ラブライブ!~オタク女子と九人の女神の奮闘記~【完結】   作:鍵のすけ

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第二十八話 ミナリンスキー

「あのっ! ここに私の生写真があるって聞いて! あれは駄目なんです! 今すぐに無くしてくださいっ!」

 

 ことりは余りにも切羽詰まっていたのか、こちらが全く見えていないようだ。μ'sメンバーの視線が物凄くことりに注がれていた。

 とうとう代表して穂乃果と海未がことりの元へと近づいた。

 

「こ、ことりちゃん?」

「ぴぃっ!」

 

 何だか首を絞められた鳥のような声を上げ、ことりがギギギと潤滑油が必要なロボットのごとく首を向けた。訂正、向きかけた。どうやら顔を合わせたら本格的に終わり、という意識があるのだろう。

 

「何を……しているんですか?」

 

 海未の追及には答えず、ことりはしゃがみ込み、手近な半球カプセル二つを手に取り、それらを両目に被せた。

 

「コトリッ!? ホワッツ!? ダレデスカ!? シラナイヒトデスネ!」

「わーっ! が、外国人だ!」

「落ち着いて凛ちゃん、あのトサカを良~く見るんだ。紛れもない日本人だぞ~」

 

 凛の後ろで絵里が半目になっていた。呆れている、というよりは三文芝居を見せられているようなそんな微妙な感情が込められている。

 穂乃果が更に追求しようとするが、ことりの片言がそれを上から抑え込む。

 

「い、いや、ことりちゃん――」

「アー! ワタシ、イカナキャ、ナリマーセン! ソレデハゴキゲンヨー!」

 

 妙にサマになっている怪しげなモデル歩きで徐々に遠ざかっていくことり。最後に“ヨキニハカラエー”と言い残し、ダッシュで逃げ出した。

 

「あ、逃げた! ことりちゃーん!」

「穂乃果! ああ、もう! 皆さん、ここで待っていてください!」

 

 ことりを追って、穂乃果と海未が駆けだした。希がタロットカードを引いて、小さく頷くと、どこかへ歩いていった。いつものスピリチュアルパワーで何かを掴んだのだろう。

 

「……どういうこと?」

 

 絵里の視線は明らかに“貴方何かお知りになられているんですよね?”と言いたげであった。凛と花陽、そしてにこも同じことを思っていたようだ。この無言の追及を避けきる自信は思穂にはない。

 穂乃果達が歩いて行った方向を見ながら、思穂は言った。

 

「まあ、メイドカフェでバイトしていたってことですよね」

「それだけじゃないでしょ? 何だか反応がにこ達と違っていたわよ」

 

 にこもこういう事には妙に勘が良い。あっさり終わらせようとした思穂は、肩をガッチリと掴まれたような感覚を覚えた。

 

「ことり先輩、何で逃げて行ったんだろう……」

「きっと咄嗟に逃げちゃったんだろうねぇ。あ、あと花陽ちゃんの疑問は多分すぐに解決されると思うよー」

 

 時間にして十分にも満たない時間。戻ってきた希の後ろには、ことりが付いて歩いて来ていた。先に行った穂乃果達より先に捕まえてくる希は探偵か何かに向いているのではないかと思いつつ、思穂は穂乃果と海未へ連絡を取った――。

 

「……ここです。私が働いている所」

 

 そこは以前、思穂が来たメイドカフェであった。相も変わらずシンプルさの奥深くにある洒落た雰囲気が、思穂は好きだった。

 何だか言葉が途切れ途切れのことりを先頭に、店の奥に案内された八人と思穂はそこで改めて事情聴取を行った。

 

「えっと……ことりちゃん、どうして私達から逃げたの?」

「ごめんね穂乃果ちゃん、皆……」

「ことり、私達は別にことりを責めている訳ではないんです。ただ、事情を聴きたくて」

 

 海未の発言の後、絵里がことりに見せたのは一枚の写真であった。

 

「この写真が見られたくなかったから、アイドルショップに来たのよね?」

 

 思穂も知らない間に、絵里は例の写真を買っていたようだ。その写真を見た、にこがようやく気付いたらしい。どんどん表情が変わっていく。

 

「え、絵里!! そ、それって!?」

「ミナリン、スキー? って書いてあるわね。にこ、知っているの?」

 

 ふと、ことりと目が合った。するとことりは思穂へ困ったような笑みを浮かべた。助け舟を求められていることに気づいた思穂は小さく“了解”と呟いた。

 

「実はことりちゃんって、秋葉原のメイド界隈で伝説になっているメイドさんで、その名はミナリンスキーって言うんですよねー」

 

 途端、爆発したかのように皆からの驚きの声が上がった。それが妙にシンクロしていたからやはりμ'sのチームワークは凄まじい。

 そこで、ようやくことりが口を開いた。

 

「そうです……。私がミナリンスキーです……」

「ひ、酷いよことりちゃん! 言ってくれればジュースとかケーキとかご馳走になったのに!」

「そこ……!?」

「穂乃果先輩、そういう話だとポジティブさに磨きが掛かるにゃー」

 

 花陽と凛の突っ込みには大いに同意であった。ちなみに思穂はサブカルチャー関係だと豹変する自信がある。

 

「じゃあ、この写真は?」

 

 絵里が指さしたのはコルクボードに貼られていた“ミナリンスキー”の写真であった。

 

「そ、それは……店内のイベントで歌わされて……撮影禁止、だったのに……」

 

 マナーがなっていないファンもいるもんだと若干憤りを覚えるが、今は置いておこう。そしてとうとう海未が投げかけた“何故”。

 ついにことりは語りだした。その内容は大体、既に聞いていたので、しゃがみ込み、別のバイトの脚をジッと眺めていた。ロングスカートに遮られ、生脚は見えないがそこは妄想力でひたすらカバー。そんなことをやっていたら、にこに拳骨されてしまったのはまた別の話だ――。

 

「じゃーねー!」

 

 日も暮れた頃、そろそろ良い時間ということで解散となった。思穂は穂乃果達と同じ方向に家があるので、一緒に帰ることにした。

 その道中、穂乃果が言った。

 

「意外だなぁ、ことりちゃんが『自分を変えたい』って悩んでたなんて……」

「意外と皆、そうなのかもしれないわね。自分の事を優れた人間だなんて思う人はほとんどいないんじゃないかしら? 大なり小なり、誰しもコンプレックスは持っているってことなのかもね。だから、努力するのよ皆」

「確かに、そうかもしれませんね」

 

 こと弓道や日舞で心身を鍛えている海未だからこそ、絵里の言葉には思う所があったようだ。

 

「そうやって成長して、成長した周りの人を見て、また成長していく。……ライバルみたいな関係なのかもね、友達って」

「絵里先輩にμ'sに入ってもらって、本当に良かったです!」

 

 穂乃果も海未の意見には全面の同意のようだった。そんな二人を見て、絵里が困ったように笑う。

 

「明日から、練習メニュー軽くしてーだなんて言わないでよ?」

 

 曲がり角の辺りで、穂乃果と海未は立ち止った。ここからは真っ直ぐ歩けば穂乃果達は家路へとつく。だが、思穂と絵里はここを曲がる。

 

「それじゃ、また明日」

「じゃあねー穂乃果ちゃん海未ちゃん!」

 

 別れの挨拶を交わし、二人は歩いて行った。

 

「……良い言葉でした」

「珍しく茶化してこなかったわね?」

「もーそれじゃ私、ただの空気読めない人じゃないですかー!」

 

 実際、絵里の言葉には心打たれていた。そういう明確な意見を持って日々を過ごしている絵里は格好良くて、海未を以て手放しで賞賛するだけはあった。

 

「貴方はどうなの? 希から聞いたわよ、貴方の事」

 

 半笑いを浮かべる思穂は、絵里の方を見ていなかった。なんだかその表情はニヤニヤしているんじゃないか、とつい勘繰ってしまうからだ。

 

「……絵里先輩の言葉通りですよ。私が出来る出来ないはともかく、自分が優れていると思った時点でもう努力はしないと思いますよ? 残るのは自信だけです」

「随分、さっぱりしているのね」

「まあ……私は常に壁にぶち当たっている方ですからね。口が裂けても優れているとかっていう単語は言えませんね」

「やっぱり私、まだ少し思穂さんの事を誤解していたのかもね。ずっと貴方と言葉を交わしていたのに、まだ底が見えていなかったわ」

 

 これも茶化す気にはなれなかった。これが海未やにこ辺りならば、すごくおちゃらけてしまうのだろうが、絵里が相手だと何故かふざける気になれなかった。

 

「いいえ。きっと絵里先輩は私の事を買い被っていますよ。私もことりちゃんと同じだったんですから」

「だった、か。過去形ね。詳細を聞いたら教えてくれるのかしら?」

「あ、はは……出来れば勘弁してもらえると。穂乃果ちゃん達にすら内緒にしている事なので」

「なるほど。それじゃあ仕方ないわね」

 

 そこからはしばらく無言で歩いていた。その間、思穂はずっとことりが頭から離れなかった。“変わった”思穂が、“変わろうとしている”ことりに一体何が出来るのだろうか。そんな事だった。

 

(変わりたい、変わろうとしている……か)

 

 ふと街へと視線をやった思穂。行き交う車、信号を渡る人々、新商品の呼び込みや閉店セールを行っている商店。目に付く全てが、何かかしらの“変化”に包まれていた。

 そんな目まぐるしい変化の渦中をこうして平然と歩いていられることの奇跡。――そこで、思穂は閃いた。

 

「ねえ思穂さん、ちょっと思いついた事があるんだけど」

 

 突然、絵里がそんなことを言ってきた。少しだけ緩んだ表情を見て、思穂は自分と同じ発想に至ったことを確信する。

 

「偶然ですね絵里先輩、私も思いついた事がありました、多分――絵里先輩と全く同じことだと思います」

 

 笑みを交わし、二人は踵を返した――。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 辿りついたのは神田明神であった。そこでは巫女装束の希が箒をせっせと動かし、バイトに励んでいた。一息ついた希が二人に気づき、近づいてきた。

 

「あれ? エリち、思穂ちゃん、どうしたん?」

「希、ちょっと良い?」

 

 希の返事を待たず、思穂は希の腕をしっかりと掴み、有無を言わさずに目的の場所へ連行する――。

 

「本当にどうしたん? また戻ってくるなんて」

 

 希も連れ、やって来たのは秋葉原であった。あの場で話しても良かったが、ここではなくて駄目だと言うのが思穂と絵里の一致した意見であった。

 人が行きかう光景を眺めながら、絵里は言う。

 

「ちょっと思いついたことがあって。さっき、街を歩いていて思ったの」

 

 絵里の言葉に、思穂は続いた。

 

「次々と新しいモノが生まれてはそれを取り込んで、毎日新しい顔を見せていくのがこの秋葉原の凄い所だと思います」

 

 懐が大きく、だがその新しい物さえもどんどん波に飲み込んでいく恐ろしさもある。今のμ'sに必要なのはそんな波に負けないような力。だからあえて、絵里と思穂はここを選んだ。

 

「この街は、どんなものでも受け入れてくれる一番ふさわしい場所なのかなって」

 

 一拍置き、絵里が締め括った。

 

「私達の――ステージに」

 

 宣言したのは、九人となり本当の意味を持つようになった新生μ'sの二度目のライブである。二人の意見に対する、希の返事は決まっていた。

 

「ええやん、それ。面白そう!」

「いやぁ、となれば忙しくなるなー」

 

 恐らく明日にでも絵里から提案があるだろう。そこから思穂の労働がまた始まる。だが、それは思穂もやりたいことでもあった。思い浮かぶは始まりの曲『START:DASH!!』。小さかった雛鳥が大きくなり、空に羽ばたく時が来たのだ。

 また栄養ドリンクの本数が増えるな、と思穂は早速睡眠時間と勉強時間と趣味に充てる時間の調整を脳内で始めた。とりあえずは睡眠時間を削る方向で決着がついた。

 

「思穂ちゃん、また忙しくなるね」

「だけど私はやりますよー! 燃えるじゃないですか、秋葉原でライブ! μ'sここに在りということを秋葉原中に見せつけてやりましょう」

 

 秋葉原でライブをする。そのもう一つの意味を思穂は理解していた。秋葉原と言えば、A-RISEのお膝元である。そんな場所でライブをするという事はそのままズバリ、彼女達への宣戦布告を意味する。絵里がそこまでスクールアイドルに詳しくないというのもあるのだろうが、思穂はあえてそれを口に出すことはない。

 むしろ、それが面白い。A-RISEファンに何か思われるかもしれないが、むしろその反対意見すら全て飲み込み、μ'sファンへと鞍替えさせる心構えじゃなければいけない。いずれは越えなければならない相手だ。

 とりあえず、思穂はスマートフォンを取り出し、メールを作成し始める。送る相手は決まっている。つい、この間連絡先を交換した――正確には押し付けられた人間。

 

(『こんにちは! この間は美味しいケーキ屋に連れて行ってくれてありがとうございました。話は変わりますが、近い内、A-RISEへ宣戦布告させてもらいますね! 楽しみにしていてください』……と、こんな感じで良いかな? そーうしん!)

 

 綺羅ツバサ。彼のA-RISEのセンターへ早速、思穂はジャブをかましておいた――。

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