ラブライブ!~オタク女子と九人の女神の奮闘記~【完結】   作:鍵のすけ

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第三話 この白くて細い指を

「ちょっ……! いきなり何よ!?」

「あ、これは失礼しました! だから叫ばないでください、お願いします!」

 

 土下座でもする勢いでそう謝る思穂に、赤毛の女生徒――西木野真姫(にしきのまき)はこう思った。“あ、この人アブナイ系”だと。

 

「ていうか、謝っておきながらなんでまた手握ってんのよ!」

「バレたか……。もうちょっとこの白くて細い指を触っておかなければと思ったのに……!」

「何に使命感感じてんのよ! もう、意味分かんない!」

 

 いよいよ真姫に手を振り払われてしまった思穂は彼女を逃がさない為、強引に話題を変えた。

 

「ところで! さっき引き語りしてたよね! すごかったよ!」

「べ、別に……」

「これはもう歌手とかになるっきゃないね!」

 

 思穂のその一言で、真姫は眉間にしわを寄せ、あからさまに不快そうな表情へと変わっていく。

 

「何……? さっきの人と同じで勧誘の人?」

「……同じ? 勧誘?」

 

 その物言いで思穂はピンと来てしまった。そんなことをしでかす人物なんてたったの一人しか思いつかない。それにしても、と思穂は真姫の胸元のリボンタイへ視線をやる。実はこの音ノ木坂学院、学年でリボンタイの色が違うのだ。一年生は青系統、思穂の学年である二年生は赤系統、そして三年生は緑系統。

 そして真姫のリボンタイは青系統。つまりこれが意味する所は一つ。

 

「そう。さっきの人も二年生だったみたいだし、先輩と同じ学年の人だと思いますよ」

「うわ~心当たりしかないな~。まあ、それは置いておこう。自己紹介が遅れたね。私は片桐思穂って言うんだ。貴方は?」

「西木野真姫よ。……ん? 片桐っていつも校内放送で呼び出されている先輩ですか?」

「……え? 知ってる感じ?」

「この学校で片桐先輩の事を知らない人なんていませんよ」

 

 そこからの真姫の言葉は思穂への棘に溢れていた。噂程度には全校生徒から悪い意味で知られているということは聞いていたが、まさか本当だったとは思いもよらなかった。思穂は今すぐ逃げ出したい気持ちで一杯だったが、ここで逃げては妙なレッテルが張られるかもしれないと思い、ひたすら顔を引き攣らせていた。

 

「ところで真姫ちゃんや真姫ちゃん」

「何ですか? 勧誘ならお断――」

「さっきの曲、もう一回弾いて欲しいなーって思ったんだけど、駄目?」

「な、何で私が……!」

「あれだけの曲を中途半端に聴く方が失礼だよ! ね? お願いします! 貴方が弾いてくれるまで私は貴方に付き纏うのを止めないよ!!」

 

 西木野真姫とは案外押しに弱い。元々音楽が好きでこの音楽室には良く来ていた。誰に聴かせる訳でもなく、ただ一人の時間を満喫するために。

 だが今日、そんな“平和”が崩壊した。二人もの来客は真姫を完全に乱していた。しかし真姫はそれでも音楽室を出て行こうとはせず、むしろピアノ用の椅子に腰を下ろした。

 ほんの気まぐれだった。もちろん付き纏われるのを防ぐ、というのが九割近い本音だったが、残り一割はそんな気まぐれ。純粋に自分の曲が求められている、というのが真姫には珍しかったのだ。

 

「……じゃあ、一回だけよ。それが終わったら私はもう帰るから」

「ありがとうございます!」

 

 そして観客が一人の演奏会が始まった。思穂は自然と目を閉じていた。もちろん眠い、とかそういう無粋なものではない。五感を聴覚だけに絞り、思穂は真姫の奏でる音を全身で感じたかったのだ。

 今、思穂は完全に真姫の演奏に一目惚れをした。

 

「――ふう」

「いやーやっぱりすごいよ! 髪の長い某誇りある男性が聴いてたらブラボーって叫ぶこと間違いなしだね!」

「意味分かんない! けど、まあ……素直に受け取っておいてあげるわ」

 

 時間が過ぎるのは早く、あっという間に演奏会は終わりを告げた。満足したのか、真姫が席を立ち、近くに置いてあった鞄を掴んだ。

 

「さ、約束よ。演奏はもう終わり。私、帰るから」

「あ、真姫ちゃん!」

 

 思穂はもう扉に手を掛けた真姫を呼び止めた。顔だけ振り返る真姫へ、思穂はありったけの笑顔を浮かべる。

 

「我が儘聞いてくれてありがとう! さいっこうの演奏だったよ!」

「……ばっかみたい」

 

 小さく呟き、真姫はそそくさと出て行った。その後ろ姿を見送った思穂はにんまりと、先ほどとは違う、にこ曰く“何かドロッとした笑顔”を浮かべた。その表情は、もし誰かに見られていたらまた何か変な噂が立つだろうという程だったが、幸い今は音楽室。誰にも見られる心配はない。

 

「いやぁ! 何ですかあれ!? ちょっと顔を紅くしながら“ばっかみたい”なんてギャルゲーなら完全に照れ隠しの台詞じゃないですかー! やだーもー!」

 

 真姫の声真似を交えつつ、思穂は一人盛り上がっていた。なんだかんだ“いかにも”なツンツンに、ほんのちょっとデレっとする女子なんて見たことがなかった思穂は、三次元にも奇跡はあるんだとひたすら感動する。

 

「あ、にこ先輩もそんな感じだったような……ま、いっか!」

「そんなとこで何やってるん思穂ちゃん?」

 

 音楽室の扉から希が顔を出していた。まさかさっきのを見られていないだろうか、内心そんな事を考えながら、思穂は極めて平静を保つ。

 

「あ、希先輩。やだなー何にもしてないですよ、あっはっ――」

「さっきから大声あげたり、身体クネクネさせてたのに?」

 

 途端、ニヤニヤとしだした希を見て、思穂は最初から見ていたことを確信する。そうと分かった思穂の行動はたった一つだった。

 

「あああああ! やっぱり見られてたぁ!! ていうか希先輩ならこの場にいなくても何か知ってそうだったことに気づけよ私ー!!」

 

 ひたすらのたうつことだった。それはもうビクンビクンと。中学二年生の時に書いた黒歴史ノートが先生に見られた時のように思穂はただ頭を抱える。

 そんな思穂をしばらく楽しんだ後、希が本題を切り出した。

 

「ねえねえ思穂ちゃん。ちょっとウチの頼まれごと聞いてくれへん?」

「希先輩の? 何ですか?」

「ウチって言っても個人的な用じゃなくて生徒会の用事なんやけどね」

 

 そして希が詳細を語りだした。一通り聞いた思穂はすぐに二つ返事で頷く。

 

「良いですよー。それぐらいならお安いご用です」

「ほんまか! おおきに思穂ちゃん! ……実はポスター担当の子が風邪でダウンしてしまって、来週には間に合いそうになかったんよ」

 

 要はこういうことである。来週から一か月間の校内読書月間が始まるのだが、廃校騒ぎと担当の病欠でまだポスターが印刷されていないとのこと。希の頼みとは、そのポスターの印刷と、可能なら各階の掲示板に貼って回ってくれないかというものであった。

 

「それなら益々、やらせてくださいよ!」

「お、なんや思穂ちゃん、えらいやる気満々やね」

「もちろんですよ! ここで絵里先輩にゴマ()っておかなきゃですから!」

「後ろ向きなやる気結構結構! じゃあ付いて来て思穂ちゃん、生徒会室にそのポスターのデータあるから」

「はーい!」

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

「……片桐さん? 今日は呼んだ覚えはないのだけれど?」

 

 生徒会室へ入るや否や、絵里から冷たい視線で歓迎されてしまった。普通の生徒ならここでもう回れ右をして帰るところだろうが、思穂は何回もこの視線を受けてきた稀有な人間である。むしろ、その睨み方で今日の調子が何となく分かってきたレベルだ。

 

「こんにちは絵里先輩、今日は何だか睨みに力が籠もってませんけど、何かありました?」

「……何でも無いわ。それに、貴方には関係の無いことよ」

「実は今日、理事長の所に行ってきたんよ」

「希!」

 

 絵里の制止を無視し、希は続ける。

 

「それで廃校を阻止するために、生徒会独自で活動するための許可を貰いに行ったら、バッサリ却下されてしまったんや」

「……なるほど、そういうことでしたか。なら、力が籠もってないのも納得ですね」

 

 流石は天下無敵の生徒会長である。昨日今日で廃校が決まってすぐに行動へ移れる辺り、どこかの誰かさんとそっくりだ。だが、それを言ったら、即刻生徒会からつまみ出されるだろう。

 喉元まで出かかった言葉を呑み込み、思穂はここへ来た本当の目的を話す。

 

「実は今日は絵里先輩に怒られに来たんじゃなくて、生徒会の手伝いに来たんですよ」

「生徒会の……? 私は頼んでないわよ」

「ウチが頼んだや、エリち」

「希が?」

 

 希が先ほど思穂に話したポスターの件を話し出す。思穂にした話はそのままズバリだったようで、絵里は渋々手伝いを認めることとなった。流石は副会長、と諸手を挙げて賞賛したかったが、良く考えれば最初から絵里にその話をしていれば良かったじゃないかとも思ったので、思穂は少し得意げに胸を反らすだけにしておいた。

 

「まぁ、大船に乗った気でいてくださいよ、絵里先輩。この片桐思穂、絵里先輩の為ならえ~んやこら、ですから」

「あれぇ? ウチの為じゃあらへんの~?」

「もっちろん希先輩の為でもありますよー! 大好きです希先輩ー!」

「……やるなら早くやって頂戴、片桐さん」

 

 絵里の声が一段と低くなったので、思穂はそろそろ本腰入れて仕事に取り組もうと頭を切り替える。そして、絵里の横のパソコンまで歩いたところで、“彼女達”はやってきた。

 

「失礼します!」

「……穂乃果ちゃん!?」

 

 生徒会室に現れたのは、穂乃果と海未、そしてことりであった。思穂と目が合った海未はようやく存在に気づいたらしく、声を上げた。

 

「って思穂じゃありませんか! また何かやったんですか!?」

「ち、違いますー! まだバレてませんー!」

「……まだバレていない?」

 

 絵里が追及する前に、穂乃果が彼女へとある用紙を手渡した。絵里側に居たため、思穂にもその内容が見えた。見えて、思穂はやっぱりかと口角を吊り上げる。

 

「……これは?」

「アイドル部設立の申請書です!」

 

 絵里が違うとばかりに首を横に振った。

 

「それは見れば分かります」

「では、認めて頂けますね?」

「――いいえ」

 

 きっぱりと絵里はそれを否定した。思穂が口を出そうとすると、希と目が合う。そして絵里に気づかれないように口パクで彼女はこう言った。――もう少し様子を見よう、と。思穂は小さく頷き、再び絵里と穂乃果の会話に意識を集中させる。

 

「部活は同好会でも、最低五人は必要なの」

「ですが、校内には部員が五人以下の所も沢山――」

 

 海未はそこまで言ったところで言葉を止め、思穂の方へと視線を向けた。変なタイミングで生徒会室に来てしまったなと後悔しながら、思穂は海未の言葉を引き継いだ。

 

「沢山あるけど、設立時は五人以上だったはずだよ。だから――」

 

 一体誰の味方か分かったものではない。まさか自分が海未の発言を強くしたり、弱くしたりするなんて夢にも思わなかった。

 

「あと一人やね」

「ん? 誰の事を入れているんですか?」

「え、書いてあるやん?」

 

 絵里が持っていた申請書を覗き込んだ思穂は絶句した。何故なら、その申請書のメンバーには自分の名前も入っていたのだから。

 

「ほわっちゃ!? 私の名前!?」

「もちろん思穂ちゃんもアイドル部のメンバーだよ!」

 

 穂乃果が握り拳を作って思穂へ笑顔を向けた。そんな穂乃果の笑顔は本当に元気がもらえるし、どんなことでも出来そうな気がするのだから素晴らしい。しかし、こういう不意打ちは本当に止めて欲しかった。どこぞの四天王である土のスカル野郎からバックアタックをもらったトラウマを思い出してしまう。

 

「……片桐さんは文化研究部です」

「あれれ~おかしいぞ~? この、今私が手に持っている部の設立規則に『部の掛け持ちは認められていない』、なんて書いてないぞ~?」

「……それでも片桐さんを入れて四人です。部としては認められません」

 

 これが最大限の手助け。実は思穂が手に持っている書類はただの雑件で、部の設立規則は記憶の中から引っ張り出したことである。もちろん本当に掛け持ち禁止の一文は明記されていない。

 

「あと一人……分かりました! じゃあ、また後でね思穂ちゃん」

「うん。お話、“じっくり”聞かせてね~!」

「――待ちなさい!」

 

 そう言って絵里が立ち上がった。

 

「何故今の時期にアイドル部を始めるの? 貴方達は二年生でしょう?」

 

 言外に、この廃校の危機に何を言い出すのだと言った絵里に対し、穂乃果は真正面からぶつかった。

 

「廃校を何とか阻止したいんです! スクールアイドルって、今すごく人気があるんですよ? だから私――」

「だったら五人以上集めて来ても、認める訳にはいかないわね」

「何故ですか!?」

「部活は生徒を集めるためにやるものじゃないからよ。思いつきで行動したって、この状況はそう簡単に変えられることは出来ないわ」

 

 希の言葉通りなら、それは見事なブーメランであることに気づいているのかいないのか。思穂はあえてそれを口にはしなかった。穂乃果の言うことも分かるが、絵里の言うことも“間違っては”いないからだ。

 絵里が穂乃果へ申請書を突き返し、言い放つ。

 

「変な事を考えている暇があるのなら、残り二年、自分のために何をするべきか、よく考える事ね」

 

 それを最後に、絵里はもう何も言わなくなった。穂乃果達ももう話をしても取り合ってくれないと感じたのか、黙って出て行ってしまった。

 そんな重い空気の中、思穂はUSBメモリへポスターのデータがコピーされるのを眺めながら、呟いた。

 

「投げたブーメランが当たったら痛いですよねー」

「さっきの、どっかの誰かさんに聞かせたい台詞やったな」

 

 希も加わると、反応し切れなくなったのか、絵里は小さくため息を漏らしてしまった。どうやら相当気が滅入ってしまっているようだ。

 

「……希はともかく、片桐さんは私に喧嘩を売っているのかしら?」

「いえいえ~。今は臨時とは言え、生徒会の関係者だから生徒会室で独り言を言っただけですよ~」

「……片桐さん、貴方はどう思っているの? 彼女達がアイドル部をやることに対して」

「私ですか? そうですねぇ……今はまだ分かりません」

「あらら随分適当やな思穂ちゃん」

 

 あはは、と苦笑を交え、思穂はふと窓の外を見ると、そこには落ち込んだ様子で学校を出る三人の姿があった。その姿と、通学路の両脇に咲き誇る桜の木を見ながら、思穂は言葉を続ける。

 

「そりゃあ、宝箱は開けてみないと中身が分かりませんもん。人を食べるモンスターが出てくるか、それとも……金銀財宝か。それは穂乃果ちゃん達次第ですよ」

 

 USBメモリを抜いた思穂はそう言い、席を立つ。これは冗談では無く、本音。一体彼女達がどこまでやれるのか、自分がどこまで関わって行けるのか。それだけは少し気掛かりだった――。

 

「え? 思穂ちゃんも一応アイドル部じゃあらへんの?」

「ああああ! そうだったぁ!!」

 

 気掛かりだった――。

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