ラブライブ!~オタク女子と九人の女神の奮闘記~【完結】 作:鍵のすけ
思穂は今日も今日とて眠かった。それもそのはず、中古のゲームショップに寄ったら何と名作中の名作である『トカゲンクエスト』の初代が置いてあったのだ。プレミア価格、残り一本、自分の手持ちには丁度同じ金額。……これはもう決まりであった。
はやる気持ちを抑え、日が沈むころからゲームプレイ。一昔前のゲームだけあり、ハード自体も古く、中々電源を入れるのに苦労したが、それさえ乗り切れば後は桃源郷。最近のゲームしか知らない者は内容がチープ、音楽が安っぽいなどと馬鹿にするだろう。だが、それが良い。当時の同志達は皆、嬉々としてプレイしていた事実に何ら変わりはないのだから。
今と昔の演出の違いを考察しつつプレイしていたら、いつの間にか起床時間まであと四時間と少し。また怒られよう。思穂にとって怒られるのはもはや前提だった。
「おっはよ~……今日も眠いね……ん?」
「学校が無くなる学校が無くなる学校がぁ……」
思穂が朝一番に目にしたのは、机に突っ伏し、まるで呪詛のように何度も同じ単語を呟いている穂乃果の姿だった。そんな穂乃果を心配そうに見る海未とことりへ思穂は歩き寄る。
「おはよ~。穂乃果ちゃん、どうしたの?」
「あ、おはよう思穂ちゃん。それがね……」
ことりの言葉を引き継ぐように海未が言った。
「昨日の廃校宣言をようやく受け入れ始めたみたいですよ」
「……あ、ああああ!! そうだったぁ!!」
その言葉で、ようやく思穂もその事を思いだし、頭を抱えた。余りにも眠すぎて、頭が全く回っていなかった思穂はとりあえずチョコレートを一齧りし、脳に糖分を与える。
「……思穂もですか」
「あ、あはは……」
ことりが困ったように笑う。どうやら穂乃果以外に“こういう”人がいるとは思っていなかったようだ。
「そ、そんな……どうしよう……!? 私の……私の……!!」
「……思穂ちゃんと穂乃果ちゃん、すごい落ち込んでる……。二人とも、そんなにこの学校が好きだったなんて……」
今にも泣きそうなことりの言葉を、海未はきっぱりと否定した。
「違います。恐らく二人とも全く違うことを考えているはずです」
「違うこと?」
海未の予想はそのままズバリ、的中していた。長年の幼馴染としての経験が穂乃果の決定的な勘違い、そして思穂の嘆きの真意をほぼ正確に感じ取っていたのだ。
瞬間、穂乃果がことりと海未の元へ泣きついた。
「どーしよう!? ぜんっぜん勉強してないよー!!」
「……え?」
首を傾げ、頭にハテナマークがいくつも飛び出していたことりへ、穂乃果は更にまくし立てる。
「この学校無くなったら別の学校入らなくちゃいけないんでしょ!? 今から試験の勉強なんて間に合わないよぉー!!」
「え、えぇ~……?」
なら思穂は何を考えているのだろう、とことりがそちらへ向くと、すぐに海未が言いたいことを理解した。
「大変だぁ! 私のオタクライフがピンチだよぉ!!」
それこそ穂乃果のように机に突っ伏し、思穂はおいおいと泣いていた。それはもう、先生や生徒会長に呼び出された後でも見せたことのない泣き姿である。
何もコメントすることが出来ないことりへ、海未が呆れたように締め括る。
「やはり同じようで全く違うことを考えていましたか」
「海未ちゃんやことりちゃんや思穂ちゃんは良いよー! そこそこ成績良いし、ちょっと勉強するだけでいいんだから!! それに比べて私はー!!」
「いや、私達と思穂を比べるのは……」
海未が何とも言えない顔でまだ泣いている思穂の方を見た。ことりも思穂と一緒にされることには少し思う所があるようで、小さく首を捻っていた。
「ええい、もう! いい加減二人とも落ち着きなさい! 私達が卒業するまで学校は無くなりません!」
「……え?」
「嘘……?」
穂乃果と思穂が縋るような目で海未を見る。
◆ ◆ ◆
思穂達は中庭の真ん中辺りにある木の側に座っていた。時間は過ぎるのが早く、もう昼休み。特に思穂は授業中のほとんどを寝て過ごしていたので、余計そう感じてしまう。ゲームのやり過ぎって怖い、ついそんなことを考えてしまうが今の所特に支障はないのでそれは良しとすることにした。
ぐっすり寝たおかげと、海未からの懇切丁寧な説明でようやく今の音ノ木坂学院の状況を正確に理解した思穂はひとまず安堵していた。要は『現在いる生徒達が卒業してから正式に廃校となる』である。ならば廃校まで、最短でも後三年。
「なーんだ、それならそうと早く言ってよ海未ちゃん」
「そうだよー、穂乃果びっくりしちゃった! いやぁー! 今日もパンがウマいっ! 安心したら余計お腹空いちゃったよ~!」
思穂と穂乃果のあまりにも現金なその言いぶりに、海未はもはや怒る気も失せてしまっていた。
「……でも、正式に決まったら、一年生は入ってこなくなって、来年からは二年生と三年生だけ……」
「今の一年生は卒業まで後輩無し……ってことになるよね」
“その先”を言い辛そうにしていることりに代わって、思穂ははっきりとそれを口にする。二年生である自分達はまだ良いが徐々に、だが確実に人がいなくなっていく音ノ木坂学院を見ることになる一年生の心境は計り知れない。
「――ねえ? ちょっと良い?」
「あ……」
自然と思穂達は立ち上がっていた。何故なら自分達に話し掛けてきた二人組の内の一人は、生徒会長である絢瀬絵里だったのだから。もう一人の女生徒は絵里に見えないよう、思穂に小さく手を振っていた。
「片桐さん、また授業中寝ていたわね。放課後、生徒会室に来て頂戴」
「いきなり!?」
早速の死刑宣告に肩を落とす思穂。だが、用件はまだあるようで、絵里は次にことりへ視線をやった。
「南さん」
「はいっ!」
「貴方、確か理事長の娘よね? ……理事長、廃校の件について、何か言ってなかった?」
「……いえ、私も初めて知りました……」
質問した時からずっとことりの目を見つめていた絵里はその返事で用が足りたようで、すぐに視線を外した。
「ありがとう。では失礼するわ。……片桐さんは放課後、逃げないように」
「あ、あの! 絵里先輩!」
気付けば思穂は絵里を呼び止めていた。立ち止まり、首だけを動かし、思穂を見る絵里の瞳は冷たかった。だが、それでも思穂は聞かなければならないと妙な義務感に駆られていた。
「……何かしら片桐さん?」
「本当に学校、無くなってしまうんですか?」
数瞬の間。その間に絵里が何を考えているのかは思穂には分からなかった。分かるはずが無かった。なぜなら当の絵里から発せられた言葉は――。
「貴方達が気にすることじゃないわ」
――明確な拒絶の言葉であったのだから。
「っ……!」
歩き去っていく絵里ともう一人の女生徒の後姿をただ見送ることしか出来なかった思穂は、無意識に握り拳を作っていた。
「思穂ちゃん、大丈夫?」
「……うん、ありがと。ことりちゃん」
ちょうど昼休みが終わるタイミングだったので、思穂たちは教室に戻り、午後の授業に備えることにした。
(絵里先輩……どうしてあんな……)
授業中、思穂はずっと絵里の顔を思い浮かべていた。とある事情で、人の顔色ばかり伺ってきた思穂だからこそ断言出来た。絢瀬絵里と言う人間は間違いなく――。
「し~ほちゃん! 授業終わったよ?」
穂乃果の優しい声で、思穂は目を覚ます。まさか同じ居眠り常習犯の穂乃果に起こされるとは夢にも思わなかった。心なしか、穂乃果が得意そうな顔をしている。
「ほ~れほれほれほれ」
「ちょっ! あははははは! 止めてよ~思穂ちゃ~ん!! ひどいよ~! おこ、して! あげたのに~!」
少しだけ腹が立ったので思い切り脇腹をくすぐることにした。身体を
穂乃果達はこれから生徒を呼び込むための“何か”を探しに校内を歩き回るそうだ。すごく付いて行きたかったが、怖い生徒会長を放置しておくほど思穂は命知らずではない。頬を軽く叩き、思穂は生徒会室を目指す――。
「失礼します」
ノックもそこそこに、生徒会室へ入った思穂は相変わらずの緊張感に思わずふざけたくなってしまったが、そこは我慢。火に油を注ぐアホはいない。
「……来たわね片桐さん」
「昼休みぶりですね。希先輩も先ほどぶりです!」
「お、今日も余裕やん? まあ、それはそうと、お茶飲む?」
「はい、頂きます!」
すると既に用意していたのか、会計の女生徒が小さなお盆に湯呑を乗せて持ってきてくれた。湯呑には湯気がゆらゆらと立ち上っており、明らかにタイミングを読まれた感じがすごい。
思穂はそのタイミングを読んだであろう、おさげの女生徒――
「いや~……相変わらず犯罪的ですよね。一体何食べればそんなどこかの星のピンク玉みたいなお胸になるんですか?」
「ずばり! 日々の規則正しい生活や!」
「くっ……! 何て難易度の高さ……!!」
そろそろ絵里が本格的に睨みを利かせて来たのでここで希との雑談はおしまいとなった。いよいよ本題とばかりに、絵里は一つ咳払いをしたあと、話し始める。
「……もう何度も言っていると思うけど、学校は勉学に励む場所です。……貴方の行動は既に先生方の目に余っている……というのはこの前言ったわよね?」
「正確には先週の月曜日のお叱りで、先生方もとうとう注意する気が失せてきた、ですよね?」
「……ええ、そうよ。いくら私でも、そろそろ庇い切れなくなっているの。だから、くれぐれも自重するように」
「何だかんだ言って、私の事見捨てないでいてくれる絵里先輩ってすごく面倒見良いですよね」
「なっ……! そんな訳無いでしょ!? 私はこのオトノキの評判を悪くしないために仕方なくやっているのよ……!」
少しだけ顔を紅くしながらそう反論する絵里にもはや怖い所は見つからない。むしろ親しみが持てるほどだ。思穂の勝ちを見たのか、ここで希が助け舟を寄越してくれた。
「まあまあエリち、そこまでにしとき? 思穂ちゃん、やってもらうことはいつもと同じでええよね?」
「あ、はーい。書類整理頑張りまーす!」
「……仕事が終わるまで帰ったら駄目よ」
「もちろんですよ絵里先輩。さっさとやって、さっさと帰らせて頂きます! 何たって、今日は気になってた漫画の発売日なんですから!」
そう言い、思穂は絵里の横に置かれている机に座り、溜まっていた書類を広げた。思穂は生徒会役員よりも座り慣れた備品の机の引き出しから、自分用の指サックを取り出して指に嵌め、素早く書類をめくり始める。
こうして書類整理を手伝うのは何もこれが初めてではない。初めて生徒会の仕事を手伝わされたのは、二年生になる直前である。何でも、生徒会の仕事を手伝うことによって先生方に“誠意”を示しているという話だ。
何だかんだで面倒見が良い先輩のため、思穂は今日も今日とて指を動かした。
(……あ、穂乃果ちゃんだ。頑張ってるなー)
遠くから穂乃果達三人組が歩いて、どこかに行こうとしているのが見えた。歩く方向から推測するに、恐らく弓道場へ向かおうとしているのだろう。
相変わらず穂乃果の行動力はすごい、と思穂はそう思った。思い立ったが吉日をあそこまで地で行くことは中々に難しい。だからこそ、思穂は穂乃果に期待していた。もちろん自分でも何とか廃校を阻止するために色々やってみるつもりだが、それでも穂乃果の“ドでかい”ことが楽しみでしょうがない。
(きっと私が思いつかないような事をしでかすんだろうなー)
その翌日、穂乃果がスクールアイドルをやると言い出したのは、本当に思穂でも予想が付かなかった――。