ラブライブ!~オタク女子と九人の女神の奮闘記~【完結】   作:鍵のすけ

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第二十九話 シスターズ

「ふむふむ……」

 

 また一つ、地図に印を入れ、思穂は溜め息を吐く。今日の思穂は、皆とは別行動で、一人秋葉原へとやって来ていた。その理由はただ一つ。秋葉原でゲリラライブをやるための場所探しであった。

 練習に専念してもらうため場所の選定は思穂が引き受けていた。いくつか目ぼしい所はあったのだが、ライブ開始時間帯の人の通りを考えると、いまいち決め手に欠ける。そんな色んな条件を勘案していた思穂は、割と悩んでいた。

 

「私の趣味で良いならゲームショップや本屋の前なんだけどなー……」

 

 言ってみただけである。実際そこは微妙と言って良いだろう。特定の層しか捕まえられない。もっと人通りが活発な所を思穂は所望していた。

 

「しょうがない……もう一回じっくり考えるとしましょうかね……」

 

 ライブまでの時間を逆算すると、今日中にある程度目星を付けておかないと使用するための手続等で時間がオーバーしてしまう可能性があった。だからこそ、思穂は一度冷静になるため来た道を戻ることにした。

 

「あれ? もしかして思穂さんですか?」

「ん?」

 

 振り向くと、そこには二人の女の子がいた。一人は赤みがかった短い茶髪にツリ目が印象的で、もう一人は金髪が鮮やかな子。

 思穂は茶髪の方へと視線をやった。

 

「ん? もしかして雪穂ちゃん?」

「はい。お久しぶりです」

 

 丁寧に一礼までしてくれるというこの礼儀正しさ。このしっかりさは姉には真似できないな、と失礼ながらそう思ってしまった思穂。

 茶髪――高坂雪穂は高坂穂乃果の妹である。姉を見て育った、とでも言えばいいのだろうか。基本的に穂乃果と真逆の性格の持ち主である。そしてなにより、足が良い。

 

「雪穂ちゃんしばらく見ないうちに成長したね~」

「足見ながら言わないでください。海未さんに言いつけますよ」

「大変申し訳なかったと思っている。……で、そちらの金髪が美しい子は?」

 

 某おかっぱ頭の女の子が震えるレベルで、雪穂の隣の女の子は光り輝いていた。しかし、思穂は何だかその女の子に物凄く既視感を感じた。具体的には最近μ'sに入ってきた人物に。

 

「あ、あの! もしかして、μ'sのマネージャーの片桐思穂さんですか!?」

「ん? 苗字言ってないよね?」

「初めまして! 絢瀬亜里沙と言います! あの、私、μ'sのファンなんです!」

「や、やっぱり絵里先輩の妹かー!!」

 

 思わず叫んでいた。不思議そうな表情を浮かべる二人を置いて、思穂は運命の悪戯にひたすら震えていた。

 

(こ、こんな天使が実在するなんて……!! ああ、これは心がきんいろなモザイクで埋め尽くされるよぉ!!)

 

 第一印象は純粋そうな子であった。あの絵里の妹にしておくには惜しいと言うレベルだ。人間性は挨拶一つで分かる。亜里沙は間違いなく天使だった。

 

「思穂さん、涎垂れてますよ」

 

 半目でそういう雪穂。昔からどうも穂乃果と同列に見られているのか、言葉の端々に棘が感じられる。だが、その棘すら思穂にとってはご褒美であった。

 

「おっと。……それはさておいて。改めて自己紹介するよ。片桐思穂と言います。よろしくね、亜里沙ちゃん。気軽に思穂さんとでも呼ぶがヨロシ」

「はい! よろしくお願いします思穂さん!」

「思穂さん、今日はお姉ちゃん達と一緒じゃないんですか?」

 

 頷き、思穂は二人に地図を見せてやった。

 

「そうそ。ちょっと路上ライブやる計画あってさ、私はその下見」

 

 一番に反応したのは亜里沙であった。目を輝かせ、両手を合わせた。

 

「ハラショー! またμ'sのライブが見られるんですね!」

 

 亜里沙が使ったのは感嘆の気持ちを表すロシア語であった。それを聞いて、思穂は少し自分の耳を疑う。

 

(あれ? 絵里先輩より発音が良い……亜里沙ちゃんの方がロシアの血が濃い、のかな? 分からないけど、ちょうど良いや!)

 

 目を閉じ、頭の思考スイッチを切り替えた。一発芸程度の“これ”が亜里沙相手に、どこまで通じるのか試してみたかったのだ。

 

『そう。近い内、やるから、楽しみ、していて』

「えっ!? 思穂さん、ロシア語喋れるんですか!?」

「驚いた雪穂ちゃん? ま、カタコトだけどね!」

 

 絢瀬絵里がロシア人を祖母に持つクォーターと言うことを知っていた思穂は密かにロシア語を勉強していた。思穂が一年生の時、まだ丸くなっていない絵里とどう距離を近づけようか考えた末の行動であった。やってみると意外に難しく、こうして亜里沙に話せたのも一重に、ちまちまと勉強していたお蔭である。

 経緯はどうあれ、思穂がロシア語を嗜んでいると知った亜里沙は喜んだ。喜びついでにロシア語モードになってしまったのは余計だったが……。

 

『思穂さん、ロシア語お上手です! ちゃんと聞き取れましたよ!』

『ありがとう! でも、私、まだまだ、勉強中。これからも、勉強、頑張る!』

「な、何を喋っているのか分からない……!!」

 

 授業の英語で慣れ過ぎたせいか、ロシア語、しかも本場の血が入っている者のロシア語はヒアリングが非常に難解であった。どうしても、英語のヒアリングと勝手を同じにしてしまう。だが、思穂は何とか食らいついてみた。ゆくゆくは絵里とロシア語で話すために。

 

『ほら、亜里沙ちゃん、雪穂ちゃん、困ってる』

「あ、ごめん雪穂……」

「ううん、気にしないで? それにしても思穂さん、ほんといつも妙な特技披露してくれますよね」

「そう? こんなもの一発芸程度だよ?」

 

 ふと、思穂は雪穂の方へと顔を向けた。

 

「そういえば、二人は今日はお出かけ?」

「はい。亜里沙と買い物に」

「もし良かったら思穂さんもどうですか?」

 

 亜里沙から何とも嬉しいお誘いがあったが、思穂はチラリと雪穂の方を見た。目が合った雪穂は軽く笑みを浮かべ、快諾の意を示してくれた。

 

「私は良いけど思穂さん、ライブの場所を探していたんじゃ……」

「あんまり考え込むと逆に良いアイデア出てこないから違うことしようと思ってたんだよね。もし良かったらお供させてもらっても良い? というか、二人こそ良いの? 何か買う物でもあったんじゃない?」

「あー大丈夫ですよ。買い物って言っても、ほとんどウィンドウショッピングみたいなもんですし」

「う、ウィンドウショッピング……!? そんなスマートな言葉が存在したのか……!」

 

 何だか雪穂と亜里沙が自分よりも大人に見えてきた思穂は、少し二人が眩しかった。だが、ここで動揺しては年上の威厳が無くなる。思穂は極めて冷静に振る舞うことにした。

 

「そ、そそそうなんだ……! わわわわ、私も良くやるし、ウィンドウショッピング……! ほら、あれでしょ? この窓ガラスの輝き良いわねぇよしこの窓ガラス買おう! みたいなあれでしょ? でしょ?」

「違います」

 

 一刀両断であった。思穂は崩れ落ちた。

 

「ちょっ! 思穂さん、制服汚れますって! ほら、立って!」

 

 日頃穂乃果に対してもこう接しているのだろうか。雪穂は甲斐甲斐しくも思穂の腕を掴んで立たせた。叱責から行動に移すまでが実にスムーズで、貫録さえ感じさせる。

 

「う、うう……雪穂ちゃんってホント妹って感じだよね……。ほら、私の事お姉ちゃんって呼んでみて?」

「結構です」

「……なら、私の事、姉さんって……」

「あーもう! 冗談言ってないで! 早く行きましょ! 亜里沙、どこか行きたいところある!?」

 

 すると、亜里沙が人差し指を口元に当て、考え出した。その仕草がもう可愛くて、雪穂に小突かれるまで、自分の顔が緩んでいたことに気づかなかった。

 

「亜里沙、思穂さんが良く行くお店に行ってみたいです!」

 

 瞬間、思穂の全身から冷や汗が吹き出した。すぐさま、思穂は脳内で色んな展開を弾きだす。

 

(ど、どうする……!? 良いのか!? これ、良いのか!?)

 

 ここまで話してみて分かったことがある。絢瀬亜里沙は本当に素直な良い子だ。そしてそれ故に、ちょっとそれっぽい事を言えば確実に“こっち側”に引きずり込める自信があった。

 

(もしこの子がこっち側に入ったらきっと絵里先輩が悲しむ……! 先輩、あんまりアニメとか見なそうだし、急にそういう話をしだしたら絶対私が変な事を吹き込んだって疑われてしまう……!)

 

 マイナス思考が思穂を支配する。こんな純真な子に、ドロッとした世界へ踏み込ませていいのだろうか。もし、これで戻れなくなったらどうする。ここは大人しくお茶を濁せるような場所選びをするしかない――。

 

(――だが面白いッッ!!)

 

 ――などという腑抜けた選択肢は思穂には有り得なかった。無言で亜里沙へ近づき、そっと肩に手を置いた。そしてちゃっかりハグをし、彼女からふわりと香る匂いを堪能した後、思穂は空へ拳を突き上げた。

 

「よーし! なら時間が惜しいよ! 今すぐ行こう! ほら雪穂ちゃん行くよ!」

「……私、思穂さんの行く所って大体予想出来るんですけど」

「な、何か不都合が……?」

 

 雪穂は横に首を振った。一瞬ホッとしたのが、いけなかった。すぐに雪穂は半目になり、“警告”する。

 

「くれぐれも亜里沙に“変なこと”を教えないでくださいね」

「や、やだなー……。日本が誇る由緒正しき文化の結晶を伝授するだけだって……。そう、謂わば私は伝道師なんだよ」

「そんな伝道師、今すぐにでも廃業したほうが良いと思います」

 

 えへらえへらとやり過ごし、思穂は何とか亜里沙と雪穂をアニメ専門店に連れ込むことに成功した。入ってすぐに、亜里沙は店内にひしめくアニメグッズに圧倒されていた。雪穂もあまり来たことがないようで、同じようにポカンとしていた。

 

「ということで、来ましたよアニメ専門店。通称アニメーロ」

「こ、これ全部アニメに関係するものなんですか……?」

 

 キョロキョロと見回したり、近くにあるグッズを手に取ったりと早速興味を持ち始めた亜里沙。雪穂は今注目されているアニメの棚をまじまじと見つめている。

 早速、思穂は亜里沙の肩に手を置き、アニメキャラのストラップを顔ぐらいの高さにまで持ち上げた。着物を着た女の子である。

 

「これは何ですか?」

「どう、落語的な漫才的なコント的な事をやるアニメに出てくる子なんだ! 何だか亜里沙ちゃんの声にそっくりなんだよね~! あ、あとこの子どう? 何だか心がぴょんぴょんするような気しない!?」

「わぁ! どの子も可愛いですね! 思穂さんのオススメのアニメって何ですか?」

 

 目をキラキラさせて、そう聞いてくる亜里沙に、思穂は完全に心を射抜かれていた。本来ならばいい感じに目覚めそうな作品を薦めて一気に落とすのが普通なのだが、思穂は少し方針を変えた。

 思穂はDVDの棚を一瞥し、目当ての物を取り出した。

 

「え~と……これ! オススメはこの、テストの点数で戦いをするアニメだぁ!」

「す、すいません……あまり戦いとかそういう怖いのは……」

「大丈夫! ほら、このパッケージを見てごらん?」

 

 そう言って見せたのは、二頭身にデフォルメされたキャラである。

 

「わ! 可愛いー!」

「思穂さん、どんなモノ勧めるんだろうと思っていましたけどこれは中々……」

 

 パッケージを覗き込んだ雪穂も小さく唸る。そうであろうと思穂は内心笑みを浮かべた。このテの人間にアニメを勧める場合、いきなり重いストーリーの作品はまず見てもらえない。まずは頭を空っぽにして見られる作品でジャブを打ち、次に少し考えさせられる作品を見せる、そして最後はストーリー重視の作品でフィニッシュ。

 これが片桐思穂のコンビネーションであった。

 

「これはそんなに取っ付き辛くないから亜里沙ちゃんも楽しく観られると思うよ! それに、このアニメに出てくる保健体育が得意な女の子、どことなく絵里先輩に似てるし」

「お姉ちゃんにですか!? 私、これ観てみますね!」

「良かったね、亜里沙」

 

 すかさず思穂は雪穂の前に違うDVDを突き出した。

 

「あ、雪穂ちゃんにはこれね! 魔王が主人公のアニメなんだよ!」

「魔王ってあのRPGとかに出てくる魔王ですか?」

「うん、そういう感じの魔王ね! だけど驚くなかれ、この作品の魔王はハンバーガーショップで働いているんだよ!」

 

 これが流行っていた当時は何だか魔王を題材にした作品が多く出ていた気がするな、と思穂はぼんやりと思い出していた。

 

「ちなみにこのハンバーガーショップで働いている女の子がもう無茶苦茶可愛くてさ! 胸もふくよかで! 涎垂れるよ! 雪穂ちゃんはまあ……ファイトだよ!」

「何かすごく馬鹿にされた!?」

「じゃあ雪穂、早速レジに――」

「あ、大丈夫。もう払っているから! それは二人にプレゼント!」

 

 気に入るであろう前提でもう買っていた思穂である。こと、にこ相手に色々なアニメのプレゼンをしていただけに、どういうタイプがどういう作品を好むかは何となく把握出来ていた。

 積み重ねられた経験から打ち出されたチョイスは見事、二人の好みにハマったので、思穂は内心得意げだった。

 

「で、でもそんな悪いですよ!」

「良いの良いの! その代わり、それ観たら感想聞かせてくれると嬉しいな!」

「はい! ありがとうございます思穂さん!」

 

 いつでも感想を伝えられるように、と亜里沙は思穂へメールアドレスの交換を持ちかけた。二つ返事でオーケーした思穂は手早く交換を行う。

 

「じょ、女子中学生からこんなに簡単にメアドをもらえるなんて……! これ、事案発生じゃないよね!?」

「私に言われても困ります」

 

 それはそうだ、と思穂は肩をすくめる。第一、同性だ。ソッチの趣味は無いので、亜里沙をどうこうしようとかそういうやましい気持ちは微塵も無い。

 

「あ……そろそろ本格的に動かなきゃマズイか」

 

 スマートフォンの時計を確認した思穂は“遊び”の時間が終わったことを悟る。これから秋葉原を駆け回るという大事なお仕事が待っている。汗だくの姿を見せる訳にはいかない思穂は、ここで二人へ別れを告げることにした。

 

「ごめん。そろそろ私、自分の事をやらなきゃ怒られるから行くね」

「もう行っちゃうんですか!?」

「うん、亜里沙ちゃん、雪穂ちゃん、今日はありがとう! 楽しかったよ!」

「私も楽しかったです! ね、雪穂!」

 

 突然亜里沙に振られ、雪穂は小さく悲鳴を上げた。だが、すぐに冷静さを取り戻し、ポツリと呟いた。

 

「まあ、楽しくなかった訳じゃないですけど……」

「な、何か雪穂ちゃんが気持ち悪い……」

「気持ち悪いって何ですか!? もう!」

「ごめんごめん! じゃ、ライブ絶対来てねー!」

 

 今日の二人との買い物――というよりアニメ布教――で得た物はたった一つである。金髪がとても綺麗な絢瀬亜里沙との連絡先を手に入れられたことである。

 

「ん?」

 

 訂正、もう一つだけあった。

 

「――ここだ」

 

 思穂の視線がとあるビル前に縫い止められた。多すぎず、少なすぎず。ある程度の広さも持ち合わせている。ここで歌う九人が視えた思穂は、もう今までの場所の候補が頭から消えてしまった。

 

「よーし! 忙しくなるぞ!」

 

 地図を取り出し、思穂はこのビル前の地点へ大きな丸を描く。二人へのアニメ布教で得られた物は二つであった――。

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