた。首を擡げて時計を確認した瞬間、昼休みの終了を告げるチャイムが鳴り響く。
慌てた様子で椅子から立ち上がる久留巳と神示を後目に、伊波はその場から動くことはなかった。
「授業行かないんですか?」
「んー……まぁ面倒だしいいや。行ってていいよ」
へらへらした表情で右手を挙げた。これが留年の原因か。
一礼して別れた後小走りで教室へと向かう。その間に2人は何を思っていただろう。
「このままじゃ駄目だよな」
「……アカデミア、ですか?」
「俺一人が何かしたところで変わる訳じゃないんだろうけどさぁ」
「私は……皆さんが頑張ればきっと変わると思います」
彼女の言った言葉は神示にも大きく響いた。気恥ずかしさのせいか久留巳はじっと前を見ているだけだったが、その言葉は本物だ。
「……どうしてそう思うんだ?」
「ふふ。勘です」
“皆川 神示”という男が居るから――そんな本音をここで漏らす度胸は、奥手である彼女にはなかったようだ。
* * * * *
海のような青黒い夜空に、無数に輝く星が浮かぶ。世界が繋がっていることを思い知らされるように、空は水平線の向こうにもかかっている。全ての生物が眠りにつく時間帯に、決死の思いで行動する男が一人。
セキュリティ対策も行われていないこの空間だからこそこんなことが出来る。久留巳の住む部屋の窓から現れたのは、まるで信じられない人物だった。
「か、加賀さん?! どうしてここに!」
「シーッ! 静かにしてくれ……!」
ベッドから身を乗り出して、窓の外からやって来た、予想をはるかに上回る来客を目の当たりにする。髪がピンと跳ねているところもまた可愛らしいが、命がけで任務を遂行する今の千里にそのような目は持ち合わせていなかった。
「あ、あの、今まで何をしてたんですか……?」
入学式に姿を見せず授業でも一度も顔を合わせていない。そんな彼が夜に突如姿を見せた。それも自らの寮内に、さらにドアからではなく窓から。普通ならば悲鳴から始まって一瞬で警察のお世話になるようなお話だが、その悲鳴をあげなかった久留巳に千里は感謝の念を覚えずにはいられなかった。
しかし。今の千里は彼女の敵。
「え……な、なにを――うぐぅっ!」
今一度、久留巳を夢の中へと誘った。睡眠薬を染み込ませたハンカチを無理に当て始めて彼女が眠りに落ちる間の罪悪感は言葉に出来るようなものではない。涙を呑んで心を鬼にし、悪役として彼女を攫うのだ。
『こんなことさせてしまってすみません……でもこの世界のためです!』
「くっそぉ……嫌われるくらいじゃ済まないぞ……」
脱力して床に伏せる彼女を抱え上げた。思った通り背負って走ることも出来るくらいに軽い。これならば後に追手が来ても逃げ延びることが出来る筈だ。
薄明の室内に射す淡い月光が、安らかな表情で眠る彼女を映えさせている。時間さえあればずっと見惚れていたことだろう。千里も、右腕も。
『悲劇のヒロイン……ですね。かわいいです』
「そ、そうだな……」
『でも私には叶いませんけどね!』
「握力とかか?」
『ルックスです! ルックスゥ!』
こんな漫才をしている場合ではない。千里は眠る久留巳を連れて外へと脱出を試みる。――が、そう上手くは行かないらしい。
「何やってるんだ?!」
「うぉっ! やべえ!」
薄い壁一枚は当然防音機能を兼ね備えていない。千里と久留巳の短い会話も、隣の部屋には筒抜けだ。壁の傍に置かれているベッドで眠る神示にそれが聞こえたのも必然的だった。
「てめぇ……何のつもりだ! 久留巳をどうするんだよ!」
「ちょ、ちょっとまってくれ。他の奴が集まってきちまう。俺は別に――」
――その後の言葉が見つからない。彼女を攫うことは言い逃れようのない事実であり、自分がアカデミアの敵であることを承知の上でこの行動をとっているのだ。言葉で解決できる状況では決してないことを、改めて千里は思い知らされた。
「久留巳を離せ! さもないと……」
このままでは作戦は失敗に終わり、千里は任務を果たせず消滅する。抱きかかえている彼女がいくら軽いとはいえこの状態で窓から降りることも出来ない。
『千里さん! 私に任せてください!』
隣に浮かぶ右腕は一瞬その姿を消した。そして――
『バァッ!』
「うわあぁぁっ!」
青天の霹靂……ではなく暗夜の右腕。神示の眼前に突如現れた筋骨隆々の
「し、しまった……!」
右腕の幽霊の登場による混乱が解けると同時に、神示は久留巳を連れ去った犯人を追いかける。他の人間を呼んでいる暇はない。
犯人との距離は数十メートル。外灯も少ない暗闇の野原という条件下でこれ以上距離を離されては、犯人を見失ってしまう。
『どうです私! 結構やるでしょ!』
「俺もビビった……他人の前で実体化も出来るんだな」
『この体にも大分慣れたんです! 言ってて悲しくなってきました!』
デュエルではまず役に立たないが、思わぬところで活躍してくれるらしい。あとはこの気持ちの悪い見た目でなければ最高なのだが……これ以上の注文は彼女を泣かせてしまう。涙が実際に流れるかどうかは別問題だ。
「それで……この子をどうすればいいんだ」
『まずはこの子を餌にして他の人の戦意を高めるんです。さっきの人なんて適役じゃないですか?』
「ああ。主人公みたいな奴だった」
『きっとこの子の王子様的なポジションなんですよ。いいですねぇ……』
右腕のそんな一言を聞き、千里は突如その駆け足を止めた。
『あれ? どうしました?』
「……本当なら」
『え?』
「本当なら俺がそのポジションだったんだろうが!」
『あ……』
漸く心の奥底に抑えることができ始めていた感情が再び湧きあがっていくのを感じた。甘酸っぱい青春を彼女と過ごし、悠々自適なアカデミア生活を送ると期待していたのに。今の自分は彼女を攫い、主人公の座を乗っ取った人間に追いかけられている。そう思うと怒りの矛先は先ほどの男へと向かう。
「俺はあの男に負けなきゃダメなのか?」
『一応……そうなっちゃいますね。彼を初めとしたアカデミア生を成長させたうえで、千里さんには少なくとも最終的には打ち倒される役目を果たして頂くことに……なります』
最大限まで自分一人にヘイトを集中させてから敗北して退場。それが千里に課せられた使命……なのだが。
「許せん」
『せ、千里さん?』
「そんな事許せるか! あいつだけはここで叩き伏せる!」
踵を返して追いかける男を待ち受けた。数秒もしないうちにその目的の男は千里の元へと追いついた。
傍の大木の根本に眠る久留巳をゆっくりと置き、千里はデュエルディスクを展開してみせた。宣戦布告の合図だ。
「おい! お前の目的は何だ!」
「お前に罪は無いが、お前に恨みがある! だからデュエルしろ!」
「な、なんだそれ?!」
神示の疑問ももっともだが、相手が逃げないのならば好都合だ。久留巳を助け出す絶好のチャンス。
「「デュエル!!」
千里 LP4000
神示 LP4000
先攻は神示からスタートする。
「俺のターン! 《融合》を発動し、《バフォメット》と《幻獣王ガゼル》を融合――現れろ! 《有翼幻獣 キマイラ》!」
《有翼幻獣 キマイラ》 星6/風属性/獣族/攻2100/守1800
「1ターン目で攻撃力2100のモンスターか……厄介だな」
今の時代、アニメでも聞かないような言葉をまさか自分が言うことになるとは――3枚のカードを消費したとはいえ、この時代のカードプールでは2100というラインは中々に脅威となる。
白い翼をはためかせて前傾姿勢で2つの頭がこちらを威嚇する。破壊されても後続を呼ぶことが出来る、様子見のモンスターとしては最適のカードだ。
「俺はこのままターン終了」
「……俺のターンだ」
行動を起こす前、千里はとある場所でカードを一部調達している。紙束からの脱却は成し遂げていないが、一矢報いることは出来る。
「《封印されし者の右腕》を召喚!」
「な、なんだって?!」
鎖につながれた体の一部がふよふよとフィールドを浮遊する。これ以上ない狂気的な光景もさることながら、そもそもエクゾディアのパーツがフィールドに現れる事自体普通ならば考えられない。彼のリアクションももっともである。
攻撃力は200だが、なんの策もなしにこのような弱小モンスターを出すわけはない。
「装備魔法《下克上の首飾り》発動!」
腕に吊り下げられたのは大きく見開いた目が描かれている首飾りだ。ブレスレットと呼んだ方が適切やもしれない。
「行くぞ! 右腕でキマイラに攻撃!」
『任せてください! あんな化け物一撃です!』
「化け物はお前だ!」
拳を作り、右腕は神示のモンスターへと一直線に向かっていく。両者が衝突した瞬間に《下克上の首飾り》は輝きを見せる。
「装備モンスターが戦闘を行うとき、相手モンスターのレベルの差×500ポイントの攻撃力を得る!」
2体のレベル差は5。つまり、右腕の攻撃力は2500上昇する。
《封印されし者の右腕》 攻撃力200→2700
「に、2700……?!」
『くらいなさい! アルティメット・パウンド!』
どこかで聞いたことのある技名と共に放たれた強烈な右ストレートは、鈍い音をたててキマイラを吹き飛ばす。“右腕”というキャラクターを如何なく発揮するその姿と前向きな姿勢には見習うべきものがあるかもしれない。
耳を劈く爆風は600のライフダメージとなって神示を襲った。
神示 LP4000→3400
「エ、エクゾディアにこんな戦い方があるってのかよ……!」
「ねえよ!」
「ねえの?!」
強敵を打倒した右腕は鬼の首を取ったような腕で千里のフィールドに舞い戻る。
「……キ、キマイラの効果により、墓地から《幻獣王ガゼル》を蘇生するぜ」
《幻獣王ガゼル》星4/地属性/獣族/攻1500/守1200
後続を呼ぶことは出来たが、これでも装備カードを備えた右腕を倒すことは出来ない。奇妙な固い壁に、神示はただ歯を食い縛る事しか出来なかった。
「どうした
『いいですよ千里さん! 輝いてます、真っ黒に!』
半ば目的を見失っている気がしないでもない。独りよがりの憎しみを込めて、悪役としてその役目を果たす。
既に後戻りできない所に、千里は立っている。
こっちの小説を優先した方が良いかもしれない。
長くはならない予定だし、いいかな。なんて思ったりします