ラブライブ!~オタク女子と九人の女神の奮闘記~【完結】   作:鍵のすけ

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第十九話 練習こそが本当の魅力

 にこの呼吸はとても荒かった。よほど急いで来たと見える。そんなにこへ、思穂は満面の笑みを浮かべる。

 

「あ、にこ先輩。今回はセクシー路線で行くみたいですよ!」

「セクシー路線……あ~なるほど、なるほど。分かったわ、ちょっと待ってなさい」

 

 そう言うと、にこは後ろを向き、色々“準備”をし始めた。その間、思穂はにこにカメラを向け、希は一応マイクの準備をしていた。

 準備が出来たようで、にこが軽く手を挙げる。あらゆる状況に対応しようとするにこのプロ根性に軽く感心しつつ、思穂はカメラのピントを合わせた。

 

「――どうも、初めまして。矢澤ぁにこってぇ言います。ふふ、ちょっと暑くてぇはしたない格好になっちゃいましたぁ」

 

 はしたない、と言っても胸元のリボンを緩め、人差し指を口元に当てているだけだったが。これでセクシー路線と言えるだけまだ健全だろう、というのが思穂が安堵したところである。これで電波に乗せられないようなことでもしでかされたらリアクションに困ってしまう。

 

「今日のにこはぁちょっぴりオ・ト・ナな素顔を晒してみました。ファンを誘惑させちゃったら大変だからぁ、いつもは子供ぶっているだけなんですぅ」

 

 次の言葉を言う前に、希が終了させた。話し過ぎでも、話さな過ぎでもない丁度いい塩梅の切り上げだ。

 

「あ、にこっち。今日そういうのやあらへんよ?」

「しまったーカメラの電源入れ忘れてましたーすいませんー」

 

 そもそも最初からカメラの電源を入れていなかったせいもあり、思穂の物言いは余りに白々しい。そして希も思穂の思惑に気づいていたので、笑いを堪えるのに必死だったようだ。

 

「って! あんたらにこを馬鹿にしてんの!?」

「してないですよーたまたまカメラの電源を入れ忘れてただけなんですってー。…………あとただの仕返しですよー」

「特に思穂! あんためちゃくちゃ棒読みなのよ! あと最後らへん良く聞こえなかったんだけど!?」

 

 カンカンのにこを軽く受け流した思穂はちょいちょいと周りを指さす。どうやらにこはキャラ作りに熱中していて周りが見えていなかったようだ。すでにこの部室には誰もいない。即刻部室を出て行ってしまったのだ。

 

「まあそれは否定しませんが、良いんですか? 私と希先輩とにこ先輩以外、誰も居ませんよ?」

「なあっ!?」

 

 そして思穂と希も立ち上がった。穂乃果からメールがあり、花陽と真姫を捕まえられたようだ。すぐに動画撮影するべく、二人も向かおうとする。

 

「あれ? にこ先輩、行かないんですか?」

「……ちょっとだけ出て、また戻ってくるわ。練習には間に合わせるわよ」

「今日?」

 

 思穂は今日と言う日に一体何があるかを軽く脳内検索してみた。にこが好きなアイドルの新曲発売日でも何かのイベントでもないただの日。

 

(……あ、違う。あの日か)

 

 肝心な所を見落としていた。今日は確か近くのスーパーで牛肉の半額タイムセールが行われているはずであった。しかも、時間的に今から行けば丁度始まる。

 両親からの仕送りを趣味に回すべく、思穂も可能な限り安く買い物をするための情報は全て頭に叩き込んでいた。スーパーのチラシもその一環。以前は隣の更に隣町の業務スーパーへ業務用チョコレートをキロ単位で買いに行ったこともある。ちなみに牛肉はあまり得意ではないので、今回はスルー。

 

「あ、察しました。了解です。にこ先輩、身体ちっちゃいんだから、押し潰されないように頑張ってくださいね! あと、遅れないでくださいねー!!」

「余計なお世話よ!」

 

 半ば追い出される形で追い出されてしまった思穂と希。にこが気になるが、一年生も早く撮らなくてはならないため、さっそく言われた場所へ向かうことにした。

 

「何か知ってるん?」

「ん~……にこ先輩が話すまでは言えないですね。本人もあまり話したくなさそうだし」

「ふーん……あ、中庭にいるの穂乃果ちゃん達やない?」

「あ、そうですね! おーい穂乃果ちゃんや~い!」

 

 窓を開けて手を振ると、穂乃果も気づいたようで手を振り返してくれた。そんな何気ないリアクションが嬉しくてさっさと穂乃果の元へ行くために、クラウチングスタートの構えへ移行する。ふいに、思穂の背中に悪寒が走った。

 

「……何をやっているのかしら? 片桐さん」

 

 悪寒の正体は案の定といった所で。思穂を見下ろす絵里の視線には明らかに呆れの色が含まれていた。とんでもない所を見られてしまった思穂は即座に言い訳を弾きだすべく思考をフル回転させる。

 

「あ、あっはっは……。あれですよ今流行りの柔軟ですよー! これってすごいんですよ!? 極めればテレポートとか口から火を吹いたり、手足伸びるんですよ!?」

「……下らないことを言っている暇があるということは、もうアイドル研究部の部活紹介ビデオは完成していると考えて良いのかしら?」

「そ……それはまだ鋭意製作中ということで……」

 

 その言葉に、絵里の視線が強くなった。

 

「良いですか? この部活紹介のビデオはホームページにもアップロードされるんです。……音ノ木坂学院の品位を損なうようなものだけは作らないでくださいね」

 

 思穂が返すよりも早く、二人を見守っていた希が口を開いた。

 

「まあまあエリち。ウチが回ってるんやから大丈夫大丈夫。何か問題があったらすぐエリちに報告するって」

「……分かったわ。なら、頼むわよ」

「私も全力を尽くしましょう!」

「貴方は出さないでください」

 

 そう言い残し、生徒会業務を片付けに絵里は歩き去って行った。いつも忙しそうな絵里に、何か手伝いたい気持ちがあったが、今は彼女に言った通り、ビデオ制作に全力を尽くそう。

 

「――ということで花陽ちゃんと真姫ちゃん、元気一杯で行きましょう!」

「ダ、ダレカタスケテ~……」

 

 カメラの向こうでは困り顔の花陽がいた。辛うじて笑顔だが、内心バックバクなのは間違いないだろう。カメラを回している思穂の後ろでは凛が彼女をずっと応援している。

 

「かよち~ん、緊張しなくても平気~。聞かれたことに答えるだけで良いから」

「ヤバいところあったら編集でちょちょーい! って編集するから大丈夫大丈夫! それよりも心配なのが……」

 

 言いながら、思穂はグリンと、遠目に様子を見ていた真姫へカメラを向ける。

 

「……私はやらない」

 

 バッサリだった。このビデオ制作の趣旨なんて投げ捨てろ、と言わんばかりの切り捨て具合。だが、希は全く動じず、むしろ思穂へ目くばせをしてきた。その意図を理解した思穂はすぐさま真姫をズームアップする。

 そして入り始める希のナレーション。数秒間のナレーションを要約すると、『多感な女子高生なんだから恥ずかしくて出来ないよね!』というものである。プライドが高い真姫からすれば完全に宣戦布告もので。

 結局折れた真姫は、凛と花陽と一緒に動画撮影をすることに決めたようだ。

 

「では花陽さんからアイドルの魅力について、聞いてみたいと思います」

「かよちんは昔からアイドルが好きだったもんねー?」

「う、うん! じゃなくて、はい!」

 

 凛のサポートを受けながら、希の質問にぎこちなく答えていく花陽。それを見ていた思穂もちょっと質問をしてみたくなって、口を開いた。

 

「花陽ちゃん、今日は初めて?」

「……へ? い、インタビューなんて初めてで緊張してます……」

 

 とりあえずはジャブをかまし、花陽の緊張を解きほぐすことに専心した。

 

「そっかぁ、今日の昼ごはんは何だったの?」

「お、おにぎりです……」

 

 花の女子高生の昼食とはとても思えないが、そこは置いておくことにした。今日の昼食がシソの葉だった思穂にはとてもじゃないが口を出せない。

 

「おにぎりか! 健康的で良いね。それじゃあスリーサイズなんか聞かせてもらえないかなぁ? あ、今日の下着でも良いよ?」

「すっ、したっ……!?」

「ちょっと止めて……!」

 

 ズンズン近づいてきた真姫が、怒りの形相で思穂へ喰い付いてきた。

 

「思穂先輩、今の質問何ですか!? 後半からいかがわしいんですけど!?」

「ほわっちゃ!? え、私!? ちょっと待ってよ真姫ちゃん、私はそんないやらしい気持ちで聞いたわけじゃないんだよ!?」

「だったら、どういうつもりだったんですか!?」

「だって私、未だに花陽ちゃんにお触……スキンシップ取った回数少ないから気になって……」

 

 思穂の目から見て、花陽は相当に肉付きが良い抱き枕にするには最高の女子だと睨んでいた。ふわふわなイメージ通りの抱き心地を提供してくれるだろう。そして押しの弱そうな花陽なら、スリーサイズも教えてくれるだろうと踏んでいたが、それは残念ながら失敗に終わってしまった。

 だが、真姫はまだ言いたいことがあるようで、思穂を……正確にはその後ろを指さした。

 

「ことり先輩と穂乃果先輩も!」

「がんばりたまえ~」

「ファイトだよ~」

 

 ひょっとこのお面を被ってそう言うことりと穂乃果を見て、どう頑張れば良いのだろうとは思ったが、それはそれで頑張れそうな気がするので、あえて突っ込まないことにした。それよりも、どこからそのお面を調達してきたかのほうが、思穂には気になった――。

 動画撮影も一区切り付き、また動画チェックをすることにしたμ'sと希と思穂。その意見は悪い方向で一致することとなってしまった。

 

「今まで撮った分だけ見ると……ちょっとねー」

「だらけているというか、遊んでいるというか……」

 

 凛の鋭い指摘で一斉に顔を逸らすメンバー達。希の言葉もあるから、尚更だった。

 思穂は思穂でその通りだと思うので、特に何も言うことはせず、ただ成り行きを見守るしかない。それに、まだμ'sの本来の活動を見せていないのだから。

 ――時間を見ると、丁度練習の時間に差し掛かろうとしているので、場所を屋上に移すことにした。にこも遅れることなく到着し、練習着に着替えたμ'sの練習が始まった。

 

「――花陽、ちょっと遅いです! 凛、早すぎます!」

 

 海未の手拍子に合わせ、次の新曲の振り付けをしていくメンバー達。希の隣で練習を見ていた思穂はうんうんと頷くだけだった。というより、海未が言いたいことを言ってくれているので出番が全くないのだ。

 そんな思穂へ希が聞いてきた。

 

「思穂ちゃんは? 何してるん?」

「あ、私あと五分くらいしたら海未ちゃんと交代なんですよ。本当なら私が全部やりたいんですけど、海未ちゃんが全体を見ておきたいって聞かなくて。自分の練習もあるから三十分過ぎたら私と交代! って感じですねいつも」

「思穂ちゃんも振り付け覚えてる感じなん?」

「そうですそうです。一分もらえれば頭に叩き込めますね」

 

 これは冗談では無く本当であった。思穂はμ'sでも一番振り付けを頭に叩き込んでいる人間と言っても過言では無かった。だが、思穂にしてみたらこれは当然のことである。見る側が理解していなかったら何も言えない。

 そうしている内に五分が経過し、海未が練習に参加することに。思穂は思穂で見やすい位置に移動して、手拍子を叩きやすいように両手を軽く上げた。思穂は別に動くわけでは無いので、制服のままである。

 

「よーし! じゃあこれからパート毎のステップ確認するよー! まだ怪しい所あったら私に聞いてね!」

 

 そして思穂による練習が始まった。皆大分いい感じに仕上がってきたようで、あとは細かな指導を加えていくだけだったから思穂にしてみれば楽な作業であった。思穂は最近、リアルタイムで状況が変化していくリアルタイムストラテジーというジャンルのゲームにハマっており、何百と言う駒を動かすのに比べれば、たかが七人だ。一挙一動を完璧に把握するぐらい、朝飯前だ。

 

(それにしても、にこ先輩が入ってきたことだし、そろそろ“あの事”について言及するのかなぁ……?)

 

 それはあえて思穂が口に出さなかったことだ。アイドルグループと言うのは必ず“華”となる、“顔”となる立ち位置がある。某二桁の数字を持つアイドルグループだって、事あるごとに人気投票でセンターが決まるぐらいだ。

 それだけの重要なポジションに関する話を、にこが今までしないことの方が意外であったとすら言える。一悶着あるだろうな、そう思いながら思穂は今しがたテンポが遅れた穂乃果へ注意する――。

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