ラブライブ!~オタク女子と九人の女神の奮闘記~【完結】   作:鍵のすけ

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第八話 階段に足を掛ける――

 とうとう祭りの日が来た。陽が落ちつつある、真っ赤な夕空の下、思穂はデカい荷物を二つ抱えていた。

 

「おう思穂ちゃん! そのスピーカーはそこに置いておいてくれー! そしたら距離離してもう一個もな!」

「へいらっしゃい!!」

 

 思穂は右手に持っていたスピーカーを置くと、少しばかり距離を離して、左手のスピーカーも置いた。流れでる汗をタオルで拭い、早速次の作業へ移る。

 今日は待ちに待った祭りの日であった。実行委員会からはわざわざ手伝いに来なくても良いとは言われていたのだが、ステージに上がらせてもらう以上、その厚意を素直に受け入れる訳にはいかない。休みだったこともあり、朝から思穂は祭りの手伝いに来ていた。

 ちょこまかと動く思穂は実行委員会達からも好印象で、また可愛らしい見た目と高いテンションから、いつの間にかスタッフたちのアイドルとなっていた。

 祭りの進行と並行して大人たちと一緒に続けていた作業も一段落を迎え、思穂には自由を与えられた。

 

「しーほちゃーん!」

 

 声のする方を向くと、穂乃果達が歩いて来ていた。それぞれ、衣装が入った鞄を肩に提げていた。

 

「お、来たね穂乃果ちゃんら! アップはもうオーケーな感じ?」

「ええ。来る前に軽くウォーミングアップしてきたわ。四十分後だったかしら?」

「そうそう。これから町内会のカラオケ大会やるからそれが終わったら絵里ちゃん達の番だよ! 皆緊張は……していないみたいだね」

 

 一瞥し、思穂は満足気に頷いた。何だかんだで場数を踏んでいる彼女達だ。変な心配はかえってプレッシャーになってしまう。

 そう考えた思穂は、更にその“奥”へと視線を向ける。

 

「来たね、麻歩」

「……真姫達に連れてこられたからよ」

 

 フイ、と顔を背ける麻歩。真姫は真姫で気恥ずかしいのか、髪の毛をくるくると巻いていた。

 真姫に麻歩を連れてくるよう頼み込んでいた思穂は、上手く事が運んだことに安堵する。そも、麻歩が来なかったら一体何のために祭りにμ'sを捻じ込んだのか分からなくなる。

 

「じゃあ麻歩、ちょっとだけ待っててね!」

「……ええ。かき氷食べて待っているから」

 

 言うが早いか、麻歩はかき氷を食べだした。時たま頭がキーンとしたのか、こめかみを押さえたりしている。

 そんな麻歩を置いておいて、思穂は穂乃果達を更衣室まで連れて行った。九人と言う大人数を収容できるスペースを確保するのは流石に難しく、半分半分で着替えてもらうしかない。

 

「麻歩、今日は来てくれてありがとうね!」

「……別に、良い」

「て言うか、何で浴衣じゃないの!? 用意しておいたよね!?」

「普段着で良いから、普段着で来たのよ」

 

 麻歩は未だに思穂とどう話せば良いのか分かっていなかった。

 ――やれてるね。だけど、私的には駄目。

 麻歩の脳裏にはまだこの言葉が過ぎる。先輩である矢澤にこからヒントらしきものをもらったがまるで意味が分からない。

 

「ねえ、何で私を連れて来たの?」

「……それは、見れば分かってくれると思う」

「それが姉さんの答え?」

「私達の答え」

 

 カラオケ大会も終わり、出演者が捌けると、その代わりにステージ上には司会のお姉さんが上がってきた。浴衣を着て、その手にはマイクが持っている。結構な美人さんで、酒に酔っぱらった男性陣が口笛を吹いた。

 

「皆さーん! お兄さんもお姉さんもだいぶ酔っぱらってますねー!?」

「うおおおおお!!」

 

 司会のお姉さんは割と“言う”性格らしく、ズバズバえぐい事を言ってくる。だが、それがむしろウケているようだ。

 そんなお姉さんがマイクを握り直し、進行を始めた。

 

「麻歩」

「何?」

「これから始まるステージを、一分一秒たりとも目を離したら駄目だよ?」

「……」

 

 思穂の言葉に対して、麻歩は返事の代わりにステージ上へと視線を向ける。

 

(姉さん、このステージを見れば、本当に姉さんの言っていることが……?)

 

 司会のお姉さんの前口上が終わり、とうとう本番である。

 

「それでは酔っ払い共ー!! 今日はスクールアイドルである『μ's』が来てくれました! さっさと酔い醒ませー!!」

 

 何かかしら出るタイミングが打ち合わせされていたのだろう、司会が軽く手招きすると、ライブ衣装を着た穂乃果達がステージに上がってきた。

 その顔には程よい緊張を(たた)えている。この分なら高いレベルのパフォーマンスが期待できる。皆がそれぞれのポジションに着き、音楽が掛かるのを待っている。

 

「始まる……!」

 

 これから始まる曲は『Mermaid Festa Vol.1』。

 何故、『Vol.1』なのか、その意味はこれから分かる。

 この曲はこれまでの曲とは違い、『妖艶』という言葉が似合うものとなっている。歌詞も渡した“それっぽい単語リスト”が十二分に活きている。

 なお、海未はこの歌詞を書いて以降、しばらく顔が真っ赤になっていたのはここで語るべきでは無い。曲も、海未のほんの少し大人びた歌詞がマッチしている辺り、真姫の本気が伺える。

 振り付けも波と海を連想させる滑らかな動きとなっている。歌詞と、曲と、振り付けと、その全てが組み合わさったステージ。

 仕上がりは十二分以上。思穂は満足げに目を細めていた。

 

「……」

 

 思穂はあえて隣の麻歩には突っ込まなかった。今はただ、ステージに集中させたかったから。

 一方、麻歩は何も語ることなく、μ'sのライブを眺めていた。だが、それは思穂の思惑通りではなく、“ただ眺めているだけ”。

 

(……姉さん、私、やっぱり分からない……はず、なのに)

 

 そうただ眺めているだけ。しかし、何故か見てしまう。

 彼女達の笑顔が、歌が、振り付けが、曲が、ライブを構成する要素全てに目がいってしまう。

 一瞬でも思穂を見ると、彼女のペースに持って行かれそうな気がして、絶対横を見る事が出来ない。

 

(何で……見てしまうの?)

 

 そんな麻歩の心中を察したように、思穂がステージを見たまま話し始めた。

 

「見てしまうよね。穂乃果ちゃん達のライブ」

「……別に」

「海未ちゃん、ことりちゃん、凛ちゃん、真姫ちゃん、花陽ちゃん、絵里ちゃん、希ちゃん、そしてにこちゃん。皆が一人一人一生懸命踊っている――笑顔でね」

 

 笑顔。その単語に麻歩は思わず九人の顔をみやった。

 確かに笑顔だった。一人たりとも余すことなく、笑顔だった。そして何よりも楽しそうで、真剣に。

 

「何で、先輩たちはあんなに楽しそうに歌えるの?」

「楽しいからだよ。そして、とても真剣で」

 

 思穂が更に続ける。

 

「それが、私が麻歩を駄目だって言った理由かな?」

 

 見てみて、と思穂に促されるまま、麻歩は再び彼女達のステージに集中する。何度見ても、いつ見ても、彼女達は楽しそうで。

 

「麻歩はあの時、楽しかった?」

 

 その言葉に、麻歩は少しだけ自分の胸に問いかけてみた。

 

(……あの時の私……)

 

 あの時の自分は無心だった。ただ、完璧に踊ろうと、ただそれだけであった。その先は、と聞かれたら間違いなく自分は――。

 

「……そんな、簡単な事で」

「簡単な事で、だからだよ。麻歩にもきっとちゃんと分かる時が来るのかもしれない。何も、今日今この瞬間に理解しろだなんて言わないよ。だから、さ」

 

 ステージが終わり、穂乃果と凛以外が舞台から捌けた。そう、ここからはお待ちかね。

 

「皆さんこんにちは! μ'sです!」

 

 穂乃果の簡単な挨拶が始まった。何度か場慣れしているだけあってか、その挨拶も随分とサマになってきた。

 手短な挨拶の後、穂乃果は何を思ったのか、一瞬だけ視線を移してきた。

 

「――あと! 今日は大切な友達の従妹さんが私達のライブを観に来てくれています!」

 

 その言葉に、麻歩はぴくりと肩を揺らした。まさか話題に上がるとは思ってもいなかったのか、僅かに頬が上気していた。

 

「今日は私達、皆さんとそしてその従妹さんに楽しんでもらえるようなライブにするつもりです! だから皆さん最後まで見ていてください!!」

「皆ー準備は良いかにゃー!?」

 

 言い終わるところで、次の曲が流れた。先ほどの曲よりも、更に夏らしさを感じる曲調。穂乃果と凛がどこからともなく可愛いデザインのタオルを取り出した。

 

「それでは高坂穂乃果と!」

「星空凛で!」

「『Mermaid Festa Vol.2』!」

 

 これこそが高坂穂乃果と星空凛の魅力を最大限に引き出せると言っても過言では無い曲であった。『Mermaid Festa Vol.2』。人魚は二度やってくる。二人のパッションを掛けあわせれば、まさに無敵なのだ。

 

「だから――今は、頭空っぽにして楽しもうよ!」

 

 すぐさま思穂は麻歩にタオルを手渡した。こんなこともあろうかと用意していたタオルである――。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

「オッケー! オッケー! 皆さいっこう! さいっこうだったよ!」

 

 お祭り会場の一角で、思穂と麻歩を含めたμ'sメンバーは祝杯を挙げていた。もちろん、ライブ大成功祝いである。実行委員会から借りた大きな丸テーブル二つの上にはたこやきや焼きそば、おまけに焼トウモロコシなどのお祭りには絶対不可欠なご馳走が所狭しと並んでいた。

 穂乃果と凛ががっつき、それを海未と真姫が止める。

 

「凛、行儀悪いわよ」

「真姫ちゃんも早く食べた方が良いって! 穂乃果ちゃんとかにこちゃんに食べられちゃうよ!」

「穂乃果もです。もっとゆっくり食べなさい!」

「ええ~! にこちゃんの方が一杯食べてるよ~!」

「……穂乃果ならともかく、にこをそんな大食らいにしないで」

 

 などと言いつつ、にこもその小さな体の一体どこに入っているのか、ぱくぱくと食べていた。そんなにこ達を尻目に、花陽やことりはマイペースに食し、希や絵里は皆を生暖かい目で見守っていた。

 暖かい空気。そんな空気に麻歩は一人だけ取り残されたような気がした。これは自分の思い込みなのは明確なのだが、それでもそう思わざるを得なかった。

 今までのライブを観ていた麻歩には一つの感想があった。

 

「ね、どうだった麻歩? 皆のライブは?」

 

 決して思穂が大きな声で言った訳では無かったのだが、皆食事の手を止め、麻歩の方へ向いた。一点に集中された視線に、麻歩は特に何も感じることはなかった。それよりも、自分の口から感想を言わなければならないことの方が恥ずかしい。

 

「私は……まだスクールアイドルの事は理解できないわ」

 

 途端、穂乃果を筆頭に表情が固まってしまう。しかし、麻歩はそんなちっぽけな感想で終わらせるつもりは毛頭なかった。

 

「だけど、μ'sの皆さんのライブはその……すごかったです。胸が熱くなりました、すごく。私が皆をそうしろと言われたら絶対に無理だと断言できるぐらいに」

 

 熱くなった――。億の言葉を以てしても表現できないこの感情をたったの一言で端的に表すとすればこの言葉に凝縮された。

 ダンスも、歌も、すごく上手いという訳では無い。それなのに、それだからなのかもしれない、そんなちっぽけなモノ全てを覆すぐらいの“魂”がそこには込められていて、麻歩はその彼女達の魂を寸分違わずに受け止められたのだろう。

 麻歩は思穂の方へ向き、頭を下げた。

 

「ごめんなさい姉さん。私、何も物を知らずに発言していたわ……」

 

 それは麻歩が思穂を認めたことの何よりの証拠であった。続けて、麻歩はにこの方へ向いた。

 

「にこさんも、ごめんなさい。にこさんの寒いギャグは私にこの事を気づかせるためだったのですね」

「寒いは余計よ!」

「穂乃果さん」

 

 にこの言葉をさりげなく聞き流し、麻歩は穂乃果の元まで歩み寄った。

 

「最高のステージでした。私、あんなステージは初めて見ました」

「ありがとう麻歩ちゃん! 私、嬉しいよ!」

 

 言葉だけでは物足りないのか、穂乃果は麻歩に勢いよく抱き着いた。最初こそ、驚きで目を丸くする麻歩であったが、彼女に思穂の面影を感じたのか、恥ずかしがるどころかむしろ安心したように目を細めた。

 その姿を見た思穂は当然抗議した。自分だってあんまり抱き着いたことが無いのだ。そんな軽々しく抱き着けるなんて一体どこのライトノベル主人公だと、思穂は物申したかった。

 

「だ、駄目だよ穂乃果ちゃんや! こればかりは穂乃果ちゃんには譲れないよー!」

「も、もうちょっとー! 麻歩ちゃん、抱き心地良いんだもん!」

 

 抱き心地の良さ、そんな魅力的なワードに真っ先に反応したのはやはりと言っていいのか、凛であった。そこからはまさにお祭り騒ぎ。次に狙われた花陽と共に、麻歩は凛から逃げ回る始末。

 そんな三人をことり達は面白そうに眺め、ジュースを飲んだり、新たに希が買ってきたリンゴ飴を舐めたりしていた。

 

「やっぱり決まり……ね」

 

 そんな楽しい一時を外から眺める人物が一人だけいた。

 リンゴ飴を皆に手渡し終えた希が、一人もの思いにふけっている絵里の隣へとやってきた。

 

「何が決まりなん?」

「希……。ええ、ちょっとこれからの事をね」

 

 “これからのこと”。その一言で希は全てを察した。察して、少しだけ物寂しい表情を浮かべる。悲壮感はない、時間が過ぎるという当たり前の現実を受け入れているだけだ。

 

「やっぱり穂乃果ちゃん達なんやね。……思穂ちゃんにも頼むの?」

「頼むつもりよ。……けど、恐らく断られるでしょうね」

「ウチもそう思う。『私のオタクタイムをこれ以上削らないで!』って思穂ちゃんなら言いそうやね」

「……ま、その時はその時よ」

 

 彼女達が再び青春の階段を駆け上がる前日譚はこれにて終了。ここからは脇目を振らずの全力疾走。

 彼女達の物語は、これからが本当の始まりなのだ――。

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