ラブライブ!~オタク女子と九人の女神の奮闘記~【完結】   作:鍵のすけ

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第二十六話 自分を変えたい

 人は信じられないモノを見た時または体験した時、まずは一瞬何も考えられなくなってしまう。例えば超限定のゲームのパッケージを店で見つけ、いざレジに持って行こうとしたとき店員から『あ、すいません。売り切れのタグ付けてなかったです』と言われた時などがそれに該当する。

 はたまた、新刊の漫画を買った際、躓いてしまって水溜まりにぶち込んでしまった時のあの一瞬も該当に値するだろう。

 これだけ言っておいて何だが、そういう経験もしばらくは無かった。強いて挙げるとするのなら、理事長からオープンキャンパスの件を告げられた時がそうであったと言えよう。

 要は、何を言いたいのかと言えば――。

 

「し……思穂ちゃん!?」

「ことり、ちゃん……!?」

 

 思穂の目の前に、クラシカルなタイプのメイド服を身に纏った南ことりがいた。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 その日は練習が早く切り上げられた。オープンキャンパスまであと二日ということもあり、普通に考えるなら沢山練習しておくのだろうが、丁度その日はことりや一年生組が練習に参加していなかったのと、『本番が迫っているからこそ、一度ゆっくりして、体力を回復させた方が良いわ』という絵里の一言でその考えは無しとなった。

 一年生組は小テストが近づいているようで、凛のサポートをするのに花陽と真姫が付きっきりで勉強を見るようだ。ことりは用事があるというのみで詳細は分からなかったが、意味も無く練習を休むことりでもないので、特に触れられることはなかった。

 穂乃果と海未はそのまま家に帰るらしい。絵里と希は生徒会業務を片付けてしまうようだ。にこは真っ先に財布を握りしめて帰ったのを見ると、恐らく買い物に行ったのだろう。

 残った思穂は、当然何をするか決めていた。すぐに思穂は鞄に仕込んでいた一枚の紙を握りしめる。

 

「今日こそ見つけるぞ……ミナリンスキーさん!」

 

 最近、思穂はメイドカフェ巡りに目覚めた。一度冷やかし程度でメイドカフェに入った時に“お帰りなさいませ、お嬢様”と言われた瞬間、思穂の価値観は一気に変わったのだ。

 可愛い女の子にお嬢様と呼ばれる何と気分の良いことか。そこで思い出したのが、アイドル研究部の部室にあった『ミナリンスキー』さんのサインである。にこの話によると、そのミナリンスキーさんなる人は、秋葉のカリスマメイドと聞く。

 ……一目見なければ、失礼だろう。

 

「と言っても、秋葉にいるってくらいしか情報無いから(しらみ)潰しなのが面倒だよね……」

 

 思穂は鞄に入れていたこの周辺の地図を広げた。そこには無数の点が付けられており、半分近くにレ点が入れられていた。そこは既に思穂が行った店の場所である。ミナリンスキーさんがいるか聞き、居なかったらコーヒーとケーキを楽しんでから店を出るという方式で効率良く回っていた。

 ……こんな不健康な事、絶対に海未にバレる訳にはいかなかった。

 

「そうだなぁ……とりあえずはこの店にしようかな」

 

 パッと見お城のようなデザインのお店である。店頭にはカッコいい紳士と美しい淑女の立て看板が立てられていた。早速扉を開き、中に入ると、ミニスカのメイドさんが思穂の元へ歩いて来た。

 パッチリとした目つきに愛嬌のある笑顔で、第一印象は満点だった。すぐにいつものあのセリフを聞けた。

 

「お帰りなさいませ、お嬢様!」

 

 毎回の事だが、この台詞を聞くだけで顔がにやけてしまうのは何故だろう。傍から見ると、完全に距離を置かれるタイプの客であった。

 だがすぐに落ち着いた思穂は、メイドさんへテンプレートと化した質問をした。

 

「あの、このお店にミナリンスキーってメイドいますか?」

「ミナリンスキー、ですか?」

 

 メイドの表情を見た瞬間、ハズレを確信した思穂はすぐにケーキとコーヒーをオーダーしようとするが、そのメイドさんがとある店の名前を出した。

 

「そ、そこはまだ行ってなかった……」

「恐らくそこにいると思いますよ? もし時間があったら足を運んでみてください!」

 

 とはいうが、ここまで言ってもらってすぐに店を出る程、思穂はメイドへの敬意は薄くない。当初の予定通り、ケーキとコーヒーをオーダーし、席へ着いた。

 とうとう得た手掛かりに満足しつつ、思穂は地図を見返していると、すぐに注文した品が届いた。

 

「お待たせいたしましたお嬢様!」

「おおう! 頂きまーす!」

 

 ここのショートケーキはイチゴが多めなのが、ウリのようだ。フォークを入れたらまず中のイチゴに当たってしまった。小振りなのを量で補っている、という訳では無く、むしろ逆。小さくて甘いのがギッシリとスポンジの中に詰め込まれていて、その触感は思穂の舌を飽きさせない。

 甘酸っぱさが口の中を満たしてきた辺りで、コーヒーを一口。思穂はコーヒーに詳しくないが、この味は明らかにインスタントのソレではない。一気に口の中がさっぱりしたところで、もう一口ケーキを食べる。そしてコーヒーを、という流れを繰り返していると、いつの間にか食べきってしまっていた。

 

「おお……思った以上に良かった。これで弓を使わない弓兵似の人が執事として出て来てくれればもう何にも言うことないや!」

 

 すぐに思穂は席を立った。ここは割と人気の店のようで、行列が出来つつあった。そんな所に、半ば冷やかしの客がいるのは失礼だろう。

 早速会計を済まし、思穂は目的地へと向かった。

 

「行くぞー! って気合いを入れるほど遠くも無いのが悔しいな……」

 

 あともう十数分頑張って歩けば良かった、と少しだけ後悔するが、しかし美味しいコーヒーとケーキがありつけたのでそれはそれで良しとする。

 思穂は生唾を飲み込んだ。いよいよカリスマメイドと会えることにひたすら胸が高鳴る。今日はシフトじゃなかったらどうしよう、なんてネガティブな考えはとうの昔に投げ捨てていた。いなかったらいなかったで、また来るだけだ。

 

「き、来た……! ついに……!」

 

 外装は割とシンプルな印象であった。カリスマメイドがいるというのだからもっとゴージャスな感じを予想していただけに、少しだけ肩すかしを喰らった気分。だがそんなことも一瞬で。

 一度深呼吸をしてから、思穂は店の扉を開いた。

 

「いらっしゃいませ! お嬢様!」

 

 その瞬間、思穂はまるで顎に手酷い一撃を喰らったボクサーのごとく眩暈(めまい)を起こし、天地が逆さまになった感覚を覚えた。勝負はたったの一声で決せられていた。

 この脳に直に囁きかけられているこの感覚の何と例えようの無いことか。某魔人探偵で使用された電子的なお薬もきっとこんな感じで効いてくるのだろうな、などと思穂は考える。倒れそうになりながらも、何とか持ちこたえた思穂は本能的に理解する。

 ――この声の主こそが彼のカリスマメイド『ミナリンスキー』さんなのだと。

 

「い、いらっしゃいました! 初めまして! 私片桐思穂と――」

 

 声の主と目が合った瞬間、思穂は動きが止まった。恐らく声の主も同じだろう。姉妹の類は見たことも聞いたことも無いので、他人の空似ということはないだろう。

 

「し……思穂ちゃん!?」

 

 彼女もようやく事態を飲み込めたようで、自分の名を呼んだ。それに合わせるように、思穂は声が震えているのも気にせず、その名を口にする。

 

「ことり、ちゃん……!?」

 

 クラシカルなタイプのメイド服を着たことりが引き攣った笑顔のまま固まっていた。思穂も名前を言ったきり次の言葉を口に出来ない。だが、手は動く。

 

「はいチーズ」

 

 なのでとりあえずスマートフォンを取り出し、ことりを写真に収めた。画面を見て、写真写りの良さを羨ましがりながら、思穂は回れ右をする。

 

「じゃ、お疲れ様でした」

「ちょっと、待ってくれるかなぁ?」

 

 思穂はそこから先へ進むことが出来なかった。ことりによってガッチリ腕を掴まれてしまっているからだ。海未のトレーニングは効果てき面のようで、そこそこに筋力が付いて来ているようだった。

 そして、思穂はそのまま店の隅っこのテーブルへ連れて行かれることとなる。顔を見ることが出来ない。思穂は席へ着かされ、ことりが俯いたまま、対面の席へ座った。

 

「思穂ちゃん、貴方は片桐思穂さんですよね……?」

「うん、私とことりちゃんの友情に亀裂が走ってなかったら間違いなく私は片桐思穂です」

「あぁぁ…………」

 

 何かの魂が抜けたかのような大きなため息と共に、ことりはテーブルへ突っ伏してしまった。正直、思穂が突っ伏したいのだが、ことりのこの落ち込み様を見ていると、何だかそれすらも申し訳なく感じる。

 

(ことりちゃん……南ことり……みなみ……)

 

 突っ伏すことりの姿を眺めつつ、思穂は色々と思考活動をしていた。思えばヒントは色々と散りばめられていた。μ'sが初めてアイドル研究部の部室に入った時、ことりはミナリンスキーのサインにいち早く気づいていた。そして、センター決定戦の際に見せたチラシ配りの異常な手際の良さ、ついでに握手を求められていた姿。

 

(みなみん……ミナリン……ミナリン、スキー……)

 

 極めつけはミナリンスキーという名前。カチカチ、と頭の中でパズルが組み上がっていく。今までは形すら分からず漂っていたピースが次々に枠の中へ収まっていく感覚。それが終わった頃、思穂は全てを理解した。

 

「もしかしてことりちゃんが……“あの”ミナリンスキーさん!?」

 

 ついにトドメを刺されたかのように、ことりは目を閉じたまま頷く。

 

「そうです……私が、ミナリンスキーです……」

「い、いつから……?」

 

 すると、ことりは語りだした。μ'sが結成された時期に、秋葉原を歩いていたらスカウトされたこと、メイド服が想像以上に可愛かったこと。そして、ずっと『自分を変えたい』という気持ちを持っていた事。

 

「そういう事か~……」

「私、穂乃果ちゃんみたいに前へ進んでいけないし、海未ちゃんのようにしっかりしてないし、思穂ちゃんみたいに完璧じゃないから……」

「そんなこと無いと思うけどなぁ。ことりちゃんには穂乃果ちゃんや海未ちゃんや私なんかとはまた違った良さがあるよ?」

「ううん。私はただ、三人の後ろを付いて行っているだけ……。何も、無いの……」

 

 肩をすくめることりに、思穂は何も言えなかった。今の思穂が何を言った所できっと、ことりの心には届かないというある種の確信があった。だから思穂の思うがままに、行かせてもらうことにした。

 

「……オムライス」

「へ?」

「ミナリンスキーさんの特製オムライス、まだ頂いてないなと思ってさ! ……出来る?」

 

 自分の欲望のままに、今日の思穂の目的は伝説のメイドからオムライスをもらうことだった。思穂には出来る事と、出来ないことが明確に分かれていた。その出来ないことが出来てしまう人物は今日はいない。穂乃果へ言うのはとても簡単であった。今日の写真でも送りつけて、悩んでいるとでも言えば恐らくすぐにでも行動するだろう。

 ――だから、思穂はあえて誰にも言うつもりはなかった。物事には流れと言うものが存在する。今のことりにはあと一押しとなるキッカケがなければ、きっと――。

 

「う、うん! 待ってて! 今、最高のオムライス作ってくるからっ!」

 

 その思穂の考えを察したかのように、ことりの表情は明るくなった。今日の思穂はただの客であり、それ以上でもそれ以下でもない。そして目の前のことりは今、“μ'sのことり”ではなく“ミナリンスキー”である。そんな彼女へμ'sの話題を持ち出すのは野暮と言えよう。

 故に思穂はことりの、やりたいことを……頑張っていることを応援することにした。

 

「はいっ! どうぞ、ことり特製のオムライスです!」

 

 そのオムライスを見て、思穂に稲妻が走った。丁寧に作られたオムライスの上にはデフォルメされた思穂の似顔絵が描かれていたのだ。あの短時間でこれほどの完成度のケチャップアートを作れるとはただ単純に驚いていた。しかも全く迷い筆が無い。紛れも無く一発描きであることが伺える。

 

「さ、流石……秋葉のカリスマメイド……!!」

「冷めないうちに召し上がれ!」

「う、うううぅ……」

「へっ!? し、思穂ちゃんどうしたのぉ!?」

「ご、ごめん。感動して泣いちゃった……」

 

 余りにも美しくて、つい感極まってしまった。視界が涙で滲む。しかしすぐに涙を拭い、思穂はスプーンを手にした。

 卵のテカり具合と香りから察するに多めのバターが使われているようだ。湯気と共に思穂の鼻腔をくすぐる。

 スプーンを静かに入れると、これまた思穂を驚かせた。半熟だ、半熟様だった。少し触れるだけで卵がトロトロと崩れ、中のチキンライスを露わにする。中身は鶏肉、細かく刻まれた玉ねぎとピーマンという比較的オーソドックスなものであった。

 ライスを掬っただけで、ベタつきの無いパラパラとした仕上がりだということが分かる。それに先ほど崩した卵と一緒に乗せ、静かに口へと運ぶ。

 

「……こ、これは!」

 

 口に入れた瞬間、ニワトリ達と戯れている幻覚が見えた。卵が口の中で解け、チキンライスの濃い味と程よい感じで中和されていく。ここで、何よりも評価したいのは食感である。家庭で作る時にありがちなベタつきがなく、先ほどの第一印象通り、やはりパラりとした口当たり。鶏肉の確かな旨み、そして玉ねぎとピーマンの甘さ。

 思穂の口の中では今、太陽が生まれようとしていた。

 

「……ことりちゃん」

「なぁに?」

「頂きます」

 

 思穂はスプーンを動かす手が止められなかった。ひたすら掬って食べるという海未や絵里が見たら確実に呆れられるようなほどのペースの速さ。はしたない、なんてクソ喰らえというレベルで思穂はあっという間にオムライスを平らげた。

 

「ごちそうさまでした、ことり様」

「え、ええっ!? 思穂ちゃん、顔上げてっ!? 皆見てるよぉ~!」

「ほんっと美味しかったよ。レシピ教えて欲しいよ」

 

 テーブルに両手を付け、思穂は額を擦り付けていた。これ以上の賛辞の仕方が他にないのが悔やまれるとばかりの勢いである。

 今までのオムライスは何だったのか、もう他のオムライスはしばらく口に入れたくないレベルであった。その旨、ことりに告げると、彼女は物を教える教師のように人差し指を立てた。

 

「それは、思穂ちゃんの事を思いながら作ったオムライスなんですっ! レシピは関係ありません!」

 

 キッパリと言い切ったことりと、思穂はまともに目を合わせられなかった。触ってもいないのに頬が熱いのが分かる。こう面と言われては、同性であろうが“落ちてしまう”。

 そんな気恥ずかしさと同時に、思穂は見つけていた。

 

「あー……そういうのか」

「ん? 何が?」

「あったよ、私が自信を持って推せることりちゃんの良い所」

「良い……所?」

「ご馳走様! お金、丁度ここに置いておくね」

 

 立ち上がりながら、思穂はテーブルの上にお金を置き、出入り口の方へ視線をやった。そんな思穂の背中へ、ことりは問いかけてきた。

 

「待って思穂ちゃん! 思穂ちゃんが見つけた私の良い所って――」

「あ、それ内緒ね!」

「ええっ!? 思穂ちゃん!?」

 

 手をプラプラと振り、思穂は歩き出した。

 

「きっと穂乃果ちゃんや海未ちゃんも私と同じことを思っているから二人にでも聞いてごら~ん」

 

 そう言い残し、思穂は店を出た。家路を歩きながら思穂は考えていた。

 

(ことりちゃんにもやっぱり悩みはある、か)

 

 それは親友の意外な一面であった。いつもニコニコとして、一歩引いたところから皆を見守っていることりだからこそ、と言った方が正しいのだろうか。

 『自分を変えたい』、この単語がずっと思穂の心に残っている。“片桐思穂”は、最初から今の“片桐思穂”でなかっただけに、ことりの気持ちが痛いほど良く理解出来ていた。そしてそんな変える方法を見つけ出すために、ガムシャラに何かに打ち込む気持ちも良く分かっていた。実際に、そうだったのだから。

 しかし、と思穂はまだ少しだけ高い夕日を見ながら呟く。

 

「開き直ってしまえば、良い場合もあるんだよね~……」

 

 スマートフォンで時間を確認しようとしたら、先ほどのメイド服姿のことりの写真があった。どうやら保存処理をまだしていなかったらしい。写真をジーッと見つめた思穂は、『保存する』をタッチし、保存処理を終わらせた。

 

(ま、それとこれは話が別と言うことで)

 

 しばらくは眺めてニヤニヤ出来る。またこういう写真が撮れたら良いな、という(よこしま)な願望を胸に抱きつつ、思穂はアニメ視聴をするために家へと急ぐ――。

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