ラブライブ!~オタク女子と九人の女神の奮闘記~【完結】 作:鍵のすけ
「……皆揃ったわね?」
絵里を入れ、九人が部室に揃った。それぞれ複雑な感情を胸に秘めているが、まだ誰も口には出していない。
「皆に集まってもらったのは他でもないわ。思穂の事よ」
その一言で全員の表情が曇った。発言をした絵里でさえ、表情は良いものではない。
話題に上がったのは何を隠そう片桐思穂の事である。机の上には、先日のライブ終了直後に手渡された退部届と廃部届が乗せられていた。
その二枚が意味する所は、『μ'sのマネージャー辞職』、そして『文化研究部を綺麗さっぱり無くしてしまう』ということである。もっと言うのなら、片桐思穂の今までを無に帰するものでもある。
「……思穂はどうしているのよ?」
「もう学校にはいません。休み時間に話そうと思っても逃げられてしまって、それでとうとう逃げ切られてしまいました……」
「思穂ちゃん……どうして……」
そう呟いたのは穂乃果である。ことりの件で周りを見ることを覚えた穂乃果はまた自分に非があったのではないかと、不安げな声色であった。
「もしかして、また私が何か……」
「……いいえ、私は違うと思うわ」
「ウチもそう思う」
絵里の言葉に賛同したのは希である。特に希はある程度の確信を持った上で発言していた。――何せ、よく似ているのだから。
そしてもう一人、絵里の言葉を肯定するものがいた。
「にこも二人と同じ意見よ。あいつが穂乃果のせいで辞めたなんて考えにくいわ。もしそうだとしたら、あいつはとっくの昔に辞めてるはずよ」
「……じゃあ、何でだろう?」
花陽の一言で、皆が黙ってしまった。少なくとも、花陽が思い浮かべる思穂は常に笑顔で、そして出会った時から親しみが感じられる人物であった。
その事に対し、真姫が呟いた一言で場の空気が変わる。
「そもそも。私達って思穂の事をどこまで知ってるの? 少しも見当つかないっておかしいでしょ」
更に真姫は続ける。視線は穂乃果達の方へ。
「特に穂乃果達。本当に何でか分からないの?」
「はい。私達も何で思穂が辞めたいのか分かりません……」
「……ずっと一緒にいたんでしょ?」
すると、穂乃果や海未、それにことりまでが互いに顔を見合わせてしまった。その様子を見て、真姫だけでなく他のメンバーも首を傾げてしまった。
代表して、ことりが衝撃の事実を口にする。
「――実は私達、思穂ちゃんと仲良くなったの中学三年生からなの……」
「へっ? そうなん?」
「意外ね。てっきり小さい頃からの付き合いだと思っていたわ」
希や絵里が驚くの無理はなかった。それだけ、穂乃果達と思穂は本当に仲が良く見えていたのだ。それこそ、本当に小さい頃からの付き合いのように。
「そんな最近からの仲には見えなかったにゃ」
「凛の言う事も分かります。正直、私もここまで親しくなれるとは思ってなかったんですから」
海未の妙な言い回しに、二年生以外のメンバーが頭に疑問符を浮かべた。
「ここまで……ってどういうことなの?」
「それは……」
とにかく妙な事ばかりだった。あの海未が言い淀むなど、あまりにも珍しい。そんな彼女を見て、絵里が誰に言うでもなく、呟いた。
「私達……実は、思穂の事をほとんど知らないんじゃ……」
皆があえて避けていた事実を、とうとう絵里は口にした。不甲斐ない、と自分を責めるように苦い表情をしていた海未は、顔を上げる。
「……悔しいですが、きっとそうなのかもしれないですね」
海未が続けて言葉を紡ぐ。
「正直穂乃果やことり、そして私も含め、一年生の時の思穂が良く分かりません」
「はぁ? それじゃ何よ、にこの方があいつの事知ってるっていうの?」
「恐らくは……そうなのだと思います。私達が一年の時、思穂は常に部室へ走って行っていたので……」
「だから教えてにこちゃん! 一年生の時の思穂ちゃんの事!」
穂乃果の真っ直ぐな視線がにこへと向けられる。にこの返事も待たず、穂乃果は思いのままを思うままに口にする。
「私、ずっと思穂ちゃんと小さい頃から一緒にいたはずなのに、思穂ちゃんの事を全然分かっていなかった。それって、すごく酷い事だと思うんだ。だから、知らなくちゃいけないと思う、思穂ちゃんの事」
「……分かったわ。って言っても、にこが知る限りの事しか話せないわよ?」
「うん! ありがとう!」
にこが話し出そうとした直前、ことりが恐る恐る手を挙げた。
あの一件から、ことりはまた元通りの日常を送っていた。母親から聞いた話ではどこかの誰かさんが、先方に頼み込んでくれたから、卒業まで待ってくれるのだと言う。その誰かさんに碌にお礼も言えないまま、ずっとことりは今日一日モヤモヤし続けていた。
だが今はそれは置いておき、とにかく気づいたことを口に出した。
「あ……あの~……。その退部届と廃部届って、何とかして受理を拒否出来ないのかなぁ……?」
「おおっ! そうだにゃー! 名前書いていないとか言って、突き返せば良いんだよ! ことりちゃん、あったま良いー!」
これならば思穂を引き留めることが出来る。一瞬だけ浮上した希望に、皆が盛り上がるが、それを鎮めたのは他でもない絵里と希であった。
「……私と希もそのつもりで書類に目を通していたんだけど、駄目だったわ」
「退部届も廃部届も完璧すぎてケチの付けようがなかったんよ。誤字脱字はおろか、文法ミスもなければ書かれた理由もありふれすぎたもので逆にケチ付け辛くて……」
それどころか、改めて思穂の力を思い知らされることとなってしまう結果へと辿りついていた。真姫がボソリと、彼女にしては珍しい素直な評価を口にする。
「……敵に回したら怖いっていうのは思穂の事を言うのかもね」
「ち、違うよ! 思穂ちゃんは敵なんかじゃない!」
「分かっているわよ穂乃果。言葉の綾って奴よ。それよりもにこちゃん、早く話してくれない?」
元を辿れば、ことりが話を中断させたのだが、それに触れる者は誰も居なかった。
「わ、分かってるわよ! 全く……」
「にこちゃんと思穂ちゃんってどういうキッカケで知り合ったの?」
花陽の言葉を噛み締めるように、記憶を手繰り寄せるように、にこは視線を宙に彷徨わせる。
「あれはそう――」
そう――あれは、矢澤にこが二年生の時だった。
◆ ◆ ◆
「よろしくお願いしまーす! アイドルやってみませんかー!?」
その日もにこは放課後、部員集めの為に、手作りのビラを配っていた。結果は分かり切っていた。だが、それでも諦めきれないにこは一縷の望みに懸ける。
極論を言えば、スクールアイドルは独りでも出来る。しかし、にこが理想とするのは本気と本気が調和した、一人では絶対に演出できない世界である。
「っはぁ……今日も収穫ゼロね。ビラは……まだ、しわくちゃじゃないわね。ここまで新品同然なら、使い回すのもアリかもね。どうせ、誰も分かりっこないし」
今朝、印刷したばかりのビラの数は僅かにしか減っておらず、ただ紙の重みで腕が痺れるだけだった。今日は風が少しだけ強く、紙が飛ばされない様に強く持っていたのだから、尚更である。
「はあ……部室に帰って、情報収集でもしようかしら……」
このまま帰るのは何だか負けた気がする。そう思ったにこは冷たくなった身体を温めるという意味でも、部室に戻ろうとした。
振り返った瞬間、何かにぶつかった感触を感じた。そう思った時には既に、ビラは地面にぶちまけられていた。
「あ、あああああ!! にこのビラがぁぁ!!」
「――す、すいません! 急いでいたもので!」
すぐに地面に膝を付け、ぶつかった女子生徒はビラを拾い集めていた。身体の動きに合わせて、ハーフアップにされた後頭部の髪の一房が揺れていた。まるで犬のしっぽのように、にこは見えた。
「こっちこそ悪かったわね。周りに意識がいっていなかったわ」
物の数分で散らばったビラを回収し終え、女子生徒は集めた分をにこに手渡した。
「いえいえいえ! 先輩は後ろを向いていた、私は前を向いて走っていた。なら、私が気を付けられたはずなんですよ。だから、私が悪いんです!」
申し訳なさそうに浮かべる笑顔に、にこはつい見とれてしまっていた。その笑顔を見たにこは、そんなつもりはなかったのに、完璧に、無意識に、“その言葉”を口に出していた。
「――貴方スクールアイドルに、興味ない?」
咄嗟に口にした言葉をようやく自覚したところで、にこはつい顔を手で覆ってしまいそうになっていた。これじゃ不審者も不審者だ。何の脈絡も無く、いきなりスクールアイドルをやらないかなどと言って受け入れてもらえる訳が無い。
「って、ごめんなさい。いきなりすぎるわよね。ねえ、ちょっとだけ私の話を聞いてもらっても良いかしら?」
これで少しでもアイドルへの興味を持ってもらい、そしてゆくゆくはスクールアイドルへ……。そんなにこの計算はあっさりと崩されてしまった。
「あ、私、二次元にしか興味が無いんですよね。すいません!」
「……は?」
今この女子生徒が何と言ったか、にこは一瞬理解が遅れた。だが、冷静に噛み締めた結果、やはり言った言葉は一つ。清々しい笑顔で、『二次元にしか興味ない』とのたまったのだ。
二次元と言えば、テレビでは良くアニメや漫画、あとはゲームなんかが挙げられるキーワードである。逆に言えば、それだけ聞くだけでにこは察することが出来た。
何の気なしに、聞こえないような声量で呟いたはずの言葉が、女子生徒と矢澤にことの“始まり”であった――。
「……何だ、マニアか」
「へいへいへいへーい! 今のは聞き捨てなりませんな先輩!!」
先ほどまで笑顔を浮かべていた女子生徒が豹変し、にこをビシリと指さし、もう片方の手は自らのこめかみに当てている。
「先輩は今、何を聞いて私をそう判断しましたか!?」
「そりゃあ……二次元にしか興味ないって言われたらそうとしか捉えられないわよ……」
むしろバッサリ切っておいて、実は違いましたなんてサプライズは全然欲しくない。女子生徒はおもむろにため息を吐き、教師が生徒に教えるようなそんな風に人差し指をにこの前に立てた。
「先輩は先ほどスクールアイドル? という単語を口にしましたね?」
「ええ、言ったわよ。ついでに言うと勧誘もしているわね」
「……先輩はアイドルが好きなんですか?」
「好きよ。だからにこはアイドル研究部を立ち上げたの」
女子生徒の質問は正に愚問であった。それは子供の頃からの夢であり、一年生の時の挫折を味わってもなお、諦めきれない夢。
その気持ちを、あろうことに女子生徒はこう評した。
「先輩もマニアじゃないですか」
「んなっ!?」
昔からの情熱を、あっさりとそう評した女子生徒に対し、にこは勧誘しようという気持ちより、一緒にされたくないという気持ちの方が大きくなって来た。
……と言うより、単純にその言い方がムカついた。
「あ、あんたみたいなオタと一緒にしないでくれる!? にこはもっと高尚な気持ちでアイドルと向き合ってるのよ!」
「み、みたいなオタって何ですか!? それに高尚な気持ちってどんな気持ちですか!? それが大好きなら私と同じですよー! 『あ、私そういうのと一緒にされるの困るんで』なんて澄ましたこと言う人かっこ悪いですよー!」
「人の声、ちょっと真似してんじゃないわよ! しかもちょっと似てたのがムカつく!!」
何だかえらく真に迫った声で、一瞬自分が喋ったのかと喉元に手を当ててしまった程である。
そんな妙な特技によって生み出された声が未だ、にこの鼓膜を震わせている時、にこは直感した。恐らく向こうさんも同じような事を考えていたのかもしれない。
(この女子……絶対仲良くなれない!! てか何なのよこいつ!)
何だか好きなものに対する気持ちと言うか、考え方と言うか、その全てがにこを苛立たせる。あるいは、自分と似たようなものを目の当たりにしたことによる動揺だったのかもしれない。
「……矢澤にこよ。あんた、名前は?」
だから、なのかもしれない。にこはぜひとも名前を聞きたくなってしまった。久々に見た、何かに真剣になれる馬鹿のことを。
「思穂です。片桐思穂。文化研究部の部長をやっています!! 矢澤先輩こそ、文化研究部に入りませんか?」
「あ、それは無理。にこはそんなものにかまけている余裕はないの」
「そ、そんなものっ!? 先輩、今のは聞き捨てなりませんねぇ……!」
にこ、そして思穂の思考は恐らく一致していた。――目の前の人にだけは一歩も引きたくない。そこから、二人の似た者同士の交流が始まった。