ラブライブ!~オタク女子と九人の女神の奮闘記~【完結】 作:鍵のすけ
「ああああああああああ」
「ちょっ……!? 思穂、一体どうしたのですか!?」
海未は面食らっていた。朝登校してきたかと思えば、いきなり机に突っ伏し、地獄の亡者が出すような声を出し始めたからだ。
その表情にはどこか、いや全く生気が感じられない。
「うわ、すっごい顔してるよ思穂ちゃん!」
「ど、どうしたの?」
その様子を発見した穂乃果とことりも不安げな表情で思穂の元へ近づいてきた。
「あ、おはよ……穂乃果ちゃん海未ちゃんにことりちゃん。良い天気だね……あああああああああ」
「いえ、現在進行形で良い天気が良い天気では無くなっているのですが……」
「本当にどうしたの? もしかして見たかったアニメの録画に失敗したとか?」
「その程度ならどんなに良かったことか……」
「ええっ!?」
その言葉を聞き、穂乃果達三人は戦慄が走った。あの思穂がアニメの録画を“そんなこと”呼ばわりすることが信じられなかった。以前、アニメの最終話の録画に失敗した思穂が血涙を流したのを見ていただけに、その言葉がどれだけ異常事態か嫌が応でも穂乃果達に理解させる。
ちなみに、比喩表現では無く本当に血の涙を流し、即病院へ行かせられた。穂乃果はその際気になったので携帯で調べてみたことがあるが、要はあまりにも強いストレスが起こると発生するようだ。……正直、いつかストレスで死んでしまうんじゃないかと本気で心配をした瞬間であった。
「思穂、何か悩み事があるのですか? 私達で良ければ、力になりますよ?」
「……ほんと?」
机に突っ伏したまま、思穂は顔だけ上げた。所謂、上目遣いという奴である。一瞬だけドキリとした海未であったが、今は大事な友人の為、とにかく真剣に向き合おうと気を取り直した。
「例えば、さ」
「……はい」
真剣な表情になった海未を見て、思穂は頼もしさを感じていた。あの一件以降、前よりは人を頼ることを覚えた思穂だからこそ、ここまで素直に口を開けるようになったのだ。
そんな彼女達ならばきっとこの苦しみを分かってくれる。絶対の信頼を持ち、思穂は今の問題を口にする。
「ありとあらゆることをしっかり真面目にこなしてなおかつアニメゲーム漫画ラノベを封印し更に勉強勉強勉強って感じで出来なかったら即刻期間未定の無料バカンスに行かせられるかもしれない……ってなったらどうする?」
「すいません。言っている意味がさっぱり分かりません」
思穂は泣いた。
「うわあああん! やっぱり私の苦しみを分かってくれる人はいないんだあああ!!」
机に顔をうずめ、おいおい泣き出す思穂へ教室の皆の視線が一気に注がれる。画的には三人が囲って思穂を泣かしている、という状態である。
クラスメイトも、当然穂乃果達もあまりの事態にパニックを起こしてしまった。
「ええっ!? ここ教室だよ思穂ちゃん、思穂ちゃ~ん!」
「し、思穂! これではまるで私達が泣かせたみたいではありませんか!」
ことりが懸命に思穂を落ち着かせようと背中を擦り、海未がオロオロしだす。穂乃果に至っては逆に冷静になれたようで、苦笑を浮かべていた。
「いや……海未ちゃん、思穂ちゃん明らかに泣いているフリしているよ~……って聞こえてないや」
穂乃果自身、これほど冷静なことに驚いていた。泣き出したと思った時は本気で焦ったが、一切涙が出てない思穂と目が合ってしまった時は、思わず吹き出しそうになった。
やがて思穂も楽しみきったようで、ケロリと机から顔を上げた。
「とまあ、冗談はさておいて」
「冗談だったのですか!?」
「オーケー海未ちゃん、その振り上げた拳を下ろすんだ。オーケイ……オーケイ……ようし、良い子だキスしてや――!」
その瞬間、思穂は世界が止まったような感覚を覚えた。真横に振り下ろされ、ピタリと止められた手刀の威圧感と言ったら言葉では言い表せない。
海未はとてもいい笑顔になっていた。こういう時の海未は、これ以上突っ込めばそのままゲームオーバーを迎えてしまう。
「それで、本当に何なのですか? さっきまでのは冗談としても、元気が無いのは確かなようですし……」
「はぁ……冗談でも言わないとやってらんないというかさぁ……」
「何か嫌な事でもあったの?」
「嫌な事っていうか……」
思穂が喋ろうとした直後、HRのチャイムが鳴った。次の休み時間にちゃんと喋るね、と思穂は一旦話を区切り、席に戻った。
(ちゃんと言っておかないとな~主に私の為に)
だが、思穂はここで言っておかないといけなかったのだ。ここで言っておかなかったことにより、これから思穂にとって非常に面倒な事態に直面することになってしまう――。
「何て言っている内にHR終わったや! さっきの話だったんだけど――」
HRもすぐに終わり、早速思穂は話の続きをするために席を立つ。穂乃果達の元へ行こうとした瞬間、教室の扉が開かれた。それだけなら全然気にならなかったのだが、小さなざわめきが起きた瞬間、思穂は自分でも絶望した表情を浮かべているのを自覚できた。
「――姉さん、休み時間だね」
「あーもう嫌な予感してたよちっくしょー!」
誰よりも先に反応したのはやはりと言って良いのか、穂乃果であった。
「えっ……えっ!? 思穂ちゃんが二人!?」
「うん良く見て? 髪型とか目とかへの字口とか良く見てみるんだ。実は違うことが分かるでしょ?」
何故、居るのか。そう聞くのは酷く無粋な気がした。音ノ木坂学院の制服を着ている時点で色々察することが出来た。しかし、と思穂は首を傾げた。
「ねえ麻歩、どうして何の迷いもなさそうに二年の教室へ来れたの?」
「……それは」
「私達が連れて来たのよ」
そう言って顔を出してきたのは真姫だった。ということは必ず付いてきそうな人間が二人。思穂は真姫の後ろを見やると、予想通り、いた。……大体、真姫は“達”と言ったのだ。推して知るべしといった所だろう。
「思穂ちゃんそっくりでびっくりしちゃったよ」
「かよちん、思わず席を立って皆の注目浴びてたよね~」
「そ、それは言わないで……!」
どうやら一年生の教室でちょっとしたドラマが生まれていたようだ。見れなかったのが残念でたまらない。
「ありがとう。貴方達のお陰ですんなり姉さんの所へ辿り着けたわ」
「ほんと、似ている癖に思穂とは真逆の性格なのよね。すごく丁寧で礼儀正しい所とか」
「真姫ちゃん、それ遠回しに私を馬鹿にしているよね。ねえ、そうだよね?」
真姫があからさまに無視をしてくれたので、思穂はとりあえず置いておくことにした……良くはないが、とにかく置いておくことにした。
「思穂ちゃん、この子って思穂ちゃんとどういう関係なの? 姉さんって言ってたけど」
凛の質問は当然とも言えた。思穂は一度ちゃんと説明しなくてはならないと腹を括る。
「う~ん……今日の昼休みまで待ってもらっても良い? ついでに絵里ちゃん達にも説明しておきたいんだよね」
丁度チャイムも鳴ったので、思穂達は解散することにした。大分面倒なことになって来たなと、思穂は少しばかり覚悟を決める――。
◆ ◆ ◆
「うわぁ……本当に思穂ちゃんそっくりやなぁ」
希の言葉が全てだった。昼休みになってすぐに麻歩を引き連れ、アイドル研究部の部室にやってきた。メンバー達の視線は麻歩へ降り注がれているにも関わらず、麻歩は顔色一つ変えずに思穂の隣へ立っていた。
それどころか、麻歩は一歩前に出て、ぺこりと頭を下げる。
「皆さん初めまして。片桐麻歩と申します。いつも、思穂姉さんがお世話になっています」
「姉さんって、思穂、あんた妹いたの?」
「あーにこちゃん、ちょっと違うかな。正確には従妹だね。小さい頃からずっと海外にいて、ごくたまに日本に帰ってきたりするんだよ」
本当に麻歩は物怖じしないな、と思穂はぼんやり眺めていた。ジッと麻歩を見ていた真姫が、とうとう口を開く。
「で、片桐さんはどうして学校に来たの?」
「そうそう、ついでに何で制服を着ているのかも教えて欲しいな。確か麻歩、朝は制服なんて無かったよね?」
「姉さんが一人暮らしでぐうたら生活を送っていないか見に来たの。もし目に余るようだったら――海外に連れて帰るわ。おじさんとおばさんもいるし、良いでしょ? あ、この学校にはちゃんと手続きを踏んで、生徒として扱ってもらっているわ」
その一言で、メンバーの表情が変わった。穂乃果が思わず立ち上がっていた。
「え、ええっ!? 何それ、思穂ちゃん聞いてないよ!?」
「うん私も昨日聞いて、未だに驚きで震えているんだよ。お父さんとお母さんに聞いてみたら、麻歩に説得されきっていて特に反対はしていないみたいだし」
「ねえ思穂。貴方のお父様とお母様って海外にいるの?」
それは絵里だけでなく、皆も気になっていた事だった。当然のようにそんな事を言われたので、思わず聞き逃してしまうレベルだった。そう言えばその話は一度もしたことが無い、ということを思い出した思穂は簡潔明瞭に説明することにした。
「うん、お仕事でね。お父さんが心配過ぎてお母さんが付いて行く形で向こうに行っているんだ。子供の頃からそんな感じだったから、もう居ないことに慣れちゃったよ」
「お仕事ってどういうことしてるのー?」
凛の純粋な瞳が思穂に向けられると、思穂は少し視線を天井へ上げた。正直に言えば、どうやって説明すれば良いのか判断が付かないのだ。と言うのも、余りにもグローバルな職業過ぎて、近いものが見つからない。強いて挙げるとするなら、クリエイター。
「んー……物を作って考えて売って時にはそれを放り捨てはたまた国同士の潤滑油になるような……そんな感じ?」
「ぜ、全然分からないよぉ……」
花陽が必死に理解しようとしているが、思穂の説明が抽象的過ぎて、理解への取っ掛かりすら見つけられていない状態である。大なり小なり、他のメンバーも同じように首を傾げていた。
そんな皆へ、麻歩は補足をしてくれた。
「要は、ミスをすれば国が一つ傾くような仕事をしているのよ」
「ま、益々意味が分からない……むしろ、もっと意味が分からなくなったわよ」
「えっと……麻歩ちゃん、だよね? さっき思穂ちゃんを海外に連れて帰るって言ってたけど、具体的には何を見て判断するの?」
ことりの問いに、麻歩は形の良い顎に指を当て、考える素振りを見せる。時間にして数秒。麻歩は言った。
「姉さんがちゃんと日々を過ごせているかどうかを見て、その後、判断します」
その瞬間、思穂は麻歩の表情に妙な違和感を感じた。言葉では上手く言い表せないのだが、心のどこかで引っかかってしまった。
「ちなみに皆さんにお聞きしたいのですが、普段の姉さんはどうなのですか?」
「はっはぁ! 麻歩、それは迂闊だったね! さあ皆、言うが良い! 普段の、ありのままの、私を教えてあげるんだ!」
思穂には勝算があった。今まで苦難を共に乗り越えてきた戦友とすら言えるこの九人。そして、自分が絶体絶命の危機に陥っているという事を知っているのなら、きっと自分の事を褒め称えてくれるに違いない。
思穂は両手を広げ、賞賛の嵐を受け止める――。
「前は授業中寝ていましたね」
「いっつもにこちゃんに怒られているにゃー」
「全体的に軽いのよね。あ、軽薄って意味よもちろん」
「あ、そう言えば思穂ちゃんこの間――」
「ストーップ!! ストップストップストーップ!! これは全員に攻撃されるパターンだよ!」
海未、凛、にこ、穂乃果の順番で生まれたえげつないコンボ。穂乃果に至っては何を言い出すのか本気で分からないので、全力で止めに掛かった。
「……なるほど。普段の姉さんが良く分かる素晴らしいお話でしたね。皆さん、ありがとうございます」
麻歩が全てを悟ったような顔で小さく頷いた。
「そう言えば、麻歩ちゃんも勉強できるの? 思穂ちゃんが凄いから麻歩ちゃんも……」
ことりがそう質問すると、麻歩は首を横に振り、それを否定した。
「いえ。私は人並みの学力しかありません。姉さんとはステージが違いすぎますよ」
「って言っているけど、この子すごいわよ。まさに文武両道って感じだったわ」
「……さっきから気になってたんだけど、真姫ちゃん妙に麻歩と仲良さげだよね。何、ツンツンしている者同士気が合ったの?」
「ち、違うわよ! ただ、思穂と似ているから何となく馴れなれしくなっているだけよ!」
「捉えようによっては私といると気が楽っていう実に好感度が分かる発現だね!」
「あーっもう! からかってるの!?」
完全に調子が崩れた真姫は既に顔が真っ赤である。いつぞやかトマトが好きだと教えてもらったことがあるが、今まさに自分がトマトとなっている。正直、この時の真姫はずっとからかっていたくなる。
「あ、そうだ!」
すると、穂乃果がさも名案を思い付いたかのような得意げな表情を浮かべる。こういう時の穂乃果は碌な事を言わないので、思穂は少し身構えてしまっていた。
「要は、思穂ちゃんがちゃんと何かをやっているかが見たいってことなんだよね?」
「はい。姉さんが無為に日々を過ごしていないか、それが知りたいんです」
「だったらさ! 麻歩ちゃんもμ'sの練習見に来ればいいんだよ! そしたら思穂ちゃんがカッコいい所一杯見られるよ!」
訂正。こういう時の穂乃果は非常に頼りになることで有名だったのだ――。