ラブライブ!~オタク女子と九人の女神の奮闘記~【完結】   作:鍵のすけ

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第三十二話 真夏のお約束

「これが! 合宿での練習メニューになります!」

 

 そう言い張り出したメニュー表を見て、思穂は若干引いた。メニューの内容では無く、練習量にだ。一体どこのアスリート養成プログラムを参考にしたのかは分からないが、これは些か気合いが入り過ぎていた。

 

「って、海は!?」

「……私ですが?」

「違うそうじゃない。そうじゃないんだ海未ちゃん」

 

 そこまであからさまに泣き言を言うようなメンバーはこの中にはいないが、この明らかに殺しに掛かっているような練習内容に海未以外は全員顔をしかめた。あの絵里でさえ、何も言えずにいる。

 そんなこともつゆ知らず、海未は語りだした。

 

「最近、基礎体力を付ける練習が減っています。折角の合宿ですし、ここでみっちりやっておいた方が良いかと思いまして! スポーツ関係の本を読み、皆が身体を壊さない程度の練習量を弾きだした結果がこれです!」

「え、遠泳十キロって……」

「その後にランニング十キロ……!?」

 

 穂乃果とにこが絶望したような表情を浮かべていた。流石にやり過ぎ感を感じたようで、絵里が口を出した。

 

「これは……皆、保つのかしら?」

「大丈夫です! 熱いハートがあれば、やれないことはありません!」

「うわっ! 何か海未ちゃんがすっごくめんどくさいぞ!」

「思穂! 先ほども言いましたが、貴方もやるんですよ! ファイトーオー!」

 

 正直に言えば、やれる。やれてしまう。限定生産のアニメグッズを手に入れるためには体力は必要不可欠。グッズを求め、ランニングで県を跨げないようではオタクとしては力不足というのが思穂のこだわりである。通販は本当に切羽詰まった時の最終手段、それ以外は基本走ったり交通機関を用いて直接店頭へ出向くのだ。

 

(よーし、こうなったら……!)

 

 穂乃果も考えていることは同じだったようだ。アイコンタクトを交わすと、すぐに意見が一致し、二人の視線は凛の方へ。こういう時、何のためらいも無く行動を起こせる人材こそが強い。

 

「あー海未ちゃん! こっちこっちー! ほらあそこー!」

 

 凛が遠くに引っ張り出した瞬間、絵里、希、真姫以外が海の方へ走り出した。一瞬でも野に放してしまった時点で、海未の負けである。もう、後は成り行きに任せる。

 絵里も止めるつもりは毛頭ないようだ。

 

「まあ、仕方ないわね」

「良いんですか、絵里先輩? あっ……」

 

 すると、絵里が片目を瞑り、人差し指をピッと立てた。それで海未が気づいたのか、口元に手をやり、小さく謝った。押される海未は非常に珍しいため、思穂は心のシャッターに収めておいた。

 

「μ'sはこれまで部活色が強かったから、こうやって遊んで、先輩後輩の垣根を取り去るのも大事な事よ?」

「絵里せんぱ……ちゃんの言うとおりだよ海未ちゃん。今日はアイスブレークの日と言うことで! 楽しまなきゃ損だよ!」

「おーい! 海未ちゃーん! 絵里ちゃーん! 思穂ちゃーん!」

 

 花陽が元気いっぱいに皆を呼んでいた。まだ煮え切らない海未に、思穂はとうとう痺れを切らす。

 

「よっし! 絵里ちゃん希ちゃん真姫ちゃん! この鬼軍曹をさっさと引きずり込もう!」

 

 鞄からビデオカメラを取り出した思穂は、海未の手を引き、走り出した。実は新しいPVの材料を確保するためにあらかじめ持ち込んでいたものである。本来は練習風景を撮影するためのものであったが、この状況はまるで話が変わってくる。

 

(これは……! 私に風が吹いた!)

 

 海と来たら海未では無い、海と来たら水着なのだ。冷たい海、照りつける日差し、白い肌、色とりどりの水着。鼻血を出さないのが奇跡でしょうがない。

 そうこうしている内に、皆水着に変わっていたので、思穂は走った。日頃のオタク活動で鍛えられた脚力をフルに活かすのはこんなことぐらいだろうな、と何だか虚しくなってしまったのは内緒だ。

 

「て、天国ッ……! これが、天国だと言うんだね!?」

 

 海で遊んだり、ビーチパラソルの下でくつろいでいたりするμ'sメンバーを見て、思穂は震えていた。美少女が水着ではしゃぐことの何たる贅沢な光景か。

 思穂は手が震えるのを何とか抑えながら、ビデオカメラの電源を入れ、それぞれをカメラに収める。

 

(まずは我らがリーダーっと)

 

 穂乃果は白と青のストライプ柄のビキニであった。オレンジ等の明るめの色が似合うイメージだったが、落ち着いた色もこれはこれで乙なものである。一番活き活きしている穂乃果の姿は思穂の心を癒してくれた。余韻もそこそこに、近くで睨み合っていた希と海未へカメラを向ける。

 

(海未ちゃんと希ちゃん。これはこれで、ある意味贅沢な組み合わせと言うか何というか……)

 

 水色の水着の希、白い水着の海未、色合いもそうだが、特筆すべきは胸部の差だろう。たった一歳違うだけで、何故こんなに差があるのか、本当に不思議でしょうがない。腕を交差させることによって、必死に希の視線を遮ろうとしている海未の何と涙ぐましいことか。

 これ以上見てはいけない、と直感した思穂はビーチパラソルの下でくつろいでいる真姫と、張り合っているにこへカメラを向ける。

 

「にこちゃーん、リーチが足りてないよー」

「うっさい! ていうか何撮ってんのよ!?」

 

 つい先ほどまで、『PV撮影~? またこのにこにーの可愛さが世間に知られてしまうのね~!』と言っていた矢澤にこ様である。今自分が割と酷い顔になっているという自覚の元、思穂は隣の真姫へカメラを向ける。

 ピンク色の水着のにこ、パープルレッド色の水着の真姫。似たような水着を纏っているはずなのに、どうしても真姫の方が三年生なんじゃないかという錯覚に陥ってしまう。

 

「そんなことよりもほら、そこの真姫ちゃんはスラッとしたいい脚を組めているのに、あのにこにーが組めないってどうなんですかー?」

「く、くぉの~……!!」

 

 何とか組もうとしているのは分かるが、やはりリーチが足りない。結果は分かり切っているので、とりあえず思穂はしゃがみ込み、真姫の脚を眺めることにした。

 

「ちょ、ちょっと! 何ジロジロ見てんのよ!?」

 

 眺められなかった。直ぐに真姫が起き上がり、思穂を睨んできたのだ。

 

「違うよ! ジロジロじゃないし! 堂々とだし! っと」

 

 後ろから嫌な予感がしたので、避けてみるとビーチボールが横切り、にこに直撃した。日ごろの行いが良いからだろう。この偶然をそう結論づけ、不幸にも顔面へモロに喰らってしまったにこの元へ歩み寄った。

 

「……大丈夫ですか? 大丈夫?」

「助けなさいよ!」

「何か反射的に動いてしまって……あっはっはっ!」

 

 そうしていると、穂乃果がにこへ手をぶんぶんと振ってきた。

 

「おーい! にこちゃーんもやろうよー!」

「ふん、そんな子供の遊び誰が――」

 

 直後に皆から振り掛かる挑発の数々。元々そんなに我慢強くないにこがいつまでも聞き流せるはずも無く、むしろ凛の第一声で“その気”になってしまった。近くに落ちていたビーチボールを抱えると、にこは穂乃果達の元へ走って行った。

 そんなにこの後姿を見送りながら、思穂は真姫へ再び視線をやった。

 

「真姫ちゃんは行かないの?」

「私は……別に」

「運動が苦手って訳じゃないよね?」

「当然でしょ。ダンスだって遅れているつもりはないわ」

 

 軽いジャブ程度のやり取りで思穂は確信した。遠くでは希と絵里がこちらを見ているのが良く分かる。どうやら思っていることは一緒らしい。

 

「……難しいよねー」

「……何が?」

「人付き合いってさ」

「貴方が言う?」

「私だからこそ言えるんだよ」

 

 真姫は首を傾げた。

 

(何ソレ。何かの嫌味?) 

 

 真姫の眼から見て、片桐思穂は自分と正反対な人間だと思っていた。初めて会った時から思っていたことである。水と油、μ'sに入っていなかったら恐らく一生関わることがなかったであろう人間と言っても言い過ぎでは無い。

 自分の眼から見て、社交性の塊であるそんな相手が、まさかの『人付き合いは難しい』発言をすることが、真姫には信じられなかった。

 

「まあ、私から言えることは一つだよ。頑張って!」

 

 何を、とはあえて言わなかった。チラリと、一瞬だけ希の方へ視線をやった思穂は、これ以上何もいう事はなく、穂乃果達の元へ歩いて行こうとする。だが、その前に立ち止まった思穂は真姫に背中を向けたまま、言う。

 

「ちなみに今真姫ちゃんが読んでいる奴、面白いよね。私その作者の作品は大体記憶しているよ! 今度オススメ教えてあげるね!」

「ほんと、無茶苦茶よ」

 

 割とマイナーな作者のはずだというのにそう言い切った思穂の後ろ姿を見て、真姫は呆れが混じった溜め息を吐く――。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 遊びに遊んであっという間に陽が落ちようとしていた。別荘に戻って最初にやることと言ったら夕飯づくりだ。だが、ここでちょっとした問題が発生してしまった。

 どうやら調理場所はあるが、どうやら食材などはないらしい。半ば押しかけたようなものなので、それに一切の不満はないが、調達場所が少し遠いらしい。

 

「スーパーが遠いって割と不便だねー。ようし、ならこの片桐思穂、ひとっ走り――」

「何言ってんのよ。スーパーの場所分かってるの?」

 

 真姫が半目でバッサリ切った。この辺りの地理に詳しい者は真姫一人しかいないのだ。当然、思穂も知らない者の一員である。

 

「私が一人で行ってくるから、皆は休んでて」

「……いいや、それは駄目だね」

「え……?」

「一人で面倒事背負う必要ないよ。何のための私さー。私も付いて――」

「ウチが付いて行く!」

 

 思穂の言葉を遮ったのは意外にも希であった。……いや、むしろ予想通りと言った方が良いのかもしれない。

 

「たまにはええやろ? こういう組み合わせも!」

 

 有無を言わさず、希が真姫の手を掴み、さっさと出て行ってしまった。本来なら付いて行くのが筋なのだろうが、あのタイミングで手を挙げたということは二人で話したいことがあったのであろうということで。

 

「行っちゃった」

「行っちゃったねぇ。あ、こんな時間だ。う~ん二人の帰る時間を考えるなら……三十分くらいかぁ」

「何の時間?」

 

 絵里の質問に、思穂は事前に下ろしていたミニバッグの中身を見せることで回答とした。

 

「これは……勉強道具?」

「そうですそうです。三十分だけ勉強したいなぁって」

「し、思穂ちゃん勉強するの……?」

「ひ、ひぃ……!」

 

 穂乃果とことりがあからさまに怯えるのを見て、思穂は少しばかり傷ついてしまった。ただ勉強しているだけなのに、海未はともかく何故かことりと穂乃果には怖がられてしまうのだ。

 

「二人とも、何をそんなに怯えているの?」

「え、絵里ちゃんは分からないんだよ! 勉強している時の思穂ちゃん、すっごく怖いんだよ!」

「え~……本人の目の前で言うー?」

 

 団らんの時間を邪魔するつもりは毛頭ないので、だから、思穂はとりあえず個室に向かおうとした。だが、そうしようと思っていたら絵里に止められた。

 

「待って。もし差支えなかったら、ここでどうかしら? ……少し興味があるわ」

「ほ、本気で言ってます?」

「にこもあるわ! あんたの勉強法を真似すればきっとにこも……! ふ、ふふ……ふふふ……!」

 

 とても悪どい顔をしているのはきっと幻覚ではないだろう。周りを見ると、怯えている穂乃果とことりを除いて、興味津々と言った目で思穂を見ていた。話を聞きつけた凛と花陽まで来てしまう始末。

 

「……考え直した方が良いと思いますが」

 

 最後にやって来た海未が、事情を把握するなりそう忠告するが、一年生と三年生コンビはまるで聞く耳持っていなかった。いつまでも勉強に手を付けないのも落ち着かないので、思穂はようやく諦め、その場で勉強することに決めた。

 

「まあ……勉強するだけだから別に良いよね……。悪いこと、じゃないよね?」

 

 ソファに腰を下ろし、勉強道具と持ってきていた電波時計をテーブルに置き、タイマーをセットする。そして、思穂は深呼吸をすると――“入り込む”。

 

「――――」

 

 思穂を入れて、八人も同じ空間にいるはずだというのに、その中は“無”に包まれていた。それと同時に極度の緊張が思穂以外に纏わりつく。

 勉強中の思穂はずっと口を動かし続け、手を動かし続け、目を動かし続けていた。見て、口に出して、手で書いて覚える。この単純ながら重要な工程を高速かつまるで儀式かのように慎重にこなしていく様は、思穂以外をひたすら圧倒する。

 花陽と凛、にこ、おまけにことりと穂乃果に至っては気を失いそうになっていた。しかし絵里と海未は違う視点で思穂を見ている。

 

(相変わらず刃物を首筋に当てられているような感じがして、落ち着きませんね)

(……ハラショー)

 

 二人はその尋常では無い集中力に目を細め、同時にどうして普段これくらい真面目に授業を受けないのだと憤慨していた。常時これくらいの授業態度で勉学に励むとするなら、きっと入れない大学はないだろう。

 そんな二人の思いは、思穂には全く届いていなかった。今の思穂は完全に周りの音や気配、その他全てをシャットアウトしていたのだ。完全なる無。この身はただ、吸収するべき事柄を吸収するためのモノと化していた。

 息も詰まりそうな三十分は早い物で、小気味良い電子音がその静寂の終焉を告げた。

 

「よーし終わった! 皆、勉強終わった……よ?」

 

 海未と絵里以外が隅っこで震えていたのを見て、思穂はがっくり肩を落とした。また怖がらせてしまったのかと。だが、ある程度受け入れていた思穂は案外あっさりとした考えに辿りつく。

 

(やっぱり勉強は個室で一人でに限るなぁ)

 

 能天気に、そう結論付けた思穂はとりあえずトランプでもやろうかとミニバッグを漁り始める――。




「プロローグ」の後書きに主人公「片桐思穂」のキャラ絵が追加されました。
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