ラブライブ!~オタク女子と九人の女神の奮闘記~【完結】 作:鍵のすけ
ライブが波乱の幕切れを迎えてから、二日が経っていた。穂乃果はすぐに病院へ運ばれ、事なきを得たが、その代償はライブの中止。そして――。
「ラブライブエントリー辞退、か……」
自室で思穂は電気も付けずにベッドの上に寝転がっていた。今日も何かしようという気が湧いてこなかったのだ。大好きなゲームやアニメ、漫画ですらまるで手に付かない。
――今日の放課後、絵里とそして思穂は理事長に呼び出されていた。そして言われた言葉は皮肉にも、絵里と思穂が予想していた通りの内容だった。
『無理をし過ぎたのではありませんか? このような結果を招くために、アイドル活動をしていたのですか?』、そう理事長は言った。それはぐうの音も出ない程の正論で。
廃校の危機を救うだとか、ラブライブ出場だとか、それ以前の問題として自分達は学生なのだ。無理をして倒れたらそれこそ本末転倒である。
その言葉を持ち帰り、皆で話し合った結果が――エントリー辞退。思穂はそのことに対して、口を出す気は更々無かった。出すことすらおこがましい。
時間さえ忘れ始めた頃、スマートフォンが振動した。画面を見ると、絵里からだった。
「はい……」
『私よ。思穂、どうして今日穂乃果のお見舞いに来なかったの?』
「ごめん、ちょっと……調子が悪くて」
――嘘だ。そんなこと、絵里も分かり切っているだろうに、あえて聞いてくれずにいる彼女の優しさに思穂は甘えてしまっていた。
「ねえ、絵里ちゃん。穂乃果ちゃんにあの事言ったんだよね?」
『……ええ』
「嫌な役やらせちゃってごめんね……」
『……それは良いんだけど、思穂はどうなの?』
「私?」
『皆言っているわ。あの後、一回もμ'sに顔を出していないじゃない。今日だって一緒に理事長に呼び出されるまで私、思穂の顔を一度も見ていなかったわ』
ドキリとした。それはそうだ、と喉元まで出掛かったが、その言葉を飲み込む。これを言って、どうなるというのか。同情してもらいたくて、思穂はμ's……いや、穂乃果から距離を取っているわけでは無い。
どんな顔をして、穂乃果の前に出れば良いのか分からなかったのだ。どれほど勉強が出来ても、この問いへの解答は全く見つけられない。
「あっはっは……。ごめんね、心配もさせちゃったや。気を付けるね、それじゃ」
『待って思穂――』
絵里の言葉を断ち切るように、思穂は通話終了ボタンに掛けていた指に力を込めた。
「これ以上、私ごときに時間を取らせる訳にはいかないんだよ」
真っ暗な部屋では、思穂の独り言のみが反響する。
「あの時、私が余計なことを言わなければ……」
湧きあがる沢山の“IF”。そのどれもが、自分が余計な事をしなかったら、というものだ。考えれば考えるほど自分が嫌になってくる。思い浮かぶは去年の出来事。
それは、いつまでもいつまでも思穂の足を掴んで離さない。
「私……わた、し……!」
その日はいつ眠ったか全く覚えていない。ただ、枕だけは酷く濡れていた――。
◆ ◆ ◆
「……はあ。無遅刻無欠席の輝かしい栄光が無くなっちゃったなぁ」
翌日、時刻は朝十時。思穂は今日、生まれて初めてのサボりをしてしまった。学校側には“身体が怠い”と嘘を吐いた。
学校に行く気が全くしなかった。否、そんなものはただの建前で。本当は穂乃果と会うのが怖かったのだ。万が一穂乃果になじられでもしたら、本当に心がどうにかなってしまいそうで。思穂は逃亡を選択した。
「……ゲームでもやろ」
早速思穂はパソコンを立ち上げ、中に入っているフリーゲームを起動した。RPGが作れるソフトで作られたゲームである。差出人も宛名も不明の手紙を巡り、郵便屋の青年が世界を旅する物語である。
思穂はこの作品が好きで既に何週もしている。続編やスピンオフ作品もフルコンプ済み。間違いなく楽しめるはずの作品……だった。
「……冗談キツイよー」
全く進まなかった。少したりとも指が動かない。本当に、冗談ではない。
ゲームを中断し、思穂はまたベッドの上に寝転がる。そうすると、近くに置いておいたスマートフォンがまた振動した。ずっと海未からメールが入っていたのだ、今のは着信かもしれないが。彼女には悪いが、返信する気分では無かった。今は誰にも関わりたくはなかった。
(近すぎず遠すぎずで私は上手く立ち回れたと思ってたけどそれは大きな間違いだったなぁ)
深く考え過ぎてもう一体何を考えていたのかすら分からない。ただ、はっきり分かったことが一つある。
(私はやっぱり……)
“その結論”を出すのは容易い。だがそれは同時に、穂乃果達からの信頼を完全に裏切ることだった。しかし、そうやっていつまでも結論を出さずにいると、どんどんμ'sに迷惑が掛かる。
そう、考え込んでいた。
「あ――」
深く考え過ぎると、逆に思考が前向きになることがある。落ちていた気持ちが、急激に上昇していくこの感覚。思穂は今、スイッチが切り替わった。
自分でも驚き、何の意味も無く手の平を見つめてしまう。その動作が自分でも可笑しくて。何故、自分があんなに落ち込んでいたのかが良く分からない。
「……よぅし」
思穂は机の中から、一通の封筒を取り出し、ボールペンを握った。その瞳にはもう迷いは見られない――。
◆ ◆ ◆
「おっはよー!」
「し、思穂! 調子が悪くて休んだなら休んだと、どうして私達に言ってくれなかったんですか!?」
「うわっ! 海未ちゃん!?」
昨日一日休んだだけだというのに、随分久し振りの登校のような気がした。そして、教室に入って一番に聞く海未の怒声も。昨日、メールを返信しなかったのに加え、“そういうこと”で休んでいたのだから海未の心配も良く分かる。
ことりは未だ、浮かない表情である。
「あはは。それはほんっとごめん! あと……」
「ん? 私?」
思穂の視線は穂乃果の方へ。迷うことなく思穂は頭を下げた。
「ごめん穂乃果ちゃん。私のせいでライブ台無しになっちゃった」
「ううん。あれは体調管理を怠った私が悪かったんだよ。だから、思穂ちゃんは気にしないで」
困ったように笑みを浮かべ、穂乃果は思穂の頭を上げさせた。その表情と、言葉には嘘は感じられない。だからこそ、思穂は誰にも気づかれない様に小さく頷いた。その表情は何かの決意を改めたように。
「でもμ'sのマネージャーだからねー私……。だけどまあ、うん! 落とし前は必ず付けるから、今は穂乃果ちゃんの言葉に甘えるね!」
「うん! あ、そうだ!! 思穂ちゃんこれもう見た!?」
そう言って穂乃果が見せてきたのは一枚のプリントであった。
「ん、何それ? ふむふむふー……むっ!?」
――『来年度入学者受付のお知らせ』。思穂は一度目薬を差し、何回か瞬きをした後、もう一度その文面を見る。なぞる様に、舐めるように、数回読み返した思穂は――ガッツポーズをした。
「これって、入学志願者が多かったって! そういうことだよね!? 学校が……存続するんだよね!?」
思穂の言葉を、穂乃果と海未、そしてことりが大きく頷いた。これは現実。ようやくそう理解した思穂は飛び跳ねる。
「やった……やったぁ!!」
それが意味する所は『学校存続』。μ'sの戦いがとうとう報われたのだ。穂乃果達μ'sの悲願が達成されたのだ。時間にしてみれば短い、だけど自分達にとっては長い戦いがようやく落ち着く。
喜ばずにはいられない。思穂は思わず三人に抱き着いていた。
「穂乃果ちゃん、海未ちゃん、ことりちゃん……やったねぇ……!!!」
「うん……うん! 思穂ちゃんありがとう……!」
聞くところによれば、今日の放課後は学校存続を記念してのミニパーティーがあるらしい。運が良かったと、思穂は思った。そんな楽しいことに参加しない訳にはいかなかった。
思穂は早速、今日の放課後の光景を思い浮かべながら、授業開始のチャイムを耳にする――。
◆ ◆ ◆
「にっこにっこにー! みんな~グラスは持ったかなぁ~?」
「にっこにっこにー! 持ちましたよー!」
――時間は過ぎるのが早く、もう放課後となっていた。部室にはμ's全員が揃い、それぞれ紙コップを手にしている。もちろんジュースだ。
「それじゃあ! 学校存続が決まったということで、部長のにこにーから一言挨拶させていただきたいと思います!」
「いえーい! かんぱーい!」
話し出す直前には、既に思穂は皆へ向かってコップを掲げていた。皆も特に聞く気は無かったようで、思穂に合わせてコップを掲げた。
「聞きなさいよ! もー!」
怒りながらも、にこはコップを掲げる。今日は無礼講である。いつも無礼講のような気がするが、今日は更に特別。細かい事は言いっこ抜きだ。
ささやかながら皆で持ち寄ったりお菓子が山積みだ。しかもサンドイッチやポテトサラダ、から揚げが見える。ささやかと言うのは大きな間違いなのかもしれない。オマケに――。
「皆ー! ご飯炊けたよぉー!」
炊飯器を抱え、花陽がすごく嬉しそうな顔をしていた。花陽の姿が一時、見えなかった時があったが、お米を研いでいたのだと分かった瞬間、思穂は思わず吹き出してしまった。
学校に炊飯器を持ってくる女子高生はそういない。
「えーりちゃん」
「思穂……」
言いたいことは色々あった。が、まずは乾杯だ。無言でコップを掲げると、意図が通じたようで、絵里もそれに応じてくれた。
「お疲れ様でした。色々と」
「ホッとした様子ね、エリちも」
思穂と隣に座っていた希を見やり、絵里は微笑んだ。
「肩の荷が下りたっていうか……正直、私が入らなくても同じ結果だった気がするけど……」
「そんなことないよ。μ'sは九つと一つの星。それ以上でもそれ以下でもない」
「希ちゃん、九つと一つって?」
希が取り出したのは彼女の象徴とも言えるタロットカードだった。裏の方を見せられたので、絵は分からない。
「カードにそう出てたんよ。九つの星の側に輝く星が一つある。これが一番良い形だって、そういうお告げだったん」
「九つと……一つ。一つって、私……?」
「そういうこと。思穂ちゃんはなるべくしてマネージャーになったと思うんや」
「私が? なるべくして?」
「カードは最後の星だけ詳しくは教えてくれなかった。だけど、μ'sが三人だった時に思穂ちゃんを見て、ウチ確信したんよ。ああ、この子がそうなんやって」
「あはは……嬉しいなぁ」
その言葉を、“今”聞きたくはなかった。やはり希は大好きだが苦手。それが、思穂が抱いた感想である。
ふと、“彼女達に”目がいった。
(海未ちゃん? ことりちゃん?)
二人が何かを話していた。その表情はとてもじゃないが、楽しそうなものには見えなくて。何だか嫌な予感がした。
「ごめんなさい。皆にちょっと、話があるんです」
その予感は直ぐに的中した。神妙な面持ちの海未。希も、絵里ですら知らない完全にイレギュラーな話。
――違う。思穂は、思穂だけは勘付いていた話だ。
「実は、突然ですが――ことりが留学することになりました。二週間後に日本を発ちます」
「……何?」
「嘘……」
「ちょっと、どういうこと?」
真姫、花陽、にこの順番で、言葉が漏れていく。余りにも突然すぎる宣告に、皆が必死に言葉を飲み込み、理解しようとしていた。
そんな中、ことりが口を開く。
「前から、服飾の勉強したいって思ってて、それでお母さんの知り合いの学校の人が来てみないかって……。ごめんね、もっと早く話そうって思っていたんだけど……」
海未がことりの言葉を引き継いだ。
「学園祭のライブで纏まっている時に言うのは良くないと、ことりは気を遣っていたんです」
全てに合点がいき、あのエアメールの件も解決した。あれが、あれこそが留学先からの招待状だったのだ。思穂は顔に出さない様に努めた。今、この話をして、一体何になるのか。それが分かっていた思穂は皆に見えないよう、手で顔を覆っていた。
――完全に折れた負債の塔が、思穂の頭上へ降り注いだ。
「行ったきり、戻っては来ないのね?」
絵里の問いに、ことりは首を縦に振る。高校を卒業するまでは戻ってこない、と彼女は言った。今から行くとすれば、約二年。捉えようによっては、永遠の別れと同義とすら思える。
当然、受け入れられない者が一人いた。
「どうして……? どうして言ってくれなかったの?」
穂乃果が立ち上がり、ゆっくりとことりの元まで歩いていく。
「だから、学園祭があったと……」
「海未ちゃんは知ってたの?」
穂乃果の目を直視できず、海未は目を逸らしてしまった。二人のやり取りを見ていた思穂は、全身を針で刺されたかのような痛みを感じていた。
海未だけでは無い。恐らく、誰よりも早く気付けていたのは自分である。あの時、自分があのエアメールの事を無理やりにでも聞き出していれば。
そうすれば――どうなっていたのだろうか。
「ことりちゃん、どうして言ってくれなかったの? ライブがあったからっていうのも分かるよ? でも――」
「穂乃果ちゃん、ことりちゃんの気持ちを考えてあげようよ……」
「思穂ちゃんは悲しくないの!? いなくなっちゃうんだよ!? ずっと一緒だったのに、離れ離れになっちゃうんだよ!? なのに……っ!」
次の瞬間、ことりが哀しそうに、辛そうに言った。
「――何度も、言おうとしたよ? でも、穂乃果ちゃんライブやるのに夢中で、ラブライブに夢中で……。だから、ライブが終わったらすぐに言うつもりだった」
相談に乗ってもらおうと思っていた――。
だけど、それが叶わなかったのはあのライブ中に穂乃果が倒れてしまったから。ことりがそれを口にし、穂乃果が何も言えずにいると、彼女の感情が涙と共に、堰を切ったダムのごとく吐き出され始める。
「聞いて欲しかったよ! 穂乃果ちゃんには、一番に相談したかった! だって――穂乃果ちゃんは初めて出来た友達だよ! ずっと一緒にいた友達だよ! そんなの……そんなの――当たり前だよっ!」
穂乃果を押しのけ、ことりは部室を飛び出していった。誰も追いかけることが出来ないまま、その場で固まる。
そんな中、海未がポツリポツリと喋り出す。
「……ずっと迷っていたみたいです。行くかどうか……。むしろ、行きたがっていなかったように見えました。ずっと穂乃果の事を気にしてて、穂乃果に相談したら何て言うか……そればっかり。本当にライブが終わったらすぐに相談するつもりだったんです。……ことりの気持ちも、分かってやってください」
「そんなの……そんなの……」
ふらふらと、穂乃果が教室を後にした。追いかけたかった。だが、今の彼女は誰も求めていない。それが分かっていたから思穂を始め、誰も追いかけなかった。
「海未ちゃんも、辛かったね」
「思穂にも言えなくて、すいませんでした。本当は昨日、言おうと思っていたのですが――」
「ううん。もうそれは言いっこなし。それよりも今はことりちゃんの事だよ」
思穂の言葉に絵里も乗ってきた。
「思穂の言うとおりよ。どう皆? ことりが留学するまで後二週間、このままで良いと思う?」
「凛は……凛は嫌だ! このままことりちゃんとお別れだなんて絶対嫌!」
「私もです。これじゃ穂乃果ちゃんもことりちゃんも可哀想……」
凛と花陽に釣られるように、真姫も小さく頷いた。にこと希も口には出さないが、思うことは同じである。
「海未はどう?」
「私も皆と同じ意見です。別れる直前の思い出がこれでは……あまりにも悲しいと思います」
「……そうね。私もそう思うわ。だから、最後の最後に……楽しい思い出を作りたいって思うの」
そして絵里が思いついたまま話し始める。皆、似たような事を考えていたのかその意見はすぐに満場一致で可決した。
そんな中、一人だけ表情を曇らせる者がいた。
(……私は、どうしたい?)
だが思穂は、思穂だけは心の底からその提案には乗れなかった。理由は分からない。だが、絵里の提案に心の底から乗ってしまえば、もう本当に後戻り出来ないようなそんな予感がしていたのだ。
思穂の手に握られたのは――二つの手札である。
◆ ◆ ◆
衝撃的な幕引きをした余韻もそこそこに。今日の放課後の練習はまず、昨日の話し合いの結果を穂乃果に報告する所から始まる。今、絵里が呼びに行っているところだ。
思穂が行こうとしたら、『言い出しっぺは自分だから』と言ってさっさと行ってしまったのだ。
(昨日は眠れなかったや……)
思穂は未だ、握られた二枚の手札を選択しかねていた。まだほんの僅かだが時間がある。その余裕が思穂を駄目にする。本当は即決出来るはずなのに、それが出来ない。
ひたすら考えていると――扉が開かれた。穂乃果が来てしまった。思穂はとりあえず思考を中止し、穂乃果を迎えた。
「あ、来たね穂乃果ちゃん」
「皆……」
「じゃあ絵里ちゃん、早速ライブの話をしようよー!」
穂乃果が来たことで、ようやく全員が揃った。皆を見回してから絵里は話し始める。
「凛の言う通りよ。ことりがいなくなる前にライブをやろうと思うの」
「来たらことりちゃんにも言うつもりよ」
「思いっきり賑やかなのにして、門出を祝うにゃー!」
希の後に、凛が楽しげにそう言った。その後、にこからチョップをもらい、戦いが始まるが、皆はその様子を生暖かい目で見守る。
そんな中、穂乃果の表情は影を落としていた。
「私がもっと周りを見ていれば、こんなことにはならなかった」
「穂乃果ちゃん、それは……」
「自分が何もしなければ、こんなことにはならなかった!」
思穂の言葉を遮って言い放った言葉は、捉えようによってはμ'sの全てを否定するもので。いや、否定したかったのかもしれない。
にこはそんな穂乃果の言葉を許さなかった。
「あんたねえ!」
その一言だけは、決してにこの前で口にしてはいけなかった。自分がどれほど焦がれても辿り付けなかった境地へあっさり辿りつけた高坂穂乃果にだけは、決して口にして欲しくはなかった一言だった。
「自分一人で全てを背負い込もうとするのは傲慢よ。それに、言った所でどうなるの? 何も始まらないし、誰も良い思いはしない」
絵里の言葉に、少しだけ胸が痛くなるが、思穂は首を縦に振り、それを肯定した。そして、真姫が場の空気を変えようと、あえて明るげに言う。
「ラブライブだって、次があるわ」
「……そうよ。今度こそ出場するんだから、落ち込んでいる暇なんてないわよ!」
そんな真姫の意図を汲み取り、にこも落ち着きを見せ始めた。一年生が気を遣っているのに、三年生がいつまでも取り乱している訳にはいかないというにこなりのプライドである。
そんな二人の思いを、穂乃果は受け取れない。
「出場してどうするの? もう学校は存続できたんだから、出たって意味ないよ。それに、無理だよ。いくら練習してもA-RISEみたいになれっこない……」
場の空気が、凍りついた。後半は置いておくにしても、前半の穂乃果の言っていることはどちらかと言えば、“とうとう出た話題”と言える。だが、今はそれに対する議論をする心の余裕も、時間の余裕も無かった。
「……あんたそれ、本気で言ってる?」
「にこちゃん落ち着いて」
思穂の言葉は既に届いていないようだった。作られた握り拳がにこの感情の高ぶりを如実に表していた。
「本気だったら許さないわよ?」
穂乃果の答えは――沈黙。にこはとうとう我慢の限界を超えてしまう。
「許さないって言ってるでしょ!?」
「にこちゃん駄目!!」
真姫が押さえに掛かっているおかげで最悪の事態は訪れていないが、もはや状況は最悪と言う言葉すら生ぬるい。解放すれば、にこは真っ先に穂乃果へ手を上げるだろう。
にこは否定してほしかった、心の底から。穂乃果に謝って欲しい訳ではなかった、ただ“本気じゃなかった”と一言言ってくれればそれで良かったのだ。だが、結果は祈っていたものとは真逆。
「にこはねぇ! あんたが本気だと思ったから!!」
――本気だと思ったから、にこは穂乃果と歩いて行こうと決心したのだ。焦がれて、羨んで、嫉妬して、だけどそれらを全てひっくるめて穂乃果は自分が到達できなかったところまで連れて行ってくれる。
「あんたが本気でアイドルやりたいんだって思ったから!! “ここに懸けよう”って! そう思ったからにこは……!! それをこんなことくらいで諦めるの!? こんなことくらいでやる気を無くすの!? ……答えなさい!!」
にこが落ち着いたのを見計らい、絵里が口を開いた。告げられる言葉は比喩表現抜きに、μ'sのこれからを決めるものだった。
「じゃあ、穂乃果はどうしたいの?」
一拍置き、穂乃果は言った。
「辞めます」
「え……」
言い間違いだと、ここに来て、今更そんな優しい世界を求めてしまいながらも思穂は懸命に首を振り、“その先”を止めようとした。
「……駄目だ、穂乃果ちゃんその先は――」
だが、もう穂乃果は決めてしまったらしい。
「――スクールアイドル、辞めます」
顔が歪んでしまった。それだけは穂乃果の口から言って欲しくはなかった。それを言わせてしまえば、自分は何のために“決心”をしたのかが分からない。
皆、驚きを越え、ただ黙ってしまう。止める者も、肯定する者もいない。もう言いたいことは言ったとばかりに、穂乃果は扉へと顔を向け、歩いて行こうとする。
「待って……待ってよ穂乃果ちゃん!」
思穂が追いかけるよりも早く、海未が飛び出した。
「っ――!!!」
「貴方がそんな人だとは思いませんでした……」
パァン、と空気を切り裂くような乾いた音。そして、海未が振り切った手が、音の正体を現していた。穂乃果の頬が赤くなっている。
「貴方は……貴方は最低です!」
――叩いた方の海未の手が、震えていた。