ラブライブ!~オタク女子と九人の女神の奮闘記~【完結】   作:鍵のすけ

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第三十七話 夢、再び

 “その日”から、少しだけ日常が変わった。ことりは留学の準備の為に長期休みに入った。穂乃果と海未は少しだけ会話が少なくなり、何だか味気ない日常だ。

 そして、もう一つ大きな出来事があった。それは――。

 

「μ's活動休止、か……」

 

 μ'sが活動休止をしたことだ。穂乃果がスクールアイドルを辞めたことにより、彼女を中心としていたμ'sは一度、あり方を見つめ直そうという方向へと流れて行った結果である。

 その事に思穂は異議はなかった。もとより、学校存続と言う目的で集ったグループだ。悪い言い方をするのなら『役目は終わった』のだ。そして、もっと言うのなら、いずれこの問題にはぶつかった。……要は、時期が早くなっただけだ。

 

「あ、海未ちゃん……」

「思穂……」

 

 海未が近くまで来ていたので、思わず声を掛けてしまった。彼女は何を話し掛けようか迷っていたようで、その表情には少しだけ余裕が見られない。

 周りを見ると、いつの間にか穂乃果はいなかった。どうやら先に帰ってしまったようだ。

 

「思穂、貴方は……どうするつもりですか?」

「マネージャー業?」

 

 メンバーが集まって活動休止の話になった際、にこが言っていた言葉である。『私はμ'sが活動休止になってもスクールアイドルを続けたい、皆はどうだ?』、そう彼女は言った。

 その時は誰も明確な返事を出さなかったが、後から聞いた話では、花陽と凛がにこと一緒にやることを決めたようだ。それ以外はハッキリとした答えを出せずにいた。思穂もその内の一人である。

 

「……海未ちゃんは?」

「私がスクールアイドルを始めたのは、穂乃果とことりが誘ってくれたからです」

「……ごめんね」

「思穂が謝ることではありません。それに、穂乃果に辞めると言わせたのは私の責任です」

 

 どこまでも真面目で、それ故にドツボにハマる海未が好きだったが、今の海未はとても弱いものに見えてしまった。それだけに、思穂も決めあぐねていた。

 ――“どちら”を選ぶか。

 

「それこそ、海未ちゃんのせいじゃないと思うよ。私は、そう思う。それに原因は――」

「どうしたのですか?」

「ううん、何でもない。それよりも部活、良いの? そろそろ時間じゃない?」

「……そうですね。ところで今日、夕方空いてますか? 部活が終わったらことりの家へ行こうと思っているんです。思穂も一緒に、どうですか?」

 

 その誘いはとても魅力的なものだったが、辞退させてもらった。少なくとも、“迷っている”思穂は行くべきではないと思ったのだ。

 

「ごめん、今日はちょっと用事があるんだ」

「……分かりました。それでは……」

「あ、ちょっと待って。一つだけお願いがあるんだけど、良いかな?」

「お願い? 私に出来ることなら……」

「ありがと。……と言っても、ことりちゃんにちょっとしたアンケートとってもらうだけなんだけどね!」

 

 そう言って、思穂は一枚のメモ用紙を海未に手渡した。そこに書いてあることを聞くよう、お願いした思穂は手を振って、海未を見送る。

 

(私はまだ迷っている……あれが無駄にならないように、後悔しない様に、ちゃんと決めなくちゃ)

 

 今日はどこかに寄り道をしていこう、そう決めた思穂はアテも無い小旅行を頭の中で思い描く――。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

「結局来るのは神田明神かー」

 

 無心で辿りついたのは、神田明神であった。μ'sの全てがそこに詰まっていると言っても過言では無いこの場所は、無心で辿りつくにはむしろ当然と言っても良い場所で。

 そしてそこでは当然の如く、にこと花陽と凛が練習をしていた。

 

「やほー」

「あ、思穂ちゃん!」

「おぉ~凛ちゃん何だか懐かしく感じるよ!」

 

 早速、凛の顎に手をやり、何度も擦った。猫をゴロゴロしている時のアレである。ほんの少しだけ気持ち良さそうにしていた凛だが、すぐに正気に戻ったようだ。

 

「に、にゃあー! 何だか気持ち良くなって来たのが悔しいぃー!!」

「り、凛ちゃん落ち着いて……!」

「やあやあ花陽ちゃん! 次は花陽ちゃんのほっぺを堪能させてもら――」

 

 途端、脳天に鈍痛が走った。後ろを振り向くと、そこには右手を手刀の形にしたにこが立っていた。

 

「あんた、なに堂々とセクハラしてんのよ」

「に、にこちゃん痛いんですけど!」

「痛くしたのよ! 全く練習中に良くも堂々と……!」

 

 すかさず思穂は手に持っていたモノをにこへ差し出した。ここへ来る前に買っていたスポーツドリンクである。手ぶらで練習を見に来るほど思穂は愚かでは無い。

 

「うっ……用意だけは良いわね、ほんと」

「えっへん! いやぁ練習に精が入ってるねー」

「当たり前でしょ。好きじゃなきゃこれだけやれないわよ」

 

 好きなものを好きと言い、それに向かって愚直なまでの熱意はやはり矢澤にこが矢澤にこたる所以と言える。そんなにこが、思穂にはまぶしかった。

 

「やっぱりにこちゃんはすごいよね……本当に」

「何言ってんのよ、あんたも同じでしょ」

「私が……?」

 

 その言葉に凛と花陽が乗ってきた。

 

「凛知ってるよ。思穂ちゃん、好きなことについて話している時の眼がすっごくキラキラしてるって!」

「私もそう思うなぁ……初めて会った時、私とゲームの事を話した時、すごく嬉しそうだったもん」

 

 まるで寝言を聞かれたような気分である。にこに言われるならまだしも、二人に言われるのは想定外で、何だか気恥ずかしい。

 

「思穂、あんたはマネージャー業、まだやる気あるの?」

 

 珍しく、弱気にそう尋ねるにこ。

 

「あんたがサポートしてくれたら、にこ達の活動はもっと幅が出る。アイドルだけじゃ輝けないの。それを支えるマネージャーがいなければ駄目なの。だから――」

 

 にこの真っ直ぐな気持ちを受けてもなお、思穂は即答することが出来なかった。

 

「ごめん、その答えはまだ返せないや」

「……そう、まあじっくり考えなさい。今度のにこは……一人じゃないから」

「りょーかい!」

 

 そう言って思穂は神田明神を後にした。逃げるわけじゃ無い、今思穂が悩んでいる“どちらか”は自分にとって、片桐思穂としての大事な分かれ道だ。後ろ向きな気持ちじゃない、自分が納得できるように、思穂は今は懸命に悩むことにした。

 その夜、穂乃果から着信があった。話を聞いて欲しい、それだけで思穂は“選択の時”が来たことを悟る。きっと翌日まで自分は悩み続けているだろう。だが、きっと穂乃果と話せば――。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

「あれ? 海未ちゃん?」

「思穂も、ですか?」

 

 呼び出されたのは講堂だ。あと少しというところで、出くわしたのは海未である。出会い頭にぶつけられた質問で、海未も呼び出されたのだろうと把握した思穂は苦笑する。

 

「何がおかしいのですか?」

「ううん、何だかまあ……もうありのままを受け入れようかなと思って」

 

 扉を開けると、ステージには穂乃果が立っていた。昨日“何か”があったのか、その表情には暗いモノは感じられなかった。

 

「ごめんね二人とも、急に呼び出したりして」

「穂乃果ちゃんが呼び出すならどこでも駆けつけるよ」

「……ことりちゃんは?」

 

 その質問に答えたのは海未である。

 

「今日、日本を発つそうです」

「そう、なんだ……」

 

 一瞬表情が曇ったが、すぐに穂乃果は意を決したように、ポツポツと喋りはじめた。

 

「私ね、ここでファーストライブやって、海未ちゃんとことりちゃんと歌った時に思ったの。もっと歌いたいって、もっと踊りたいって、スクールアイドルやっていたいって!」

 

 講堂内に穂乃果の声だけが響き渡る。彼女の口から語られるのは、完敗を喫した時に、他でもない彼女自身から出た決意であった。ガラガラの席でライブをやり切り、意味を問うた絵里に対して、言い切った言葉。

 ――やりたいから。想いを届けたいから。

 

「辞めるって言ったけど、気持ちは変わらなかった。学校の為とか、ラブライブの為とかじゃなくて、好きだから! 歌うのがそれだけは譲れない――だから、ごめんなさい!」

 

 そう言って、穂乃果は頭を下げた。

 

「これからもきっと迷惑掛ける、夢中になって誰かが悩んでいるのにも気づかないで、入れ込み過ぎて空回りするかもしれない! だけど――」

 

 『夢を追いかけていたいから』。

 ありったけの気持ちをぶつけられた海未の反応は、思った通りであった。

 

「う、海未ちゃん何で笑うの!? っていうか思穂ちゃんまで! 私、真剣なんだよ!」

 

 穂乃果に言われて初めて、思穂は自分が笑っていることに気づいた。手をやると、口角が上がっている。頬は緩んでいる。

 

「あは、は……ごめんごめん。ちょっと自分でも意外だったよ。それよりも、ねえ海未ちゃん。今の聞いて、どう思った? 私はやっぱり笑うしかなかったな~」

「思穂の言うとおりですね」

「え、えっ? どういうこと?」

「はっきり言って、穂乃果には昔から迷惑掛けられっぱなしでしたよ?」

 

 階段を下りながら、海未はトツトツと語り始めた。昔から穂乃果と居ると、大変なことになる。夢中になると何も見えず、ひたすら前へ前へと突っ走っていく。

 思穂もその姿勢に勇気づけられ、そして救われた一人である。渦巻いていた葛藤が今、一つの答えへと集束していこうとする。

 

「――ですが、穂乃果は連れて行ってくれるんです。私達では勇気が出なくて行けないような所へ」

「そうだよ穂乃果ちゃん」

「思穂ちゃん……」

「海未ちゃんでもことりちゃんでも花陽ちゃんでも凛ちゃんでも真姫ちゃんでも絵里ちゃんでも希ちゃんでもにこちゃんでも……私でもない。穂乃果ちゃんだからこそ、見せてくれる場所があるんだ」

 

 穂乃果以外じゃ行けなかった場所がある。打算も下心もなく、ただ貪欲にそしてただひたすら走れる高坂穂乃果だからこそ、辿りつける世界がある。

 穂乃果の隣に立った海未、そして思穂もその歌を口にした。それは自らが持つ可能性を信じ、決して後ろを振り向くことをしない者へのエールの歌。青空の下、どこかでこの歌を口にしているである大切な者は――きっと穂乃果を。

 

「さあ! ことりが待ってます! 迎えに行ってきてください!」

「ええっ! でも、ことりちゃん……」

 

 戸惑う穂乃果へ思穂が後押しをする。

 

「海未ちゃんと一緒だよ! ことりちゃんも引っ張って行ってもらいたいんだよ! 我が儘思いっきり言ってもらいたいんだよ!」

「我が儘ぁ!?」

 

 それに、と思穂が付け加える。そもそもあのタイミングまで言わなかった時点で、ことりの気持ちは既に決まっていたのかもしれない。

 

「有名デザイナーに見込まれたのに、“残れ”なんて。だけど、その我が儘を言えるのは世界で一人!! さぁ行け! 行くんだ高坂穂乃果!!」

「――うんっ!!」

 

 穂乃果は走って行った。その後ろ姿には完全に迷いを振り切っていた。

 

「行きましたね、穂乃果」

「そうだね。あーあ、やっぱり穂乃果ちゃんはすごいや。ちょっと話しただけで、私に答えを出させてくれた」

「何の話です?」

「ううん。こっちの話、そういえば海未ちゃんことりちゃんから聞いてくれた?」

「え、ええ。メモしておきました」

 

 受け取ったメモにはきれいな字で知りたい情報が書かれていた。そのメモを握りしめ、思穂は歩き出す。

 

「どこへ行くのですか?」

 

 海未が呼び止める。思穂は背中を向けながら、その問いに答えた。

 

「ちょっと野暮用にね。それよりも、海未ちゃんはちゃんとこの後のライブに備えて、体力を温存しておきなよ?」

「……ふふ」

「ありゃ? 何かおかしいこといった?」

「いいえ。思穂の顔から、何やら憑き物が落ちたみたいに見えてしまって……すいません」

「海未ちゃんには敵わないなぁ……ま、色々悩んでいたのが馬鹿らしくなっただけだよ」

 

 そう言い残し、思穂は講堂を後にした。そして、思穂はスマートフォンを取りだす。

 これからやるのは下手すれば、ライブを中止にした以上に酷いことだろう。刃物で刺されても文句一つ言えない。むしろその程度で許されるなら喜んで受け入れよう。

 

(ことりちゃん、ごめん。私、ようやく決められたよ。だから――今から私は自分のしたいことをさせてもらうね)

 

 握られていた二枚の手札はいつの間にか一つとなっていた。思穂は“選んだ”のだ。穂乃果の決意を聞き、ことりの気持ちを考えて、結局この選択肢にしか辿り付けなかった。……もちろん笑って見送る、ということも出来たのだろう。

 だが、片桐思穂にとってそれはバッドエンドの何物でもない。故に、思穂は“全力で留学を止めることにした”。皆が笑っている光景が欲しくて。μ'sのため、そして自分の為に。今、思穂はエゴイスティックの究極形とも取れる行動を、笑顔で選択してやった――。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

「――失礼します!」

「あら、思穂ちゃん、どうしたの?」

 

 突然の訪問にも関わらず、理事長は笑顔で迎えてくれた。何の用で来たのか、何を言いたいのか、全て予想しているような笑みだった。

 

「ことりちゃんは?」

「……空港よ? もしかしてまだお別れは済ませてなかったの?」

「それについて、言いたいことがあります!」

「言いたい、こと?」

 

 一度深呼吸をし、思穂は切り出した。今から言う事はどう捉え間違えても、一人の人間の人生に影響を及ぼすことだ。例え幼馴染の親だからと言って、それを口にするのは簡単な事では無い。それでも、今の思穂に怖いモノはなかった。

 

「μ'sは最初、三人と私で歩きました。それがいつの間にか六人、そして七人。ついには九人となりました……」

 

 穂乃果と海未、ことりで始まったμ's。凛と花陽、真姫が加わり、にこが、そして絵里と希が加わった。小さな力がいつの間にか大きな力へと変わり、学校存続と言う奇跡を引き起こす。

 誰か一人の力では無いのだ。出来る事をやり、出来ないことは皆で補っていき、一歩ずつ確実に進んでいく。

 

「誰か一人でも欠けていたら、誰か一人でもメンバーが違っていたら、恐らくここまでは来れなかったんだと思います。学校存続も……もしかしたら叶わなかったのかもしれない」

「それについては本当に感謝しているわ。貴方達は本当に良く頑張ってくれましたね」

「――これからも!」

 

 ついに切り出す本題。この結果次第では思穂はいよいよ全霊を賭さなければならない。どんな手を使ってでも、自分の望む結果へ……今の思穂は背水の陣と言う言葉が何よりも似あっていた。

 

「私達はこれからも前に進んでいきたい。皆で前へ……ことりちゃんと前へ!」

 

 思穂は頭を下げ、そしていよいよその言葉を口にする。

 

「お願いします! ことりちゃんを私達にください!! 私がどんなに無謀な事を口にしているか分かっています! ことりちゃんの人生が左右されるかもしれない……いや、されることも分かっています! だけど、私達にはことりちゃんが必要なんです!! だから、お願いします!! 私達の我が儘を許してください!!」

 

 永遠にも感じられた沈黙。理事長が一体何を思っているのか、思穂にすら分からなかった。予想も出来ず、ただ彼女からの返事を待つばかり。

 

「さっきも言ったけど、ことりは空港よ? 確かもう少しで飛行機の時間のはずよ……どうするの?」

「今、穂乃果ちゃんが空港へ向かっています。飛行機が出る前に追いつけるはずです……ううん、追いつきます。そこで、穂乃果ちゃんは話をします」

 

 そう、と言って理事長は顎に手をやった。視線を宙へ向けながら、理事長は口を開く。

 

「……今回の留学の件は、ことりの為になればと思って向こうに話をしました。向こうもその気で待っているはずよ。いきなり『やっぱり止めます』、じゃあ向こうも困るはずよ?」

「……そう、ですね」

 

 思穂は俯いた。確かにそうだ。ことりが良くても、向こうには向こうの都合もある。ドタキャンなど、普通なら有り得ない。――だから、思穂は海未にお願いをしていた。

 

「――なので、向こうにはもう頭を下げました。全身全霊で、理由を話して、私の思いをぶつけて……“お許し”を頂いています」

「へっ?」

 

 海未がことりの家に行くと言った時、思穂は彼女に一つお願いをしていた。

 

「向こうの事は聞いていましたので、直接電話させて頂きました。先方は、その気があるなら、高校卒業まで待つと、そう言ってくれています」

 

 あの時、海未に聞くよう頼んでいたのは留学先の“名称”と“電話番号”。思穂が“こちら”の選択肢を選んだ時用に前もって仕込んでおいた切り札だ。

 この結果に落ち着くまで、相当時間が掛かった。当然、先方も最初は難色を示していた。しかし、自分の語彙をフルに活かして、ことりの潜在能力の高さ、アイデアの柔軟さ、そして将来性を語りつくした。

 その末に勝ち取ったモノが――期間の延長。自分が出来る中で、最高の結果だった。

 

「本当に……そう言っていたの?」

「はい。確認してもらっても構いません」

「ことりは、何て言うかしらね?」

 

 その時、着信が鳴った。すぐに出ると、穂乃果が弾んだ声で“成功”を知らせてくれた。ことりの声が聞こえる。今から急いで学校に戻るそうだ。なら、自分もこうしてはいられない。

 

「ことりちゃんは――私達を選んでくれたようです」

「ことりが……」

 

 理事長は顔を伏せた。そうなるのはある意味当然とも言えた。場合によっては一生を棒に振ったのかもしれないだろう選択である。

 いっそのこと、罵倒でもしてくれた方が気が楽だ。そう思っていた思穂は――見事に裏切られる。

 

「そう。なら、良いわよ。向こうには私の方からもう一度話をしておくわね」

「……へっ?」

「本当、思穂ちゃんの行動力には感服するしかないわぁ」

 

 ホホホ、と笑う理事長を見て、思穂は全身の力が抜けてしまいそうになってしまう。だが、まだ力を抜くには早い、思穂は少しだけ唇を震わせながら、恐る恐る確認をした。

 

「え……っと、ことりちゃんの留学の件は、良いんですか?」

「ことりは穂乃果ちゃん達を選んだのでしょう? なら、私が口出しする権利は無いわ」

「私が言うのも何ですけど……本当に良いんですか?」

「なーに? 思穂ちゃんはことりに留学に行って欲しいの?」

「そ、それを言われるとノーと言うしかありませんね」

「なら、良いのよ」

 

 ……これもある種の親バカなのかもしれないと、思穂は本気でそう思った。あっさりしすぎた結果だったが、これぐらいじゃないと人生は面白くない。思穂の全身に力が漲ってくるのが感じられる。

 思穂は、もう一度理事長へ頭を下げた。

 

「ありがとう……ございます……!!」

「ふふ。それより、もう行かなくて良いの? ライブ、始まっちゃうわよ?」

「はいっ!」

 

 思穂は、理事長室を飛び出し、講堂へ向かった。ライブまでもう少し。だが、思穂には自然と確信があった。二人は必ず間に合う。

 そう信じ、思穂は走る速度を上げた――。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

「穂乃果ちゃん達は!? ……いない」

 

 舞台袖に辿りついた思穂は、辺りを一瞥するが、彼女達はまだいない。しかし、海未が力強くそれを否定した。

 

「いいえ。絶対来ます、必ず」

 

 ライブ開始時間は刻一刻と迫っており、不安げな言葉を口にする者もいるが、表情だけは誰一人として曇っていない。皆、信じていた。

 そうでなければ、にこが言い出したこのライブに、ことりを除いたμ'sメンバー全員が“参加する”と言って集まる訳が無いのだから。そして、ついにその時がやって来た――。

 

「うわああ!!」

 

 扉が開かれ、穂乃果がいきなりバランスを崩し、お尻から転んでしまった。思穂は反射的に、扉の方を振り向くと――頬を緩めた。

 

「お帰り、ことりちゃん。随分長い散歩だったね」

「それじゃあ全員が揃ったところで部長、一言」

「えええっ!? ……な~んてね、今度はちゃんと考えてあるわよ」

 

 突然の指名に声を上げるにこ。だが、すぐにその表情は余裕の色を見せる。流石に二度同じ手は喰わないようだ。

 

「良い? 今日皆を、一番の笑顔にするわよ!!」

 

 円陣を組み、それぞれのピースサインが合わさったそれは、大きな一つの星となった。恒例の点呼が始まる。

 一、二、三、四、五、六、七、八、九。九人の女神は正真正銘の復活を遂げたのだ。

 

「よぅし! 皆、いけー!!」

 

 丁度開始時間だ。最高のライブを始めるため、九人はステージへと駆け出した――。

 

「――皆さんこんにちは! μ'sです!」

 

 ――思穂は観客席の方に移動していた。彼女達が良く見える場所で、納得いくまで眺めていたかったのだ。

 

「私達のファーストライブはこの講堂でした!」

 

 そうだった。たったの三人と自分から始めた時のここは全くのガラガラ。完全敗北だったのだ。

 それが今ではどうだ。見渡す限りサイリウムの光。講堂は満席で、立ち見をする観客がいる程。こんな贅沢なことが、今現実で起こっている。

 

「その時、私は思ったんです! いつか、ここを満員にしてみせるって! 一生懸命頑張って、今私達がここにいる……この思いをいつか皆に届けるって! その夢が今日……叶いました!」

 

 その言葉が本当に嬉しそうで。走って走ってようやく辿りついた場所だ、それは当たり前だろう。

 だが思穂は知っていた。高坂穂乃果が、ここで満足するような人間では無いことを。

 

「だから私達は、また駆け出します! 新しい夢に向かって!!」

 

 『START:DASH!!』。走り始めた夢が、また更なるステージへと駆け出した。

 

「行け穂乃果ちゃん、穂乃果ちゃんを止めるモノはもう何もない!」

 

 その時、着信を知らせるバイブレーションが。電話の主は分かっていた。思穂は画面も見ずに電話に出る。

 

『思穂』

「来ると思ってましたよ、ツバサ」

 

 電話の主――綺羅ツバサはどこか興奮したような様子であった。

 

『今、ネット配信で貴方達のライブを観ていたわ。……一体何があったの? ラブライブのエントリー辞退をしたと思ったら、いきなりこれほどのパフォーマンスを見せてくるなんて……』

「色々あったんですよ、色々。それよりも――」

 

 彼女達の踊りと、歌が観客全てを魅了する。思穂も至近距離で大太鼓の音を聞いているような、そんな“何か”が腹の底から響いて来ていた。熱くならない訳が無い。ストレートな思いは何よりも圧倒する。

 

「――本気で焦った方が良いですよ、ツバサ。うかうかしていると、穂乃果ちゃん達は本気で貴方達を踏み越えていく」

『……勘違いしているわね思穂』

「ん?」

『私達はいつでも、どんな相手だろうと決して甘く見てはいない。むしろ改めて脅威を感じたわ、やっぱり貴方達は私達にとって最大の――』

 

 その言葉を遮るように、思穂は言葉を発する。“その先”は自分が聞くには、あまりにも上等すぎた。

 

「その先は、いつか穂乃果ちゃん達に言ってあげてください。私が最初にそれを聞くのは、何か恐れ多いです」

『……ふふ、そうね。そうさせてもらうわ。あ、そろそろ次の会場に移動する時間だから、そろそろ失礼させてもらうわね』

「あー連続ライブ中でしたっけ? 頑張ってください!」

『ありがとう! それじゃ!』

 

 それで通話は終了した。やはりA-RISEはこのμ'sを一番――。それだけ分かった思穂は、再びステージへ意識を集中させる。一分でも、一秒でも長く、それが片桐思穂に許された最大の幸福なのだから――。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

「ことりちゃん!」

「穂乃果ちゃんっ!」

 

 いつまでも鳴り止まない歓声を後に舞台裏へ戻ってすぐに、穂乃果とことりは抱き合った。互いが涙を流し、ただなるようになった結果を噛み締めている。

 二人の姿を見ていた海未の瞳にもうっすらと涙が。

 

「良かったね、海未ちゃん」

「思穂……。ええ、可笑しいですよね。もしかしたら私は、あの二人よりも喜んでいるのかもしれません」

 

 二人を一番気にしていたのは他でもない海未だ。落ち着く所に落ち着き、ようやく張りつめていた緊張の糸が緩んだといった所だろう。

 そんな二人と一人を見て、思穂は小さく頷いた。

 

(良いね。もう、あの三人は……大丈夫だ)

 

 何の根拠もないが、あの幼馴染達の姿を見ていると、そんな確信めいたモノを感じられた。これからはちゃんと言いたい事を言い、ぶつかる所はぶつかっていける。

 ――故に、タイミングは“この瞬間”しか有り得ない。そう感じた思穂の視線は絵里の方へ。

 

「――絢瀬絵里生徒会長」

「どうしたの思穂? 改まって……」

 

 思穂と絵里のやり取りに、皆の視線が集まる。思穂は、持っていたクリアファイルを絵里へ手渡した。

 

「これの受理をお願いします」

「受理? 何のしょる――」

 

 ファイルの中身は二枚の書類であった。両方に目を通した絵里は書類を手にしたまま固まる。その様子を見たメンバー達は何の事か分からず、ただ怪訝な表情を浮かべるのみ。

 

「……思穂、これは何?」

 

 何かの間違いだと、そう絵里は信じたかった。僅かに声が震える。だが、思穂の清々しいまでの笑みが、それを“本気”だと解釈させる。

 思穂はあえて悲壮感を感じさせない馬鹿みたいに明るい声色で答えた。

 

「見ての通りだよ!」

 

 絵里の手にあるのは『退部申請書』、そして『廃部申請書』。そのどちらもが思穂にとっての最終決断。ずっと前、穂乃果に宣言した“落とし前”。

 

「そういう事を聞いているんじゃないわ。思穂、貴方この二枚の意味を分かっているの……?」

「もち。ことりちゃんと穂乃果ちゃんが仲直りをして、μ'sのライブは大成功! ……私が蒔いた種は今その全てを収穫できた。……ならさ」

 

 そう――。

 

「私の役目は終わったと思うんだ。……これで片桐思穂はクールに去れるよ」

 

 ――片桐思穂の役目は、終わったのだ。

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