ラブライブ!~オタク女子と九人の女神の奮闘記~【完結】 作:鍵のすけ
「う~ん、ここも駄目か……」
グラウンドには陸上部が昨日の自分に打ち勝つために今日も練習に励んでいた。今は風も涼しく、日差しもそれほど強くはないので身体を動かすには最適といって良い。後、短パンから覗く程よい筋肉がついた脚を眺めるのに絶好の日とも言えよう。
しかし、これは思穂の望む状況では無い。現在、思穂はアイドル部の練習場所を探しに校内を歩き回っていた。グループ名もそうだが、練習場所すら無いとはこれいかに。
「あれ? 何か私、マネージャーっぽいね!」
名前を考えるのは穂乃果達に任せることにした。何だかんだで一番重要な部分となるだろうから、そこは主要メンバーで決めるのが筋だろう。その代わり、思穂は雑務をこなすことにした。幸い、生徒会の仕事を良く手伝っていることから他の生徒や先生からは顔を覚えられている。
その内、穂乃果達の名前の方が広く知られることになると信じ、今は自分が馬車馬のように働く。練習場所のキープはその手始めだ。
しかし現実はそう甘くはないようだ。とりあえず外で出来そうな場所を一通り歩き回ってみたが、結果は芳しくない。学校裏、中庭、体育館、そして最後にグラウンドまで来たが、全部使われてしまっている始末。
「そうなる、と……」
思穂は踵を返し、校舎へと向かった。押して駄目なら引いてみろ、外が駄目なら中を見ろ。とりあえず思穂は空き教室へと歩を進める。
(きっと穂乃果ちゃんは達は素晴らしい名前を考えているんだろうなぁ。私なんてキャラの名前決める時、ああああ一択だしなー……)
今日の夜に見るアニメへ思いを馳せていたらいつの間にか目的の空き教室へ辿りついていた。早速中を確認するべく、扉に手を掛けると、妙な手応えに気づく。
そこで思穂は思い出した。
「あ、そうだ。先生に開けてもらわなきゃ駄目じゃん。くそう! くそう! 呪文があれば……!」
早速、思穂は職員室へ足を運んだ。空き教室を管理している先生がまだ帰ってなければ開けてもらえるはず。幸い職員室も近いので、思穂はやや小走りで向かった――。
「かくかくしかじか。ということで鍵貸してください」
「かくかくしかじかで分かると思うなよ。で? 空き教室を何に使うんだ?」
流石に漫画のようにはいかない。とりあえず思穂は端的に、そして的確に事情を説明する。思穂が話し終わるのを見計らい、ずっと黙って聞いていた女先生が口を開く。しかし、その表情は、思穂の説明に心打たれたという様子には、とてもじゃないが見えなかった。
「……え? スクールアイドルやるのか? お前らが……? ふ~ん……」
むしろ鼻で笑われてしまった。完全に小馬鹿にしている顔である。そうして思穂の話を聞き終わった先生が、鍵の代わりに差し出した物とは五枚程の問題用紙だった。
「あ、これ今日の授業寝てたペナルティな。その内、ペナルティテストやるから覚悟しとけよ?」
「あーマズイ! 何か職員室にハリセン持った女子生徒と鉄砲持った男子生徒入ってくる気がするから私逃げますね! じゃ!」
思穂は全力で逃げ出した。それはもう脇目も振らず。そんなことをしていたらアニメを視聴する時間もゲームをやる時間も漫画をやる時間も無くなってしまう。あと、アイドル部の練習場所も見つけられなくなる。
……走りながら思穂は最終手段を取ることに決めた。というより、もうあそこしか無い。
「……ん?」
ピタリ、と思穂は動きを止めた。廊下の向こうに、気になる生徒を見つけたからだ。
「アイ、ドル……」
眼鏡を掛けた女子生徒が穂乃果達が作ったポスターを食い入るように眺めていた。むしろ目が輝き、うっとりしているという表現の方が正しいのかもしれない。その眼差しは冷やかしの類ではなく、明らかに興味がある者のソレである。
戦争慣れした蛇のように、思穂はその女子生徒の後ろへ近づき、そのポスターを眺めた。ポスターの下に置かれていた箱が気になったからである。
「……あ、やっぱり考え付かなかったんだ」
ポスター自体はファーストライブ開催のお知らせだったのだが、その下に小さく『グループ名募集中!』と書かれ、その下には名前を書けるようにメモ帳とペンが置かれていた。そこまで切羽詰まっていたんだろうと涙が出そうになったが、思穂は思考を切り替える。
とりあえず名前についてはどうにかなりそうだったが、まだ決まってない問題は山積みである。
「え、えええ!? いつの間に……!?」
「ほわっちゃ!? あ、ごめん! 忍んでた!」
そして眼鏡の女生徒の後ろにピッタリくっ付いていたのを忘れていた。女生徒からしてみれば、いきなり後ろから、しかも割と近い距離から声が聞こえてくれば驚くのも無理はなかった。叫ばれないだけ奇跡である。
「し、忍んでた……んですか?」
一瞬、女生徒の声を聞き逃すところだった。どうにもか細く、一発で聞き取るには難しい声量だ。しかし思穂はホラーゲームで幽霊の声を聞きとるために訓練を重ねているので、全く問題なかった。
「驚かすつもりはなかったんだけどね。それよりも、アイドル興味あるの?」
すると女生徒が少し頬を紅く染めて、目を逸らしてしまった。この仕草に思穂の心は完全に射抜かれてしまっていた。しかも、と思穂の視線は彼女の胸部へ。リボンタイで一年生だということは分かったし、その中に詰まっている夢の大きさを一瞬で見抜くことができた。
とりあえず触っておきたかったが、ここで触ると本当に叫ばれるので、とりあえず当たり障りのない会話で牽制を試みる。
「私はアイドル好きだよ。まあ、グッズとかはないけどね。強いて言うなら、アイドルクイーンっていうゲームしか持ってないけど」
「あ、アイドルクイーン!? も、もしかしてDVDが付いていたりしませんか!?」
くわっと目を見開き、思穂に詰め寄る女生徒の姿は先ほどのもじもじとしていた時の小動物的な可愛さは伺えず、何かこう野獣的な獰猛さを宿していた。しかし、と思穂は彼女に気づかれないように口角を吊りあげた。
一目見た時から、何故か思穂は彼女へシンパシーを感じていたのだ。そして、今のこの喰い付き具合から見て、完全に“こっち側”だと確信した。アイドルクイーンなんて、にこぐらいしか知っている者のいない超マイナーゲームを知っている人間なんて明らかに玄人だ。
「もち! 持ってるよ。って言っても、もう人にあげちゃったけど」
「あ、あああ……そんなぁ……!」
「ね、私、片桐思穂って言うんだ。もし良かったら名前教えてくれる?」
「は、はい。
それを言う前に、思穂は花陽の口を塞いだ。真姫はともかく、花陽に言われてしまったら本当に立ち直れなくなると身体では無く心が理解したのだ。
「むー! むー!」
口を塞ぎすぎてしまったようで、花陽から抗議の呻きが漏れた。それを聞いた思穂は慌てて手を離した。
「あ、ごめんね! それでさ、花陽ちゃんはアイドルが好きなの?」
「はい。大好きです」
「だったらさ、このグループに入らない!?」
ポスターを指しながらそういう思穂に対し、花陽は顔と腕をぶんぶんと振り、明確な拒否の意を示した。
「む、無理です……! 私なんか……!」
「え~大丈夫大丈夫! ね? ちょっとだけ……ちょっとだけだから!」
ジリジリと花陽へにじり寄る思穂の姿は完全に不審者だった。涙目で後ずさり、やがて壁にその背を付けた花陽が叫ぶ。
「だ、誰か助けて~!」
瞬間、短髪の女生徒が思穂と花陽の間に入ってきた。このタイミングでの乱入に、思穂は己が今、悪役になってしまったことを理解する。
「かよちんをいじめるなー!」
花陽を守るように両手を広げる女生徒の何と勇ましいことか。辺りを見回すと、明らかに思穂へ向け、ヒソヒソ話をしている生徒達がいた。完全にこれは、悪い先輩が気弱な後輩をいじめていると思われてしまっているのだ。
(――視えた! 神の一手!)
女生徒の矛を収めつつ、この場を鎮静化するための一手を、既に思穂は導き出していた。瞬間、思穂は両手と額を廊下に擦り付けていた。
「すいっませんでしたぁ!!」
◆ ◆ ◆
「いや、何かほんともう……すいませんでした」
「こ、こちらこそすいませんでした……。かよち……その、親友が虐められていると思って……」
中庭で頭を下げ合っている思穂と短髪の女生徒の何と奇妙な事だろうか。一度場所を変えようという花陽の提案で中庭へ向かう道中、事のあらましを全て説明するや否や、今度は逆に短髪の女生徒が顔を青くする始末。先輩だったということにすら気づいていなかったようだ。
「あの、本当に失礼しました……。先輩だって、気づかなくて凛……いや私、先輩に……」
「ううん。むしろ殴ってくれても構わなかったよ……」
「えっと凛ちゃん。こちらは片桐思穂先輩で……先輩、こちらは
ペコリ、と凛が頭を下げた。人見知りなのかどうかは知らないが、恐ろしく礼儀正しい子だなというのが思穂の印象である。
「凛ちゃんって言うんだね! 改めて仲直りの握手をしよう!」
「はい! 星空凛って言います。よろしくお願いしますにゃー」
握手をするために伸ばした思穂の手が止まった。その瞬間、思穂はまるで雷に打たれたような衝撃が走る。
「に……“にゃ”を付けて喋ってくれる人が現実にいたなんて……! 私の人生で叶えたい目標ベストスリーである『語尾に何か付けて喋る女の子に出会う』が叶ったよー!」
「え、ええ!? 凛、何か失礼な事言いました……?」
「ううん! ぜんっぜん大丈夫だよ! ……それにしても、それが凛ちゃんの素なんだね」
思穂の予想は当たり、ちょっとした人見知りが入っているだけだったようだ。先ほどまで抱いていた思穂の印象は大きく変わり、今では元気で素直なとても良い子だというものに変わっていた。
凛も思穂に慣れたのか、笑顔が増えてきた。
「何だか片桐先輩って先輩って感じがしないにゃ」
「そう? 良く言われるんだよねー!」
良く言われたことなんてないが、とりあえず合わせていくスタイルの思穂は笑顔で答えた。
「そういえば片桐先輩ってどうしていつも校内放送で呼ばれているんですか? 凛もたまに先生に怒られちゃうことがあるけど、そこまで頻繁には呼ばれないですよ?」
「凛ちゃんはどうしていつも先生に怒られちゃうの?」
「え、え~と……居眠り?」
「凛ちゃん駄目だよ? 居眠りしてちゃ。ちゃんと先生の授業聞かないと」
何だか花陽が姉で、凛が妹のように見えてしまう。昔からこういう関係だったのだろう。それはさておき、思穂は凛の質問に答えることにした。
「その居眠りをね、毎日毎時間していたらいつの間にか呼び出されるようになってたんだ……」
「すっごーい! 先輩、カッコいいにゃー!」
「凛ちゃん! 片桐先輩、いつも家では何を……?」
「う~ん……アニメにゲームに漫画を読む?」
趣味を思いっきり満喫していた。授業時間は睡眠時間、これは昔から決められていたことである。と、思穂は思いたかった。凛は尊敬の眼差しを送り、花陽は困ったように笑顔を見せていた。
「アニメって何見てるんですかー?」
「最近はとある事情でアイドルものを見るようになったからな~。うーん……今面白いなーと思っているのはアイドル・ラプソディーかな?」
「アイドル・ラプソディーですか!?」
一応花陽に合わせて、アイドル系統をチョイスしたが、見事にドンピシャだったようで花陽は立ち上がらん勢いで喰い付いた。
「あ、やっぱりアイラプ知ってるんだ! どの子好きー?」
「シライシ・カナです! 最初は踊りも歌も駄目駄目でしたが、それでも諦めないでだんだん上手になっていく姿に心打たれました!」
「おおっ! 分かってるね! 私も好きだなぁ! 第十話で挫折から立ち上がる姿は感動モノだよね!」
どうやら思穂の想像以上に、花陽はアイドルアニメを網羅しているらしい。この話が出来るのはにこぐらいだけだと思っていたが、とんだ伏兵がいたものだ。
「いやぁ花陽ちゃん分かっているね! アイドル系になるとまるで人が違うや!」
「凛はそんなかよちんも好きだよ!」
「あ、そういえば花陽ちゃんって伝伝……」
瞬間、思穂のスマートフォンが鳴った。着信画面に映し出されたのは穂乃果の名前であった。
「あ、ごめんね二人共。もしもーし! 私だよ! ……えっ、今から? うん、分かった! 今行くね!」
名残惜しいがどうやらこの楽しい時間はここまでのようだ。穂乃果達が状況を報告したいらしく、穂むら集合とのこと。立ち上がった思穂は二人に向き直る。
「ずっと話していたかったけど、ごめんね。どうやら時間切れみたい。私はこれからK4869星雲に帰らなきゃいけないんだ!」
「け、K……? わ、分かりました……」
「二人とも、私はアイドル部と文化研究部辺りにいつも居るから、またお話ししようねー!!」
そして思穂は二人に手を振り、走り出した。自分も練習場所の報告をしなくてはならない。それに気になっていたことも相談しなくてはならない。
やることの多さに、思穂は少しばかり胸が高鳴っていた――。