ラブライブ!~オタク女子と九人の女神の奮闘記~【完結】 作:鍵のすけ
「ほら思穂、レタスにトマトその他諸々! これでサラダ作りなさい!」
「い、イエッサー!」
今は独り暮らしなので最低限の料理スキルはあると自負していたが、それでもにこの手際の良さには負けてしまう。今日のメインディッシュであるカレーは既に煮込みの段階に入った。
思穂はとりあえず手早くレタスを千切り、それなりに盛り付けていく。
「思穂、灰汁取り! それとご飯がそろそろ炊けるから気にしてなさいよ!」
「はいはーい」
本来ならば料理当番はことりであった。当然、不公平が無いように、厳正なくじ引きによって決められたものである。
(にこせんぱ、ちゃんがすっごいウズウズしていたからいつ言い出すかと思ったらいきなりだもんなぁ)
ことりが料理下手と言う訳では断じてない。根本的に分野が違っていただけなのだ。サービス業であるメイド喫茶で働いていることりは一つ一つの料理を丁寧に出さなければならない。それとは裏腹に、にこは“そういう”のを気にしていたらどんどん自分の時間が無くなってしまうような家庭にいる。
たったそれだけの違いである。ことりの手つきを見たにこが、様々な調理スケジュールを弾きだした結果、遅くなると判断したからこそ、にこはことりの代わりに料理当番となった。当然、マネージャーである思穂はそのヘルプ。
「う~ん……本当はもうちょっと寝かせたい所だけど、まあ皆お腹空かせているだろうし、この辺で良いわね」
「お疲れ様ーにこちゃん。結局、サラダ作りしか手伝えなかったね」
「もうちょっと腕上げなさいよー? ま、このにこにー特製カレーを越えるのはずっと先でしょうけどね!」
「あっはっは……にこちゃんレベルはちょーっと修行が必要なんだよなぁ」
ご飯も炊け、待ちに待った夕食の時間である。今日の献立はカレーライスとサラダ。こういう合宿の定番と言っても良いだろう。
「はぁぁ~! お米がキラキラ輝いているよぉ!」
一番目が輝いていたのは花陽であった。ちなみに本人たっての希望で一割増し多くご飯をよそっている。その小さな体の一体どこにあれだけの量のお米が入っているのか不思議でたまらない。
「花陽ちゃん、カレーはおかず派? お茶碗にご飯だなんて――」
「気にしないでください!」
よほどこだわりがあるようだ。花陽にしては珍しく強気な態度で、思穂の問いかけをシャットアウトした。
「にこちゃんって料理上手だよね~!」
穂乃果の素直な賞賛に、にこも満更では無いと言った態度だった。むしろ得意げ、と言い直した方が適切かもしれない。
そんなにこの態度に疑問を持った者が二人いた。
「あれ? でも料理したこと無いって言ってたよ?」
ことりの何気ない一言に、思穂はスプーンを思わず止めて、聞き耳を立てる。トドメとばかりに、食事の手を止めた真姫がことりの言葉を肯定した。
「言ってたわよ。いつも料理人が作ってくれるって」
「いやいやそんなまさかー! だっていつもにこちゃん――」
「――思穂? “お代わり”あるけどどうする?」
顔は笑顔なのだが、目が全く笑っていない。頬が僅かに引き攣っている所を見る限り、相当抑え込んでいるようだ。あと少し口を滑らせたら、確実に後で何かされる。
数瞬の思考運動の後、思穂の背中から冷や汗が吹き出した。恐らくにこの事情を知っている者は、この中で自分たった一人だろう。何回か遊びに行った――押し掛けたと言った方が正しい――ことがあるので、既に家族とも友達だ。
割とデリケートな問題であるため、思穂は素直に小さくコクコクと頷く。
「い……頂きます!」
「よろしい」
口は災いの元。この瞬間程、それを強く感じたことはない。とりあえず食べることに集中することにした――。
「ご馳走様ー! いやー美味しかったよ!」
三十分ほどで、皆食べ終えた。穂乃果がニコニコ顔で両手を合わせる。それはとても素晴らしいことだったが、今の思穂はご飯を何杯もお代わりして、海未に諌められた花陽の方に目がいっていた。
ご飯が好き、というのは凛から聞いたことがあるが、実際食卓に着くと何というか……すごかった。某スマッシュ兄弟でピンクの悪魔と恐れられていたあの真ん丸を連想するぐらいにはパクパクと食べていたのだ。
「いやぁホント見ていて気持ちの良い食べ方だったね。私も作った甲斐があるってもんだよ!」
「何言ってんのよ、にこでしょ!」
「は……恥ずかしいです……」
自分でも食べ過ぎたという自覚はあったのか、顔を紅くして俯いていた。半目で睨んでくるにこはとりあえず視界の端に置いておくことにした。
皆のお腹が良い具合に膨らんだところで、凛が非常に魅力的な提案をする。
「よーし! じゃあ花火をするにゃー!」
「お、良いねー! 皆も行ってきなよ! ここは私が引き受けた! 行っておいで!」
夏と言えば花火、花火と言えば浴衣、浴衣と言えばうなじという式が組み上がっていた思穂は早速皆を促した。万分の一の確率で、浴衣姿が見られるかもしれない。着替える時間を与えるという意味でも、思穂は素早く片付けるための算段を組み立てる。
だが、思穂は失念していた。天下無敵の生徒会長であり、公平の塊である絵里がそんな事を許す訳が無かった。
「駄目よ。そういう不公平は良くないわ。皆も、自分の食器は自分で片づけてね」
「それに、花火よりも練習です」
海未の一言に、皆が固まった。絶対言うと思っていただけに、思穂は小さく苦笑する。
皆の空気を察したことりがやんわりと言った。
「でも……そんな空気じゃないっていうか、穂乃果ちゃんはもう……」
皆まで言わなくても分かっていた。ソファに寝転がり、ここに居ない妹にお茶を要求している辺り、だいぶグータラモードに入ったのだな、と思穂は穂乃果をぼんやり眺める。
「じゃあこれ片付けたら私は寝るわね」
そう言って、真姫が食器を持って立ち上がった。単純に、明日に備えて、体力を回復したいという意味だけでは無いことが彼女の表情から読み取れてしまい、思穂は唇を突き出した。
「えー! 真姫ちゃんもやろうよー花火ー」
そこからは凛と海未のバトルが始まった。花火か練習か。凛はともかく、海未は十割本気で言っているため、性質が悪い。このいい感じにリラックスした空気の状態で練習は相当に難儀な事だろうと予想される。
とうとう凛は花陽を味方に付けようとしだした。
「わ、私はお風呂に……」
ここで第三の意見を出すあたり、花陽である。互いに収める気のない意見。こういう時、どうしたら良いか。答えはもう決まっていた。
「よし寝よう!」
「思穂ちゃんの言うとおりやね。皆疲れてるでしょ? 練習は明日の早朝、花火は明日の夜にやるってことでどう?」
「凛はそれでも良いよー」
「……まあ、そちらの方が効率が良いですね」
さらっと意見を丸める辺り、流石は希といった所だ。互いが納得いく妥協点を見い出すことに置いては右に出る者はいない。“そうならざるを得なかった”と言った方が正しいのかもしれないが……。
「じゃあ決定やね!」
◆ ◆ ◆
「ひっぐ……えぐっ……!!」
「何か思穂ちゃんがガチ泣きしている姿見るの、二回目な気がするなぁ」
皆が寝床の準備をしている隅っこで、思穂は体育座りをして泣いていた。希からの生暖かい視線を感じるが、今は意識が全く向かない。
足元には未だ水気を帯びているビデオカメラがある。だがこれはPV材料撮影用ではなく、思穂の私物だった。
温泉と聞いて何を想像するだろう。そう、盗撮である。九人の女の子が一堂に会してお風呂に入る機会は滅多にないので、とりあえず記念に残したかった。なのでバレないように桶と桶でサンドイッチして隠したまでは良い。
そこからだ。凛と穂乃果がお風呂ではしゃぎ始めたのだ。思った以上に動きが大振りで、お湯が飛び散っていた。その時、良い量のお湯が桶の中に入ってしまった。
それから先は全く記憶にない。無我夢中でお湯に浸されたビデオカメラを救いだした時には全てが遅かった。全く動かない画面、電源ボタンを押しても反応しない。多少の雨なら濡れても大丈夫な防水を買ったのだが、どうも入ってはいけないところに水が入ってしまったのが原因らしい。
何が言いたいかというと、苦労してビデオカメラ隠したのに全っ然無駄になってしまったということだ。
「希せんぱ、ちゃんは分からないの!? 一糸纏わぬ美少女をビデオカメラに収めたいっていうこの感情を!」
「いや、ウチそういう趣味ないし」
「趣味とかそういう問題じゃないんだよ! 撮りたいのか撮りたくないのか、どっちかなあ!?」
「ひっ! ま、まあ……撮れるなら撮りたい……かも?」
「そういうことなんですよ。撮れるなら撮りたい。それは食べたい眠たいなどの人間の欲求に繋がるものだと思うんですよね。つまり、これはある意味人間にとってごく自然な、欲求に従った行動なんですよ!」
超展開した理論に、流石の希も一歩引いてしまっていた。思穂は思穂で、熱くなりすぎていて、後ろの海未には微塵も気づいていない。
「へぇ……欲求に従った行動、なんですねぇ」
固まってしまった。今までの話が聞こえていたのか、顔だけは笑顔の怖い海未ちゃんがそこにはいた。
「海未ちゃんって優しい。そう思っていた時期が私にもありました」
食事でも使っていたあの大広間に、思穂を入れて十人が布団を敷いて横になっていた。電気も消し、完全にお休みモードだ。思穂のこの呟きは海未の耳に届くことはない。何せ、もう海未は完全に夢の世界へ旅立っているのだから。
「あはは……。でも、思穂ちゃんがいけないと思うなぁ」
「ああああ~……ことりちゃんから言われると物凄く胸が痛い」
「良かったわね。性別が違ってたら捕まってたわよ」
近くで横になっている真姫にまでそう言われてしまい、思穂はがっくり肩を落とす。今回、思穂は絵里や希、そして真姫の近くで横になっていた。左隣に絵里が横になっていると意識しただけで心臓がバクバクいっているのは秘密だ。
ちなみに盗撮未遂は皆にばっちりバレてしまい、土下座済みである。なお、思穂は最近土下座することに何の抵抗も感じなくなりつつあるという大分末期の状況だ。
「ねえ思穂ちゃん思穂ちゃん」
「なーに穂乃果ちゃんや」
「眠れないね!」
「あー確かに眠れないかも。この時間帯いつもならゲームしてるし」
「そうやって話しているといつまでたっても眠れないわよ? あと思穂、ゲームのやり過ぎは駄目よ」
思穂と穂乃果の会話だけが暗い室内に響く。絵里が諌めることでようやく睡眠をするための空間が整えられる。
「……真姫ちゃん、起きてる?」
「何よぉ……?」
「本当にそっくりやな」
「……何なの? さっきから」
真姫の声にはイラつきが若干込められていた。察せる人ならすぐに察せるが、そうじゃない者は恐らく回りくどさに辟易してしまうだろう。希の言葉の裏をぼんやりと察しながら、眠りにつこうとする。
そう、思っていた矢先、妙な音が鳴り響いた。
「……パリッ?」
例えるならラップ音である。だが、それだけにとどまらず、続いて何かをかみ砕くような音が鳴り響く。皆ざわつき始め、とうとう絵里が声を上げる。
「な、何さっきから? 誰か電気付けてくれる?」
真姫がリモコン操作し、電気を付けるとすぐにその正体は掴めた。
「……穂乃果ちゃん、何美味しそうなもの食べてんの?」
「何か食べたら寝れるかなぁって!」
そう言って穂乃果が見せたのはおせんべいである。正直、その発想はなかった。チョコレートや飴程度ならまだ理解できるが、寝る前におせんべいを貪る女子高生がどこにいるのだろう。……ここにいた。
「もぉ……何よ、うるさいわねぇ。いい加減にしてよ」
にこが身体を起こし、皆へ顔を向けた瞬間、全員が固まった。顔面パックを貼り付け、しかも輪切りのピクルスまで貼り付けたにこがそこにはいた。正直、夜道で会ったら全力で叫んで逃げるタイプのヤバさだ。
「にこちゃん、それは着けると吸血鬼になるタイプの新しい仮面か何か?」
「思穂。あんた喧嘩売ってんの? これは、美容法よ。び・よ・う・ほ・う!」
「こ、怖い……」
思わず花陽が呟いたのを思穂は聞き逃しはしなかった。絵里に至っては『ハラショー』などと漏らし、茫然としている。
「良いから! さっさと寝るわ……ぶっ!」
言い切る寸前、“何か”がにこの顔面に直撃し、そのままにこは倒れた。良く見ると、突き刺さったのは枕であった。
「あー! 真姫ちゃん、何するのー!?」
「な、何を言っているの……?」
そう言い、希は“再び”枕を投げた。今度は凛に当たるが、しっかりと受け止めており、そのまま穂乃果の顔面へ。
「ほわっちゃ!?」
希の方を見ていると、突然視界を埋め尽くす柔らかい感触。枕を投げられた、と気づくのはそう遅くはなかった。そして、スイッチが入る。
「ふ……ふふ、ふ。穂乃果ちゃんや、良い
そうしている内に、とうとう真姫が枕をぶつけられていた。相手は絵里である。意外とノリが良いと改めて驚きつつ、思穂は“開戦”の気配を肌で感じる。
「よろしい! ならば戦争だー!」
皆、ついに枕を持ち、戦いが始まった。飛び交う枕。もちろん柔らかい素材なので、多少強く投げても怪我の心配は全くない。
「真ー姫ーちゃーん! 隙ありー!」
「っ! やったわね凛! 覚悟なさい!」
真姫が凛へ枕を投げるもヒラリと避け、その後ろにいたにこへ直撃する。そんな激戦の中、ことりは実に飄々としていた。持っている枕を上手く使い、近くにいる者へどんどん枕を跳ね返して行く。
どこから枕をぶつけられても不思議では無い中、思穂は一際張り切っていた。こんな機会、滅多にないのだ。思い切り楽しまなくていつ楽しむというのか。
「『LESSON海未』はこの為に……ッ!」
現実と漫画は違うので、摩訶不思議な動きは出来ないが、思穂はとりあえず手首を回転させながら枕をにこへ投げつけた。夜寝る前にいつも練習していた成果が発揮された気がした。
「ちょーっ!? これ、何か回転がすごっ……ぶっ!!」
回転した枕は勢いが死ぬことはなく、にこが盾にしていた枕を押しのけた。そのまま胸に当たり、にこはそのまま布団の上へ倒れる。
「思穂ちゃんすごーい! よーし凛も!」
どんどんボルテージが上がり、枕の応酬も激しさを増してきた。その間、誰も気づかなかった。思穂ですら、楽しくて見落としていたことである。
そしてとうとう、その時が来た。
「……あ」
ぶつかり合い、勢いを失った枕が“寝ている海未”へ落ちていく。他にも手元が狂い、大きく狙いが外れた枕達が更に海未の元へ降り注ぐ。
そうなるまでの光景が何故か、走馬灯を連想させたのは何故だろうか。
「――何事ですか?」
「あ、あわわわわ……!」
「どういうこと……ですか、これは……?」
電気を付けて明るいはずなのに、海未の顔が全く見えない。このパターンは絶対に駄目な奴、そう確信した思穂が取り繕う前に、海未が言葉を続けた。
「明日、早朝から練習すると言いましたよねぇ……そう、決めたはずですよね……? ふ、ふふふふふ……ふふふふふ……」
寝つきが良い海未はその分、無理やり起こされるのを非常に嫌っていた。昔、思穂が海未に悪戯しようとして、こっぴどく怒られたのは今でもハッキリ覚えている。
誰かが口を開こうとした刹那、それを遮らん速度で枕が飛んだ。不幸にも、当たってしまったのはにこである。
「に、にこちゃん!? こ、こうなったら戦うしか……!」
それが穂乃果の最期の言葉となった。止めるため、絵里が枕を振り上げた時には、既に海未から放たれた枕によって寝かされてしまう。
「ひ、ひい……!」
海未がゆっくりと花陽と凛へ顔を向ける。その手には二つの枕が。もうなりふり構ってられないと、思穂が枕を掴んで振りかぶる。そして、同じような事を考えていた二人へアイコンタクトを送った。
「せぇの!」
思穂、希そして真姫が投げた枕は海未の後頭部にクリーンヒットする。これで効かなかったら全滅は確定。そんなイチかバチかの攻撃の結果はすぐに示された。
「すぅ……すぅ……んぅ」
再び寝息を立てはじめる海未を見て、思穂達は勝利を確信した。この血で血を洗う枕投げ合戦は、ようやく終わりを迎えたのだ。
「全く……」
「いやぁ真姫ちゃん、“戦いを始めた”者として、この戦いの感想を聞きたいもんだねぇ」
「ウチも興味ある!」
「思穂、希……あんた達……! 特に希! 希がそもそも――」
返事の代わりに希からぶつけられたのは枕であった。
「何すんのよ希ー!」
「自然に呼べるようになったやん、名前」
恐らく真姫は気づいていなかったのだろう。この合宿中もずっと皆と距離を維持し続けていると、そう“勘違い”していた。
「真姫ちゃんから名前呼ばれたの久しぶりな感じするなぁ!」
「う、うるさいわねー!」
アイスブレークであるこの日は大成功と言っても良いだろう。何せ、知らない内に大きな氷が一つ、溶かされていたのだから――。
◆ ◆ ◆
「遅寝早起きは私のジャスティス……んん~名言だね」
浜辺で思穂は一人、座っていた。寝巻に砂が付くのもお構いなしに、思穂は空と海、そして大地を独り占めしている最中であった。結局いつの間にか皆、眠ってしまっていて、思穂は元々の習性から一人だけ先に目覚めてしまった。
身体を目覚めさせるという意味でも、この時間は非常に意義のあるもので。思穂は、この時間がすごく尊い物に感じていた。
「早起きさんやね、思穂ちゃん」
「希先輩……」
どうやら二番目は希らしい。思うことは一緒、だろう。
「万事解決、みたいだね」
「……別に真姫ちゃんの為やないよ」
「あっはっは。確かにそうかもしれないねー。でも、それは少しだけ違うかも。本当は三割程度ぐらいは真姫ちゃんに世話焼きたかったんでしょ?」
「思穂ちゃんは本当、ウチの考えている事読むの上手いね」
「……小学校中学校、そして今までと人の顔色伺ってたから身につけられた嫌な特技だよ」
上りかけの美しい朝日を見すぎたからか、つい余計な事を言ってしまった。だが、希はそれに触れることはない。その気持ちは言わずとも、希は理解出来ていたから。
「潮風が気持ちいいなぁ。そう思わない? 真姫ちゃん?」
思穂は海を見ながら、後ろへと声を掛けた。足音と呼吸で誰か当てることくらい容易いことだった。
「希、どういうつもり?」
真姫の問いに聞き返すほど、希は野暮では無い。希は真姫から海へと視線を移す。
「ねぇ真姫ちゃん、思穂ちゃん。ウチな、μ'sのメンバーの事が大好きなん。ウチはμ'sの誰にも欠けて欲しくないの」
いつもは微笑みの裏に隠されていた希の心の一端が見えた気がした。思穂と真姫は黙って続きを促した。
「思い入れがあるんよ。……μ'sを作ったのは穂乃果ちゃん達だけど、ウチもずっと見てきた。何かあったらアドバイスもしてきたつもり。それだけ思い入れがある」
話し過ぎちゃった、と希は人差し指を口元に当てた。秘密にしてくれという意図を受け取った思穂と真姫は頷く。
その代わり、真姫がちょっとした今までの“仕返し”を口にする。
「めんどくさい人ね、希」
「二人ともめんどくさい人! ってことでこの勝負、真姫ちゃんの勝ちだねー」
「あんたもよ、思穂」
「私も!?」
真姫の言葉に希も乗っかった。
「食器洗いを引き受けてウチらに花火をさせようとしたり、お風呂にカメラを持ち込んでワザと騒ぎを起こして皆の意識を一つに束ねようとしたのはどこの誰やろなー」
「……あはは。買い被り過ぎですよ。私は自分の事が大好きなだけです。今までのは私が個人的に楽しみたかったからですしねー」
「……ふふ。めんどくさい同盟結成、かな?」
ぶつかりあって、ふざけあって、それが絆となる。今回の合宿は色んなことがあるだろう。この後なんかきっと地獄の特訓だ。
だが、それで良いじゃないか。特訓の後は皆で美味しいご飯を食べ、夜は花火。辛さを乗り越えた先にはきっとご褒美と言う名の甘美な果実があるだろう。
「おーい! 希ちゃーん! 真姫ちゃーん! 思穂ちゃーん!」
穂乃果を先頭に、皆がこちらへ向かって走って来ていた。μ'sという大きな旗を作った穂乃果は相も変わらず光り輝いていて。
(……私もいつか、真姫ちゃんみたいに……)
だがそれを成し遂げる前に、今は皆の寝間着姿をばっちり心のカメラに収めておこう。時間は有限、素晴らしい物を素晴らしいと言える感性は無限。だが、今日は特別である。
「う~ん……絵になるねぇ」
立ち上がり、思穂は左右の人差し指と親指を使ってまるでカメラでも取るかのように四角い枠を形作った。少しだけ離れ、枠内に収めた九人の表情は底抜けに明るい。
朝日が完全に顔を出した――。