ラブライブ!~オタク女子と九人の女神の奮闘記~【完結】 作:鍵のすけ
「ええっ!?」
「それ、どういう事よ!?」
思穂含め、μ'sメンバーが屋上へ集まっていた。そこでは花陽から重要報告が行われていた。その内容とは、その場にいる全員を震撼させるには十分過ぎて。
「ラブライブの予選で発表できる曲は、今までの未発表の物に限られるそうです!」
そこから更に花陽の説明が始まる。
その背景には、参加希望チームが予想以上に多く、中にはプロのアイドルのコピーをしているチームまでエントリーを希望しているようだ。
「これから予選までの一か月たらずで新曲かぁ……いつぞやのファーストライブを思い出すね!」
「
事実を受け入れた次は、行動である。ここで文句を言っていてもルールは変わらないし、行動を起こすための時間だけが減ると言う悪循環。
その流れを断ち切る様に、絵里が前へ出た。
「皆落ち着いて。ここでいくら言っても、これから一か月足らずで何とかしないとラブライブに出られないって事に変わりはないわ」
すると、にこが大仰な仕草のあと、妙なこんなことをのたまった。
「しょうがないわねぇ……こんなこともあろうかとこの前、作詞した『にこにーにこちゃん』で――」
「はいはいはいはい。にこちゃんの作詞がまかり通るなら私も『しほしーしほちゃん』で立候補するから」
ぎゃんぎゃん騒ぐにこの口を塞ぎ、思穂は絵里の方を見る。どうやら彼女も同じような考えを持っていたらしい。
「こうなったら作るしかないわね……」
「ど、どうやって……?」
「答えは簡単よ穂乃果。……真姫ッ!」
「ウェ……!? もしかして……」
……のはずだが、どうやら細かい所は違っていたようだ。
絵里が真姫の方を見た瞬間、思穂は全てを察した。
(あ、これ真姫ちゃんまた苦労するパターンや)
何故か希のような口調になりつつ、思穂は絵里の次の言葉を待った。
「ええ。――合宿よォォォ!!」
(……あれ? 絵里ちゃんってこんなテンション高かったっけ?)
すっかりμ'sの加入前の絵里はいなくなってしまったなぁ、と思穂含め、他のメンバーの心が一つになった瞬間であった。あの冷ややかな視線で相手を威圧していたのとは裏腹に、今では大げさな身振り手振りで『合宿』を宣言する前生徒会長様。……僅かながらに賢さを感じないのはきっと気のせいだろう。
◆ ◆ ◆
「で、デカァーいっ説明不要!!!」
「思穂ちゃん、前の合宿の時も同じこと言ってたね」
「違うよ花陽ちゃん! エクスクラメーションマークが一つ増える感じで叫んでるから、その辺よーく思い出してみて!」
思穂達は真姫の案内で今回の合宿地である彼女の別荘までやって来ていた。電車に揺られ、バスに乗ってのちょっとした小旅行である。
ちらりと、思穂は穂乃果を見た。まだ海未からの小言が効いているのか、ほんの少しだけシュンとしていた。どことなく犬耳が下がっているような、そんな感じ。
それもそうだろう、と思穂はつい先ほどの事を思い返す。
電車を降り、バスに乗り、さあ真姫の別荘へ行くぞと士気が高まっていた矢先に希から繰り出された一言。『あれ? 穂乃果ちゃんは?』である。そこからはもう大変であった。必死に辺りを探し、携帯に電話をかけての捜索劇。
穂乃果がバスに無事辿りつけたときは、皆が胸を撫で下ろしたが、海未から雷が落とされたのはもはや様式美。正直、誰も気づけなかった時点であまり怒られたものではないが、それでも海未は穂乃果の事が心配だと言うことはよく分かるので、誰もその事に触れない。
むしろ、海未が登山用の装備をしている事の方が気になってしまう。自分の愛用している登山用バッグよりかはサイズが小さいが、それでもタフな造りだと言うことが一目で分かる。
「さあ、早く行くわよ。時間がもったいないから」
そう言って、真姫は別荘の扉を開け、中の案内を軽く始めてくれた。
ピアノやお金持ちの家で良く見る天井のアレ、そして――。
「暖炉だ!」
「初めて見たよ~! 早速火を付けてみるにゃー!」
「付けないわよ」
バッサリ言い、真姫は続ける。
「まだ寒くないし、それに冬になる前に暖炉を汚すと“サンタさん”が入りにくくなるって、パパが言ってたの」
パパ、サンタ。その単語に思わず顔を見合わせる穂乃果と凛。ことりと海未が素敵なお父さんと言う事を喋ると、気を良くしたのか、更に真姫は暖炉の説明をしてくれた。
「ここの煙突はいつも私が綺麗にしていたの。去年までサンタさんが来てくれなかったことはないんだから。証拠に、中見てみなさい?」
「私も見たーい!」
穂乃果と凛の間から顔を出し、暖炉の中を見てみると、そこには――どう見ても、なサンタのイラストとメッセージが書かれていた。
どことなく室内に緊張が走る。まるで地雷原の中に放り込まれたような、そんな感じ。
「ぷぷっ」
だと言うにも関わらず、にこはそんな地雷原の中でタップダンスを始めてしまった。その顔にはあからさまに、小馬鹿にした感情が含まれている。
「あんた……真姫がサンタ――」
「にこちゃん!」
「それは駄目よ!」
刹那、花陽と絵里がにこへ詰め寄った。二人がいかなかったら自分が行っていた思穂は胸をなでおろす。
後から穂乃果と凛も続いて言ってくれたが、それは、それだけはやってはいけない重罪である。純真な少女の一生を左右しかねない悪魔の所業、鬼畜の極み。
矢澤にこは今、まさに魔に堕ちんとしていた。そうは問屋が卸さない。思穂もにこの肩をがっちりと掴んで顔を向かせる。
「良かったね、にこちゃん……。それ以上口にしていたら、にこちゃんの首をへし折っていた所だよ……!」
「あんたが一番物騒なのよねぇ! ちょ、あんた肩っ! 肩痛いっ!」
「ふぅ……分かってくれたようで良かったよ!」
にこは思った。思穂を怒らせると潰される。社会的にと言うか物理的に。そしてみんなの視線が刺さるほどに痛い。それでも何だか可笑しくて。
そう思っていたら、また必至な形相の皆に口封じをされた――。
「たーらーおーたーらーおーたーっぷり、たーらーおー」
思穂は別荘の中を練り歩いていた。正確には家の構造の把握と、掃除をするため。
業者の人が定期的に掃除に来るようだが、思穂に言わせればこんなものは掃除とは言えない。掃除用具を抱え、思穂は窓からμ'sの練習を眺めた。
これからの時間は練習の時間と、曲作りの時間であった。
海未とことりと真姫は何と個室が与えられ、じっくり時間を掛けて曲作りに取り組める。そして他のメンバーはみっちり基礎体力向上に励める。
「いやはや、やっぱり真姫ちゃんの家すごいなぁ」
例えばことりの部屋。ミシンやファッション本など被服製作に必要な物は一通り揃っているという。そして、海未の部屋。詩の本や辞書など、作詞どころか小説一本書き上げるのだって不可能では無い至れり尽くせりぶり。
どこぞのプロか、と突っ込みたくなったが、それだけ整った設備を用意してくれたということはそれだけ真姫も真剣だと言うことの何よりの証拠で。
テキパキと掃除をしながら、思穂は頭の中でアニメを流した。最近は細かい所の記憶も良く出来るようになり、アニメ映画を完全に脳内再生できるようになった。台詞は当然として、SEが鳴るタイミングも完璧だ。
「これならことりちゃん達もいい感じに頑張ってくれるよね! と言うことで私はさっさと家の掃除をば……」
二階の掃除が終わり、思穂は一階の掃除に移った。まだまだ思穂のやる気は天井知らず。思穂はハタキを掲げる。
「よーし! どこかの貧乏執事並みに完璧な掃除をしちゃうよー! というか、もうこの別荘を新築同然にピカピカにしちゃうよ~!!」
思穂の掃除は止まらない――。
「――って思ってピッカピカにしたんだけどなぁ」
ジトーッとした思穂の目がにこと凛へ向けられる。
「わ、悪かったわねぇ!」
「さ……寒いにゃあ~!」
事実、思穂はあともう少しで完璧に掃除を出来ていたはずなのだ。突然、ずぶ濡れのにこと凛が飛び込んでこなければ……。
話を聞くと非常に肝が冷えるものである。練習中、リスにリストバンドを取られたにこがそれを追い掛けていると、坂道に入ってしまい、何故か助けに入った凛も巻き込んで、坂を全速力で下り、崖へ飛び降りてしまったという。
幸い、下は割と深めの川だったから大事には至らなかったものの、これが――と考えたら本当に笑えない。
そんな事は気にも留めず、穂乃果は暖炉に火が付いたことをきゃっきゃっと喜んでいた。
「静かにせんと、上で海未ちゃん達が作業してるんやから……」
「そうだよそうだよ。希ちゃんの言うとおり、私達が騒がしくしたら何のためにここへ来ているのか分かんないよ~」
希のいう事に賛同しつつ、思穂は再び掃除用具を手に持った。正直、傍から見れば既にプロレベルでキレイになっているが、妥協を許さない女思穂はまだまだ出来栄えに満足していない。
とここで、花陽が皆の為にお茶を入れて来てくれた。甲斐甲斐しさに感動した思穂はお盆をもって塞がっている花陽の横腹をふにふにしてみた。凛に怒られた。
「それじゃあ、海未ちゃん達には私が持っていくよ」
「私も、穂乃果ちゃんと一緒に二階の掃除に戻るねー」
二人分のお茶を持った穂乃果と一緒に二階へ上がる思穂。すると、穂乃果は何となしにこう言った。
「そういえば、下で真姫ちゃんが作曲しているはずだよね? どこ行ったんだろ?」
「そう言えば……そうだね。お手洗いかな?」
「かもね! ……うわぁ、やっぱり静かだね。皆集中してるんだなぁ」
そう言いながら、穂乃果が海未の部屋をノックし、入っていった。その姿を見届けると、思穂は雑巾の入ったバケツを床に置き、腕まくりをする。今度は雑巾がけでもしてみようと思い立った結果である。
「うわぁっ!」
と、ここで部屋から穂乃果の声がした。途端、慌てた表情で飛び出し、ことりの部屋に入ると再び悲鳴が。
尋常では無い様子に、思穂も慌てて入ると、そこには凄惨な光景が広がっていた。……過言である。
「……こ、これは、なんというかまあ……」
海未の部屋には『探さないでください』との書置き、ことりの部屋には『タスケテ』という文字が額縁の絵に貼られていた。……可愛いドクロの装飾が散りばめられている辺り、案外余裕があるんじゃないか、と疑問に思ったのは内緒だ。
窓の方を見ると、無数の布が縛られていてロープのように外へ垂れ下がっていた。
「ほわっちゃ……」
外を見ると、木陰に三人が体育座りをしているのが見えた。あの暗い表情を見る辺り、相当キテいると感じ取れた。
これは一度皆を集める必要がある。そう判断した思穂の行動は早かった――。
◆ ◆ ◆
「よーし、これで最後のテントっと」
「ごめんなさいね思穂。一人でやらせてしまって」
「マネージャーだし、気にしないで良いよ絵里ちゃん。それに、一回やってみたかったしテントの設営! ロープワークはとっくの昔にマスターしているよ!」
――スランプ。
それが、海未たち三人に振り掛かった問題であった。ラブライブに出場できるかどうかを左右する重要な予選。万が一予選敗退をすることになったら、その重圧が海未たちに圧し掛かってきたのだという。
その事を受け、皆は話し合った。そして、流石に三人に任せきりは良くないと言う結論に至り、導き出された解決方法こそが――。
「三班に分かれての曲作り、頑張ってね! あ、真姫ちゃん別荘の鍵預かるね」
「はい、よろしくね思穂」
くじ引きで班分けをしての曲作りであった。衣装班は穂乃果、ことり、花陽。作詞班は海未と凛と希。そして作曲班は絵里に真姫、そしてにこである。
これからそれぞれ、距離を取って作業に入るため、思穂は拠点となるテント設営に勤しんだ。以前の祭りの際、スタッフから教えてもらったロープワークが役に立った。
そんな中、思穂は進んで別荘の管理人役に立候補した。無いとは思うが、万が一泥棒などが入られた場合、誰も居なかったら何も出来ない。いつも鞄に入れているスタンガンも今日は持ってきているので襲われても返り討ちに出来る自信があった。
それに併せて、思穂の千の特技である『なんちゃって太極拳』を以てすれば、素人くらい容易く地に伏せられるのだ。
早速、別荘に戻ろうとすると、にこに呼び止められた。
「待ちなさい思穂。あんたもちょっと考えていきなさいよ」
「……私も?」
「そうね。思穂にもちょっと意見を聞きたいわね」
「……真姫ちゃんが珍しく素直だ」
「まあまあ、思穂。ちょっとテントに入りましょ?」
そう言う絵里に引っ張られ、思穂はテントの中に拉致された。自分で組んでおいて何だが、割と広い。
「と言っても私、作曲とか分からないよ?」
「心配しなくても良いわ思穂。私やにこも偉そうに言えるほど詳しくないから。重要なのはね、真姫の取っ掛かりになれるようなことを考えることだと思うの」
そういうことならば、と思穂は何となく考える。恐らく答えは真姫の中にとっくにあり、自分達に出来る事はそれを引きずり出すためのキッカケを作ること。
思穂は思ったことを特に推敲もせず、口に出した。
「そうだなぁ……例えば、胸の中の心象を言葉にしてみるといいかもしれないね」
「心象……? あんたにしては小難しいこと言うのね」
「うわ、にこちゃんに馬鹿にされた!?」
「失礼ね! あんたこそ馬鹿にしてんのよ!?」
にこと思穂の言い合いがヒートアップしそうになった頃、見かねた絵里が二人を仲裁する。顔こそ笑顔だったが、目が全く笑っていないことに恐怖した二人はすぐに謝り、思穂は続きを語る。
「例えばね、私達は今ラブライブと言う夢を追いかけようとしてるよね?」
「まあ、そうね……」
「その夢を今まさに追いかけます! って言うような決意を表したような感じとか?」
その言葉に絵里と真姫は目を細めた。思穂の言葉をよく噛み砕いているようだった。
「なるほど……もう少し話し合ってみる必要があるわね……」
「と言うことで、私は他の班の様子を見に行ってくるね!」
「ええ。アドバイス出来るならしてあげてね」
絵里の言葉に背中を押され、思穂はことり達の班がいるキャンプまで移動した。
黄色いテントが見えてきた。ここは、ことりに花陽、そして穂乃果と言う比較的脳が蕩けてしまうトリオが収まっている。
思穂には夢があった。それは花陽とことりに左右から囁いてもらい、穂乃果には真正面から囁いてもらうという壮大な夢だ。これが叶ったらもう死んでもいい。そんな事を考えながら、思穂はテントの中を覗いた。
「……ありゃりゃ。これはまた何とも眼福」
川の字になり、三人が眠っていた。それはもうすぅすぅと。花陽の近くに置かれているザルには綺麗な白い花があった。種類が分からないがそれでも美しいことには変わりない。
「まあ穂乃果ちゃん達の方が美しいんだけどね! ……あれ? これもしかしてチャンス到来……!? あの時のリベンジ……!?」
視線はことりの方へ。具体的にはスカートの方へ。思穂はすぐさま地べたに顔を付けた。外見的には非常に見苦しいが、思穂にしてみれば安いリスクである。
(今の私は正にアマガミった紳士! さあ、ことりちゃんのちゅんちゅんが……!)
そして思穂の目の前には新世界が――。
「うっそ……だぁ……!」
スパッツ。ザ・運動部系女子に許されたスカート捲りガード。ちなみに黒である。しかし、そこには夢の一つもない。思穂は地べたに顔を付けたまま落胆のため息を――漏らしはしない。
「いや、でもこれはこれはエロチック!? エロチックだよなぁ! ほうほう、白い肌に黒いスパッツのコントラストと来たら! まさにモノクロの奇跡。いやぁ味わい深いねぇこの情熱を秘めた肉体……」
むしろそれを楽しめるくらいには、思穂に精神的余裕がお訪れていた。大人の余裕、という奴だ。この程度の障害、既に思穂には無いも同然。
存分に楽しんだ思穂はことりの近くにあったスケッチブックに自分の案を描き込んだ。それは布地が余りにも少ない恐ろしく過激な衣装である。紐だ。紐である。
ちなみに、思穂は着るのはやぶさかではない。
「まあ、英気を養うのは悪いことじゃないよね! ……最後に花陽ちゃんのほっぺをぷにぷにして、穂乃果ちゃんの匂いを嗅いで……と良し良し。次に行こう」
テントを出た思穂は何となく山の方を見上げた。あの海未の装備と、彼女の性格から鑑みて――どこにいるのか何となく分かってしまった。
思穂は軽くストレッチをして体をほぐしてから……走りだす。
「――とまあ、気のせいだと思っていたのに……」
「思穂ちゃん!? どうしてここに!?」
一番に気づいてもらったのは希であった。海未はともかく、凛と希の軽装ぶりを見て、思穂は身震いした。比較的というか恐ろしくイージーな山ではあるが、手ぶらで登れるようなところでは無い。
自分も人の事を言えないが、岩から岩へ飛びあがれるくらいには身体能力が高い思穂にしてみればここは遊び場である。
「ていうか、凛ちゃんどうして泣いてるの!?」
「海未ちゃんに騙されたんだにゃ~!!!」
その一言で凛の感情を全て読み取れた思穂は、近くで気まずそうにしている海未へ一言。
「作詞に来たんじゃないの?」
「わ、私は山を制覇したことによる充実感を創作の源にしようと……!」
「まあまあ海未ちゃん。気持ちは分かるけど、ここまでにしといた方が良いよ」
とうとう希が待ったを掛けた。希ストップである。
「山で一番大切なんは何か知ってる? チャレンジする勇気では無く、諦める勇気。……分かるやろ?」
「だと思うよ~。私も前、趣味で富士山登ってみたけど、超悪天候でさー参っちゃったよー」
希と思穂の言葉に頷いた海未が、凛に下山の準備をするように促す。全員の様子を見届けた思穂は、別荘に戻る為、一足先に下山した。
鹿が崖を下る様に、思穂の身のこなしは非常に軽やかなものであった。その様子を見ていた海未たちは軽く引いてしまったことを思穂はまだ知らない。
別荘に戻ると、思穂はとりあえず入浴をするべく、風呂場へ行くことにした。露天風呂だったはずだ。思穂の期待は最高潮である。
「んしょ……と」
脱衣所に行くと、早速思穂は腕を交差させ服を脱ぎ、下着姿に。お気に入りの空色だ。だが、山登りで汗を掻いてしまったのか下着が張り付いてしまっていた。
胸の上など湿ってしまっていて気持ち悪い。早速上の方を外すと、ずっと中で温度が保たれていたのか急にひんやりとした感覚を味わった。
「おお、ちょっと寒いかも……」
小柄な体格の割には豊かな思穂の乳房。形も良く、重力下に置いてもその柔らかな物には明確な張りと艶があった。少し冷えたのか両腕で胸を掻き抱くように交差させ、ほんのり体温を上昇させると、早く入浴するために、思穂は下の方も脱いだ。汗ばみ、少しだけ脱ぐのに手間取ったが、これでもう思穂を覆い隠すものは何もない。
一糸まとわぬ姿で、思穂は露天風呂へと至る扉を開いた。
そこは典型的な、アニメやライトノベルにありがちな、と表現しても差支えない立派なもので、テンションを上げた思穂は早速お湯で身体を清めた後、すぐに風呂へ入った。
「ああ~……気持ちいい~……風呂は良い。風呂はリリンが生みだした文化の極みってのは本当だねぇ~……」
とっくに陽が落ちていた空は暗く、だが満点の星空。これだけでここへ来た甲斐があるというものだ。しかしあくまでここには曲作りに来ている。
思穂は何と無しに湯をちゃぷちゃぷさせてみた。
「さぁて皆の曲作りは順調かなぁ……? きっと大丈夫かな?」
でも、と思穂は三年生の顔を思い浮かべる。
――この曲作りにおいて、大前提がある。思穂が見た限り、海未やことり、真姫はそれに気づいていない様子であった。
言うのは非常に簡単である。しかしそれでは駄目なのだ。自分が気づけなれば意味が無い事柄。にこ辺りはきっと三人のスランプの原因に気づいていると思う。いつ言うのかは分からないが。
本当にヤバくなる一歩手前、否、三歩手前で思穂は口を出す気でいた。結局、出来ていなければ意味が無いのだ。
「それはそうと……」
思穂は自分の胸を見下ろした。水滴が一粒、胸の上で弾いて玉となり、滑り落ちていく。
お湯にまるでブイのように浮かぶ自分の胸を眺め、一言。
「……確か、ことりちゃんとサイズ同じだったよね……?」
以前、思穂も何となくスリーサイズを測ってもらったらヒップ以外は全く同じであったのだ。そんな事をぼんやり思いだした瞬間、思穂に電流が走った。
「――あれ? これ自分の胸を揉めば、ことりちゃんの胸を揉んでいるのと同じってこと……!?」
まさに天才の発想。
目を瞑り、ことりの顔を思い浮かべながら揉みしだけばそれはそのまま彼女の胸を蹂躙しているのと同義だと言うことに、思穂は気づいてしまった。
ごくりと息をのみ、思穂は自分の両手をワキワキさせる。無言で思穂は自身の胸を――。
「……なんてやったら、本当に私、ただの女の子好きだよね……上がろ」
一陣の冷たい風が思穂の顔を撫でなければ、恐らくは欲望に身を任せていただろう。理性を取り戻した思穂は、さっさと身体を洗って、露天風呂を後にした。
正直、風には感謝しかない。
「はぁ……ほっこり」
タオルを首にかけ、思穂はジャージ姿で一階の大広間のソファに座っていた。そして思穂は上下左右を見回す。
広い家、デカいモニター、ちょうど良い静けさ。何となく呟いた。
「……ゲームしたいなぁ。ファミコソとか。超巨大モニターでやるドラゴンストーリーの初代はきっと面白いだろうなー」
実は今日、思穂は一度もジャパニーズカルチャーには触れていなかった。毎日ゲームが日課の思穂にとって、これは由々しき事態である。スマートフォンのゲームをやろうとも思ったのだが、いかんせん思穂が求めているのはコントローラーの感触である。
まさに八方塞がり。その類の物を忘れて来たと言う痛恨のミスが今頃になって思穂自身へ抉り込んできた。
「ん?」
玄関の扉が開く音が聞こえた。思穂は耳を澄ませ、足音を聞き分ける。知らない足音ならば悪・即・斬。伝家の宝刀、スタンガンとなんちゃって太極拳が威力を発揮する。
しかし、幸いにも足音の主は真姫であった。
「お、真姫ちゃんだーはろはろー」
「……思穂、悪いわね。一人に雑用押し付けちゃって」
「マネージャーだから当然当然。それで、ここにはどうしたの?」
「作曲よ」
そう短く答える真姫へ、思穂は少しばかり真面目モードになった。
「それは誰の為に作る曲?」
真姫の表情は今朝よりも清々しいもので、そして今ならこの答えに明確な答えを返してくれる、思穂にはそんな確信があった。
そして、真姫は見事に思穂の期待を裏切らなかった。
「皆の為によ。三年生に勝たせる為でも、三年生の為の曲だけでもない。これは――皆の曲なんだから」
それはまさしく思穂が求めていた答えに寸分違わず。
再びラブライブを目指すための過程で勘違いされがちであるが、今までの真姫たちのモチベーションを作り上げていた物はそもそもの大前提が違うのだ。
そこを再確認するためにも、この班分けは見事な采配だったと思穂は絵里を賞賛した。
「そう、これは絵里ちゃん達の為でも、ただ勝つだけの曲じゃない。それだけの為に作り上げられた曲は心には響かないよ。私達が心から楽しめない曲がどうして皆の心に響くのかって話になるからさ」
「ふふ、思穂もたまには真面目な事を言うのね」
「なぁっ!? 茶化さないでよーもうー! でも、これだけは覚えておいて」
「……何?」
「一人は皆の為に、皆は皆の為に、だよ?」
その言葉に、真姫はフッと笑みを浮かべた。だがそれは思穂を馬鹿にしたものでは無く、思穂の言いたいことを十二分に理解したからこそ出る笑みで。
すると、また玄関の扉が開かれる音がした。
「真姫、来てたんですか」
「わぁ、思穂ちゃんジャージ姿珍しいね!」
海未とことりがやって来るなり、そんな事を言った。二人の表情を見て、既にスランプを脱したことを悟った思穂は二人に抱き着いた。
「なっ……! 思穂、貴方……!」
「思穂ちゃん……!?」
「真姫ちゃん、二人とも! さあ、曲を作ろう! 私も手伝うから! 駆け上がろう。ラブライブへの階段を一気に!」
誰とも頷き合う三人。
夜はまだまだ長くなりそうだ。そう感じた思穂はひとまず三人へのエールを込めて、ミルクティーを淹れるべく調理室へと足を運んだ――。
◆ ◆ ◆
早朝。思穂は跳ね上がる様に目を覚ました。海未たちの手伝いをしていたらいつの間にか時間が寝落ちてしまっていたようだ。これは紅の王もびっくりの時の吹っ飛ばされ方である。
海未とことりはソファで寝ており、真姫はピアノにもたれ掛かるように眠っていた。ならば自分は、と振り返ってみると、何と床で眠っていた。海未とことりの間にはもう一枚の毛布があったことから、最初はそこで眠っていたが、寝ぼけて地べたで寝てしまったと見て、間違いない。
「ふ、二人の感触を感じられなかった……!? この片桐思穂、一生の不覚……!!!」
泣いた。三人が起きない程度に泣いた。もう少し早く起きていれば寝静まっている三人に悪戯が出来ただろうに、これはもう、ちょっと触れば起きてしまうぐらいの時間なので、触ることが出来なかった。
――でも、少しだけなら触っても……。
そんな思穂にトドメが刺された。
「あら、起きてたのね思穂」
「……あ、絵里ちゃん。おはよ。……はぁ」
「どうしたの? 表情が暗いようだけど」
「ううん。ちょっと世の中の厳しさを再確認しただけ……」
絵里に引き連れられ、残りのμ'sメンバーが全員帰ってきた。
どことなくおかしい思穂の様子に気づいたにこが徐々に目を細めていく。主にマイナスの意味が込められている。
「あんた、まさか真姫たちにセクハラしようなんて――」
「おはよう皆! 今日も清々しい朝だね! こんな時はラジオ体操でもしたくなるね!」
刹那、思穂の表情が急に明るくなり、言葉通りラジオ体操を始める始末。その奇天烈な行動に、にこはおろか、他のメンバー全員が勘付いてしまう結果を招いてしまった。あの穂乃果ですら苦笑を浮かべるレベル。
「……海未ちゃん達は?」
穂乃果の言葉に思穂は無言で、奥の部屋を指さした。それを見た皆が状況を飲み込み、それぞれ声がワントーン落ちた。
「……ていうか、思穂ちゃんが一番うるさいんだね」
「凛ちゃん、まだ朝だよ!? 抉られるぅー!」
さらりと言いのける凛に対して、思穂は心が抉られたような感覚を覚えたが、今は爽やかな朝。つまらないことでこの素晴らしい朝を汚す訳にはいかない。
少しばかり表情を引き締めた思穂は、両手に持っていた物を皆に見せた。
「これは……。……皆、海未たちが起きたらすぐに練習よ?」
「でも今は、ゆっくり寝かせておいてあげようか」
絵里の言葉に希が頷いた。皆の気持ちは一つ。代表するかのように、思穂が拳を上へ掲げた。
「全ての膳は整った。後は――やるだけ!」
歌詞、曲、衣装。海未が、真姫が、ことりが、全力を賭した結果を改めて見る皆。
第二回ラブライブ予選まであともう少し。ここからは脇目を振り返らずの全力疾走。だが、今は。
(でも、今はお休みなさい)
三人に、ほんの僅かな休息を――。