ラブライブ!~オタク女子と九人の女神の奮闘記~【完結】   作:鍵のすけ

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第十三話 殻を破ること、変わること

 天気は快晴。勉学に勤しむにはこれ以上にないくらい相応しい天気だった。窓を開くと風が入り込み、少しだけ上がった体温を冷ましてくれる。

 

「ひっく……えっぐ! 私の馬鹿ぁー! 何で昨日夜中の三時まで超薄着でゲームしてたんだよぉぉ!!!」

 

 思穂は“生徒会室”で叫んでいた。思穂の本来いる二年生の教室には誰もいない。

 

 ――何故なら、昨日から二年生全員は沖縄へ修学旅行へ行っていたのだ。そこには行くはずの思穂はいなかった。

 

 昨日の早朝のことである。いつものように夜中まで起きてゲームをやっていた思穂は突然寒気に襲われた。頭もボーっとして、体温計を計ってみたら三十八度オーバー。これは完全にアウトだった。

 強行して行こうと思っていたら、割と視界がぼやけてきたので、断腸の思いで早朝に担任へ電話した。ほぼ半泣きの声であったので、担任には酷く心配されたのが更に思穂にとってのトドメとなった。

 それだけならただの悲劇である。ずっと寝込み、穂乃果達の修学旅行を待つだけのヒロインとなれただろう。そこで思穂は己の身体の強靭さを失念していた。

 

「しかも半日寝たら熱下がってて何事って話だよね!! 」

 

 半日寝ると完全回復を遂げてしまったのだ。もはや体温計が壊れていたのではないかと疑わしいレベルで。

 このまま熱下がっていないと言い張ったらゲームやアニメが永遠にプレイできると行き着いたが、万が一にも麻歩にバレたらそこで終了。

 なれば、思穂に選べるのは“大人しく学校に行くだけ”である。

 当然授業は自習であったが、思穂にしてみたらもうとっくの昔に完全把握していたレベルである。なので、担任に掛け合い、自習をする代わりに生徒会業務をこなせるようにしてもらった。普通なら有り得ない事態だが、二年生は思穂以外居ないと言うのと、思穂の成績等などの条件からこの“特例”が許された。

 

「まあ、パソコン二台とスマホがあればただのサービスタイムになるんだよねーっと。……ていうか、穂乃果ちゃん、海未ちゃんやことりちゃんがいるのにこれは何ともはや……」

 

 左手のパソコンは海未、右手のパソコンは穂乃果。両利きであることを活かして、思穂は今真ん中にスマートフォンでアニメを流しながら、両方の手を踊らせていた。

 海未の方は綺麗に処理済み、これから処理しなければならないファイルを纏めていたので処理しやすかった。だが、穂乃果の方は違う。整理という言葉をどこかに置き忘れて来たかのようなごちゃごちゃとした状況。

 しかし、それらは全て織り込み済み。思穂の仕事に何ら支障はない。

 

「思穂ちゃん捗ってる?」

 

 ひたすら作業をしていると、希と絵里が入ってきた。彼女達も彼女達で穂乃果達が帰って来てからすぐに生徒会業務が出来るようにサポートに回っているのだ。

 

「ええ、悲しみを力に変えて今の思穂ちゃんはいるからね……」

「特に責める気はないけど、こういう人生でそう何度も無いイベントくらいは早く寝なさいよ? 後悔するのは思穂なんだから」

 

 そう言って、希と絵里も作業を始めた。彼女達は書類を整理したり、雑件を片付けているようだ。要は思穂のやっていることとほぼ同じである。

 

「まあ起きたことは起きたこととして受け止めますよ。その上で自分が納得できることを色々やって行きます。それに、例のイベントもありますからねー」

「そうね……あれ? この書類番号抜けている……どこかしら?」

「何の奴ですか?」

 

 絵里が書類の書類と抜けている番号を言うと、思穂は目を閉じた。カチカチとパズルを組み立てるように様々な事を思い出し、見つけた。

 

「……ああ、その番号なら確か部室の二番目のアイドルグッズ棚の上にあったようななかったような……」

「穂乃果は全く……」

「思穂ちゃん、良く覚えてるね」

 

 希が褒めると、思穂は胸を張った。と言ってもたまたまである。一度見たら割と頭に入る方なのだ。

 

「でしょ? 私の一京のスキルの内の一つだよ」

「毎回聞くたびに数字が増減しているのは気のせいやろうか?」 

「私も日々進化したり退化しているからねー」

「いや、退化は駄目でしょう……。部室だったわね? 取りに行ってくるわ」

「あ、エリち、ウチも行くー」

「私も行くー!」

 

 思穂は立ち上がるなり、そう言った。実は一人ぼっちの作業が多すぎて、寂しかったのだ。このチャンスを逃して堪るものかと。

 絵里と希の後ろに付き、思穂は部室へ向かった。

 扉を開くと、そこにはとても素晴らしいやる気に満ち溢れた真姫、凛、花陽、にこが椅子に座っていた。

 

「気合いが入っているねー皆ー」

「皆気合いが入らないのは分かるけど、やることはやっておかないとね」

 

 そう言うなり、絵里は先ほど思穂が言っていた場所を漁り、目的の物を見つけた。ぐちゃぐちゃになっていないのは良かったが、それでも大事な書類をこんな所に置いておく穂乃果の顔を思い浮かべ、絵里は溜め息を一つ。

 

「えーまた練習凛達だけー!?」

「今週末には豪華絢爛ファッションショーでのステージがあるんだし、テンション上げて行こうよ皆」

 

 先日行われたラブライブの予選を見てなのか、今週末に開催されるファッションショーの担当が思穂へコンタクトを取ってきた。内容はいましがた言った通り、ファッションショーの舞台で一曲披露すること。色々と条件が付加されているが、それでもμ'sの知名度上昇の為、思穂は即決した。

 だが、その時期が丁度思穂達二年生が修学旅行から帰ってきた直後。絵里たちに相談した結果、穂乃果達がやりやすいように彼女達抜きで練習をやろうと思っていたのだ。

 

「きっとモデルさん達と一緒のステージだよね……気後れしちゃう」

「そうだよね~……」

 

 何気なく、気づいてしまった。凛の表情が曇ったのを。もちろんファッションショーでモデルさん達が一杯いるからというのもあるだろう。――だが、それだけではないのではないかとも思えた。

 

「――ねえ、思穂」

 

 部室を後にし、廊下を歩きながら絵里は思穂へ顔を向けた。その顔を見て、何となく言いたいことを察した思穂は笑顔で言った。

 

「私は一択だねー」

「おお、思穂ちゃん察し良すぎるやろ」

「でしょ? 何故なら私は『千のゲームの女(サウザンドゲーマー)』片桐思穂ですからね」

「はいはいふざけないで。実は私と希も何となく話していたのよ」

 

 そう言って、絵里がその名を出した。少しだけ思穂は笑ってしまった。何故ならそれは自分も出そうと思っていた名前なのだから。

 思穂もその旨伝えると、絵里は頷き、携帯を取り出した。

 

「ふふ、この調子なら穂乃果もきっと同じことを言うわね」

 

 生徒会室に着くなり、絵里は穂乃果へ連絡を取った。開始数秒で絵里が心底不思議そうに首をかしげたので、一体どんな会話が繰り広げられているのだろうと頭の中で思考を巡らせながら思穂は空を見上げた。飛行機が飛んで行ったのか。飛行機雲が出来上がっていた。

 数分のやり取りの後、絵里が通話を終え、親指を立てた。

 

「穂乃果も賛成みたいよ?」

「やっぱりね、カードもウチにそう言っていたわ」

 

 そうなると話は早かった。早速、思穂は全員を教室へ集めることにした。

 本人は絶対に否定するだろう。だが、思穂も、絵里も、希も、穂乃果も、彼女が良いのだ。良いと思ったから彼女を選ぶのだ。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

「え、ええええ!?」

 

 その本人である星空凛が教室で悲鳴を上げた。想像通りの反応に少しだけ笑ってしまった思穂である。

 全力で否定しだす凛に対し、絵里は滔々(とうとう)と語り出した。

 これからのμ'sの事考えたり、暫定的でもリーダーがいた方が練習の方向性も定まる。当然と言えば当然だが、期限は穂乃果達が帰ってくるまでの間。懇切丁寧に説明してもなお、凛はそれを否定する。

 

「そ、それなら真姫ちゃんとかが良いんじゃない!? ほら、歌も上手いし、ダンスだって!」

「なるほど……割と前から感じていたけど、凛ちゃんは引っ込み思案なんだね」

「うん……昔からね」

 

 花陽が代わりに答えてくれた。

 星空凛とは前に出るようで、実は出ないタイプの子である。どちらかというと、決して関わらず傍から騒いでいるタイプ。

 だからこそ、思穂は余計にこの選択は正しかったと心から思った。

 

「凛ちゃん。やっぱり私は凛ちゃんだと思うよ。最初は凛ちゃんがこういう纏める役割好きかなぁって思って名前を上げたんだけど、今は違う」

 

 思穂は凛の肩に手を置いた。

 

「やってみた方が良い。もしかしたら凛ちゃんの殻が破れるかもしれないよ?」

「凛の……?」

「うん。皆が凛ちゃんが良いって言っている。もちろん私も良いと思っている。この気持ちさ、ほんの少しだけ汲んでもらえると嬉しいなっ」

 

 凛は皆を見やる。断られない雰囲気が彼女へ襲い掛かる。否定の言葉を言うために口を開くもパクパクするだけで声が出せなかった。

 皆が言うなら……皆が言うなら……。凛は不承不承ながらに首を縦に振る羽目になった。

 ――凛はそんなタイプじゃないのに。

 なので、心の中だけに留めておくことにした。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 凛をリーダーにしてから一日経った。凛は凛なりに頑張っているのだが、やはり根っこの性格が災いしてしまい、難儀しているようだった。

 例えば、練習のリード。リズムを上手く取れず、ダンスのテンポを崩してしまうことが多々あった。そして、自分の意見を強く持てない事。にこと真姫がステージの使い方で意見が真っ向からぶつかった際、当然リーダーである凛に意見が求められたが、彼女はいまいち煮え切らない反応をしてしまい、にこが叱りつけた場面が見られた。

 だが、初日も初日なので、穂乃果が戻ってくるまで何とかやっていけるだろう。――そんな矢先に、アクシデントが降りかかって来た。

 

「――皆、面倒なことになったよ」

 

 部室に皆を集めるなり、思穂は切り出した。

 昨夜、台風の影響で飛行機が欠航になると、穂乃果から電話が掛かってきたのだ。つまりそれが意味する所とは一つ。

 穂乃果達は当日のファッションショーに間に合わないということだ。その事実に、凛は思わず席を立った。当然とも言える。そうなると、与えられる役割があったのだ。

 

「思穂の言うとおりよ。穂乃果達はファッションショーには間に合わない。だから――リーダーである凛がセンターを努めてもらうことになるわね」

「うん。で、それに伴って、先方からセンターの人に着てほしいっていう衣装が届いたんだよね」

 

 言いながら、思穂は袋から取り出した衣装を見せた。

 それは女の子の憧れである。女の子達の“憧れ”の集合体――ウェディングドレス風の衣装であった。

 “女の子らしさ”の究極系とも言える衣装を目の当たりにし、凛は完全に固まった。

 真っ先に反応したのは花陽であった。

 

「きゃあ! きれ~い~!!」

「へえ、良いじゃない」

 

 真姫も興味深そうに頬を緩めた。やはり真姫も女の子なのだな、と思穂が口にしたら彼女に睨まれた。その睨みは思穂にとって割と心地よかったのは内緒。

 周りが騒いでいる中、凛はコワレタ。

 

「こ……こここ、これを……!? はは、はははっはははは!!」

 

 にこが近づくと、“シャー”と猫のように威嚇し、部室から逃げ出した。

 

「あ、あれ!? 何で扉が!?」

「な~んでだと思う~?」

「うわ、やられっぱなしだからにこちゃんが知恵を付けた」

「ぶっとばすわよ思穂!」

 

 ゆらりと、にこが凛へ近づいた。思穂の言うとおり、何だかんだで凛に追いかけ回されている経験が多いにこにとってこれは千載一遇のチャンス。

 確保しようとした瞬間、扉の鍵が開き、凛が飛び出した。

 

「――ていう感じで逃げられても困るんだよね~」

「にゃっ!? 思穂ちゃん!?」

 

 廊下を駆けだした数秒後に、思穂は凛を連れて部室へ帰還していた。日頃の“買い物”で足腰が鍛えに鍛えられている思穂にとって、この学校の陸上部ですら敵では無かった。

 捕まってしまった凛はとうとう諦め、これ以上の抵抗は見せなかった。隣の練習部屋に移るなり、凛はぼそりと言った。

 

「無理だよ。どう考えても、凛には似合わないよ!」

「そんなこと――」

「そんなことあるの!」

 

 絵里のフォローを遮り、凛が言った。そして、自分の髪を触りながら、顔を伏せる。

 

「だって凛……こんなに髪が短いし」

 

 そう言い、更に凛は続けた。

 その話を聞きながら、思穂は自分の考えの甘さを自覚した。

 

(……これは根深い、か)

 

 星空凛とは思穂の想像以上に自分に自信がないのだ。言葉からにじみ出るその感情をしっかりと受け止め、思穂はそんな凛に昔の自分の姿を重ねてしまった。

 自己評価の低さから全てに対し臆病になってしまった昔の片桐思穂に。

 

「――とにかく、μ'sのためにも凛じゃない方が良い」

 

 とうとうそんなことを言い出した凛。彼女の気持ちを汲み取った希が頬に手を当てた。

 

「でも確かにあの衣装は穂乃果ちゃんに合わせて作られたから凛ちゃんだと手直ししなくてはならないんよね。……近いサイズだったら……花陽ちゃん?」

「私っ!?」

「確かに……急にリーダーになった凛一人に全てをやらせるのも頂けないわよね。……花陽、どう?」

 

 途端、凛は立ち上がって花陽の手を握った。よほど重圧だったのだろうか、その表情はとても明るくなり、花陽を褒めだした。

 そんな凛へ、花陽が聞いた。

 

「でも凛ちゃん――良いの?」

「――良いに決まってるにゃ!」

「あ……」

 

 見てしまった。なまじ、自分も同じような経験をしてしまった故に“気づけた”。そんな凛を見て、思穂は誰にも分からない様に顔を歪めた。普段ならば絶対にしない表情だ。

 

(……そんな顔して言う“良い”になんて、何の説得力も感じないよ、凛ちゃん)

 

 だが、流れはそれを許さない。絵里と希は早速衣装合わせをするために作業に取り掛かり始めた。

 “良い”と言った時の凛の顔がこびりついてしまった思穂は顔半分を手で覆った。一つだけ言えることがある。

 このまま時間が過ぎ去ると、間違いなく星空凛は二度と自分の殻を破れないのだ――と。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

『思穂ちゃん。ちょっとだけ……良いかな?』

「お、花陽ちゃん」

 

 その日の夜、花陽から電話が掛かってきた。内容は思穂が想像していた通り、凛の事である。

 

『実はね、穂乃果ちゃんから電話が来たんだ』

「うんうん」

 

 思穂はただ花陽の話を聞いていた。内容を要約すると、『自分はこのままで良いのだろうか』とそういう事であった。

 やはり花陽は凛の幼馴染である。凛の言葉と表情の“奥”を察していたのだ。

 

「そっか……花陽ちゃんは穂乃果ちゃんとの話で一応自分の中で答えは出たけど、本当に良いのかって不安なんだね?」

『うん……私は私なりに考えて決めてみたんだけど、もしこれで凛ちゃんを傷つけてしまったらどうしよって……』

「正解は花陽ちゃん自身にしか決められないよ?」

 

 あえて思穂は穂乃果と同じスタンスを取ることにした。その選択は花陽が悩みに悩んだ末に出た尊いものである。そんなものに自分と言う“淀み”を入れるなどという烏滸(おこ)がましいことは死んでも出来ない。

 選択に口を挟むことはしない。だけど、片桐思穂はその選択をどこまでも“後押し”することは出来る。

 

「花陽ちゃんの選択は花陽ちゃんの物だから、私は何も言わないよ? ――だけど、その選択を誰にも文句は言わせない事は出来る」

『思穂ちゃん……』

「だって私はマネージャーだしね! 演者さんがやりたいようにやらせるのが私の絶対使命だよ!」

 

 思穂はこう締めくくった。

 

「――大丈夫、花陽ちゃん。花陽ちゃんの勇気ある、そして優しい“選択”にケチは付けさせないから」

 

 もしかしたらこの選択で何かが大きく変わることがあろうとも、思穂はこの時の花陽の選択に後悔だけは持たせたくはない。そんな事があったら思穂は腹を切るまで考えていた。

 何故なら、この二人の友情はそれほどまでに優しく、そして尊いものなのだから――。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 ついにファッションショーの当日となった。モデル達が軽やかにステージを歩いていく姿は思穂も目を奪われ、この中でμ'sはライブをやるのかと気持ちを新たにする。

 控室に通されるなり、凛が一言。

 

「じゃあ皆、着替えて最後にもう一度踊りを合わせるにゃ!」

 

 皆が頷くなり、思穂は隅を指さして言った。

 

「凛ちゃんの衣装はあっちに用意しているからねー」

「ありがとう思穂ちゃん!」

 

 カーテンを開いて、中を確認するなり、凛が驚いたように声をあげた。もちろんそうなることは全て織り込み済みである。

 

「え、思穂ちゃん……これ衣装間違って――」

 

 凛の眼に飛びこんできたのはタキシード姿のμ'sと、そして花陽であった。皆、凛へ暖かな目線を向けている。

 この状況に凛が戸惑っていると、花陽が彼女の眼をしっかりと見て、こう言った。

 

「――間違ってないよ」

「貴方がこれを着るのよ、凛」

 

 花陽の言葉に真姫が続いた。凛がこの控室に入った時点で既に彼女の運命は決まっていたのだ。

 白々しく、そして穏やかに思穂がトドメを刺した。

 

「ほわっちゃ、何ていう事だ。衣装の一部がほつれていたから直してみたら凛ちゃんのサイズにピッタリな感じになっちゃった! これはもう今すぐには直せないな……」

「思穂ちゃんは嘘吐くとき大げさになるなぁ」

「希ちゃん、そこは突っ込まないで欲しかったな!」

 

 だけど凛はその衣装を着れなかった。着る訳にはいかなかった。何故なら自分は他の皆と比べて――。

 急にセンター変更になったら皆が――。そう凛が逃げるが、それを見越して皆、骨を折った。既に凛と絵里の二人体制で凛がセンターで歌えるように調整してきたのだ。

 凛の不安要素を全て潰してもなお、凛は迷っていた。そんな迷いに光を入れたのは他の誰でもない自分の親友であった。

 

「凛ちゃん! 私ね、凛ちゃんの気持ちを考えて、困っているだろうなって思って引き受けたの。でも、思い出したよ!」

 

 花陽はずっと待っていたのかもしれない。いつか、大事な親友の背中を押せる時を。“あの時”、親友が背中を押してくれたから、今の自分がいるのだ。

 断じて、これは恩返しなどでは無い。ただ、当たり前のことを当たり前のようにしているだけである。

 

「――凛ちゃんは可愛いよ!!」

 

 そして真姫が続いた。

 皆の満場一致の意見が一つある。μ'sで一番女の子っぽいのは凛なのだ。他の誰でもない、星空凛その人なのだ。

 堰を切ったように花陽が凛を褒めだした。感情の溢れるままに出る言葉。その中の一つをあえて取り上げるとするのなら――。

 

「おお……抱きしめちゃいたいくらい可愛いかぁ。これは良いですねぇ……あのタワーが建てられちゃうなぁ」

「思穂、貴方は茶化さない」

「ほわっちゃ」

 

 絵里に軽く睨まれるとすぐに思穂はそっぽを向き、口笛を吹き始めた。適当にセレクトした曲は、トカゲクエスト初代のフィールドBGM。完全コピーして吹いたもので、以前ネットに投稿したら三時間で再生数ハーフミリオンを叩き出したレベルだ。

 口笛を自然に止め、思穂は花嫁衣装の横に立った。

 

「凛ちゃん。この衣装は女の子の憧れ、それは分かっているよね?」

「う、うん……」

「ならさ、凛ちゃんはやっぱりこれを着なきゃ駄目なんだよ。この衣装にはね、女の子達の憧れが込められているんだよ。そして凛ちゃんもこの衣装に憧れを持っている。……ならさ、凛ちゃんはこの衣装を着られるんだよ。――そうでしょ? 花陽ちゃん、真姫ちゃん!」

 

 すると、凛の後ろに花陽と真姫が回り込んだ。

 

「思穂ちゃんの言うとおりだよ! 凛ちゃん、あの衣装見てみて?」

「一番似合うわよ、凛が」

 

 そう言って、二人が押した。ふわりと、“あの時”のように。あの時、押してもらった背中を今度は自分が。

 全ての感情をこの一押しに。花陽と真姫はどこまでも強く、そしてどこまでも優しく凛の背中を押した。

 

「あ……」

 

 その衣装に触れた凛。今の今までその衣装に触れる事すら抵抗を感じていたのに、今はもう何も思わない。今はそう、ただ――。

 

「……思穂ちゃん。凛、こういう衣装の着方分からないから、ちょっとだけ手助けしてほしいにゃ」

「――承った! この片桐思穂に全てを任せなさい」

 

 ただ――自分でも着て良いのかと、すごく嬉しかったのだ。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

「いやー……ほんと穂乃果ちゃん達を見ると、今でも自分の不摂生が恨まれるね」

「思穂は本当に加減を知ってください」

 

 久し振りの練習に参加するなり、海未は思穂にそう言った。半目で睨まれるも、思穂の心底悔しそうな顔を見るなり、すぐに表情を緩め、海未は言う。

 

「……来年はしっかりしてくださいね。私も思穂と修学旅行に行きたいのですから……」

「そうだよ思穂ちゃん! 私も思穂ちゃんと行きたかったのにー!」

「風邪はもう大丈夫なの?」

 

 海未、穂乃果、ことりの順番で心配されることの何と幸せな事か。思穂はありがたさに打ち震えながら、笑顔で返した。

 

「大丈夫! 今度は前日にはちゃんと二時に寝るから!」

「しーほー!?」

「ほわっちゃ!? う、嘘嘘!」

 

 お土産話をたっぷり聞きたいところであったが、その前に一人出迎えなければならない子がいる。何となく足音で察した思穂は扉をバッと開け放った。

 そこには――紛れも無く“変身”した凛がいたのだ。

 

「……え、えへへ……ど、どう……かなぁ?」

 

 今までの練習着から一転、スカートを履いた凛が居た。その顔はもう何も臆した様子はなく、自信に満ち溢れていた。

 その顔を見て、思穂の中から心配が完全に霧散する。

 

「わあ! 凛ちゃん可愛い!」

「へえ……良いじゃない」

 

 花陽と真姫が駆け寄って、左右から凛の肩に手を置いた。

 皆もそんな凛の姿を見て、盛り上がっていた。そんな皆の反応を一身に受け、凛は空を一度仰いでから、大きく息を吸い込み、そして言い放った。

 

「よーし! さあ、今日も練習いっくにゃ~!!」

 

 思穂は間違いなく言えた。今日のこの日ほど、凛を“可愛い”と思った日はないと。今までも可愛かったのに、更に“可愛い”と思えることの何と幸せな事だろうか。

 そして、これからは――これからも、今日抱いた感情以上に凛を“可愛い”と思え続けられるのだと思うと、更に嬉しくなる。

 スカートになり、脚の露出が増えた凛へ思穂は今日もセクハラをしに行くのであった――。

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