ラブライブ!~オタク女子と九人の女神の奮闘記~【完結】 作:鍵のすけ
何て事の無いある日。思穂は何気なく呟いた。
「絵本って、良いよね」
「絵本?」
花陽が小首を傾げ、そう言った。
部室には花陽と思穂の二人きり。最近、こうして誰かと二人きりになる確率が高いなと思いつつ、思穂は何げなく話を振ってみた。
どうして絵本なのかと言うと、それには海よりも深い理由があったのだ。思穂は鞄の中から何冊かの絵本を取り出し、机の上に置いた。
「何でこんなにあるの?」
「まあまあまあ。ちょっと悪いんだけどさ、適当に一冊声に出して読んでみてくれない? 途中で良いから」
「い、今……?」
「うん。一ページだけで良いからさ!」
「……一ページだけで良いなら」
完全に納得はしないものの、花陽は恐る恐るといった仕草で一冊の絵本を手に取った。『傘の上のおにぎり』と言うタイトルだ。適当にそれを取る辺り、流石小泉花陽といった所だろう。
「じゃあ、読むね?」
一度深呼吸をした花陽は、静かに絵本を読み始めた。思穂は思わず目を閉じて、聞き入っていた。元々優しい声なのに加え、真面目な性格も相まって丁寧に一ページを読んでくれているので、ヒーリング効果が凄まじい。気を抜けばそのまま夢の国へレッツゴーだ。
静かな部室に、花陽の優しい声。こんな贅沢な空間があっていいのだろうか。一分にも満たない夢の時間は直ぐに終わりを告げた。
一ページを読み切った花陽がそっと絵本を閉じて、思穂へ返した。
「変じゃなかった……かな?」
「最高でした。ありがとうございます。これで今日多分寝ずに戦えます」
「そんなにぃ!?」
真顔でそうのたまった思穂に、花陽は驚きのあまり声が上ずってしまった。自分はただ絵本を読んだだけだと言うのに、そこまで言ってくれる思穂。そんな思穂を見て、花陽はちょっとだけ思い出してしまった。
「でも、嬉しいな。何だかちょっぴり子供の頃の事を思い出しちゃった」
「子供の頃?」
「うん、私ね、子供の頃、絵本作家になるのが夢だったんだ」
「絵本作家? それはまた花陽ちゃんらしいというか何というか……。何でなりたかったか教えてもらっても良ーい?」
そう軽く返すが、内心思穂は驚いていた。ご飯を前にすれば人が変わり、アイドルの話題に触れれば人が変わる、あの小泉花陽ならば小さい頃からアイドル一択だったと思っていただけに、意外な言葉だったのだ。
「えっとね、昔お母さんに絵本作家さんの講演会に連れて行ってもらった事があるんだ。それで、その時に読み聞かせがあって……」
「それを聞いて、心打たれたって感じ?」
「うんっ。作家さんの声が落ち着くなぁっていうのもあるんだけど、お話がね、すっごく感動したんだ。それで、私も皆を感動させるような絵本を作りたいなって」
「うん! そういう気持ちは大事だね! 人を感動させたいって言うのはクリエイターへの第一歩だよ!」
「そ、そうなのかな? えへへ、この事話したの凛ちゃん以外では思穂ちゃんが初めてだから何だか変な気持ち」
照れ笑いを浮かべる花陽。結局は人を感動させたい、という気持ちが根底になければ良い物は生み出せない。もし花陽が絵本作家への道を本気で歩いていれば、きっと素晴らしい作品を生み出し続けていただろうと、本気でそう思う。
「あーあ、勿体ないなぁ。もしかしたら今頃、花陽ちゃんが良いお話を沢山絵本にしてくれていたのかもしれないのにー」
「そ、そんなこと無いよ……! そう言えば、思穂ちゃんってもしかして絵本好きなの? そんなに沢山鞄に詰め込んでいるなんて……」
「あ、これ? うん私も結構絵本好きなんだ。花陽ちゃんと似たようような理由でね。子どもの頃に読んでもらったのがすごく記憶に残っててさ。時たま集めるんだ!」
両親に何かをしてもらった記憶が少ない思穂に取って、絵本も立派な思い出の一つである。その思い出を手繰るように、たまに思穂は絵本を購入しているのだ。絵本を開けば、あの頃の楽しい思い出がいつでも思い出せるのだから。
……少しばかり、自分の事を喋り過ぎた。思穂は話題を切り替えるため、少しだけ真面目になった。
「実はさ。隣町の保育園からちょっと頼まれごとをしているんだよね」
「頼まれごと?」
思穂は頷き、机の上に一枚の用紙を広げた。色々書かれているが、要約するとその用紙は『読み聞かせ』の依頼状である。
「文化研究部の方にさ、依頼があったんだよね。私は当然行くとして、あと一人くらいはいないと格好つかないじゃん? で、そこでお願いなんだけど花陽ちゃん一緒に来てくれない? ちなみに来週の金曜の放課後!」
「わ……私っ!?」
途端、花陽は頭の中が真っ白になってしまった。沢山の子供たちの前で、自分が絵本を読む。そんな光景が一瞬で想像出来た。……心臓がバクバクしてきた。
「むっ無理だよぉ……。私、人前でそんな、向いてないよ……」
「そうかな? 私はこれ以上にないくらいの人選だと思うんだけど」
それはお世辞でもなんでもなく、ありとあらゆる条件を冷静にクリアしていった末の“なるべくしてなった”結果である。
「ほ、他の人を……」
「はーなーよーちゃん!」
花陽の言葉をそっと遮るように、思穂は花陽の頬を触った。非常にぷにぷにしており、しばらく無心になる思穂。横に引っ張れば伸び、手の平で押し回せば体温とお餅のような弾力を直に感じ取れる。これは何という生体兵器だろうか。
「あうぅ……ぷにぷにしないで……」
「おおっ素晴らしい経験をありがとう! ……とまあ、冗談は置いておいてさ。本当に私、今回の仕事は花陽ちゃんとやりたいなって思ってるんだよね」
「私と……?」
「うん、やれば私がこんなにお願いする理由が分かると思う。どう? 私に騙されたと思ってさ」
それが自分にやらせたくて言っているようなお世辞では無いことが思穂の目を見て、良く分かった。そんな思穂の言葉を信じてみたい、と花陽はそう思えた。
「……思穂ちゃんも、一緒なんだよね?」
「もち。もう絵本は選んで練習中」
「……じゃ、じゃあちょっとだけなら、やってみたい……かも」
もじもじとしながらだが、花陽は意志を示した。それを受け取った思穂は早速、頭の中でスケジュールを組み立て始める。
「よぅし! じゃあ早速練習が終わったら図書館へ行こうか! 花陽ちゃんにピッタリな絵本を一緒に選ぼう!」
「思穂ちゃんの持っている絵本からじゃないの?」
「ん? やっぱり読むんなら花陽ちゃんの声質にピッタリなものでやりたいよね! って感じなんだよね、私としては」
「そっか、うん分かった。じゃあ、よろしくお願いします」
と、ここで一人、また一人とメンバーが集まりだしたので、一端話を区切ることにした。来週の金曜日。花陽は微かに、だが確実に胸が高鳴っていた。それがどういう類のモノなのか、花陽はまだ自覚をしていなかった――。
◆ ◆ ◆
時が経つのは早く、ついに読み聞かせの日となった。思穂は花陽を連れ、バスを使って目的地へと辿りついた。交通に関わる経費は全て文化研究部から捻出されている。領収書は絶対にもらい忘れがないように。
「さぁて、来たよ花陽ちゃん!」
「ここで……?」
その保育園は割と大きなことで有名な所だった。それだけに園児の人数も推して知るべし、といった所だろう。
「そうだよ。緊張する?」
「う……うん、何だか段々緊張してきちゃった」
いきなり大勢の子どもの前に出したら、花陽が気絶してしまうので、あらかじめ“子どもの人数多いから覚悟しておいて”と言っておいて本当に良かったと思穂は心から思った。
遠くから女性が一人やって来た。思穂はその女性を知っている。彼女はこの保育園の先生の一人で、今回文化研究部に読み聞かせの依頼をしてきた人そのものだ。先生は柔和な笑顔で二人を迎えてくれた。
「こんにちは。思穂さんと、あと花陽さんよね? 今日はよろしくお願いしますね」
「はいっ! 全力でやらせて頂きます!」
「よ……よろしくお願いします」
「あら? 花陽さん、もしかして緊張してるの?」
「す、少しだけ……」
いつの間にかカチコチになっていた花陽を見て、段々心配になってきた思穂。ライブの時はあんなにハツラツとしているのに。舞台が違えば、また違ってくるのかと自分の中で納得させつつ、思穂は早速、簡単に打ち合わせを開始した。
と言っても、内容はそんなに濃い物では無く、どのタイミングで出るのか、時間は何分までか、等などの簡単なものである。
「花陽ちゃんは今日、難しいことは考えなくて良いからね。楽しんでいこう!」
「うん! まだドキドキするけど、やってみるね」
先生の後に付いて行くと、大ホールの扉の前までやってきた。扉の上部についているガラスを見てみると、もう既に園児たちが座って待っている。……訂正。ワイワイ騒いでいる。
「あ、そうだ花陽ちゃん。読み聞かせにおいて、最も大事な事って何か分かる?」
「え? う~ん……大きな声で聞き取りやすいように読むこと、かな?」
「そうだね、それも大事だね。けど、もっと大事なことがあるんだ」
スッと、思穂は手に持っていた絵本を軽く掲げた。
「心を込めて、相手に読んであげる事。特別な心構えも、技術も、何もいらない。ただこれだけで、読み聞かせは読み聞かせたり得るんだよ!」
「心を……込めて……」
思穂の言葉を、花陽は胸の内で反芻する。その言葉で何だか肩の力が完全に抜けたような気がした。だが緊張感は適度なまま。それはまるで、ライブの直前のように程よくだが、心地よいものだった。
もう、花陽の中に緊張と言う言葉は存在しなかった。
「思穂ちゃん行こっか。皆が待ってるよ」
「よぅし。良い顔になったね。それじゃあ、楽しみに行こう!」
思穂に代わり、花陽が扉を開いた。
(あ……)
こちらを向く園児たちの顔を見た瞬間、花陽はその子達に、忘れていた“何か”を視たのだ――。
◆ ◆ ◆
「たはー! 盛り上がったね盛り上がったわ!」
「い、今ちょっと足が震えているかも……」
帰りのバスの中で、思穂と花陽は互いの健闘を称え合っていた。――結果はもちろん大成功だった。先生や園児は全員揃って笑顔になってくれたのが一番の証拠である。
それに、と思穂は花陽を見る。
「花陽ちゃん、私の見立て通りだったよ! 最高の読み聞かせだったよ!」
「そ、そうなのかな……?」
「うん、あのヒーリング効果ったらすごいね! 私、起きていたのか寝ていたのか分かんないもん!」
「ありがとう、そう言ってもらえると嬉しいな」
実際、花陽の声と言ったら一種の音波兵器の類と形容してまず間違いが無かった。月並みな表現だが、“安心できる”のだ。まるで母に抱かれた腕の中のように。読み聞かせが終わるころには、子ども達はほとんど寝かけていた。
「でも、思穂ちゃんもすごかったよ。皆笑っていたよ?」
「あれは絵本が良かったからだよ! 簡潔明瞭だし、絵も可愛かったのがポイントだね!」
“静”の花陽、“動”の思穂といった所だろう。思穂で笑い疲れさせ、花陽で一気に眠りへ落とす。まさに究極のコンボ。
「……どうだった、今日?」
「なんだかね……読み聞かせしている時、ずっと子どもの頃の事を思い出しちゃってた。私がどれだけ絵本が大好きで、どれだけ絵本作家になりたかったのか。私はアイドルと同じくらい、絵本が大好きだったんだなぁって」
「それは良かった! 誘った私も報われるってもんだよ!」
「思穂ちゃん、今日は本当にありがとう! すっごく楽しかった!」
そんな清々しい笑顔を向けてくれる花陽だからこそ、思穂は一つ白状しなくてはいけなかった。
「花陽ちゃん、一つだけ怒らないで聞いて欲しいんだけど……」
「どうしたの?」
「実はさ、今日の読み聞かせなんだけど、本当は花陽ちゃんを誘うつもりはなかったんだ」
「えっ……!?」
「あ、いや! 変な意味じゃなくてね! ただ、読み聞かせがあるんだーあっはっは! で済まそうと思ったらさ、花陽ちゃんから意外な話が聞けたじゃん? だからさ、なんか一緒にやってみたくなってね!」
夢を話す花陽の眼がキラキラと輝いていたからこそ、思穂はこの話を持ちかけたのだ。
「私にもさ、子どもの頃の夢があったんだよね。正義の味方って夢が」
「正義の……味方?」
「そうそ。あれだよ、変身ヒーローとかそういう奴」
女の子向けのアニメも好きだが、それと同じくらい特撮モノが好きだった思穂。子どもの頃は、常に正義の味方になるべく研究を重ねていたぐらいだ。
「私は少し叶えるのが難しいけど、花陽ちゃんの夢はもしかしたら本当に叶えられそうなモノなのかもしれない」
思穂は言葉を続ける。
「選択肢は多い方が良いんだよ。将来アイドルになるのも良し、絵本作家になるのも良し! 私達には可能性が広がっている!」
「可能性……」
持った興味の分だけ可能性が広がっていく。何でもやろうと思えばやれる思穂だからこそ、それがどれほど大事な事か知っていた。分かってもらおうと、もらわなくとも、何となく“そういうモノ”だと思ってもらえればそれで良かった。
そろそろ自分達の町への停留所だ。思穂は、最後にこう言った。
「これからもμ'sの活動頑張って行こうね。私も、頑張っていくから!」
「うん! 頑張ろうね思穂ちゃん!」
花陽は笑顔でそれに応えた。夕日と、やり切った清々しさが合わさり、思穂が知る限りで一番綺麗な笑顔だった――。