ラブライブ!~オタク女子と九人の女神の奮闘記~【完結】   作:鍵のすけ

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第十二話 スーパーアイドル

『い、いよいよです……』

 

 部室の中で花陽が呟く。部室に置かれた

 

『生唾ごっくんな展開にほんとワクワクが止まらないね!』

 

 室内で緊張が高まっていた。何故ならば今日はラブライブ予選の結果発表の日である。皆が顔を寄せ合い、画面を食い入るように見つめていた。

 

『な、なななに緊張してんのよ……! た、たたたたかだたか、予選じゃない……!』

 

 それぞれが言い合う中、花陽が順位を読み上げ始めた。

 A-RISEは堂々の進出。二チーム目、名前は無かった。三チーム目、また入っていなかった。そしてとうとう四チーム目。

 

『四チーム目はみゅー……』

『みゅ~……』

 

 皆が口を揃えて花陽の後に続く。数度のタメの後、ついに花陽が一気に画面をスクロールさせた。

 

『ミュー――――タントガールズ!!』

 

 しばしの沈黙が室内に充満する。それは受け入れない故の沈黙か、納得の沈黙か、はたまたまだ理解が追いついていない故か。答えは最後であった。

 

『へ……』

『ほわっちゃ……』

 

 最後に穂乃果が一言。

 

『そ……そんなぁあぁ!?』

 

 ――そこまで“話した”所で、穂乃果はテヘヘと舌を出した。

 

「っていう夢を見たんだよ!!」

『夢かーい!!』

 

 全員の心の底からの叫びであった。部室に入ってくるなり、穂乃果が皆を座らせたから何事かと話に耳を傾けた結果のコレである。

 思穂でさえも大声で叫んでしまったレベル。このやりきれなさはどこにもぶつけられないだろう。

 

「それにしても、生々しい夢だよね……」

 

 そんな事を言いながら、花陽はラブライブ公式サイトを開いて、今か今かと待ち望んでいた。

 皆を眺めながら思穂は一言。

 

「あれ? 穂乃果ちゃんの言う通りならこれって正夢になるんじゃ……」

「そうなんだよー!! 思穂ちゃんどうしよー!?」

「ほわっちゃ!? 私に振る!? よ、よーし……なら私が秘密の呪詛を唱えてμ'sが予選突破したと言う世界線を引き摺り込もう!!」

「な、何を言っているか分かんないけどそうしてよー!!」

 

 穂乃果は焦りに焦っていた。まるで夢と同じ状況。人の位置も、会話の流れも全て。今更どうにも出来ないがそれでもどうにかしようと頑張るのが生き物のサガ。

 ――そんな事をしていると、ついに花陽が声をあげた。

 

「き、来ました結果発表!!」

 

 すぐに花陽は読み上げた。思穂も生唾を飲み込みながら一言一句聞き逃さぬよう努める。一位から三位までは穂乃果から聞いた通りのチーム名。

 ならば、と思穂は最悪の展開を夢想する。

 

「四チーム目はみゅー……」

 

 皆が不安と恐怖に彩られた表情を浮かべる。正夢であることのないように、そんな祈りを込め、花陽は一気に画面をスクロールさせた。

 

「――――ズ」

 

 穂乃果の夢通りなら、もう少し長い単語。具体的には『タントガールズ』と続くはずだった。だが蓋を開けてみれば一言で花陽が言い切ったという事実。

 サイトに載せられた写真には紛れも無く九人の、見慣れた顔が映っていた。花陽が感情を抑えきれない声で最後のチーム名を読み上げる。

 

「最後のチーム……音ノ木坂学院高校スクールアイドル……μ'sです!!」

「みゅーず……って石鹸じゃ、ないよね?」

「当たり前でしょ!?」

 

 真姫の言葉でようやく皆、事態を認識し、途端部室を飛び出した。各々、大事な人へ報告するために。

 海未だけが未だ耳を塞ぎ、目を閉じて震えていたので、とりあえず置いておくことにした。

 それよりも、一人だけ気になる人物がいたのだ。

 思穂は廊下を歩き、何となく階段の曲がり角を覗いてみた。

 

「お、にこちゃん、やっぱりここにいた」

「……何よ?」

 

 鞄を持っていたにこは既に帰り支度である。これから練習があると言うのに。何か言おうとした思穂であったが、にこの顔を見て、察した。

 そういえば今日は、近くのスーパーで『大安売り! 血まみれ大出血セール!』なるものが行われているはずである。

 

「今日の晩御飯は何だろなーっと。ってあれ? にこちゃんのお母さんってもしかして出張?」

「……二週間ほどね。だから面倒見なきゃいけないの。……それよりもあんた、皆に言ってないでしょうね?」

 

 ジトーッと半目になりながらにこは思穂に迫った。その視線を一身に受け、思穂は笑顔で頷いた。

 

「当然。……は、良いんだけどさ」

 

 そう断り、思穂は言った。

 

「――そろそろ言わなくても良いの? 皆に“あの事”」

「……言える訳、無いでしょ」

「この間、にこちゃんの家に押し入った時に見せてもらったアレら、どうせあのままなんでしょ?」 

 

 思穂とにこの仲は既に以前語られた通りである。思穂は良くにこの家へ押し掛けていた。それは一人の寂しさを紛らわせるという意味でもあったし、矢澤家が少しばかり思穂にとって“暖かった”というのもある。

 そう、割とにこの家へ行っているのだ。――それこそ、にこがμ'sへ加入する前や“後”でも。

 

「涙ぐましくて本当にちょちょぎれそうなレベルのアレらは早めに言っておかないと後々辛いよ?」

「……分かってるわよ。うっさいわね」

 

 そう言って、にこは足を一歩前に出す。そんなにこの背中へ思穂は一言。

 

「今日はもう一件隣のスーパーで牛肉投げ売りされてるはずだよー」

「このにこが知らないとでも思ってんの?」

 

 キッパリと良い、にこは流石の貫録と共に今度こそ歩き去って行った。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

「――ねえ、皆って練習するんじゃなかったっけ?」

「だ、だって怪しいんだもん!」

 

 そう言う穂乃果は積み上げられた荷物の陰からスーパーの中のにこを覗き込む。

 ラブライブ出場が決まって気合いが入っているというこの状況で、今皆はスーパーの近くに隠れていた。

 それも全てにこが悪い、というのが皆の共通の意見であった。何故ならば、今日もラブライブ出場に向けて厳しい練習をしようと士気が高まっている時に練習の欠席である。

 今、物陰に隠れた様子を伺っているのは絵里と希を覗いたメンバー。二人は『万が一のため』といってどこかへ歩いて行った。

 

「……普通に買い物しているみたいですね」

「なーんだ! ただの夕飯のお買いものか!」

「思穂はどう思う?」

「ほわっちゃ!? あーははは……どうなんだろうねぇ?」

 

 事情を完璧に把握している思穂は何を言えば分からず、ただへらへらと笑うだけであった。正直、繊細も繊細な話題なので下手に喋る訳にはいかなかったのだ。

 その間にも皆の憶測は加速していく。そしてそのたどり着いた先が彼氏が出来たから料理を作りに行っている、であった。正直吹き出しそうになったが、本人たちが至極真面目なので余計に笑ってしまう。

 そんな時、とうとうにこがこちらを向いてしまった。具体的には花陽がヒートアップして『アイドル論』を語ってしまったのが原因である。

 互いに時が止まって数瞬。にこはゆっくりと買い物かごを置き、そして――逃げ出した。

 

「ああー! 逃げたー!」

「にこちゃん早すぎるにゃー!」

 

 いつぞやの逃走劇を頭に浮かべながら、皆はにこを追いかけるために走り出した。だが思穂だけは追いかけなかった。

 例の件もあるが、実は今日は近くのゲーム屋で中古ゲームの投げ売りをされているのだ。そして噂によれば既に絶版となったゲームもあるとかないとか。

 そんな夢のような市場に行かない訳にはいかない。穂乃果達が走り去って行ったのをしっかり確認してから思穂はゲーム屋へ駆け出した。

 思穂は自分を最優先するのだ。当然、これはその原理に基づいたうえでの行動だ。

 

「げへへへへへっへ! これ、オクだとウン万円クラスの奴なんだよなぁ!! エヘヘヘヘッヘエ!」

 

 とても年頃の女子高生が出すような笑い声では無かった。思穂と同じくゲームを買いに来たお客さん達は皆、そんな汚い笑い声を浮かべる彼女へドン引いている。

 女性としては致命的な状況であったが、今の思穂はゲームを手に入れる修羅と化しているので、むしろ誰にも邪魔されないことを喜んでいた。

 財布が許す限りのゲームを買い込んだ後、すぐに思穂は店を出た。皆を探そうとしていたら、割と見知った女の子が遠くから歩いてくるのが目に入った。

 

「あ、思穂さんではありませんか!」

「こころちゃんこんにちは! お出かけ?」

 

 思穂はそう言って女の子――矢澤こころに声を掛けた。何を隠そう矢澤にこの妹である。あの姉にしてこの妹アリ――という言葉が通用しない程、非常に礼儀正しく、そして何より気が利く女の子である。

 

「はい! ちょっと家に居ても退屈だったので、ですがそろそろ帰ろうかと」

「そっかー! なら途中まで送るよ! 一人じゃ心配だしね」

「良いんですか? 思穂さんにも用事が……」

「気にしない気にしない! ささ、行こう行こう!」

 

 言いながら思穂はこころの手を引き、歩き出す。一瞬だけμ'sの顔が浮かんだが、こころの手のぬくもりを感じることを優先させた。

 

「そういえば思穂さん、今日はお姉さまがそちらの方へ仕事に行っているはずなのですが。マネージャーの思穂さんはこんな所で何をしていらっしゃるのですか?」

「ほわっぢゃ……!?」

 

 しまった、と思穂は思わず空いている手で顔を覆った。そういうことだ、そういう事となっているのだ。迂闊に近づいたのが運の尽き。

 思穂は頭を高速回転させ、最適解を導き出す。

 

「今、休憩をもらっているんだ! だからこころちゃんみたいにぶらぶらしてたの!」

「そうだったのですか! いつもお姉さまの為にありがとうございます!」

「あ、はは……苦しゅうない苦しゅうないよ!」

 

 この純粋な妹からどうしてあの姉がいるのかが全く思穂には理解できなかった。と思ったが、ある意味アイドルに対して純粋なのでやはり姉妹であろう。

 しばらく歩いていると、何だか良く見なれた集団が随分とシケた表情を浮かべていた。

 

「し、思穂!? 今までどこに行ってたのですか!? こっちはにこを探して見失ったと言うのに!」

「思穂ちゃん……またゲーム買ったんだね」

 

 海未とことりがすぐに思穂を見つけるなり駆け寄ってきた。そして海未は思穂が手に持っていたゲームショップの袋を見るなり、目を細めた。

 海未の叱責が訪れる前に、凛が隣のこころに気づいたようで声をあげた。

 

「に、にこちゃんがちっちゃいにゃー!?」

「思穂、この子どこの子なの?」

「あーこの子……?」

「思穂さん、この方たちはもしかしてμ'sの方達ですか?」

「あ、あー……そうそう。そうだよ、こころちゃん」

 

 チラリと思穂はこころの方を見た。一瞬だけ過ぎった不安をものともせず、こころは丁寧に自己紹介を始めた。

 

「皆さん、いつも姉がお世話になっています。矢澤こころと申します!」

 

 それはもちろん、全員があからさまに驚いたのは無理もない話であった。

 立ち話も何なので、思穂の先導で矢澤家へお邪魔することになった。こころからは『パパラッチ』の可能性を示されたが、思穂は『マネージャである私が警戒しているから大丈夫』と言い聞かせ、こそこそせずに真っ直ぐ向かっていた。

 そんなこころとのやり取りを不思議に思っていた絵里が思穂へ耳打ちする。

 

「ねえ、思穂。これはどういう事なの?」

「……うーん……とりあえずにこちゃん家に行ったら全部分かるから待っててもらえたら嬉しいなぁ……」

 

 ふいに降りてきた“潮時”を感じていた思穂は諦め混じりにそう言った。このタイミングで、この鉢合わせ。しかもこころがいるとなったらどう言い逃れても不信感しか残らない。

 ラブライブ出場を目指すにしても、恐らくこの問題はしこりをもたらすことは確実。

 ――ならばこそ、思穂は出しゃばることにした。

 

「皆さん? 思穂さんがちゃんと警戒してくれているから堂々と歩けていますが、思穂さんがいないときに来られる場合はちゃんと連絡をください!」

「え、っと……何で?」

 

 穂乃果がそう尋ねると、思穂は身を強張らせた。これから先の展開が読めるだけに、こころが少しだけ得意そうに答えてしまったのが、何とも複雑であった。

 

「何でって、皆さんはスーパーアイドル矢澤にこのバックダンサーなんですから!」

「……バック」

「ダンサー……?」

 

 ――バックダンサー。その一言で、皆の動きが固まった。そこからのこころの説明は聞いているだけで非常に胃が痛くなるようなことだらけであった。

 今にこの指導の下でアイドルを目指している事、駄目は駄目なりに八人集まれば何とかデビューできる等など……どう前向きに考えても晒し首にされるような未来しか見えない。

 口々に出るのは呆れや納得、そして『にこはにこ』という結論。

 

「思穂ちゃん、もしかしてこの事知ってたん?」

「……それを含めてにこちゃんの家に着いてから、かな?」

「まあそれはそうと。……こころちゃ~ん? ちょっと――電話させてくれる?」

 

 凄まじいほどに優しい声で、絵里はこころに携帯を貸してくれるように求めた。その表情は、μ's加入前の絵里以上に怖かったのは言うまでもない。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

「ここがにこちゃんの家……?」

 

 ありふれたマンションの一室。そこが矢澤にこの家であった。特筆すべきところは何もないそんなマンションである。

 

「し~ほ~さ~ん。ばっくだんさ~」

 

 玄関に入ってすぐに出迎えてくれたのはにこの弟である矢澤虎太郎であった。鼻水を垂らしながら、もぐら叩きをして遊んでいる最中のようだ。……そのもぐらにはμ'sの顔が張られた特別製。

 

「お姉さまは普段、事務所が用意したウォーターフロントのマンションを使っているのですが、夜になると帰ってくるのです!」

「どうしてこんなに信じちゃってるんだろう……?」

「その疑問や絵里ちゃん達に聞かれたことをざっくり説明するためのモノがこちらになります」

 

 思穂は壁に貼られているポスターを指さした。それはμ'sのポスターであった。

 

「何これ、何かおかしいわ……!」

 

 いち早くその違和感に気づいたのは真姫であった。その解答を示すため、思穂はとある箇所を指し示した。それはにこの姿である。――厳密にいえば、“にこのような何か”である。

 何故ならばにこは本来の立ち位置では無いセンターに居たのだから。その意味を理解した皆は口をそろえてその言葉を言った

 ――合成。

 

「で、付いて来て皆」

 

 思穂に連れられ、皆はにこの部屋へと入るなり、あちこちに貼られている“にこの顔が目立つところに張り付けられた”ポスター達を見回す。

 丁寧に切り貼りされたポスター達はむしろ感動すら誘う。

 

「涙ぐましいというか何というか……」

 

 絵里の感想が全てであった。皆が頷き、それに同意していると、玄関の扉が開かれる。そこに立っていたのは皆が待ち望んでいたにこであった。

 

「なっ……あんた、達……!?」

 

 にこと思穂の視線がぶつかった。思穂が申し訳なさそうに顔を歪めると、にこは全てを理解した。そして、そろりそろりと後ろへ下がる。

 玄関先に買い物袋をそっと置き、にこは言った。

 

「こ、こころ……今日は仕事で向こうのマンションに行かなきゃならないから……じゃ――」

「手刀!!」

「にごっ!?」

 

 その手を読んでいた思穂は一瞬でにこの背後に回り、首へ手刀を繰り出した。綺麗に入った手刀はにこの意識を刈り取り、思穂の腕の中に崩れ落ちる。

 

「よし皆、居間に戻ろう!」

 

 笑顔でそう言う思穂に対して、凛と海未が一言ずつ。

 

「……たまに思穂ちゃんっておっかないにゃ」

「私ですら反応が遅れてしまうとは思穂……やはり手練れですね」

「とりあえず海未ちゃんは私を何か勘違いしていると思う」

 

 ――五分後。

 にこはすぐに意識を取り戻した。それほど強くやっていないのでむしろ目が覚めてもらわねば困る。皆はにこを囲むように座っていた。万が一また逃げられても面倒だからだ。

 だが、にこは目覚めるなり、テーブルに両手と額を付けた。要は土下座である。

 

「大変申し訳ございませんでした。この矢澤にこ、皆様に嘘を吐いておりました」

 

 それからにこは語り始めた。その内容は既に思穂が聞いていた通りで。だが、皆はとっくにそんなことはどうでも良かったのだ。

 むしろ、その次。

 

「ねえ、にこ。バックダンサーってどういうことかしら?」

「うっ……!? そ、それは……」

 

 ふと、にこと思穂の目があった。変な誤解をされても困るので、皆には見えない程度に手を横に振った。『まだ言ってないから』、そういう思いを込めて。

 出しゃばったのは自覚している。本来ならば皆をここに連れてくるはずではないのだから。

 そしてここまでだ。これ以上をする気は思穂にはなかった。だが、最後に一言。

 

「にこちゃん、私はにこちゃんを信じて“言っていない”。……この意味、分かって欲しいな」

 

 そんな思穂の意図を汲み取ったのか、にこは諦めたように言った。

 

「……元からよ」

 

 その言葉に、穂乃果が聞き返した。するとにこは更に詳しく言い直した。

 

「元から家ではそういうことになっているの。……別に、家で私がどう言おうが勝手でしょ?」

 

 皆の言葉を待たずに、にこは別室で遊んでいる妹達を見ながら一言。

 

「……お願い。今日は帰って。思穂、皆を案内してあげて」

「……りょーかい」

 

 マンションを後にし、思穂を先頭にμ'sメンバーが歩いていた。真姫がボソリと言った。

 

「困ったモノねー」

「でも、元からってどういうことなんだろう?」

「にこちゃんの家では元々私達はバックダンサー?」

 

 穂乃果のその一言に、物憂げな表情を浮かべる希。その横顔を見て、思穂は優しく聞いた。

 

「希ちゃんは分かった?」

「多分、にこっちは元々スーパーアイドルだったってことでしょ?」

「……せーかい」

 

 その答えに満足したように、希は続けた。自分の憶測を交えて。

 矢澤にこは一年生の時からスクールアイドルとして活動をしていた。その時には当然、妹達にも……。

 

「にこちゃんの妹達がさ、すっごく嬉しそうににこちゃんの言葉を聞いていたんだよ。『お姉ちゃんがアイドルになった!』とか『すごいです!』……なんて、子供が思いつく限りの“すごい”をにこちゃんにぶつけてたって話を聞いたことがある」

「……言い出せなかったんだね」

 

 ことりの言葉に首肯し、思穂は続ける。

 

「一年生の時からずっと『スーパーアイドル』だったんだよ、にこちゃんは。そして、『スーパーアイドル』であり続けたかった。……分かるでしょ? 花陽ちゃんとかなら」

「うん。アイドルにすごく憧れてたんだよね? 私も……そうだから」

 

 すると、絵里がぽつりとつぶやいた。その表情はどこか申し訳なさそうに。

 

「私、一年の時にその時のにこを見たことがあるわ。その時の私は生徒会があったし、アイドルにも興味が無かったから……。あの時、話掛けていれば……」

「……まあ、“もしも”の話はしないでおこうよ。後ろは振り向かないで、前だけを向き続ける。……だからさ」

 

 皆が黙って思穂の言葉を聴きつづける。そして、思穂は一通り語り終え、そして――。

 

「どうしよっか穂乃果ちゃん? 私、全く思いつかないんだけど!!」

「……イマイチ締まらないにゃ」

「はいはい凛ちゃん、抉ってこない抉ってこない。ごめん、皆一緒に考えてくれない? 私一人じゃアイディアに限界があるしさ」

 

 目を閉じ、黙考を始める皆。やはりこの手の話題に強いのは穂乃果だったらしい。真っ先に目を開いたのは彼女である。

 

「そうだ! 思いついたよ!」

 

 そして話し出す穂乃果。それを聞いて、思穂は正直笑い転げそうになった。何を隠そう、それは自分もおぼろげながらに浮かべていたビジョンであったのだから。

 周りを見ると、その方向で良いようで、皆しきりにうなずき出す。これを肯定と受け取った思穂は早速頭の中で作業工程を弾き出す。

 ここからは忙しくなる。何故なら親愛なる先輩の晴れ舞台なのだ。そこには一点の淀みもあってはいけない。どこの誰が見ても、抜かりの無いように。

 思穂はひとまずの案を皆へ語り出す――。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

「来るかなぁにこちゃん」

「来るわ、きっと」

 

 控室で思穂と絵里は待っていた。そして絵里の隣に居た希も自信ありげに言い切る。

 

「ここで来なきゃにこっちじゃないと思うよ?」

「おお、希ちゃんはやっぱりにこちゃん大好きなんだね!」

「ふふ、まあ割と長い付き合いやしね」

 

 軽い口調に含まれた感情は計り知れない物があって。だからこそ思穂も座して待つことができるというものだ。そしてその時は直ぐに訪れた。

 

「思穂ちゃん! 絵里ちゃんに希ちゃん! お待たせ!!」

「だーもう! 引っ張るんじゃないわよ穂乃果!」

 

 ドタバタしながら穂乃果は入ってきた。後ろににこを連れて。

 すぐに思穂と希と絵里は動いた。各々、己の技能をフルに活かし、にこのメイクアップに掛かる。

 ものの数分でにこは“矢澤にこ”というアイドルになった。

 

「これは……」

 

 にこは半強制的に着せられた衣装に目をやる。それは思穂と絵里と希が超特急で作り上げたモノ。日頃コスプレ衣装を自作している思穂監修の元で作り上げられた可愛い衣装には一切の造りの粗さは見られない。

 思穂は未だ戸惑うにこの手を引っ張りながらとある場所へ歩き出す。

 

「どう? これぞにこちゃん! って感じで作ってみたんだけど!」

「やっぱりにこっちには可愛い衣装が良く似合う。――スーパーアイドルにこちゃん!」

 

 たどり着いたのは屋上へ続く扉。この先にはいるのだ。世界中の誰よりも、にこのライブを心待ちにしている“ファン達”が。

 にこがその意味を理解したようで、表情が変わった。引き締まった、と言った方が良いのだろう。

 

「にこ、早く行ってあげなさい。皆が待っているわ!」

「絵里……希、思穂」

 

 絵里に手渡された可愛い装飾が施されたマイクを持ったにこはほんの少し迷った後――扉を開け放った。

 

「ほっほーっと」

「思穂さん」

「ハロハロー。こころちゃん、隣良い?」

「どうぞ!」

 

 そう言って思穂はこころの隣に腰を下ろした。ここでひょいと抱えてこの屋上から逃げ出したら、お持ち帰りできるだろうか。一瞬だけ邪な考えが頭をよぎったが、にこに骨一片たりとも残さず始末されそうなので、考えるだけにギリギリ留めた。

 

「思穂さん、どうしてお客さんがいないのですか?」

「ん? それはね、これからやるライブが凄すぎて、他の人には絶対見せたくないからだよ?」

「そんなにすごいのならば他のお客さんにも見てもらった方が……」

 

 こころの言葉に対して、首を横に振る思穂。それでは駄目なのだ。このステージを見られるのは世界でたったの三人でなければいけない。

 思穂は目一杯飾り付けをした特設ステージを指さした。ヒデコ達と協力して突貫で作り上げた割と自信作のステージである。

 

「あ、ほら来たよ!」

 

 そこから出てきたのは『アイドル』だった。そしてその後に続く、八人の『バックダンサー』。

 

「こころ、ここあ、虎太郎。歌う前に、話があるの!」

 

 ――そして、にこは語り始めた。

 『スーパーアイドルにこ』は今日でお終いだと言う事、これからはμ'sの皆でアイドルをやっていく事、もっと新しい自分に変わって行きたい事、そして――。

 

「今の私の夢は宇宙ナンバーワンアイドルにこちゃんとして宇宙ナンバーワンユニットμ'sと一緒に輝いていくこと――それが、一番大切な夢、私のやりたいことなの!」

 

 思穂は三人の方へ顔を向けた。

 

「三人とも、始まるよ? この時、この瞬間でしか見られない最初で最後、そして最高に盛り上がるステージが!」

 

 思穂は断言出来た。この時この瞬間、矢澤にこは正真正銘の『アイドル』となったのだ。この世界の誰よりも大好きな三人のための『アイドル』に。

 その時の『にこにこにー』は、世界で一番幸せそうであったのは言うまでもなかった――。

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