ラブライブ!~オタク女子と九人の女神の奮闘記~【完結】 作:鍵のすけ
真姫によって曲を作ってもらった翌日から、練習の質がまるで見違えた。曲が出来たことにより、明確な目標が定まり、それに向かって練習する。当たり前のことのようだが、今まで曲が無かったことを考えれば、そのやる気も出るのは明白。そして、その日から基礎体力アップの他に、ついに振り付け練習も追加された。
今日も神田明神で練習が行われている――。
「ワンツースリーフォーファイ、穂乃果ちゃん遅れたよ!」
「うん!」
「シックスセブ、ことりちゃんちょっと早すぎるよ!」
「わかった!」
思穂にはマネージャーらしく、海未の補佐を任せられた。手拍子でリズムを取り、ダンスが遅れたり早すぎたりしないか、それでちゃんと振り付けが出来ているかどうかを見るだけだが、それがかなり難しい。自分でしっかりとテンポを作らなければならないし、ちゃんと三人を見なければならない。これがダイレクトに全体の完成度に関わってくるのだから、更に思穂は緊張した。
(う~……早朝にやることじゃないなぁ……これは)
とは言いつつ、思穂は相当に気合いを入れて取り組んでいた。リズムもメトロノームのごとく正確なのに加え、ダンスも振り付け表をもらったその日の内に頭に叩き込んだ。本来ならば格闘ゲームの複雑なコンボルートや一昔前のゲームのパスワード、更に漫画のページを全て記憶するためにしか使われていない思穂の記憶力をフルに活かした結果だ。
朝最後の通し練習が終わると、穂乃果とことりは一目散に日陰の方へと飛び込んだ。
「終わったぁ~!」
「お疲れ穂乃果ちゃん達! 良い感じだったよ!」
三人へスポーツドリンクを手渡した思穂は自分用の栄養ドリンクを一気に飲み干した。最近、μ'sの練習で早く起きる習慣が付いたものの、遅く寝ていることには変わりないため全く疲れが取れない。この栄養ドリンクは、いわば麻酔のようなものだった。
思穂は昨日、アイドルをプロデュースして頂点に上り詰めるというアニメを視聴していた。十数人もの女の子が動いて笑う姿に、思穂は何度も涎がこぼれそうなのを我慢した。これが桃源郷か――そう悟るのもそう遅くはなかった。特にゴスロリ服を着た女の子と猫耳を付けた女の子は思穂の琴線にビンビンと触れてしまった。
「私達、随分出来るようになったよね?」
「ええ。二人がここまで真面目にやるとは思いませんでした。穂乃果と思穂は寝坊してくるものとばかり思ってましたし」
「大丈夫! その代わり授業中、沢山寝てるし!」
そう言い、穂乃果は地面に寝転がった。思穂も寝転がりたかったが、練習着の皆とは違い、制服だったのでそれをグッと我慢する。
「穂乃果ちゃんに同じく! 最近段々眼も開けて寝られるようになってきたよ!」
「すっごーい! 思穂ちゃん、やり方教えて~!」
その後、海未に物凄く怒られたのは言うまでもない。反省はしていた、しかし後悔はしていない思穂である。
「あ!」
何かを見つけた穂乃果が立ち上がり、階段下へ駆け出した。
「お~い! 西木野さ~ん! 真姫ちゃ~ん!!」
その言葉に真っ先に反応したのは真姫ではなく、思穂だった。
「真姫ちゃん!? その存在は穂乃果ちゃんの言葉でなく、心で理解出来たよ!!」
言うが同時に思穂は階段を駆け下り、真姫を抱き締めた。逃げられまいとしたが、割と抵抗が無かったのに拍子抜けだった。
「うえぇぇ!?」
「いやぁ! この匂い、シャンプーの香りか! てっきり香水かと思ってたのに、この素朴な感じはイエスだね!!」
ずるずると穂乃果達の前まで真姫を連れて行きながら、思穂は思いっきり彼女の香りを堪能していた。
「は、離れなさいよー! あと、大声で呼ばないで!」
「何で?」
「恥ずかしいからよ!」
穂乃果と真姫による小気味いいやり取りが終わるのを見計らい、思穂はポケットから音楽プレーヤーを取り出した。それを穂乃果に渡すと、彼女は真姫にそれを勧めた。
「あの曲、三人で歌ってみたから聴いて?」
「はぁ? 何で?」
「自分が作った曲なんだから聴いてみなよ」
思穂の指摘に、真姫は顔を背け、ついに腕を組みだした。
「だからぁ、私じゃないって何回言えば……!!」
「ちょいな!」
そんな真姫へ、思穂は再び絡みつく。その時点で思穂の目論見に気づいた穂乃果が途端、悪い顔になる
「ちょっ……離しなさ……い、よ!」
「ああ~これは抱き枕にしたいっすわぁ~。これだったら捕まっても後悔しないですわぁ~。片桐思穂、もう夕刊の一面に載っても後悔しませんわぁ~」
真姫が声を上げる寸前、穂乃果が手早くイヤホンの片側を彼女の右耳に入れた。どうやら即席の作戦は成功したようだった。それにしても、と思穂は真姫の諦めの悪さに苦笑する。あの歌声はどう聞き間違えても真姫のものだというのに、本人は頑なにそれを認めようとしない。むしろそういう芸なのかとすら疑ってしまうレベルだ。
「よ~し! 思穂ちゃん、作戦成功だね!」
「うん! さーやっちゃってください穂乃果ちゃん!」
「分かった! それじゃあ海未ちゃん、ことりちゃん!」
穂乃果の呼びかけで海未とことりが駆け寄ってきた。
「μ's!」
海未の言葉に続き、ことりが言った。
「ミュージック!」
そして、思穂と穂乃果も加わり、全員の掛け声で音楽プレーヤーが再生される――。
「スタート!!」
三人の現時点での“精一杯”が作曲者の耳にどう聞こえたかは、誰も知る由はなかった。
◆ ◆ ◆
「あぁ……やっぱり屋上で読む漫画は良いもんだね!」
神田明神からそのまま登校してきた思穂は誰も居ない屋上で漫画を読んでいた。借金が物凄い執事と、超お金持ちのお嬢様との日常を描いた物語だ。執事のスペックが凄まじく、思穂はいつもこんな執事がいたらな、と思っていた。もちろん現実と二次元はしっかり分けているので、そこまで夢見がちな事は言わないが、それでもやはりどこかで憧れている節があった。
「なんかこう……いきなりバタンってあそこの扉が開いて、現れないもんかなぁ執事さん」
屋上の扉を少しだけ眺め、また漫画の方へ視線を落とした瞬間――扉が開け放たれた。
「無理です!!」
「ほわっちゃ!?」
一瞬だけ、思穂の心臓は大きく高鳴った。こんな都合良く扉が開け放たれるなんて夢にも思わなかった思穂は思わず漫画を閉じていた。
(も、もしかして本当に執事さんが!?)
だが、やはり現実は非情である。見上げた先には、良く知る大和撫子が青ざめた顔で両膝に手をついていた。
「……はぁ」
「っ! 思穂! 今、貴方ため息吐きましたね!?」
ばっちり見られていた。顔が引き攣っていないか心配になりつつ、思穂は海未へ笑顔を返した。
「ううん! ぜんっぜん! ……ところで、穂乃果ちゃん達は?」
「そ、それは……」
などと聞いている内に、穂乃果とことりが屋上までやってきた。二人から事情を聴くと、どうやら今朝登校中に、三年生からファーストライブでやる曲をちょっと見せてくれないかと言うお願いを引き受けようとしたら、いつの間にか海未が居なくなってしまったらしい。
ここに来て、思穂は海未の欠点をようやく思い出した。園田海未という人間は一言で言うのなら、恥ずかしがり屋である。良く見知った人間の前ならば絵に描いたような大和撫子なのだが、それ以外の人間しかも大勢の前での海未は、まるで蛇に睨まれた蛙の如く。
「歌もダンスもたくさん練習してきました。……でも、人前で歌うのを想像すると……」
「緊張しちゃう?」
ことりの質問に、海未は静かに頷いた。しかし、ある意味正常な反応なのかもしれない。そう思穂は感じた。和菓子屋でいつもお客さんの前で声を出している穂乃果や、妙に肝が据わってそうなことりはともかく、“人前で声を出す”という経験が少ない者がいきなり歌って踊れと言われたら、こうなるのも無理はなかった。
「そういう時はね! お客さんを野菜と思えってお母さんが言ってた!」
穂乃果の言葉に、海未は目を閉じた。閉じること数十秒、海未が何を思ったのか、いきなり立ち上がり、壁にしがみついた。
「私に一人で歌えと!?」
「海未ちゃんの想像力ってたまに小説家に向いているなーって思う時が多々あるよ」
しかしこれはいよいよ本格的に何か手を打たなければならないと思穂は両腕を組んだ。海未には悪いが、今の状態でファーストライブを乗り切れるとはとてもじゃないが思えなかった。それは穂乃果とことりも感じたようだ。穂乃果とことりと思穂の意見が一致したところで、海未がポツリと呟いた。
「人前じゃ無ければ……人前じゃ無ければ大丈夫だと思うんです……!」
とうとう頭を抱え、丸くなってしまった海未を見た穂乃果の表情が引き締まった。そして、海未を立たせた穂乃果は言う。
「色々考えるより、慣れちゃったほうが早いよ!」
「レベルを上げて、物理で殴った方が早いって奴だね! さっすが穂乃果ちゃん!」
そうして穂乃果は海未の手を引っ張り、走り出した。
「よーし、じゃあ私も!」
思穂も穂乃果達に続こうとした瞬間、校内放送が鳴り響いた。
『二年生片桐思穂さん、理事長室まで来てください。繰り返します二年生片桐思穂さん、理事長室まで来てください』
「……へ?」
「お母さん?」
思穂を呼び出したのは、他でもない南ことりの母親である、この音ノ木坂学院の理事長であった――。
◆ ◆ ◆
「失礼しま~す」
「はいどうぞ。色々ごめんなさいね、片桐さん」
思穂が理事長室へ訪れたのは結局放課後となっていた。呼び出しに応じ、すぐ理事長室へと向かったが、ちょうど理事長に電話が入ってしまったようで、そのままウヤムヤとなってしまったのだ。
そうして、この放課後に改めて思穂が呼び出された。正直、もうちょっと早く呼び出してくれれば、穂乃果達と一緒にチラシ配りが出来たのにと少しばかり思穂は唇を尖らせた。
穂乃果の考えた海未の“慣らし”とは沢山人がいる所でチラシを配ると言うものだった。単純だが、一度人がいる前で声を出してしまえば、後は勝手に慣れるという非常に良い案であった。しかし、思穂はその結果をまだ知らない。昼休みにチラシを配りに行ったようだが、いつ呼び出されるか分からなかった思穂は参加できず、放課後も校門前でチラシ配りをやるみたいだが、とうとう呼び出されてしまったので、それはとうとう叶わずと言った結果。
これがただの教師なら、当然の如くバックれるのだが、呼び出し相手は他でもないことりの母親。逃げるなんて選択肢はなかった。
「いえいえ。理事長も忙しいのは分かってますよ」
「あら。今は二人きりなんだから、いつも通り“おばさん”で良いわよ、思穂ちゃん?」
「あ、そうですか! そしたらそうしますね!」
穂乃果と海未と共にことりの家に遊びに行くことも珍しくはない思穂は、割と理事長と顔を合わせていた。一度学校の外に出た理事長は“理事長”という雰囲気はまるで無く、ただの優しいことりのお母さんだった。その雰囲気とも合わさり、昔から思穂は理事長の事をおばさんと呼んでいたのだ。
「それで、今日って何で私呼ばれたんですか?」
「……単刀直入に言うわね。実は思穂ちゃん、今先生たちの間で噂になっているのよね」
「前からそういう気がしますが……。もちろん良い噂じゃないですよね?」
「ええ。実は今年の四月から赴任してきた先生が思穂ちゃんの授業態度を問題視しているみたいなのよ」
理事長はその次の言葉をとても言いにくそうにしていたが、それでもハッキリと言ってくれた。
「しかも、入学試験の時の思穂ちゃんの成績に疑問を持っているようなの。オブラートに包まずに言えば――カンニングをしたんじゃないかって」
流石の思穂も、日ごろの授業態度とテストへの考え方を振り返らざるを得なかった。まさかそこまで重大な問題へと発展しているとは夢にも思わなかった。だが、動揺してはいない。もちろん予想出来ていたことをなあなあで対策を打たなかった思穂が全面的に悪い。
「それはまあ……あの時は気合い入れましたからね」
「ことりの親の立場で言えば、そんなものは無視しなさい。と言いたいところなのだけれど、理事長の立場もあるからむしろその対応を考えなければならないのよね。本当、ごめんなさい」
「謝らないでくださいよおばさん。トップに立つ者として、それ以外の対応をしちゃ駄目です。……それで、私ってどうなるんですか?」
「――その先生から提案があったわ」
理事長が説明してくれた内容を要約すると、こういうことだ。テストをし、その結果次第で思穂への指導を検討する。成績が良ければ処分を見送り、悪ければ部活動その他全てを強制停止し、成績の向上が見込めるまで補習をするということらしい。
「……また、随分と熱心な先生がいたもんですね」
「ええ。本当に真面目な先生だからこそ、先生たちも何も言えなかったみたいよ?」
「そのテストの日って、いつですか?」
理事長が卓上カレンダーを思穂の方に向け、テスト予定日を指さした。
「……え?」
「あとでその先生から正式に日程を伝えられるはずだけど、どうやらその日で確定みたいよ」
思穂は全身から力が抜けそうになった。当然だ、その日は何を隠そう――。
「新入生歓迎会の放課後……!?」
――穂乃果達μ'sのファーストライブの日だったのだから。