ラブライブ!~オタク女子と九人の女神の奮闘記~【完結】 作:鍵のすけ
「思穂ちゃん! スクールアイドルだよスクールアイドル!」
教室に入った直後、穂乃果に手を引っ張られ、自分の席まで連れて行かれた思穂はその単語で連想出来るものを適当に口に出した。
「アイドル? 女の子をプロデュースして遊ぶあのゲーム?」
「そっちじゃなくて! スクールアイドル! ね、これ見て!? もう海未ちゃんとことりちゃんには見てもらったんだ!」
机の上に広げられたのは、可愛い女の子が表紙の雑誌の山。そのどれもが『スクールアイドル専門誌』というカテゴリーに分類される雑誌であった。
ペラペラとめくると、これまた可愛い女の子が盛りだくさん。まるで美少女のバーゲンセールだ。だが、いまいち穂乃果の言わんとしていることが分からなかった思穂は、当の海未とことりの方へ顔を向けた。……分からなかったのではなく、分かりたくなかったという方が実は正しいのかもしれない。
「実は……」
「ね、思穂ちゃんもスクールアイドル、やらない!?」
何だか歯切れが悪い海未の言葉を遮り、穂乃果がそう言って、思穂の手を握ってきた。やっぱり予想通りの言葉に、思穂は何だか海未の気持ちが分かったような分からないような。
(……あ、思い出した。そういえばにこ先輩に観せてもらった伝説の伝説の……何ちゃらってDVDもそういう奴だったっけ?)
何度もスクールアイドルと言う単語を聞いている内に、思穂は心の深い所に根付いていた記憶を呼び戻す。スクールアイドルと言うのは、要は学校生活を送りながら活動するアマチュアアイドルの総称だ。全国各地に存在しており、今若い人達を中心に人気を集めている一大コンテンツである。
アニメ専門店よろしくスクールアイドル専門ショップなるものも存在するというのだから恐れ入る。
「……先ほど私とことりもスクールアイドルをやろう、キラキラしている、等と散々調子の良いことを言われました」
「そうなんだよ思穂ちゃん! それでね、海未ちゃんったらさ、『アイドルは無しです!』なんて言って怒るんだよ!? ひどいよね!」
「……まあ、いきなりアイドルやろうぜ! って言われて、おうやろうぜ! なんて答えられる人は漫画かアニメぐらいしかいないよね……」
思穂の言葉に勢いづいたのか、海未が更にまくし立てる。
「大体! 穂乃果は何も分かっていないんです! さっきも言いましたが、彼女達は然るべき努力を積み、皆の前に立っているんです! それを好奇心だけで始めても、上手くいくはずないでしょう!」
「う、海未ちゃん落ち着いて! 穂乃果ちゃんも考えなしに言っているんじゃないって、私は思うなぁ……」
見かねたのか、ことりが助け舟を出してくれた。まるで父親に怒られた子供を庇う母親のようないつもの構図に、思穂は小さく笑った。しかし、と思穂は少し現実的な視点で思考してみる。
「でも、まあ……確かに海未ちゃんの言うことにも一理あるよねー。一朝一夕でやれるものじゃないってのは間違いないし」
「し、思穂ちゃんまで!?」
「というか、何で穂乃果ちゃんはスクールアイドルをやりたくなったの?」
「だってアイドルってすっごいんだよ! キラキラしてるし、歌だってダンスだってすごいんだよ!?」
「はっはーん。それでスクールアイドルになって、新入生ゲットだぜ! って寸法?」
相変わらず穂乃果の考える事は思穂の一段上を行っていた。しかし、穂乃果の提案を全て否定するつもりはない。確かにスクールアイドルというコンテンツの人気は凄まじいようだ。この雑誌達がそれを証明している。
だが、海未の言うことも最もだ。有名所も無名所も等しく血の滲むような努力をしているのは間違いない。
「うん! 私ね、今朝UTX学院に行ってA-RISEってスクールアイドルのグループがパフォーマンスしているの見て来たんだ! それを見てこれだーっ! って思ったんだ! 穂乃果達もスクールアイドルになって、オトノキを盛り上げていこうよ!」
「話になりません!」
「あっ、海未ちゃん!」
穂乃果のお気楽さに、ついに海未が我慢の限界を超えてしまったようだ。
「もう一度ハッキリ言います。アイドルは無しです!」
ぴしゃりと、そう言い残し海未は教室を出て行った。
「ありゃりゃ。海未ちゃん完全に怒っちゃった」
「海未ちゃんの分からず屋ー!」
「穂乃果ちゃん、海未ちゃんも別に意地悪したくて言っている訳じゃ……」
ことりがなだめるが、穂乃果は穂乃果で拗ねてしまったようだ。ぷくーっと膨らませた頬はとても柔らかそうで、触ったら、穂乃果に怒られてしまった。
それはそれとして。こういう時、本当にことりは苦労するなと思穂は思う。二人のように自分の意志をしっかりと伝える方では無いことりは常に、二人から一歩離れた立場で物事を眺めているのだ。そして毎度のごとく板挟みときた。
「ことりちゃんはどうなの? スクールアイドル」
「私は良いと思うなぁ。可愛い服着られるし!」
にっこり笑顔でそう言うことりが思穂には凄く眩しかった。純情可憐とはまさにことりのこと。そんなことりが可愛い服を着てダンスを踊る。そんな妄想をすること数秒間。
「いつも……ありがとうございますことりさん!」
思わずことりの手を握りしめていた。
「え、えぇっ!? どうしたの思穂ちゃん!?」
「……いえ、少々あっしのマトモな思考活動がくっだらないことにしか使えないことに後ろめたさを感じてしまいまして……ヘイ」
ハテナマークがいよいよ飽和しそうになることり。海未という場を〆る人間がいないといつもこうなのだ。ボケしかいないこの空間はことりのキャパシティを常に振り切る。
そんなことりを助けるように、始業のチャイムが鳴りだした。そこで一旦この話を終わりとなった。
そこから思穂の記憶は全くない。最近は目を開けたまま寝る練習をしており、今日もその練習に精を出していたからだ。これを極めればもう寝たい放題。絵里に呼び出されることもなくなるはず。そんな事を思いながら、今日も思穂は覚醒と非覚醒の狭間をたゆたう――。
「にこ先輩、昼休みですよ昼休み!」
「それが分かってるなら、にこの所へ来るなぁー!」
昼休みのチャイムが鳴ると同時に、思穂は走り出していた。朝に話していた話題に詳しい人物から話を聞くためだ。普通ならば探し回るのだが、思穂は確実な心当たりがあった。
案の定、思穂の予想は当たり、その人物がアイドル研究部の扉を開ける直前に出会えた。
「それはさておいて、こんにちはにこ先輩! 今日も右手を上下左右に動かして恍惚に浸る遊びをするんですかぁ!? 一人で! 密室で!」
「普通にネットサーフィンよ! 何いかがわしい言い方してるのよあんたはぁー!!」
「わっ。にこ先輩、皆の視線釘づけですね!」
「むしろにこが釘づけにされてしまっているわよ! ったく、用があるならさっさと入りなさい!」
廊下の生徒達が皆、にこの事を眺め、ひそひそと話し始めてしまった。もちろん冗談だということを理解した上でのことだ。
にこに手を引っ張られ、部室へ強引に引きずり込まれてしまった。勢いよく扉を閉められ、鍵を掛けられる始末。完全に変な事を言いふらさないようにするためのにこの安全策であった。
「で? にこに何の用よ?」
「いやぁ、実はにこ先輩にスクールアイドルの事を教えてもらえないかな~って」
「スクールアイドル!? あんたが!? どういう風の吹き回しよ!?」
「そんな疑問三段活用を使われましても! いや、ちょっとだけ興味が湧きまして……」
するとにこは立ち上がって、戸棚の方に歩いて行った。そんなちまっこい後姿を眺めながら、もしかして怒らせてしまったかなどと考えながら待っていると、やがてにこは戻ってきた。
「――まずはこれを観なさい。どんなに素晴らしい建造物を建てたくても、下地がしっかりしていなきゃ話にならないわ」
「つまり、このDVDボックス三箱合わせてウン万円の塊がその下地作りの材料……ってことですか?」
「そうよ。貸してあげるからこれを観なさい。まずはそれからよ」
思穂の前にコレクションを置くなり、そう語るにこの表情はとても楽しそうで。矢澤にこという人間は片桐思穂にとって、鏡のような存在だと思うことが多々ある。一人しかいない部の部長という共通点や、一つのジャンルに力を入れられる情熱の持ち主等など挙げようと思えばいくらでも挙げられるが、一番似ていることは『好きな事を話す時の顔はとても活き活きとしている』だ。
今のにこは正にそれであり、スクールアイドルと言うものの存在が彼女の中で大きいことが伺える。
「ありがとうございますにこ先輩! ……ところでこのボックスのアイドル、どっかで見たような……」
「はぁ!? あんたUTX学院のA-RISEぐらい知っておきなさいよ! スクールアイドルを語るうえで、A-RISEは避けて通れない話題なのよ!」
「に、にこ先輩が怖い~!!」
「ったく! 今朝もあんたみたいな奴が居て腹が立ったの思い出してきたわ!」
「……今朝?」
何だかその“あんたみたいな奴”に物凄く心当たりがあるのは何故だろう。どこぞのサイドテールがスクールアイドルについて盛り上がり始めたのも今朝。ついでに例に出していたグループ名とも合致する。
「頭の右側を結んだ奴よ。制服のリボン的にあんたと同級生だと思うんだけど……何、知り合い?」
ジトーッと細目で睨まれてしまった思穂。下手に答えれば穂乃果はともかく自分も巻き添えを喰らう気がしたので、ひたすら笑って誤魔化すことにした。
「ところでにこ先輩ってもうスクールアイドルやらないんですか?」
「……あんたには関係ないでしょ」
にこが目を逸らし、明らかにその話題を拒絶していた。思穂はどうしてにこがそういう態度に出るのか理由を知っていたし、こういう空気になるのは分かっていた。だが、思穂はあえてこの話題を持ち出した。
「あんまり深く言うつもりはありませんが、いつかにこ先輩を頼ってくるかもしれない子達がいます」
「……いきなり何の話?」
「聞いてください。それで、もしその子達がにこ先輩の所へやってきたら……力を貸して欲しいんです」
「……そんなことは約束できないわね」
「と、言うと?」
「あんたが頼んでも、その子達に情熱の一欠片も見られなかったら追い払うわよ……必ずね」
にこはきっぱりとそう言った。思穂はむしろそういう返しを期待していたのだ。
「それで良いです! じゃあこれ、借りていきますね!」
「返す時はしっかり感想言ってもらうわよ」
「もちろんです! にこ先輩の耳元で叫んであげますよ!」
「囁きなさいよ! にこの鼓膜を何だと思ってんのよ!?」
「え? 囁いて欲しいんですか?」
「揚げ足を取るな! 良いからもう、あんたさっさと巣に返りなさーい!!」
丸めたガムテープを大量に投げられては 流石の思穂も撤退せざるを得なかった。にこから借りたDVDボックスが入った袋を抱えながら、思穂はアイドル研究部の部室を飛び出した――。
◆ ◆ ◆
「おお……目を開けたまま寝るって素晴らしい……! 流石は何某が生み出した文化の極み……!」
今日の思穂はルンルン気分だった。何故なら今日は誰からも因縁を付けられていないのだから。居眠りはバレていないし、忙しいのか絵里からの呼び出しも無い。
一応姿を隠す意味を込めて屋上にやって来ていたのだが、校内放送が鳴る気配は全くない。さっさと帰ってにこからもらったDVDを見るため、屋上を出ようとすると――“ソレ”は聴こえた。
「……何だろう、この音? ……ピアノ?」
音につられ、思穂がやってきた先は音楽室であった。扉はしっかり閉められているが、防音の扉ではない為、音は漏れに漏れていた。
「あ、誰かいる。どこの美少女だろうなーっと」
そう言って思穂は扉の窓から音楽室の中を覗き見た。
「あ……」
瞬間、思穂はまるで時が止まったかのような感覚を覚えた。それだけ、“中”の光景は幻想的だったから。
「綺麗……」
奏者は赤毛の女生徒だった。夕日に照らされ、鍵盤上で指を踊らせるその姿はまるで一つの絵画のような美しさを演出していた。引き語っている曲全体のイメージを一言で言い表すならば、迷いながらも進む少女。切なく、だが時には燃え上がる炎のような情熱を秘めたその曲を歌い上げる頃を見計らい、思穂は突入した。
「私は刻の涙を視たァ!!」
「うえぇぇぇ!?」
もはや通報されてもおかしくない勢いで突入した思穂はそう言って、赤毛の女生徒の手を握った。この最悪な第一印象が、赤毛の女生徒――