ラブライブ!~オタク女子と九人の女神の奮闘記~【完結】 作:鍵のすけ
「お帰りなさいませご主人様!」
また一人、同志をテーブルに案内した思穂はこなれた手つきでメニュー表を渡した。一礼し、すぐに次のお客さんの元へ向かう思穂の足取りには何の迷いも無い。
(あれ? 私、何でバイトしているんだっけ?)
現在思穂はことりと全くデザインが同じメイド服を身に纏っていた。別のテーブルではこれまたメイド服を着た穂乃果が接客をしている。
「思穂? どうしたのですか?」
振り向くと、海未が心配そうに思穂の顔を覗き込んでいた。彼女のメイド服である。
「ね、ねえ海未ちゃん。どうして私、メイド服着て動き回っているんだっけ?」
「……とうとう脳がやられてしまいましたか?」
「いやいやいや! まだまだイケるよ!」
「はぁ……。昨日言ったじゃないですか。ことりの作詞のヒントを見つけるために、ことりが働いているメイド喫茶で一緒に働いてみよう、と」
ようやく思い出した。全て海未の言う通りであった。場所も決まり、ビルを管理している不動産や警察へビル前で路上ライブをやっていいかどうかの確認を取ったまでは良いのだが、肝心の曲がまだだという事態。
作曲は真姫だが今回の作詞はなんと、ことりが引き受けているようだ。秋葉原のカリスマメイドたることりならば、きっと秋葉原にふさわしい曲を書いてくれると思穂は全面的にそれを肯定している。
しかし、やはり慣れないどころか初の作詞であることりのプレッシャーは尋常なものでないのも確か。大分難航しているらしい。
そこで穂乃果は一策打った。それからは海未の言った通り、秋葉原の事を理解するためにことりが働いているメイド喫茶で期間限定で働くこととなったのである。
「おおう! そうだったね! ごめんごめん! 大分頭やられていたよ!」
「お客様はまだまだいます。だらけていてはいけませんよ?」
「了解! よーし! 我が同志達をおもてなししましょう!」
今しがた入ってきた若い男性を空いているテーブルに案内した思穂は早速メニュー表を渡す。
「メニュー表でございます!」
「おお! 可愛い!! オムライス一つね! お絵かきはお任せ!」
「かしこまりました!」
頭を下げ、上げる一瞬で思穂はその男性客の“観察”を開始した。椅子の下に置かれている鞄には某超能力を像にした漫画のストラップが付けられ、中には軽音楽部活アニメのツインテールな女の子のポスターらしきもの、そしてチラリとプラモデルの箱が見えた。
(……ふうむ)
その箱に書かれたロボットの絵を頭に叩き込んだ思穂は、早速厨房に入り、オムライス作りに取り掛かる。ことりからここのオムライスの作り方は伝授されていたので、思い出しながら、フライパンを振るった。
「よし、あとはこのケチャップを……!」
鼻歌混じりに思穂はケチャップを絞り、迷いなく手を動かした。そのプラモデルの作品は以前、思穂も嗜んでいたモノだったので、割と鮮明に思い出せた。
出来栄えを改めて確認し、自分の中の合格ラインを越えられたことに満足した思穂は男性客の元までそれを持っていく。
「こ……これはぁ!?」
「ふっふっふ! どうですかご主人様! かつて私も恐怖した赤と黒のツートンカラーの機体が分からない訳ではないでしょう!」
「ああああ!! トラウマがぁ! 一瞬で機体が溶かされたトラウマがぁぁ!!」
戦いづらいステージ構造の上、『お前機関銃かよ!?』というレベルでぶっ放してくるエネルギーライフル。知っている者ならば恐怖しない訳がない。そんな絵を、思穂は見事精密に描きあげた。ケチャップアートのレベルはとうの昔に越えている。
「というか、良く僕がこれ好きだって分かりましたね」
「すいません、プラモデルの箱が目に入ってしまったので……」
「え、でもこれたった一機で企業を相手にした機体なんだけど……」
「ええ。だからこれも知っているかなって」
洞察力に唖然としている男性客に一礼し、思穂はクールに去った。
「思穂ちゃん、すごい活躍してるねっ!」
「お、ことりちゃん。お客さんの整理終わったんだ」
「うん! だから思穂ちゃん、休憩入っても良いよ」
「オッケー、じゃあ入るね! ……と、その前に」
スゥーとほとんど足音を立てずに、思穂は遠くのテーブルの男性客の元へ向かった。身動きすらほぼせずに移動する様はどこか拳を極めし者を連想させる、というのがそのテのゲームをプレイしているお客さん達の感想であった。
「ご主人様? 申し訳ございませんが、店内は撮影禁止になっていまして……」
そっと、思穂はお客さんがことりへ向けていたスマートフォンのカメラを手で遮った。蛇の道は蛇。こと“こそこそ”することに長けている思穂が、店内の隅かつ微妙な物陰がある絶好の盗撮ポジションを警戒していない訳が無かった。
そして思穂は更にダメ押しをしてみる。なるべく穏便に、尚且つまた来てもらえるようなニュアンスで。
「だから、貴方の心のカメラで撮影してくださいね!」
にっこりと、それはもう思穂が考えうる全力の営業スマイルであった。客の両手を握り、ジッと目を合わせるというコンボ付き。
「は、はいい! すいませんでしたぁ!」
すぐに客はデータを削除してくれた。自分に向けられていたら特に気にしない思穂であったが、ことりはあまりいい気分はしないだろう。
(また一つ、登っちまったぜ……遠く果てしのないメイド坂って奴をよ!)
要は完全勝利である。少しだけ得意げな思穂は事務室に入り、クイとコップのミルクを飲み干した。勝利の美酒としては最上級。
「メールだ。誰だろ……うっ」
相手は綺羅ツバサからであった。色々書かれているが、要約すると『宣戦布告の件はまだかしら?』である。だから思穂も色々書いて返信してやった。
「その内、ですよーっと。あとツバサが好きそうな作品、今度貸してあげますよ……とでも書いておくか」
思穂はどちらかというと、追伸の『この間一緒に立ち読みした漫画、面白かったからまた揃えてみることにしたわ』の方が重要であった。漫画トーク出来るのも近いな、と思穂はほくそ笑む。
「思穂、貴方も休憩でしたか」
「あ、海未ちゃんお疲れ。どう、慣れた?」
「……正直、人前に出るのは未だ慣れません。そ、それにこんなヒラヒラした格好を不特定多数のお客様に晒すなどと……」
ライブで着ていた衣装より露出度が少ないのに、恥ずかしがる理由がいまいち分からなかった思穂はとりあえず相槌を打っておくだけにした。
「……ことりちゃん、作詞イケそうかなぁ」
「それはまだ分かりませんね。ですが、ことりにとってプラスになっているのは間違いないでしょう」
「そっか。善きかな善きかな」
「ところで思穂」
「ん? なーに?」
すると、海未が少々言い辛そうにしていた。口が開いては閉じての繰り返し。……やがて海未は口に出した。
「――文化研究部は良いのですか?」
「……良いって何が?」
「とぼけないでください。貴方が今の質問の意味を理解していない訳がありません」
当然理解していた。故に、思穂は全力で話を逸らすために思考を巡らせる。
片桐思穂にとって、文化研究部の“深い”所は絶対に触れられたくないものであった。上辺の話ならば笑って誤魔化せる。だが、その“先”は違う。
一言で言い表すなら黒歴史である。それも、まだ笑い飛ばす事が出来ない程の。
「思穂ちゃん! 海未ちゃん! 疲れたよー!」
重くなりそうな空気を切り裂くように、穂乃果が事務室の扉を開け放った。その隙を見計らい、思穂は立ち上がる。
「あ、そろそろ休憩時間終わりだ! じゃあそろそろ行ってくるよ!」
「思穂!」
「海未ちゃん、笑顔笑顔! それじゃあ穂乃果ちゃんと海未ちゃんの分も頑張ってくるねー!」
強引に終わらせたことの何たる卑怯な事か。思穂は自嘲気味に笑った――。
「それにしても、ことりちゃんやっぱりメイド喫茶にいる時って活き活きしているよね!」
穂乃果や海未も休憩時間が終わった頃。思穂と穂乃果とことりは洗い場にいた。海未は穂乃果によって、半ば強引に接客の方に回されてしまっている。
「うん! 別人みたい!」
穂乃果が思穂に同意した。口に出さないだけできっと海未もそう思っているはずだ。
「なんかこの服着ていると何だか“出来る”って思えるんだ。この街に来ると、不思議と勇気がもらえるの。もし、自分を変えようとしても、この街なら受け入れてくれる気がするってそんな気がするんだ! だから私、この街が好き!」
「ことりちゃん! 今のだよ!」
途端、穂乃果の顔がパァッと輝いた。何に気づいたのか、思穂が首を傾げていると穂乃果がすぐにそれを口にする。
「――てことだと思うんだ! どう思穂ちゃん!?」
「……」
「思穂ちゃん?」
「なるほど……そういう考えもあるのか……」
穂乃果が口にした言葉を聞き終えた思穂は、圧倒されていた。それは思穂が恐らく辿りつくことはなかったであろう発想だった。
(やっぱり勝てないなぁ)
相変わらず自分の想像の更に上を行く穂乃果に思穂は敗北感を感じてしまった。だが、それは勝手に感じている一方通行な感情なので、上手い具合に飲み込むことにした。億尾にも顔に出さないように――。
◆ ◆ ◆
「おお……良い感じに人が集まっているね」
遠巻きに眺めながら、思穂はチラシによる地道な宣伝効果を確認する。
「思穂さん!」
「お、二人とも来たね」
思穂は手を振って、雪穂と亜里沙を迎えた。開始時刻直前の丁度いい時間だ。
「思穂さん、お姉ちゃん達は?」
「あそこあそこー。あ、亜里沙ちゃん、そこ見える? 私の位置、良い具合に見えるからどうぞー」
「ありがとうございます! わぁ! 雪穂見て! 海未さんやっぱり可愛い!」
「ああ、そう言えば亜里沙ちゃんって海未ちゃん推しだったっけ?」
数日経ち、今日はいよいよ路上ライブの当日である。
通りを歩いている通行人が何かイベントの予感を感じ取り、足を止めたり、遠くから様子を伺っている人もいた。まだ何人かいるが、そのどれもがチラシを握っていた。
既に穂乃果達はビル前にスタンバイしている。それだけでなく、今回の衣装は何と“メイド服”だった。秋葉原が舞台ということを考えれば、これ以上にないぐらいふさわしい衣装であるといえよう。
「皆さんこんにちは! μ'sです!」
時間に差し掛かったのを確認した思穂が両手で丸を作ると、穂乃果の挨拶が始まった。
「今日は皆さんにもっと私達の事を知ってもらいたくて、路上ライブをやることにしました! だから、最後まで楽しんでいってください!」
すると、穂乃果が脇に逸れ、代わりにセンターへ移動したのはことりであった。
「ほら、始まるよ」
「はい!」
亜里沙が握り拳でも作らんばかりに全身に力を込め、ただμ'sのライブに浸る為の準備を開始していた。雪穂は亜里沙程では無いものの、ジッとμ'sの方を見ている。
「――――!」
ことりの歌い出しで、その曲は始まった。変わっていく景色、変わって行きたい自分、駆けだしたい気持ち。『自分を変えたい』ということりの気持ちが十二分に引き出された非常に良い歌詞だ。
『どんなものでも受け入れてくれる街』。秋葉原をことりはそう評した。常に変わっていく街の景色、だけどそれは歪では無く、“街が生きている”というハツラツさの表れ。
あらゆる物を受け入れてくれる懐の深さと、あらゆる物を押し流していく厳しさを持ち合わせているこの秋葉原は、思穂にとってオタクライフの原点とも言える街である。故に、ことりのこの歌詞がストレートに心へ響いてくる。
ある意味同じで、ある意味真逆。“変わる”というのはそう簡単なことではない。その事を、思穂は良く知っていた。自分がそうだったのだから。
(……大丈夫。焦らなくても、きっと必ずやれるよ!)
むしろ、と思穂はこの間の海未の言葉を思い出していた。
(私が……だよね。人の事応援している場合じゃない、か)
自分は“変われた”側だと思っていたが、ことりを見ていると、まだまだ変わりかけだということを痛感させられてしまった。いつまで逃げている訳にはいかない、と簡単に思えるあたり、まだ甘い。
(『Wonder zone』……。私もいつかきっと……)
――『Wonder zone』。それは、始まりと変化に溢れたおもちゃ箱のような街の名前である。そんな街の中で片桐思穂は独り、取り残されたような気がしてしまった。