ラブライブ!~オタク女子と九人の女神の奮闘記~【完結】 作:鍵のすけ
「試験前日の夜って眠れないよね」
「うぅ~……お腹が痛いよぅ」
時間が過ぎるのは早く、いよいよ試験当日となってしまった。正直、まだ不安しかなかった。
穂乃果と凛とにこが勉強をサボって練習しようとした等、焦りを感じる場面が多々あったが、希を始めとするスパルタ教師陣がそれを抑え込み、勉強させていた。思穂は思穂で、なるべく均等に勉強を教えられるよう、ペース配分に気を遣った。
それよりも思穂には気掛かりなことがあった。勉強期間中、海未がずっと浮かない顔をし続けていた。何度も生徒会室の前をうろついていたのを見て、海未もとうとう“あの事”を知ったのかと判断したが故に、思穂は見守ることを選んだ。
「まあ、やることはやったと思うし、後は天に全てを任せるしかないよ!」
「思穂ちゃ~ん……」
「穂乃果、信じていますからね?」
海未の激励が穂乃果にとってのプレッシャーにならないように祈りつつ、思穂は机の上にシャーペンと替えの芯を置く。消しゴムは使う機会が恐らくないので筆箱に入れっ放し。
「穂乃果ちゃん……頑張ってね?」
「が、頑張ります……!」
そして運命のチャイムが鳴った。ここからは泣いても笑ってもありのままを受け入れるしかない。思穂は思穂で、理事長からの試練があるので、そこに全力を尽くすのみ。
(足元掬われない様に、頑張りましょう!)
◆ ◆ ◆
「何というか……本当に思穂ちゃんって入る学校間違えているんじゃないかってたまに思う時がありますね……」
「そうですか? 私にピッタリな学校だと思うんですけど」
――テストの週が明けての火曜日。
一応今日で、テストが全て帰ってくる日であった。思穂は取り組んだ時点で満点を確信していたので、特に心配はしていなかったが、穂乃果と凛、そしてにこのことを考えるとお腹が痛くて堪らない。
「彼女達は?」
「今、部室に集まって答案用紙見せ合っている頃だと思いますよ。ところで、今回は何の用で呼ばれたんですか?」
「ちょっと待っていて。もう一人が来たら話すから」
「……もう一人?」
噂をすれば何とやら。ノック音がした後、扉が開かれた。思穂が何となく予想した通り、もう一人とは絵里だった。思穂を一瞥し、絵里は理事長の前まで歩いてくる。
「お話とは何でしょうか?」
「二人に来てもらったのはね、言わなくちゃならないことがあったからよ」
「……楽しい話じゃ、ないようですね」
理事長の複雑そうな表情を見て、思穂は割と真剣な話だということを直感する。意を決し、理事長がその言葉を告げた。
「単刀直入に言います。今度のオープンキャンパスの結果が悪かったら、音ノ木坂学院は――廃校とします」
全ての時が、止まったような気がした。呼吸も忘れ、理事長の言葉だけが脳内をリフレインする。何と言ったのか、意識していなければ言葉が耳から流れ出してしまいそうだ。口の中が乾いてきた。
それでもそこで終わることなど、とても出来ない。その言葉を認めてしまえば、思穂の……μ'sの今までが無駄になる。
「どういう……ことですか?」
思穂が口を開くよりも先に、絵里が理事長へ詰め寄った。
「言葉通りの意味です。見学に来た中学生にアンケートを取って、結果が芳しくなかったら廃校にします」
「そんな一方的な……!!」
「これは決定事項なの。結果次第で、音ノ木坂学院は来年から生徒募集を止め、廃校とします」
「待ってください理事長……理事長!」
思穂も詰め寄っていた。それだけは、あってはならない未来なのだ。ここまで来たのだ。ようやく、それがこんなにあっさりとした結末になろうとしているなんて、誰が認められようものか。
次の瞬間、また理事長の扉が開け放たれた。
「今の話、本当ですか!?」
「貴方……っ!」
「穂乃果ちゃん、海未ちゃんにことりちゃん!?」
思穂の隣に来た穂乃果が理事長を問い詰める。
「本当に廃校になっちゃうんですか!?」
「穂乃果ちゃん、落ち着いて!」
思穂以上に、穂乃果は鬼気迫る表情をしていた。恐らく、その前の理事長の言葉を聞いていないせいだろう。
「もうちょっとだけ待ってください! あと一週間……いや、二日で何とかします!!」
「いえ、あのね? 廃校にするというのはオープンキャンパスの結果が悪かったらって話よ?」
そして理事長が先ほど絵里と思穂にしてくれた話をそのまましてくれた。最初こそ泣きそうな表情だったが、話すにつれ、段々表情が安堵の色へと染まっていく。
「な、な~んだ……」
「って安心している場合じゃないんだよね穂乃果ちゃんや。確かオープンキャンパスは二週間後の日曜日。そこで結果が悪かったら全てが終わる。私達の今までが全部水の泡だ……!」
穂乃果は言葉を失っていた。いつも笑顔の思穂が、こめかみに一筋の汗を流し、明らかな“焦り”を見せていたのだから。どんな逆境でも笑い飛ばし、飄々と片づけていくあの片桐思穂が焦りの表情を見せていることが、穂乃果達に嫌でもこの状況を思い知らされる。
「理事長。オープンキャンパスの時のイベント内容は生徒会で提案させて頂きます……!」
「止めても聞く耳はなさそうね」
一礼し、絵里は理事長室を出ていった。その後ろ姿を見送りつつ、思穂は穂乃果へ聞いた。
「……テストの結果は?」
「全員セーフだったよ。これで、ラブライブにエントリーできる……けど」
「その前に何とか、しなくちゃね」
「……うん! 何とかしなくっちゃ!」
しかし思穂は穂乃果達を置いて、歩き出した。そんな思穂を、海未が呼び止める。
「どこへ行くのですか?」
「ごめん。今回、私は生徒会側へ付くことにするよ」
「し、思穂ちゃん!?」
ことりの甘い声が背中越しに聞こえてくるも、思穂はその歩みを止めない。ここでμ'sと一緒に行動するのが普通なのだろう。しかし、だからこそ思穂は生徒会へ行くことに決めた。
「どうして生徒会長の味方するの思穂ちゃん!?」
「穂乃果ちゃん。こんな時にごめんね。だけど、こんな時だからこそ、私は絵里先輩の所へ行きたいんだ」
「何か、訳があるんですよね?」
先ほどから思穂は皆の顔を見れずにいた。背中を向けて、一切目を合わそうとしない思穂はただ首を縦に振るだけで海未の質問に答える。
「分かりました。なら、私達は止めません。……頑張ってください」
「ありがと、海未ちゃん!」
理事長室を飛び出した思穂は走り出す。絵里の性格を考えるならばもう生徒会室へ向かっているはずだった。
「――やっぱり来たんやね、思穂ちゃん」
「希先輩……!」
生徒会室へ続く階段の踊り場で希が佇んでいた。手に取っていたタロットカードの絵は天高くそびえる神様の家つまり、崩壊や自己破壊を意味する『塔』であった。かいつまんで意味を言うのなら、『これから殻を破るか破らないかの境目』。
「思穂ちゃん。……今回の思穂ちゃんはどういう思穂ちゃん?」
この返答次第では希は思穂から背を向け、そのまま生徒会室へと向かうだろう。それだけに思穂は言葉を慎重に選ぶ――なんて回りくどい馬鹿な事はしなかった。常に直球ど真ん中ストレート。思穂は、そういう人間だ。
「希先輩と気持ちが一緒の思穂ちゃんです!」
「……うん、合格やね」
タロットカードを仕舞った希が、思穂に付いてくるように促す。μ'sの事が少しだけ気掛かりだったが、頭を振り、すぐにその考えを追い出す。彼女達はきっと上手くやってくれる。だから思穂も、己の出来る事、したい事を優先させることにした。
「――ということで皆さん、来たるべきオープンキャンパス成功へ向けて、頑張って行きましょー!」
「……何故、貴方がいるの片桐さん?」
「ウチが呼んだんよ。思穂ちゃんにはオブザーバーとして会議に参加してもらおうと思って」
「希、貴方……!」
「今はそんな事より、一丸となって目の前の問題に取り組んでいったほうがええんとちゃう?」
希の言うことにも一理あると感じたのか、それ以上絵里は何も言わず、会議が始まった。議題は当然『オープンキャンパスのイベント』だ。
「……これから生徒会は独自に動きます。何とかして廃校を喰い止めましょう」
すると、書記の子と会計の子が顔を見合わせ、すごく何か言いたげな様子であった。
「書記ちゃん、会計ちゃん、どうしたの? もしかして秘策アリ?」
「い、いや……そういう訳じゃ」
「言いたいことあるんだったら、言った方が良いよ?」
希の言葉に後押しされ、書記の子が絵里を見た。
「あの、これってこの学校の入学希望者を増やすためにはどうしたらいいかっていう話ですよね?」
「ええ、その通りよ」
「だったら! 楽しいことを沢山紹介しませんか!?」
そこからは庶務の子も加わって色んな意見が出た。挙がった意見は思穂の眼から見ても、現実的な意見ばかりであった。その中で挙がった意見の一つとして、制服の可愛さを推していく案である。他校の制服と比べても、確かに音ノ木坂学院の制服のレベルは高い。これ目当てで入学してくれる子がいるかもしれない。
一通り出た意見を纏めるとするなら、今までの生徒会はお堅いイメージがあるので、それを払拭する意味を込めて、楽しさを前面に押し出していこうであった。
「それに、スクールアイドルとかも今流行っているよねー?」
「そうだね~! あ、そう言えば片桐先輩ってμ'sのマネージャーですよね!? 皆に言ってライブを……!」
「待ちなさい! まだ決まっていないでしょう? ……他には?」
その意見が出たっきり、さっきまで盛り上がっていた役員三人は黙ってしまった。それを見計らって、希が思穂へとパスを出す。
「思穂ちゃんはどう思う?」
「そうですねぇ……。書記ちゃん達の意見、良いじゃないですか。現実的かつ効果的そうなのはそれぐらいしかないと思いますよ?」
「貴方は口を――」
「挟まないで、なんて言わせませんよ。廃校を阻止したい気持ちは絵里先輩と同じです。今日ぐらいは許してください」
「実際どうなん? もしやるとなったら出来そう?」
オープンキャンパスまでのスケジュールを逆算すると、出来ないことはない。むしろ、穂乃果達もそのつもりでいるだろう。
「出来るとは思いますよ? 恐らくそれに合わせて、穂乃果ちゃん達も何かやるはずですし」
「……とにかく、これ以上意見が出ないようですし、今日は一旦止めましょう。また明日、集まってください」
そう言って、絵里は会議を締めくくった。
「……もう会議は終わったわよ?」
生徒会室には絵里と希、そして思穂がいた。しかし思穂は直ぐに帰らず、椅子に座ったまま。
「そうですねぇ。これから絵里先輩は何を?」
「決まっています。学校を紹介する文章を考えなくては……」
言うが早いか、絵里は机の上に白紙の用紙を置いて、ペンを握った。カリカリと手を動かす絵里を見ながら、思穂は聞いた。
「どういう感じで紹介するつもりなんですかー?」
「このオトノキの歴史や進学率など、中学生の子達にとって有利な情報をふんだんに盛り込んでいくわ」
「……なるほど。やっぱりそういう感じなんですね」
その言葉に、ペンを動かす絵里の手が止まった。
「やっぱりって、どういう意味かしら?」
「……正直に言いますね。絵里先輩が思いのままに書き連ねた文章を、絵里先輩が感情たっぷりに読んだとしても、きっと私は寝てしまいます」
本当はこんなこと言いたくなかった。口を開けば開くほど、絵里から嫌われていくだろう。そんなリスクを背負ってでも、思穂は悪役を買って出る道を選んだ。こんなこと、希は恐らく言えないのだから。希にすら、嫌われる覚悟が思穂にはあった。
「何故か分かりますか?」
「……」
「答えは書記ちゃん達が言ってくれたじゃありませんか。絵里先輩は、カタいんですよ。今書こうとしている文章だって、絵里先輩の気持ちは微塵も入っちゃいない、ただの単語の羅列です」
流石に言いすぎた、と自覚した思穂は絵里へ一言謝罪をし、生徒会室の扉へ手を掛けた。その背中へ絵里の言葉が飛び込んでくる。
「貴方なら……どうするの?」
「趣味のことを語りますね。そりゃあもうノリっノリですよ!」
ぱたんと、生徒会室の扉を閉めた思穂はその場でしゃがみ込んだ。頭を抱え、悶える。
「あぁ~! 売っちゃった。あからさまに喧嘩売っちゃったよぉ~……!!」
もう後悔しかなかった。自分の考えなしを酷く恨んでしまう。こんなことなら最初からμ'sの方へ付いておけば良かったと、本気でそう思った。
(どうなるんだろぉ……?)
――オープンキャンパスまで、あと二週間。