ラブライブ!~オタク女子と九人の女神の奮闘記~【完結】 作:鍵のすけ
「ちっがうよー!!」
「じゃあどうすれば良いんですか!?」
真姫を除いたメンバー達が苦笑を浮かべながら、思穂と海未のやり取りを見守っていた。現在、海未と思穂は作詞作業中だった。だが、始まって三十分が経過するが、ずっとこの調子である。
「まだ渋いよこれは! もっと甘ったるい単語を多用しなきゃ! 愛とか恋だとかそういうのを連想させる単語を!」
「は、恥ずかしいです!」
目下検討中の議題は単語の採用率である。思穂の作詞条件の一つとして、『甘酸っぱい恋を連想させる歌詞』が含まれていた。
「いや、分かるけどさ! 海未ちゃんの作詞の魅力は何の淀みも無い真っ直ぐな歌詞だと思うんだ! 今回の曲はラブソングとは言わないけど、それにかなり近い曲なんだから、やっぱりそれを連想させるのは避けて通れない道だよ!」
「だ……だったら方向性を変えてください! それならばもう少し書きやすく――」
「する訳にはいかないよ! 夏と来たら浜辺で追いかけっこするような恋だよ!!」
拳を握りしめて力説する思穂の姿を見て、穂乃果が少しだけ頬を染めた。
「も、もしかして思穂ちゃんそういう経験が……」
「え? 女の子と仲良くなるゲームだよ! ……そういうのは、ないよ……」
思えば、そういう経験が全くない思穂。穂乃果の無垢な一撃に撃沈してしまった。壁に手を付いて、思い切り重苦しい息を吐き出す。
だが、思穂はむしろ開き直った。
「でも! なんかあるよ! ほら、アニメとかゲームでも『何も知らないからこそ柔軟な発想が生まれる!』とかって言うじゃん!」
「し、思穂は勝手すぎます! なら思穂が書けば良いじゃないですか!」
海未の訴えに対し、思穂は断固ノーの姿勢を示していくことにした。
何故なら、μ'sの中で“作詞”をするのは例外を除き、園田海未ただ一人。そして思穂はあくまでマネージャー。
以前のような卑屈な考えではなく、役割としての考えだ。
「多分、私も書けるけど、海未ちゃんのような真っ直ぐさは絶対出せないと思うんだよね。ほら、何か私ってドロッとしてるからさ……」
海未から顔を逸らし、どんよりした空気を発する思穂の姿に少しだけ皆は同情の視線を向けた。いつもの言動がアレなので、本当に少しだけだが。一つまみの塩程度である。
「思穂、本当に私達、祭りの手伝いをしなくても良いの?」
先ほどからずっと浮かない顔をしていた絵里がそんな事を口にした。
「ライブに向けて、私達は練習だけに専念してくれって前に言っていたけど、思穂に全部任せて良い物なのかと……」
「うん、大丈夫大丈夫ー。商工会から何人かお手伝いが来るらしいし、ステージ作りの段取りもライブの段取りも全部終わってるし、後は当日頑張るだけだから!」
「でも、お手伝いさんがいるからって思穂ちゃんの負担が……」
絵里の心配に希も加わった。先輩として、全てを任せても良いのかと前々から思っていたこともあり、ついいつもより深く突っ込んだ。
しかし、思穂はそれをあえて笑い飛ばす。
「うん大丈夫大丈夫! 私も役に立てなかったらどうしようと思って、試しに重い物持ってみたら、結構持てたから平気平気!」
それを普通と感じるのか、普通と感じられないかが思穂との付き合いの深さを意味する。絵里たちは前者。なら仕方がない、と絵里と希は不承不承ながらに思穂の言葉を受け入れることにした。
これ以上変に突っぱねれば、むしろ思穂を信用していないという事に繋がる。
「そういえば真姫ちゃんは?」
「音楽室にいるよ。海未ちゃんと同じコンセプトで今作曲してもらってるんだ」
「そうなんだ! だからいなかったんだね!」
凛の言葉に頷きつつ、思穂は海未の肩に手をやった。ついでにさわさわと鎖骨を何度か撫でておいた。制服から覗く綺麗な鎖骨を見たら、触らずにはいられない。叩かれた。
「いったぁ! 酷いよ海未ちゃん!!」
「思穂が触るからです!!」
「でも海未ちゃんの『ひゃん!』って声が聞けたから私的には大満足! と言うことで海未ちゃん、ハイこれ」
「……これは何ですか? 単語の羅列?」
思穂が手渡したのは女の子と仲良くなるゲームのテキストから抜き取った“それっぽい”単語群である。これから思穂は真姫の所へ行くつもりだった。
とどのつまり、置き土産である。
「うん、参考になりそうな文章とか単語とかを抜き取ってみたんだ。これを当てはめてみるだけでも良いからさ! ちょっと頑張ってみてくれないかな!」
それに、と思穂は続ける。
「幅広いジャンルに触れてみると案外、新発見があるかもよ!」
「新発見……ですか?」
「私もそうなんだけどさ、無理だと思ったジャンルのゲームでもやってみたらすごくハマっちゃったことがあるんだよ。その時の感動を、海未ちゃんにも知って欲しい」
海未の言葉を待たずに、思穂は部室を後にした。人からの言葉で伝わるなら、きっとこんな感情は生まれないのだから。
◆ ◆ ◆
「はろー真姫ちゃん」
「……何だ、思穂か」
音楽室に入るなり、真姫が微妙な顔をした。これが凛や花陽ならば真姫ももう少し愛想良く返せたのだが、思穂が相手ならば全く以て話は別。
「え、酷くない?」
「いつもの言動を振り返ってみなさいよ」
「益々酷い!」
フイと、顔を背け、真姫は再びピアノの鍵盤に指を乗せた。
「どうどう? 作曲作業は?」
「色々作ってはいるけど、海未の歌詞が無ければしっかりしたイメージがまるで湧かないわね」
「う~ん……やっぱりか」
などと言いながら、すぐに歌詞に合わせられるように色々なパターンを作っている真姫の真面目さに感動している思穂。素直じゃないだけで、μ'sの中でも指折りの真面目さを誇るのが真姫なのだ。
「ていうか! 思穂の条件があいまい過ぎるのよ! 何よ、夏っぽい歌って!」
「だよねー」
言いながら、思穂は真姫の横に近づいた。
「ねぇねぇ。私にも弾かせてもらっても良いかな?」
「はぁ? ピアノ? 思穂、やったことあるの?」
「真姫ちゃんの見よう見まねだけどね。と言うことでちょっとやりたいなーって思うんだけど、良い?」
渋々ながら、真姫はそれを受け入れた。ずっと椅子に座っていたからお尻が痛くなって来たのもあるし、単純に思穂がどれくらい出来るのか興味があったからだ。
真姫に席を譲られ、思穂は座って、鍵盤に指を添えた。細くて長い指。コントローラーのボタンを押し続けていたせいで、親指に少しばかりタコがあるのが玉にキズだ。
「よぅし。不肖片桐思穂、六百六十六の特技の内の一つをお見せしよう!」
一呼吸置き、思穂は演奏を始める。
「私の好きな作曲者ハトケンさんに捧げるよー!!」
厳かな出だしが室内に響き渡る。激しい前奏から一転、静かな曲調に移り変わる。その間、思穂の指が忙しなく動いているのを見て、真姫はひたすら驚いていた。
(……これで私の見よう見まね? 一体私のどこを真似ているのよ)
こんなに激しい伴奏を思穂の前でやったことはほんの一度も無い。断じて真似などしていない。これはもう、思穂の演奏である。
(……何よ、全然真似てないじゃない)
少しばかり嫉妬していた自分がいることに気づき、真姫は頬に熱を帯びる。一分半ほど経ち、思穂は満足したのか演奏の手を止めた。
「『トラスティボル~モーツァルトの夢~』……ああ、やっぱり名曲だよね。通常戦闘が神曲ってすごいよね」
「……もう、思穂が作曲すればいいんじゃない?」
「あ、それは無理」
思わずずっこけてしまいそうになった真姫。あれほど静かに、そして情熱的な演奏を見せた思穂が言う台詞ではない。馬鹿にしているのかと思った真姫の考えは、次の彼女の言葉で改めさせられた。
「だって私のはコピーだもん。一を二にしただけ。μ'sの作曲はゼロから一を作れる真姫ちゃんしか有り得ないって」
思穂はコピーならば完璧に出来る自信があった。今しがた弾いた曲も、一度聞いて音を覚えたのだ。そして、インターネットでピアノの弾き方を覚えて、今の演奏が何とか成り立ったのだ。
「多分、海未ちゃんは大丈夫だよ。そのうち、書き上げてくれると思う」
「えらく自信満々ね」
「やる時はやるのが海未ちゃんだからね! だって海未ちゃん、何だかんだでいつも良い歌詞書いてくれるしね」
「……まあ、それはそうね」
真姫も海未の書く歌詞は嫌いでは無かった。生真面目な性格が影響しているのかは分からないが、彼女の書く歌詞には気取った感じが無く、“自然体”なのだ。
だからこそ、真姫はさして苦労することなく曲が浮かんでくる。何故なら、彼女の世界をそのまま形にしてあげればいいのだから。
「で、麻歩ちゃんとはどうなの?」
「麻歩と? 真姫ちゃんから麻歩の話題が出るとは珍しいね。う~ん……まあ、相変わらずって感じだね」
あれから麻歩とはあまり口を利いていない。家で顔を合わせるのは食事時だけ。すぐに部屋に行ってしまうのだ。
その事を言うと、真姫が少しばかり呆れたような表情を浮かべた。
「なんだ、この間の思穂じゃない」
「うがっ……! 真姫ちゃんやっぱりえげつないね。とっくの昔に忘れてくれているものかと……」
「あんなに強烈なの、忘れられる訳無いでしょう」
「ほわっちゃ……」
落ち込むのもそこそこに、思穂は直ぐに表情を切り替えた。
「でも麻歩は必ず分かってくれると確信しているよ? だって、海未ちゃんが作詞をして、真姫ちゃんが作曲をする。その歌で皆が最高のパフォーマンスをする。それで麻歩は感動するという実に簡単な話だよ」
「……随分買い被られたものね」
「私は常に、μ'sに対してお釣りはいらないスタイルで買い物をしているからね!」
満面の笑みでそう言い切る思穂だからこそ、真姫は何となく口を滑らせた。
「……麻歩、何だか放っておけないのよね」
「そうなの?」
「何だか意地を張っているようにしか見えないのよ。特に思穂相手には特に。もしかしたら麻歩も――」
そこまで言って、真姫は言葉を途切れさせた。そこから先は完全に自分の考えでしかない。だからその代わりに、ピアノを鳴らす。
「やるからには全力でやるわよ。――あの思穂の妹に一泡吹かせるなんて面白そうな事に手を抜くなんて有り得ないわよ」
そう言って、真姫は悪戯ぽく微笑んだ――。