ラブライブ!~オタク女子と九人の女神の奮闘記~【完結】 作:鍵のすけ
『ハロウィンイベント?』
皆の声が揃った。と言っても、海未とことりは“所用”でこのハンバーガーショップにはいない。
思穂は皆のキョトンとした顔を見つつ、説明を続ける。
「そうそう。皆ハロウィンは知ってるよね? あのトリックオアトリート的なアレ!」
「ここにも飾っているカボチャとかの?」
花陽の相槌に気を良くしながら、思穂は鞄から取り出したペーパーを皆に見せた。
「実はね、今年このアキバをハロウィンストリートにしようっていう計画があってね! 地元のスクールアイドルであるμ'sとA-RISEにも出演依頼が来たんだよ!」
この話が来たのは最近の話であった。街のイベント実行委員会から音ノ木坂学院を経由し、マネージャーである思穂に話が通ったのだ。街ぐるみのイベントに出ることにメリットは思穂も良く知っていたし、何よりもA-RISEと肩を並べてイベントに出演すると言うことは否が応でもμ'sの知名度上昇にも繋がる。
――言い方を悪くすれば、A-RISEを利用させてもらうのだ。
それに、と思穂はにこの方を見て意味ありげに笑みを浮かべる。
「そ・れ・に。そのイベントにはテレビ局も入るよ! つまり、にこちゃんがそれだけ有名になるってことだよー!」
「て、テレビ局ー!?」
「わ、すごーい!」
にこが立ち上がった。興奮を隠しきれない様子のにこは思穂に掴みかからんばかりにやる気を露わにする。
その隣では穂乃果がその意味を分かっていないようで、呑気に笑っていた。実際、思穂もただテレビに出るかもしれないとだけ聞けば実感が湧き辛いのも大いに分かる。
その朗報に皆もざわつき、思い思いの事を話すが、にこの一声でそれらは掻き消された。
「皆、A-RISEよりもインパクトのあるパフォーマンスをお客さんの眼に焼き付けるのよ!」
「おお! これからはインパクトの時代だよ真姫ちゃん!」
「それよりも……良いの、穂乃果? こんなとこにいて?」
生徒会の仕事は良いのか、と花陽が穂乃果へ言った。心から心配しているような、そんな声色だった。花陽の心配を受けた穂乃果はその瞬間から、顔から血の気が引いていた。
思穂は入口が見える位置に居たので、物凄い笑顔を“貼り付けている”海未とそんな彼女におっかなびっくりをしていることりがやってきたことにいち早く気づけた。
「へえ……これからは“インパクト”ですか? 良いですねぇ」
瞬間、鬼の形相になった海未。そこから海未による穂乃果へのありがたい“お話”が始まったのは言うまでもない。
◆ ◆ ◆
「あ、思穂来ましたね」
運動場に近づくにつれ、妙なコスプレをした九人が見えてきた。正直帰りたかったが、白衣と眼鏡を着用した海未に見つかったのが運の尽き。
こうなったのにもちゃんと理由はある。
ハンバーガーショップでの“お話”が終わったあと、色々話をした結果。『μ'sにはインパクトが無い』という流れになってしまったのだ。
そして更にそれを裏付ける事柄として、その翌日から始まったハロウィンイベントにμ'sも出演したが、後に出てきたA-RISEによって一気に持って行かれたというのも決定打となった。当然と言えば当然だが、イベント開催側はA-RISEを重視している。
言い方を悪くするならば、μ'sは出汁に使われた。このままでは完全にA-RISEの独り勝ちである。
そこで海未が打ち出した策こそが今行われようとしていることである。正直、妙に自信満々な海未を見ていると不安な気持ちしかなかったのは気のせいでありたいと思穂は信じたかった。
思穂が見やすい位置に着いたのを見計らって、テニスウェアを着こんだ穂乃果から順番に“始めた”。
「貴方の想いをリターンエース! 高坂穂乃果です!」
「え、相手フラれたのかな?」
続けざまに新体操をする人のような格好をした真姫がリボンをくるくると回し出す。
「誘惑リボンで狂わせるわ! 西木野真姫!」
「あー確かにトンボが目回しそうだね」
更に何故かミカンを着こんだ花陽や、バレー部のユニフォームを着た希が真姫に続いた。
「剥かないでー! 私はまだまだ青い果実。小泉花陽です!」
「ミカンが花陽ちゃんに似合いすぎてるなぁ」
「スピリチュアル東洋の魔女、東條希!」
「確かにそのお胸は魔女の風格ですわ」
段々脂汗を掻き始めてきた思穂。そして、妙な感覚に襲われた。例えるならばそう、皆が盛り上がっている中、後から入って来て若干気まずい思いをしているような、そんな感じだ。
「恋愛未満の化学式、園田海未です!」
「つまりお前と恋人になる可能性は微塵もねーよバーカだね」
「私のシュートでハートのマーク付けちゃうぞっ! 南ことり!」
「わー付けて付けて―」
「キュートスプラーッシュ! 星空凛!」
「何か人魚が歌で相手と戦うようなアニメを思い出すね!」
「必殺のピンクポンポン! 絢瀬絵里よ!」
「絵里ちゃんに至ってはμ's加入前の自分を思い出してほしい」
そして、と思穂は最後になったにこの方を見る。正確にいうのなら、“にこであろう”者だ。
「そして私! 不動のセンター矢澤にこにこー!」
「うわ、ごめん顔見えなかった」
そして最後に皆で締めくくり、この茶番は終了した。皆から意見を求められたので、思穂は顎に手をやり、黙考した。やがて意見がまとまり、思穂は口を開く。
「部活系アイドルっていうコンセプトは良いと思うけど、ちょっとμ'sらしくないというか何というか……」
「そう……思いますか、思穂?」
「うん、まあ……そもそも――」
そこで思穂は口を閉じた。折角、皆が模索しているのだ。それに口を挟むのが何だか空気を読めないような感じがしたので喉元まで出た言葉をグッと飲み込んだ。
思穂の意見は最初から決まっていたのだ。
(まあ、それはよほど皆が行き詰ったらで良いのかなー)
とりあえず空気を変えるため、思穂は部室へ戻ることを提案した――。
◆ ◆ ◆
「……これは何とも迷走が凄いと言うか何というか……」
珍しく思穂は驚いていた。思った以上に壁にぶち当たっている様子が伺える。
何せ、部活系アイドルの次は何故か『それぞれ皆のキャラを入れ替えて喋る』ということをやり始めたのだ。穂乃果は海未の真似、海未は凛の真似、ことりは絵里の真似、凛は真姫の真似、花陽はにこの真似、真姫は希の真似、絵里は花陽で希は穂乃果の真似、にこはことりの真似と、把握するのさえ面倒くさくなるようなこのごちゃ混ぜ感。
印象に残った物まねをピックアップするならば、凛の真姫の物まねが想像以上に上手かったことや花陽の『にっこにっこにー』が愛らしすぎてつい録音してしまったこと等が挙げられる。にこのことりの真似は最もクオリティが高く、声なんて目を閉じれば本物かと聞き間違えるレベル。
――だが、それで問題が解決したかと問われれば全く話は別。
「ねえ、ちょっと思ったんだけど」
そう前置き、絵里は続けた。
「いっそのこと、一度“アイドルらしい”ってイメージから離れてみるって言うのはどうかしら?」
「離れてみる……って言ったら、“かっこいい”?」
「それ以上だったら……“荒々しい”とか?」
どんどん議論が深まっていく皆。議論、という文字の後ろに疑問符が付きそうなレベルで話は盛り上がって行き、結局行き着いた結果は思穂の想像していたよりもはるか斜め上の結果となった。
「よーし! ならさ! こういうのはどうかな!?」
深夜のテンションもこういう感じだよな、とぼんやり思いながら思穂は穂乃果のアイディアを聞いていた。穂乃果の提案がよっぽど魅力的だったのか、皆は二つ返事でオーケーを出した。
そうなってくると、思穂はそのやりたいこと十全に行えるようにサポートするだけである。
二十分程時間をもらい、思穂は必要な道具を揃えた。μ'sのマネージメントをする際に色々イベント関係者と知り合いになれたので、その伝手を活かし、穂乃果達が要求する物一式を用意出来た。
早速、穂乃果達なりの“アイドルらしくないアイドル”が示されることとなる。
「――クァァ! 皆さん、お久しぶり! 我々はスクールアイドルμ'sである!!!」
パンク、というかメタル、というかそんな“奇抜”という言葉で塗り固められたμ'sが校門前に出現した。その第一印象は出てきた瞬間に悲鳴をあげられた時点でお察し。
下校をしようと歩いていた生徒達は全員距離を離し、完全に不審者を見るような眼である。
口上を終え、皆が一心地ついた辺りで校内放送が鳴り響いた。
『アイドル研究部μ'sの皆さん、今すぐ理事長室へ来てください』
ふと思穂が校舎を見上げると、窓からこちらを見下ろしていた理事長と目が合ってしまった。にこりと浮かべた笑顔は正直――身震いがした。
◆ ◆ ◆
「どうしてこうなったのよ!」
馴染みのハンバーガーショップに集まるなり、にこは一言。
皆、相当に参っていたのもあり、理事長に怒られた責任の擦り付け合いが始まってしまった。とうとう思穂が恐れていた事が起きた。奇抜すぎるアイディアは良いのだが、そんなものは第一印象の“インパクト”を強烈にするだけに過ぎない。
「思穂! 黙ってないで何か言いなさいよ!」
「ほわっちゃ! 私?」
「ええ、一歩下がった位置から見た思穂の意見を聞きたいわね」
にこだけではなく、絵里にも促されたので、思穂は遠慮なく言わせてもらうことにした。正直、これ以上壁に当たり続けても練習時間や衣装を作る時間が勿体ない。
「私はさ、このままで良いと思うんだけどなぁ」
ずっと抱いていた意見をとうとうぶつけられた少しばかり思穂は胸のつっかえが取れたような気がした。蓋が外れた思穂はとつとつと語り始める。
「この間の予選もそうなんだけど、あの時は全力で目の前のライブをこなしたからこその結果だったし、今度もそう出来たら怖いものは無いと思うんだよね。下手に変わって、この九人だからこそ出せる奇跡のバランスを崩すっていう選択肢はちょっと……ね」
その言葉に思い当たる節が沢山あるようで、皆が顔を伏せてしまった。
言いたいことは言った。あとは皆がどう思うか、これに尽きる。
「私も……皆が着て、似合う衣装が良いなと思うんだ。だからあまりインパクトは……」
衣装担当であることりも思穂と似たような意見だった。インパクトはもちろん大事だが、それ以上にやはり『これが穂乃果ちゃん達の衣装』と胸を張って言えるような衣裳を作りたかったのだ。
そこでこの話は一旦打ち切りになり、今日は帰ることになった。
「どうしたの、穂乃果ちゃん?」
店から出ると、穂乃果が立ち止まり、皆の背中をジッと眺めていた。
「さっきの思穂ちゃんの言葉をね、色々考えてみたんだ」
皆を見ながら、穂乃果は続ける。
「A-RISEがすごいから、私達も何とか新しくなろうと頑張って来たけど……多分、私達は今のままが一番良いんだよ。だって――皆、個性的なんだもん!」
時間を掛けてお互いの事を分かって、受け入れて、それで今の自分達がある――と、穂乃果はそう続けた。
その言葉を受け、行き着くところに行き着いたと、思穂はそんな手ごたえを感じていた。
穂乃果の言葉の体現者は紛れも無く片桐思穂自身である。自分の殻に閉じこもってもなお、皆はその殻を割って自分を救い上げてくれたのだ。そんな思穂だからこそ、このμ'sの尊さをよく理解していた。
「そんなμ'sが――私は好き!」
「私も! いつまでもさ、そんなμ'sで居て欲しいんだよね私は!」
確かに変わることは大事なのだ。現に思穂も変われた一人である。しかし、『変わらない勇気』もそれと同じくらい大事なのだ。
そしてそれはそのままA-RISEの喉元へ突き立てる刃とも成り得て。
ハロウィンイベントはもうすぐそこまでやって来ていた。
いつまでもμ'sはμ'sのままで。慌ただしく、だが手探りでたどり着いた先は何て事のないからこそ、儚く大事なものなのだ――。