ラブライブ!~オタク女子と九人の女神の奮闘記~【完結】   作:鍵のすけ

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第四十話 片桐思穂の“昔”

(……これで、良かったんだよね)

 

 暗い私室で、思穂はベッドの上で体育座りをしていた。もうこれで全ての肩の荷が下りたというのに、何故か気分は晴れやかではない。

 あの二通の届を撤回する気はもうない。自分がいることによって、μ'sは余計なトラブルが起きる。この間のオープンキャンパスが良い例だ。あの時、自分が余計な事を言わず、そしてしなければ全てが上手く行っていたのだ。

 今更どんな顔をして皆に合えばいいのかすらも分からない。

 

(そうだ、これで良いんだ。今までだって、私が出しゃばると碌な事が起きなかったのに、それを忘れて、穂乃果ちゃん達と仲良くしちゃったのが悪いんだ。やっぱり昔の方が――私らしかったのかもしれないな)

 

 片桐思穂と言う人間は酷く弱い人間だった。昔から両親は仕事で良く家を空けており、家には常に思穂一人。学校から帰ると、いつもゲームや漫画、アニメ、そして勉強などをして時間を潰していた。

 それに不満を持ったことは一度も無かった。むしろ、それに十全の理解を示しており、両親が困らないように良い子を心掛けていたぐらいだ。もちろん学校でも問題を起こさない様にしていた。

 ただ、その方法が極端すぎただけで。

 

(まあ、あの頃の私は早すぎる中二病を引き起こしていたとはいえ、イチかゼロの方法しか選択していなかったよな~)

 

 問題を起こさないようにするためには、誰とも喋らず、そして空気に徹していれば良い。そう考えていた思穂は、小学校から転機となる中学三年生のある時まで、ずっとそうしていた。

 当然、周りの反応は実に分かりやすいものである。最初こそは話し掛けてくれていたクラスメイト達が徐々に距離を取っていくのだ。それだけならまだ良かったのだが、困ったことに筆箱や体操服を隠されるなどの軽いイジメが発生するようになって来た。

 犯人の目星は付いていたし、何かあった時用に買い与えられていた携帯電話による撮影で絶対に言い訳が出来ない証拠も確保済み。だが、思穂は決して先生にそれを提出することはなかった。

 何故ならそうしてしまえばイジメが発覚し、両親が心配してしまう。そうなれば元も子もない。だから思穂は、鋼鉄の心で、全てを受け入れていた。

 

(そんな時でも、穂乃果ちゃん達は構ってきてくれたんだよなぁ……)

 

 しかし、そのイジメは実に早い期間で終息を迎えた。その結果を導いた三人は、思穂が小さい頃からの付き合いである高坂穂乃果、園田海未、南ことりである。それなりに家が近い、というだけで良く話し掛けられたり、遊びに誘われたりしていただけの関係。……だと思っていた。現に、思穂はずっと三人と距離をキープし続けていた。

 それなのに、あの三人はそんな自分の事を構い、挙句の果てにはイジメまで終息させてくれた。――そこから、思穂は少しだけ反省をし、三人との会話の回数を増やすことにした。

 

(あれはすごく勇気が必要だったなぁ……正直、何で話せていたのかが分からないや)

 

 その当時の思穂には一つ誤算があった。自分は喋らないだけで、いつでも他人と楽しく喋られると、そう思い込んでいたのだ。実際、その一件以降、穂乃果やことり、海未から話し掛けられると話そうとしていたことが頭の中でグルグルと回りだし、上手く話せない。

 辛うじて声を出しても、すぐに恥ずかしくなってしまい、穂乃果達から逃げ続けていた。ほんの少しだけ心を開いた穂乃果達でああだったのだから、他のクラスメイト達とまともな会話は出来なかった。

 極大の恥ずかしさと、未だ染みついている自分と他人への配慮が邪魔し、良くて一言喋るだけ。穂乃果達へは三言ぐらいまで。

 

(中学生までどれだけ内気だったんだよ私!! って感じだよね……)

 

 思穂はずっと内気だった。どんな会話をして良いのかが全く分からず、口数も少ない女子である。

 そんな思穂の支えになっていたのは、やはりサブカルチャー全般であった。だが、勉学も忘れない。成績が悪かったら両親が心配するし、趣味だって止められる恐れがあった。

 だから、思穂は誰もが納得のいく結果を出すため、趣味の合間を縫って勉強をした。結果、いつかツバサに見せられた新聞通りになったのである。

 心からの本心を言うなら、模試の結果はどうでも良かった。ただ、両親を心配させない様に、そして自分の趣味を守れたことだけが思穂にとっての全てであった。

 ――誓って言うが、両親との仲は非常に良好である。

 たまに帰ってきたときはよほどのことが無い限り、思穂の為に時間を使ってくれる。そして趣味についても何一つうるさく言わないし、全国模試の結果を報告すればすぐに休暇を取り、お祝いパーティーを開いてくれたほどである。

 そんな両親だからこそ、思穂は心配を掛けたくなかったのだ。

 

(……いつから、こうなったんだっけ?)

 

 そんな内気の塊だった自分が、今こうして知らない人相手でも話し掛けて行けるようになったのは――いつだ。

 

(……うん、やっぱり中学三年生のあの時だよね……)

 

 振り返れば、思わず笑ってしまうようなそんなキッカケ。壮大なあらすじも無ければ、感動的な山場もない、そんな小さなキッカケである。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

「…………」

 

 中学三年生の思穂は小学生よりも口数が多くなって来たが、それでも内気な性格は変わっていなかった。今日も、話し掛けて来たクラスメイトと超最低限のやり取りをし、それ以上には発展しなかった。

 

(……はぁ、またやっちゃった。あの人、席隣だからいつも話し掛けてくれる良い人なのに……。それに、噂だとあの人アニメ好きらしいからお話ししたいんだけどなぁ……)

 

 今日そのクラスメイトへ言えた言葉は『……ペン落ちてたよ』である。これじゃあまりにもぶっきらぼう過ぎる。

 

「思穂ちゃん! 一緒に帰ろうよ!」

「穂乃果、ちゃん……」

 

 高坂穂乃果はそう言って、机に両手を乗せ、顔を自分へ近づけてきた。あまりにも無防備過ぎて、同性にも関わらずドキドキしてしまう。

 何とか喋れた言葉は名前だけ。彼女の勢いに付いて行くにはまだまだ修行が必要なんだ、と思穂は改めて壁の高さを痛感する。

 

「えと……その、私……」

「んー? 何? あっ! 思穂ちゃんシュシュ変えたんだね! 確か前はピンクのシュシュだったよね! 可愛いー!」

「え、ええっ……!?」

「あれ? もしかして違ってた?」

 

 小首を傾げる穂乃果。そんな穂乃果を見て、早く喋らなきゃと慌ててしまう思穂。

 

「何、で……分かったの?」

「分かるよー! 友達なんだし!」

 

 触らなくても分かるぐらい、顔が熱くなる。穂乃果だけではない、海未やことりもそう言ってくれるのだ。……友達と。

 

「あっ……そのっ、えと……! わた、私……! ごめんなひゃい!」

「え!? 思穂ちゃん!? どこ行くのー!? おーい!!」

 

 ――しかし、思穂からその単語を口にしたことはただの一度もなかった。出来なかった、と言った方が正しいのかもしれない。自分ごときに、あの三人を友達と呼ぶ資格があるとはとても思えなかったのだ。

 席を立ち、鞄を掴んだ思穂は穂乃果の制止を振り切り、そのまま帰路についてしまった。

 

(うぅ……また、逃げちゃった……。最低だよ私……)

 

 逃げても逃げても、穂乃果は変わらぬ笑顔で接してくれる。そんな彼女に対して、申し訳なさを感じていた。

 

(はぁ……ゲームだゲーム)

 

 そんな思穂の心を癒してくれるのはゲームやアニメなどの趣味だった。今日は通販で注文したゲームソフトが五本届く手筈となっている。ペース配分を考えていると、突然背中に“何か”がぶつかった。

 

「しーほちゃん!」

「……へ?」

 

 振り向くと、穂乃果が後ろに立っていた。更に、良く知っている二人も。

 

「思穂ちゃん、ことり達と帰ろっ?」

「こと、りちゃん……に」

「そういう事だったらそういう事と早く言ってくださいよ穂乃果。ことりにだけ言うなんてズルいです」

 

 ことり、そして海未がそこにはいた。突然の増援に、思穂の脳内アラートは鳴りっぱなしだ。

 

「わ、わわわ私っ! その、ごめっ――」

「待って!」

 

 逃げようと背を向けたら、穂乃果に腕を掴まれてしまった。それはもうがっしりと。

 

「ねえ、思穂ちゃん。もしかして私の事……そんなに嫌い、なのかな?」

「へっ? へぇっ……!?」

 

 目をウルウルさせ、今にも泣き出しそうな穂乃果がそこにいた。見方によっては自分が穂乃果を泣かせているように取られてしまう。……取られるだろう。

 

「ち、ちがっ! そんな事、ない……!」

「じゃあどうして、いつも私達から逃げるの……?」

 

 いつの間にか穂乃果の隣に来ていたことりまでもが寂しそうな顔をし始める。そんな二人を見ながら、海未が言う。

 

「すいません思穂。二人に悪気はないのです。ただ、私もその……いつまでも逃げられるとこちらに何かかしらの落ち度があるのかと気になってしまいます」

 

 一拍置き、海未が言った。

 

「だから思穂、この際ハッキリ言ってください。私達が……いいえ、穂乃果が何をしたのかを」

「ちょっと待ってよ海未ちゃん! 何で私だけなの!?」

「そ、そうだよ……穂乃果ちゃんは悪くないよ。悪いのは私……!」

 

 すると、三人が一度顔を見合わせ、思穂の方へと視線を集中させた。いきなり降り注がれる視線の雨に、一瞬逃げ出したくなる。

 だが、負けずに思穂は喋り出す。思えば、初めて三人の前でこんなに長く喋る。自然と、思穂の両手は握り拳となっていた。

 

「だって、小学校の時に三人に迷惑掛けちゃったし、これからも一緒にいることで迷惑掛けちゃったら申し訳ない……から」

「逃げちゃってたの?」

 

 ことりの問いに、思穂はコクンと頷いた。中学生になってからは大分その意識が薄れたが、未だに人に遠慮しすぎてしまい、距離を縮めるのが怖くてたまらないのだ。内気な性格も、そこから来ているのかもしれない。

 

「うん、だから、私は穂乃果ちゃん達から友達って呼ばれる資格はないんだ。だからもう私の事は構わなくて――」

「思穂ちゃんの馬鹿!」

「……へっ?」

 

 穂乃果の怒声が思穂の言葉を遮った。まさかここで怒られるとは夢にも思わなかった思穂はキョトンとしたまま動けずにいた。

 

「思穂ちゃんそれは違うよ!」

「違……う?」

「迷惑掛けたら友達になれないなんて、そんなことない! 迷惑掛けたり掛けられたり、ドジ見せたり見せられたりするのが友達だと、私は思う!」

「そんな事……」

 

 そんな穂乃果の言葉を海未とことりが肯定した。

 

「そうですよ。……大体、それを言うなら、もうとっくの昔に私と穂乃果は友達ではありませんよ?」

「海未ちゃん酷い!」

「二人とも落ち着いてよ~……。でも思穂ちゃん、そういうのを全部受け入れて、友達なんだと私は思うなっ」

「うん、やっぱりことりちゃんは私の味方だよー!」

 

 正直、二人の発言で一喜一憂する穂乃果であまり話の内容が頭に入ってこなかった。だが、言いたいことは何となく理解した――してしまったのだ。

 そこから、思穂の錆び付いていたスイッチが軋みをあげ始める。

 

「私も……皆みたいに、なれるのかな? こんな私が、突然逃げなくなったら、皆に引かれないかな……?」

 

 それはまさに分かれ道であった。片桐思穂に用意された最初で最後にして、最大の分かれ道。片方を歩けば、自分は変わろうと努力する。だが、もう片方を歩けば、自分はもう二度とこんなバカげた気は起こさないだろう。

 そんな思穂の問いは、とてもあっさりと、さも当然のごとく返される。

 

「――当たり前だよ! だって思穂ちゃん、すっごく人の事思ってくれる優しい子なんだもん!」

 

 稲“穂”のように雄大で優しい心で相手を“思”う。それが、思穂の名前の由来であった。いつか親から聞いたそんな言葉を思い出し、思穂は――錆び付いたスイッチがとうとう音を立て、切り替わったのを感じる。

 

「……そっか、そう、なんだ。そんなことで……良かったんだ……」

 

 キッカケにしては、余りにも小さな出来事である。聞く者が聞けば、失笑してしまうようなそんな些細な。だが、内気で口を開けばしどろもどろになってしまうような人間にはとても大きな出来事で。

 思穂はずっと欲しかったのかもしれない。遠慮しすぎて人と距離を置いてしまう自分の背中を押してくれる人が。それが、今日――押された。

 

「が……頑張って……」

「うん?」

「頑張って……みるっ」

 

 その時の穂乃果達の気持ちはどうだったのだろうか。今となってはそれを知る手立てはない。ただ、彼女達の満面の笑顔を見て、とりあえずは一歩進めたのかな、と思えた。

 内気で、口下手で、距離を取ってしまう。そんな殻を破った片桐思穂の最初の一歩には、幼馴染達三人の影が伸びていた――。

 

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