ラブライブ!~オタク女子と九人の女神の奮闘記~【完結】 作:鍵のすけ
片桐思穂は生徒会室の前までやって来ていた。絵里から直々に仕事を頼まれたということもあり、全力で終了させた結果、何か所か数字が合わないところがあったので、詳しい資料を貰いに来たのだ。
「絵里先輩! いや、希先輩でも良いんですけどー!!」
「あの、どちら様でしょうか……?」
思穂の目に飛び込んできたのは、まるで大和撫子を絵に描いたような女子生徒であった。机に座り、本を広げているその様は何ともしっくりくる。
そして、思穂はこの女子生徒の事を良く見知っていた。
「……ん? って、ええ!? オトノキ三大美女の一人が何故ここにぃ!?」
「なぜ、と言われましても私も生徒会役員ですし」
思穂は突然の出会いに、極めて動揺を隠しきれなかった。今まで噂にしか聞いていなかった有名人がポッと目の前に現れたら、それは仕方がないと言うものだ。
だが、思穂は彼女の顔を何回か見ていた。
「生徒会? ……あれ? 確か、図書室でも見たことがあるんですけど……もしかして兼業的な何かですか?」
「ええ。図書委員会では副委員長を、生徒会では書記をやらせて頂いてます」
「あ、なるほどなるほど……。図書室でたまに見かけるからもしや! と思ったけどやっぱり正解だったんですね! ……は、良いんだけど生徒会ではあまり見かけたことがあるようなないような……?」
一年生の頃にやらかして、生徒会業務の手伝いを命じられた思穂は何度も何度も生徒会へ出入りしている。しかし、友実とはただの一度も顔を合わせたことがなかった。……あったら、もっと出入りしている。
友実はそんな
「まあ図書委員長が一般業務を疎かにする為、そちらのフォローで忙しくてあまりこちらに来れないんですよ」
「な、なるほど……それにしても絵里先輩も言ってくれれば良かったのに! オトノキ三大美女が勢ぞろいしている時に生徒会業務を手伝いに来たいんですよ私はぁ!」
「ま、まぁ落ち着いて下さい。えと……お名前を伺ってもよろしいですか?」
友実の目から見て、思穂のテンションは大分あったことが無い類いのものであった。某アイドル研究部部長もやかましいと言ったらやかましい類いだが、それとは全く違うベクトル。
とりあえず思穂を
「な、何と! 私としたことが名乗り忘れるなんて! えっと、私は片桐思穂って言います! 二年生で、文化研究部の部長なんかをやってたりしてます!」
「では片桐さん。もうご存じの様子ですが改めて自己紹介させて頂きます。東野友実と申します。それにしても二年生で部長とは凄いですね」
「当然! 知っていますよ! クレオパトラ七世、楊貴妃、小野小町と肩を並べる、オトノキ三大美女の名前は! ……だけどちゃんと話せたことなかったんですよね……。あ、ちなみに文研部は私一人しかいない感じだからまあ、当然の昇格ですね!」
「そんな世界三大美女と一緒にされましても……それに私は絢瀬さんみたくスタイル良くないですし、東條さんみたく包容力もないですよ」
「何を言っているんですか友実先輩! その有り余るオーラが三大美女たる所以じゃないですか!」
絢瀬絵里、東條希、そして東野友実は音ノ木坂学院三大美女として崇め奉られていた。
一人、絢瀬絵里は淡々と業務をこなしていく様から女子のファンは多い。最近ではμ's加入と言う転機を経て、態度が柔らかくなったので尚ファンは絶賛増大中。
一人、東條希は親しみやすい。親しみやすすぎる。物腰が柔らかく、常に人の輪に入っていくのが上手い彼女はオトノキで知らない者は誰一人としていない。
一人、東野友実――自分自身――は何故、名を連ねているのかが分からないでいた。
「って文化研究部は片桐さん一人なのですか。色々と大変じゃありません?」
「私一人で何とかやっていけているんでまあ、問題ないかなぁって!」
事実、思穂は今の今まで一人でやってこられた。それが良いことか悪いことか、と問われれば口をつぐんでしまうのだが、穂乃果達との一件を通じて、“それが私だ”と強く胸を張って言えるようになったため、特に気にしないことにしていた。
「そんな、私にはオーラなんてありませんよ。それに多分私よりもあなたの方が素敵なものを持ってると思いますよ。部活動の事で何かありましたら声をかけてください。微力ながらもお力になりたいと思いますので」
「何をおっしゃっているんですか! その海未ちゃ、えと私の知っている友達以上の大和撫子臭! これはアニメやラノベでもそうはお目にかかれない! それに私の事を気に掛けてくれる感じが素晴らしい! これはまさに天使の風格!」
友実は今しがた出た名前に耳が反応した。二年生だから、知り合いという可能性が無きにしも非ずだったが、まさかピンポイントで“知り合い”が出てくるとは思わなかった。
そして、平然と出てきた“絵里先輩”、“希先輩”。そして親しげに声に出された“海未ちゃん”。これらの情報を統合した結果が――。
「海未? そう言えば入って来る時も絢瀬さんと東條さんの名前をおっしゃっていましたが、三人とお知り合いで……?」
「スクールアイドルなるコンテンツが世の中にはありまして、不肖片桐思穂はそのオトノキのスクールアイドルグループのマネージャーもやらせてもらってるんですよ!」
つくづく奇妙な縁だ、と友実は思った。それは目下、友実が気にかけているグループで。
「確かグループ名は『μ's』でしたよね。そうですか、片桐さんがマネージャーを……。あの、高坂さんは何かご迷惑をお掛けになってはいませんか?」
「おお! 既に知名度は相当なものだった! 穂乃果ちゃん? ……ま、まあとても良い人生経験をさせてもらってますね……。ところで、友実先輩は穂乃果ちゃんと知り合いなんですか? “高坂”って言い方に優しさを感じたんですが」
「そうですね。高坂さんとは家もお隣同士ですし、昔からよく遊ぶいわば幼馴染み、といった所ですね」
「な、何ですと!? 全然知らなかった私! ……とまあ、それはさておいて。だから妙に声色が優しかったんですね。納得です」
小学生中学生の時は少々人見知りかつ引っ込み思案だったため、他人の事を知ろうともしなかった。その“ブランク”を埋めるのはやはり容易ではない。
……何て感傷に浸るほど、思穂は弱い女では無い。
思穂は友実の持っている背表紙を見て、目を細めると、ソレへスッと指を指した。
「そう言えば、その友実さんが読んでいる本、もしかして太宰的な治殿ですか?」
「はい『女生徒』です。1939年7月20日に出版された作品集です」
「ですよね! 表紙を見てもしやとは思ったんですが、やはりでしたか! 『女生徒』は私も一度目を通したことがあります! 男性が書いたとは思えない程、『女子』と言う目線にリアリティが感じられたから印象に残っているんですよね!」
ほぉ、と友実は小さく息を漏らした。どうやらただテンションが高い系ではないようだ。そんな感心を友実は抱いた。
「片桐さんは他にどんな作品を読まれるんですか?」
「私ですか? そうですねぇ……ライトノベルやら漫画やら色々読みますけど、そう言う感じで行くなら、宮部的なみゆきちさんですかね!」
「あの人は冒険ものからシリアス系まで書けて素晴らしいですよね」
「そうなんですよね! 特にファンタジーがすんばらしく好きで! ……さっすが友実先輩ですね、すさまじく話せますね……」
「マンガは妹の領分なので偶に話について行けませんけどね」
“妹”、その単語に思穂は反応した。自分も妹がいる身。これは思った以上に話が合う。そんな確信を、思穂は持っていた。
「おお! 妹さんがいるのですか! それはぜひにお会いしたい……! ところで友実先輩は生徒会では書記でしたっけ? あれ? それなら多分、私も書類作成とかで色々やっているから知っているはずなんだけどなぁ……」
「タイミングが上手く合わなかったみたいですね。私も絢瀬さん達から片桐さんの事を聞かされた事はありませんし」
「な、何と! そっか……でもまあ、私どっちかと言うと、罰則的な扱いなんで知らないのも無理ないかもです」
どうやら二人とも、自分が全うな理由で生徒会の業務を手伝ってはいないことを気遣ってくれたようだ。別に言ってくれても構わなかったのだが、そこはあの二人。思った以上に細かな事を気に掛けてくれる良い先輩であった。
「罰則って……一体何をしでかしたんですか?」
そして会話の流れで当然のように繰り出されるこの質問。実際、特に恥ずかしがる理由でもない――恥ずべき理由だったので、思穂はか細い声で簡潔かつ明瞭に答えた。
「うっ! ……た、度重なる居眠り及び授業への態度の悪さ……で、す」
「ちゃんと授業を受けましょう? まぁ成績が上の下の私が言えた立場ではないですが……」
バッサリであった。まさに一刀両断。友実の太刀筋の鋭さが伺える素晴らしい一撃に、思穂はノックアウト寸前であった。
「じょ、上の下とかやはり凄まじい立場だったんですね! 何だか趣味に明け暮れていたらいつの間にか睡眠時間を犠牲にする生活になってまして……」
「片桐さんは成績どのくらいなんですか?」
「そんなに自慢するようなレベルじゃないんですよね~。ま、まあ極短の時間に集中して勉強しているんで悪くは……ないですね!」
「そう言えば高坂さんから勉強する時怖い知り合いがいると聞いたのですが、まさか……」
言いながら、友実は穂乃果の青ざめた顔を思い浮かべていた。普段は優しいのに、勉強のときは恐ろしくて一歩も動けなくなる友達がいると。穂乃果の物言いからして、これは相当にギャップを感じる羽目になるのだろう、と友実はぼんやりと感じた。
「な、何の事でしょうか!? あっはっは! やだなぁ友実先輩! それは恐らく何者かの悪質な情報操作ですよ!」
「そ、そうですよね。それはそうと、絢瀬さん達に何か用事があったのでは無いのですか?」
「あ、そうだった! バレーボール部と新聞部の決算なんですけど、数字が微妙に合わないんですよね。全部洗ってみたら『もしかしたら……』って部分見つけたんで、リストアップしたんですよ。確認してもらえないかなーって」
「そうなんですか。では私の方で預かって絢瀬さんに渡しておきましょうか?」
何とも魅力的な提案であったが、思穂はそれを受け取る訳にはいかなかった。元来、そんな図々しい性格を持ち合わせてはいなかったのだから。
「う~ん……いや、友実先輩にやらせる訳にはいかないんでちょっと待たせてもらいますかねぇ……。その間は友実先輩と熱いトーク!」
――代わりに、存分に目の前の美女との会話を堪能させてもらう道を選んだ思穂。
下手を打てば、結果と過程が逆転しかねないのもまた片桐思穂である。
「そうですね。私もそんなに後輩達と交流を持っていないので、お話しましょうか」
「そうなんですか? 図書委員という特権を活かして、女の子達と無料でお話しできる素敵役職だと言うのに!?」
「まあ浅田さんとはよく話しますが、他の役員の子達とは大体が業務ですよ」
この子は図書委員を何だと思っているのだろう、口にこそ出さなかったがそんなことを考える友実。そんないかがわしい役職に就いた記憶は微塵も無い。
思穂は今しがた飛び出た名前に反応する。それは良く知っている子だったのだ。
「浅田さん……って浅田夏帆ちゃんの事ですか? 熱い図書トークをしていたりするんですよねあの子とは!」
「そうなんですか? 浅田さん、始業式の日にほむまんを持って来て、遥さんと三人で美味しく頂いたんですよ」
「始業式の日に何て事を……! 始業式か……爆睡していて絵里先輩に呼び出された記憶しかないですね……」
ここは断固として追及していく姿勢を見せる――つもりであったが、自分も似た様な事をやっていたので、二の次が言えなくなる思穂であった。
そんな思穂を呆れの眼差しで見つめるのも、また友実である。
「始業式から寝ていたんですか……そう言えば寝ていた生徒がいましたね。片桐さんだったんですか、あれ」
「……ま、まあそういう平行世界もある気がしますね……。でも! 最近はそんな事はしてませんからね!」
「最近、ですか……?」
「そ、そうですよ! テストだって文句無いように結果叩き付けてますし!」
「……先日職員室に伺ったら先生が項垂れてましたけど、あれって片桐さんの仕業だったんですね」
授業の事で件の先生の所へ向かおうと思ったら、先生が机に肘を付き、ブツブツと何かを言っていたのできっと何かかしらがあったのだろうと思っていたら、まさに元凶が今、目の前にいた。
「げっ……! ところで友実先輩は図書の方行かなくて良いんですか?」
「今日は当番じゃないので大丈夫ですよ?」
「ならオッケーですね! 素晴らしい! ついでにその友実先輩の脚をもっと見せてくれる最高なんですけどね!」
先ほどから気になっていたのだ。スカートから覗く友実の脚は細くしなやかな曲線を描いていた。白魚のような肌の白さは、涎を出すなと言う方が無理難題である。この飛び道具のような脚を眺めていると、とうとうスカートの裾を伸ばして隠されてしまった。
「え……あの、えと、すいません! 私そう言う趣味じゃないので!」
何だかギャルゲーのバッドエンドを迎えた時のようなそんな気持ちになってしまった。微妙そうな表情を浮かべる友実を見ていると、これはこれで何ともイケない気持ちになってしまったが、これ以上踏み込めば殴り飛ばされるような危うさも感じられたので、そこで引くことにした。
「あ、あれぇ!? 何か変な誤解をされた気がする!? ち、違いますよ! 私だってそういう趣味無いですって! ただ女の子の脚が好きなだけですよ!」
「それはそれでおかしい! まさか穂乃果達の脚は既に思穂ちゃんの魔の手に!?」
「そうですねぇ……とりあえずは海未ちゃんの脚は堪能しました!」
冗談とも本気ともつかない笑みでその言葉を受け入れる思穂。
――そんな思穂の目がほんの少しだけ細くなる。
「――ところで、その“穂乃果達”~って呼び方が素の呼び方って感じですか?」
「…………な、ナンノコトデショウカ~」
ぶわっと背中に冷汗が伝った。声が若干カタコト気味になってしまった友実を見て、思穂はピッと指を指す。
「あっはっは。友実先輩、私はこれでも『演技』と言うカテゴリにおいては一家言持つ女片桐思穂なんですよね! 表情とか言い方とか、完全にリラックスした友実先輩の『さっき』のが本当の友実先輩なのかなぁって。……愚かモノの私なりのなんちゃって考察なんですがね」
――なるほどどうして。
友実は思穂を見る眼が変わった。ハイテンションと言う仮面を被り、実は鋭い刃のごとき観察力を持つ思穂。
そんな彼女に無駄な言い訳はむしろ恰好が付かないと判断した友実は――晒すことにした。
「……初対面でバラしたのはにこに続いて思穂ちゃんが二人目だよ。バレちゃあしょうがないね~こっちが素の口調なんだよ……騙しててゴメンね?」
非常に砕けた口調。そして大和撫子から一転した雰囲気。それが東野友実の本当の姿。大和撫子と言う仮面を脱ぎ捨てたありのままの友実であった。
「……ほっほぉ。それが友実先輩の素でしたか! にこちゃ、先輩に次とは光栄の極みですね! むしろありがとうございますとでも言っておきましょうか!」
「まぁね~。家や素の口調を知ってる人達だけの空間ではこっちで話してるよ」
「なるほどしかし……そっちの方が魅力的ですね! 何というか、にこ先輩を見ている気がして良い感じです!」
面白い人物の名が出てきたことに、友実の表情が綻んだ。そして、飾らない感想を漏らす。
「にこはアイドルモードと弄られモードの差が激しくて見てても楽しいよね!」
「そうですね! にこちゃんは本当に一生ついて行きたい先輩ですよ!」
「やっぱり思穂ちゃんってそっちの趣味が……?」
片桐思穂は同性愛者。そんな印象が濃厚にこびり付いてた故、無意識にそんな言葉が飛び出していた。
「うわっ! 何か話せば話すほどドツボにハマる系の奴だこれ!? でもまあ、色々合点がいきましたよ。穂乃果ちゃん達がたまに話題にする先輩って友実先輩だったんですね。印象が繋がりましたよ」
「ち、因みにどんな話を……?」
ドキリとした。聞きたくない、と聞いてみたい、という二律背反の気持ちを抱きながらも友実が選択したのは“聞いてみたい”であった。
「厳しいけど優しい。あと何かたまに投げやりな態度になる素晴らしいお姉ちゃんって! ……あと、たまに適当な態度になるとか」
「うっ……そのままな私だ……よく見られてる事に喜ぶべきか、その正当な評価に今後を改めるべきか……」
的のど真ん中を射抜かれたような気持ちであった。よくもまあそんな完璧に言い当てられるのか、友実は呆れ半分、嬉しい半分と言ったような複雑な感情にグルグルと翻弄されていた。
「それだけ良く見てくれている穂乃果ちゃん達ってことですよ! さっすが仲が良い! でも私もそう思ってしまってしまったのは心の中に留めておきます!」
「おーい声に出てるぞ~?」
「し、しまった! 私、心の中を読ませないことに定評があったのに! あ、ところで大和撫子的な口調ってもしかして海未ちゃんの真似した感じですか?」
「そうだよ。身近にいたいい感じの子が海未だったからね。そのせいで三大美女とか言われて、ね」
実際、海未は絵に描いたような大和撫子である。幼馴染達の中から誰にしようか考えた時、真っ先に浮かんだのが園田海未。
その効果は思った以上に凄まじく、いつの間にかオトノキ三大美女などというものに祭り上げられてしまっていた。
「攻守万能の海未ちゃんがやはり凄まじいことが分かりますね! それは三大美女待ったなしですよ……むしろ演技出来ていた友実先輩がすごいんですよねきっと」
「そ、そうかな? って攻守万能ってどういう事!? 何があったのさ!」
「海未ちゃんって……割と恥ずかしがり屋じゃないですか」
何だか全てに疲れ切ったような眼になってしまった思穂に、友実は首をかしげた。攻守の“攻”がいまいちピンとこなかったからだ。
「まぁそうだけど……攻め……?」
「チョップが痛い!!」
「あー。海未は怒らせると怖いからね~」
「ホントですよ! 私、常に怒られているんですよ! 酷くないですか!?」
「いや、海未はそんな理不尽に怒るようなマネは……あー授業中寝てるからか……」
「そ、それは何とも言い返せないことを……! でもまあ、スクールアイドル絡みでちょっと反省することがありまして……。奇跡的に絵里先輩か、希先輩から聞いたことあったりします?」
記憶を手繰ってみると、どちらかは曖昧だが、そんなような事を聞いた気がする。合っているかどうかはわからないが友実はとりあえず口に出してみることにした。
「あー確か一時期穂乃果達を避けてたんだっけ?」
「そうですそうです。ファーストライブの時に授業態度で先生にテストやらされてしまって……。穂乃果ちゃん達に迷惑掛けたくないって思ったらいつの間にか止めてましたねぇ……あのテスト、意地悪だったなぁ」
今でも申し訳ないことをしたと思穂は思っていた。あの一件以降、思穂は一度も居眠りをしたことがない。その変貌ぶりに先生が最初は面食らっていたのは今でも記憶に新しい。
「それでも解けちゃう思穂ちゃんは頭良いんだね」
「ん? そこまででもないですよ? 冷静に読み解けば何とかいけましたしね! そういう友実先輩も上の下って中々凄まじいと思うんですけどその辺はいかにお考えで?」
「それは調子が良くて上の下なんだよ。普通は大体真ん中ら辺。だから大学受験が心配でね~」
「ほっほー……。私もにこちゃんに勉強教えたくて、何かもう大学入試の勉強してますね~……」
「もうそこまで行くとにこの保護者か家庭教師だよね。思穂ちゃん」
発言からすると、もういつも勉強教えているんじゃないかと言うレベルに聞こえる。絵里、希、そして思穂。この三人に勉強を教えてもらえればきっとどこの学校にでも行けるだろう、そんなことを友実は考えていた。
「いやいや! 私は永遠ににこちゃんの後輩ですよ! ……そういえば、図書委員ってことは、もしかして図書購入もやっている感じですか……? もしくは教育委員会に購入依頼しているとか……?」
「それは生徒達の要望を私達が松田先生に通して、松田先生が購入依頼を出してるんだよ」
「なるほど……ならば、一般生徒たる私もリクエストを出せば買ってもらえるパターンですね……! これはチャンスが来た!!」
「もちろん松田先生に通す場合にこういう時しか真面目に仕事しない遥さんが動くよ。だから変な物は通らないんだよね」
言葉通り、遥はまさに鉄壁ともいうべき仕事ぶりを発揮してくれる。事実、今まで妙ちくりんなリクエストが沢山来ていたが、遥はそれを全てガードしてくれた。……それでも例外がある事を言えば、面倒なことになるのでここでは言わないことにした。
「な、何と……例えばこんなライトノベルのタイトルリストをずらっと並べた上で、こんな恐ろしく真面目なリクエスト理由があるとどういう感じなんですかね?」
差し出された用紙に目を通すと、そこには物凄く“それっぽい”リクエスト理由が書き連ねられていた。それは無視する分にはあまりにも全うで、取り合う分にはあまりにも多すぎる量であった。
「……と、取り敢えず遥さんに渡しておくよ。でもさすがに買えたとしてもこんな量は無理……かな?」
そこで出した結論は“保留”。きっと結果は決まっているのだろうが、少しでも誠意を見せておいた方がいいという友実の誠実さが導き出した結果であった。
「なぁっ!? ……ま、まあ五百万歩妥協して半分程度の量でも我慢しましょう……! 珍しく本気出したのにぃー!」
「本気の出し所が違うのはつっこまないよ!」
「私は私の為になることなら本気を出しますからね! 何だってやりますよ!」
ほぉ、と友実は興味深げに吐息を漏らし、自分の机の横に積まれているモノへと視線を向けた。
「今なんでもって言ったよね?」
「ん? これやれば良いんですか?そうしたら、そうだな……十分貰ってもいいですかね?」
友実から差し出された書類の山を抱え、思穂はいつも自分が使っている机に座った。そして、思穂のスイッチが切り替わり、“本気”モードとなった。
――十分後、そこには完璧に書類を処理した思穂がドヤ顔を浮かべていた。
「ほ、本当に終わってる……」
念のためチェックしてみると、文句のつけようもない仕上がり。ちょっとでも駄目だったらそこを理由にしようとも思ったが、これは無理。
「ふっふっふ! 伊達に生徒会業務を手伝ってないですよ!」
「まぁだからと言ってラノベが通るとは限らないけどね」
「ほわっちゃ!? まさかの大どんでん返し!?」
「いや、図書委員会と生徒会は別だし」
「と、図書委員長はどこですかぁ!? 直談判だー!」
「遥さんはそういうの面倒がって受け付けないんだよね……だから私の方にそういうのが回ってくるんだよ……ハァ……」
いつも割を食うのは自分である。しかもタチが悪いのはそんな無茶ぶりでも何だかんだでやってのけてしまう自分自身。
そんな友実の発言を受け、思穂の目付きが変わった。
「よぅし、友実先輩。ちょっと有意義なお話をしましょうか」
「思穂ちゃんの場合は言葉の後に『意味深』が付きそうだから遠慮しておくよ」
友実の前の席へ移動し、腰を据えた思穂は鋭い眼光を向ける。そんな眼光なんてなんのその、とばかりに友実は本から視線を外さない。
「意味深じゃないですよ! もう直球で良いお話ですよ! これは文化研究部としても重要な話だったりするんです!」
「今は生徒会業務中だから後でね~」
「なぁっ!? ……ふ、ふふふ。ならばその業務が無くなれば話を聞いてくれると、そういう解釈でよろしいか!」
「いや、終わったら帰って本読むからどっちみち無理」
そんな崇高な作業があるというのに、思穂の話を聞いている余裕は一ミリも無かった。今にも帰りたいというのに。
「更に畳み掛けられる試練!? いや、ほんと聞いてくださいマジで……。土下座なら得意なので……」
言いながら、思穂は凄まじく滑らかな動作で地面に額を擦り付けた。制服が汚れるなんてこの際どうでもいい。
「土下座されても困るんだけど……う~んどうしたものか」
「……とまあ、流石に友実先輩をそこまで困らせるほど自分を高い位置には置いていないので、とりあえずは引き下がります。文研部の予算を上手く回せば余裕ですし!」
「そう?でも無駄遣いしちゃダメだよ? 最近はラノベも高くなってきてるんだし」
今ではもう無闇に買うだけではあっという間に金欠になるような金額設定。学生の身で、そんな贅沢は許されない。
「そうなんですよね……おかげで予算作成は非常に上手くやらなければならないハメに……」
「まぁ低予算はアイドル研究部も同じだからね~。私からは頑張って、としか言いようがないけど、頑張ってね」
「そうなんですよね! だから特別会計……ゴホン! 何でもありませぬ頑張りまする!」
「今なんか聞き逃せない言葉が聞こえた気がしたけど、まぁ良いや」
「良いんです! それは私の有毒な音波なんで! 気にしないで良いんです!」
内心、心臓ばっくばくの思穂である。その声には必死さが宿っていた。
(あっぶな! 決算作り直させられるところだった……!)
これが明るみに出れば、色々とマズイ。生徒会長に怒られるどころか、下手すれば停学なんていうコースも視野に入る。これが社会ならばあっという間にニュース。絶対にばれる訳にはいかなかった。
「有毒……やっぱり思穂ちゃんは危険な人か……!?」
「耳が腐るのでさっきの発言は何も聞こえていない、あと絵里先輩に言わない……良いですね!?」
ばっちり聞こえていたが、何だか引っ張り上げるには闇が深すぎる。そんなのと関わりたくはない友実はとりあえず一、二の三でポカンと忘れることにした。
自分は何も聞いていない。これで良いのだ。
「はいはい。それはともかく、仕事も終わっちゃったな……」
「絵里先輩も来ないんだよなあ……希先輩すら来ないって何事!?」
「これは事件の匂い!」
「……ていうか、今日は生徒会ないとかってオチはないです、よね……?」
まさかのまさか。もし仮に本当ならこれ以上の徒労はないのだ。若干、思穂の声に震えが走る。
「いや、さすがにそれはない……んじゃないかな。一応希から頼まれた事だし……」
友実は念のため、カレンダーを確認してみたが、やはり今日は生徒会が行われる日である。だから来ないというのは本当に有り得ないのだ。
また、思穂も本気では無かったため、あっさりとその発言を受け入れた。
「ですよねー。三ヶ月先のスケジュールは一応記憶してますけど、今日は確実にある日だしなあ……」
「三ヶ月先……さ、さすがμ'sのマネージャー……?」
「いえいえ! 大したことではないですよ! ゲームのパスワード覚えるついでだっただけですし!」
「本題とついでが逆だよ! ついでにパスワード覚えよう?」
「まさか! 私からゲームをとったら何が残るんですか!? しかもけっこう昔のゲームだから三十文字以上の超難度……!」
正直、記憶力の無駄遣いではないかと非常にそう突っ込みたかったが、野暮を差し込みには些かレベルが高いことをしていたので、友実は何も言えなかった。
「復活の呪文か……大丈夫、思穂ちゃんからゲーム取っても脚フェチが残るから」
「なんですと……! そういう変態臭しか感じぬと!?」
「他に何が残ると」
思穂の有象無象の言い分はその一言で刈り取られた。ぐうの音も出ない見事な一刈り。思わず泣きそうになってしまった。
「友実先輩は愛と勇気が残りますよね!」
「誰がアンパンだ! しかしそう言われたらお互い碌なものが残らないね」
「でもまあ、それが私っ! って言う感じだからなぁ……。ところで友実先輩はなかなかスレンダーな印象ですが、脱げばすごいんですかね!? ですかね!?」
「そんな立派なものじゃないよ。穂乃果以上、ことり未満と言ったところだし……思穂ちゃんはどうなの?」
ジーッと半目で思穂の胸辺りを見つめる友実の目には何か仄暗い炎が燃え上がっていた。
「私……は、そうだなあ……ことりちゃんくらい、だったり? なかったり?」
「て事は私よりも……負けた」
ことりの
「大きくてもなあ……っていう感じだったりなかったり?」
「やっぱり大きいと大変だったりするの?」
「強いて言うなら、合わない下着付けると痛いかな、程度かな!」
「大きい故の悩みか…大変なんだね」
「とまあ、そんな感じですよ! 特に面白みはないんですがね!」
コンコンと二度扉がノックされた。扉の向こうにいた人物は思穂と、そして友実が良く知る人物であった。
「失礼します。絵里、ちょっと相談が――思穂? それに友、東野先輩」
園田海未は今の状況を咄嗟に飲み込めなかった。本当に珍しい組み合わせ。室内を一瞥し、まずはどちらへ話し掛けようか思案した結果、まずは思穂の方へと呼びかけたのだ。
そんな様子を見ていた友実はむくむくと嗜虐心が芽生えてきた。
(ふむ。ここは少しからかってみるか)
一計思いついた友実。この様子では何も知らないと見た。ならば、ここで遊ばないと言う選択肢は無かった。
「あら園田さんこんにちは」
「その……!? 思穂、ここに一体何の用で……」
「ん? 私も絵里ちゃんに用事! ていうかなんでそんな余所余所しいの? 友実先輩いるのに」
「おや、園田さんは片桐さんとお知り合いだったのですね」
「え、ええ……。そうですが……思穂、友――東野先輩に失礼なことを言ってはいないでしょうね……?」
「あ、大丈夫だよ。もう、本当の友実先輩知ってるから!」
「……っ!? 本当ですか!?」
海未の驚く様に、友実は口元に手を当て、くすくすと笑った。その表情はさながらいたずらっ子のようで。
「ふふ、本当だよ。思穂ちゃんは面白い子だよね~。穂乃果が気にいるのも分かるよ」
「そう、でしたか……。それにしても友実もこんなに早く晒すとは思ってもいませんでした……」
「まぁバレちゃったしね~。変に足掻くのも私の信条じゃないし、まぁいっかなって」
バレたらすっぱりと晒す。よほど言いふらすような人でもない限りはいつまでも悪あがきしている方が見苦しい。
海未は思穂に向かって頭を下げた。
「そう、ですか……。思穂、今までで黙っていてすいませんでした……」
「ううん! おかげで飾らない友実先輩見れたから大丈夫!」
「それで海未、絵里に相談って? まさか弓道部の決算に不備があったりした?」
「いえ、違――」
「あ、そしたらμ'sのこと!?」
「まさかまた穂乃果が無茶な事を言ったとか!?」
矢継ぎ早に繰り出される質問に、海未は困惑する。このテンポの良さは何だろう、そんな疑問符で一杯であった。
「え、ええ……今度のライブのことで少々……」
「へぇまたライブやるんだ。いつやるの?」
「それの相談をしに来たのですが……」
いまいち煮え切らない海未の返しに、二人の不満は大爆発した。
「あれ!? 何その残念そうな!?」
「私達じゃ役不足って事でしょ」
「ち、違います! 二人とも信頼を置ける人だと思っていますから……!それよりも! どうして二人はそれほど意気投合しているのですか!?」
「はてどうしてだろうか……気付けば意気投合していたって感じ? こうビビッと来た! みたいな」
シンプルなその答えに、海未は面食らった。もう少し高尚な理由があるものかと思っていただけに、その答えが余りにもすんなり入り過ぎた。
「そ、そんな簡単なものなのですか!? ……もしかした根っこのところで似ているのかもしれませんね……」
「どうだろうね。そこの辺どう思う? 思穂ちゃん」
「ん? 多分似ているなーとは思いましたね! 何せ、どうやらお互い出しゃばらないのが趣味のようだし」
少しだけ意味ありげな視線を友実へ向ける思穂。その視線を受けてもなお、友実はその余裕たっぷりの表情を崩すことはなかった。
「と、言う事であれだね。私達が出会ったのは運命と言うより、類は友を呼ぶ的なやつだね!」
「ですね! どうやら根っこのところで同じみたいだし……。となると――」
「と? 何ですか?」
海未が首をかしげる。
思穂はそこで首をかしげるのが不思議でたまらない。そう、ここで出る言葉は一択。それは結婚――。
「え、結婚はしないよ? デートは……プライスレス!」
「なんと!? 友実先輩とそのエンドはなかったのか!? くそう……イベントCGの回収がぁ……!」
「東の――友実を困らせないでください」
友実はようやく、海未が“いつも通り”に呼んでくれたことに嬉しくなる。やはり感じる壁が違ってくるものなのだ。
「わお、辛口!」
「う~ん。じゃあ……私とのイベントCGを回収する代わりに海未で回収しよう!」
「なるほど! それは名あ――」
「無いです!! 友実も乗らないでください!!」
素晴らしい提案のはずだった。ここで海未のあられもない姿を脳内と言う名のギャラリーに保存できれば、思穂はあと数十年は戦える。だというのに、海未は拒否の姿勢を崩さない。
これが思穂には理解できなかった。
「え~だってここで乗らないでいつ乗るの?
「ああもう! 何で二人はそんなに……!」
「結構、友実先輩もエグイよねー」
言いながら友実の方を見ると、彼女も思穂と同様の“悪い”笑みを浮かべていた。
「あはは~そうかな? 乗れる時は乗んないとじゃん?」
「素晴らしい先輩ですね本当に……。それはともかく、海未ちゃん。絵里ちゃんはともかく希ちゃんの居場所も知らない感じ?」
少しだけ顔を俯かせ、海未は申し訳なさそうに眉を下げた。
「え、ええ……あともう少しで練習だから来ないことはないと思うのですが」
「やっぱり事件……いや、あの二人だと思穂ちゃんの好みな関係に発展してもおかしくないな……」
「そうそう! もう、日ごろから見ていてニヤニヤが止まらな――ゴホン。なるほど、でもまあこれは真面目に推理しなきゃならんかな……?」
一気に噴き出す桃色幻想。絵里と希の関係はまさに百合が咲き誇る硝子庭園とでも例えようか。
それを口に出しきる前に、思穂は頭を振り、煩悩を消し去った。
「私が最後に見たのは教室。で、その時に生徒会業務の事を聞かされて……それから会ってないな」
「私も今日、会ってないな……でも部活や生徒会をほっぽりだすなんて有り得ないしな……」
「まぁその内戻って来るでしょ、あの二人なら」
「ですね……来なかったら来なかったで色々手はありますし」
「思穂と友実の言うとおりです。……ところで思穂、今日、穂乃果から勉強教えるよう頼まれていませんでしたか?」
「え? まあ、小テストの関係でちょっと――」
「絶対教えては駄目ですからね!」
目を鋭くし、思穂に詰め寄る海未を見て、友実は苦笑ともとれる微笑を浮かべた。
「海未は相変わらず穂乃果に厳しいね~」
「そうです! 特に思穂! 貴方は穂乃果に甘いんですからことり以上に教えては駄目な人なんですよ!?」
「私が!? それは意外!」
「思穂ちゃんは脚を触らせたらイエスウーマンになりそうだもんね」
「うっ!? 否定できない私がいる……!」
まさにその通りである。どんな無理難題でも、脚を一撫でさせてもらえたら確実に遂行する自信がある。それだけ脚と言うものは魅力的なのだ。
そんな思穂を叱咤するのは他の誰でもない、海未だった。
「仮にも学年首席なんですから、節度ある対応をですね――」
「うわああ! 海未ちゃんそれは言いっこなし!!」
「学年……主席……?」
ぴくりと、海未の言葉に反応した友実。今しがたとんでもない単語を聞いた気がする。半ば呟くように漏らした言葉を海未はしっかり聞いていたようで、彼女は頷いた。
「そうです……。思穂は私達と同じステージで比べるのはむしろ失礼と言うレベルで……」
「ぬぅ……さっき自慢する程でもないって言ってたのに……まぁ鼻にかけてないから良いけど」
これで散々自慢でもされようものなら思穂に対する印象ががらりと変わっていたのだが、あくまで鼻に掛けない態度が友実にとって、割と好印象であった。
「ち、ちっがーう! それはただオタクライフを円滑にするための過程でしかないんですよ! だからそんなの気にするレベルじゃないんです!!」
「海未さん海未さん。もしかしたら三年陣を含めてアイドル研究部で成績トップなんじゃないかしら? あの娘」
「え、ええ……。既に卒業までの勉強は終えているとか……」
「そっか。じゃあ思穂ちゃんこれから卒業まで来なくても平気だね」
「ちょっ!? 何でそんなこと言うのー!?」
ニッコリとそういう友実の笑顔は実に皮肉満点で。
実は友実は非常に毒舌な人間なのではないか、今までのやり取りから、思穂は何となくそんな事を感じてしまった。
「まあ、そんなのはあくまでオタクライフを円滑にするためのツールでしかないんで……。それに、妹のほうが何倍も……」
「思穂ちゃんにも妹がいるんだ? て言うか何倍って……」
「確か、世界の難関校という番組に乗るくらいには有名だったような……」
「世界の難関校……片桐……?
もしかして妹の名前、片桐麻歩って言わない……よね?」
その二つのキーワードで、友実は辿りついた。気付いて、改めて片桐の恐ろしさを思い知る。
「あ、そうですそうです。良く知ってましたね!」
「友香、あぁ私の妹ね、が見ててね。私が見た時ちょうど映ってて印象に残ってたんだよ」
「なんと! これは妹繋がりで私にチャンス!? あ、ちなみにこれ、その麻歩から渡されたテストです。たぶん小テストかなんかだと思うんですけどね。よく読めば暗算でやれる感じですよ?」
「……これって」
友実はさぁっと血の気が引いた。これは一体何語だろう、そんな頓珍漢な事を考えるくらいには頭がおかしい問題しか載っていなかった。
(ヤバい分からない……いやいや落ち着け私。そもそも数学はわりと不得意な方なんだ。だから分からなくても仕方ない。うん仕方ないんだこれは)」
そんな事を自分にひたすら言い聞かせ、現実逃避にいそしむ友実。百人中百人にこの問題を見せたら、百人が間違いなく“分からない”というレベルの問題。
友実は近くに立っている海未に、問題用紙を見せた。
「海未は分かる?」
海未は首を横に振るだけでそれを否定した。人間出来る事と出来ないことがある。今、海未が求められた物はその内の“出来ない”ことであった。
「私も見せてもらったことがありますが、全く……。穂乃果に至っては少し見ただけで目を回していましたし……。確か、思穂は麻歩に勉強も教えているんでしたよね?」
「ん? まあ、取っ掛かりだけね」
「ダメだ……サッパリ分からない。こうなったら、ググろう!」
一方、友実は全く話を聞いておらず、パソコンの画面と対話をしていた。だが、結果は全くの惨敗。ヒントのヒの字すら出てこない。
「あれ? これ、そんな難しいかな? 英文も易しいし、読んでいけば分かるよ?」
「そんな簡単に分かったら堪らないよ!」
「麻歩が勝てないと言った理由がよく分かります……」
「え、待って。思穂ちゃん曰く、思穂ちゃんの何倍も凄いんでしょ? その麻歩ちゃんが勝てない……? そうか、考えるのを放棄しよう」
「なぜ、オトノキに来たのかが分からないレベルなんですよ、思穂は……」
海未の疑問に、友実が答える。何となく分かってしまう自分が居たのだ。
「近かったからとかそんな理由じゃない? 実際私もそれが理由の一つだし」
「それもあるけど、やっぱりゲームや漫画買いやすいからかな!」
「思穂ちゃんらしいっちゃらしい答えだね!」
「むしろそれ以外にないよ! どんなところからお呼びが掛かろうが即刻却下だよ!」
何でも出来るはずなのに、何でもはしない。そんな思穂が少しだけ羨ましく、それでいて勿体ないという気持ちしかなかった。
「それはそれで勿体無いような……」
「可能性の獣だから、しょうがないっちゃしょうがないよね! でも私はオタクライフを取るよ!」
「そう。思穂ちゃんは本当にオタクなんだね! あ、ちょっとゴメン。携帯が」
会話の最中に携帯が鳴り響いた。着信画面を確認すると、着信主は噂の生徒会長、絵里であった。友実は一度二人の方を向くと、右手で手刀を作り、電話に出ることを告げる。
「おおっと……。どうぞどうぞ」
「では失礼して……あれ? あ~もしもし絵里? どうしたの? 片桐さん? それって思穂ちゃんの事?……いや一緒にいるし。うん海未も」
海未と思穂を一瞥し、友実は再び電話に意識を集中させた。
「いや一応任された分は終わったし、思穂ちゃんと話してただけだよ……え、あ、うん分かった。じゃあね」
「おやおや、何か用事でも?」
思穂は空気を察し、生徒会室からお
「ふふふ。思穂ちゃんやったね。今から私と中庭に行くよ! もちろん海未も!」
「私もですか!?」
「ん? 何か用事あるのかな? 私もあるから都合いいけど」
「絵里からダンスの最終チェックと第三者視点からの感想が欲しいって言われてね。既に中庭に二人以外のμ'sが揃ってるんだってさ」
「ほっほー。ってあれ、そのダンスたぶん私、知らないや。海未ちゃん、振り付け表ある?」
「ちょっと待ってください……どうぞ」
「ありがと! 三十秒頂戴!」
振り付け表を受けとった思穂はそれに目を通す。
――三十秒後。そこには完璧に振り付けを頭に叩き込んだ思穂がいた。
「よぅし、覚えた。じゃあ行こっか! 皆待ってるし!」
「そうだね! 行こう!」
時間にしたらすごく短い物であった。だが、その密度は非常に濃い物で。
東野友実とはもっと早く出会いたかった、というのが思穂の正直な感想であった。これほどに優しくそして親しみやすい先輩なら本当に毎日生徒会業務をしてもいいぐらいである。だが、それは口には出さない。
出してしまえば安くなる。こういうものは胸の内に留めておいた方が良いのだ。
思穂は今日も今日とてせっせと働く――。
前書きにもありましたが、名前はまだ無い♪さんの作品「巻き込まれた図書委員」とのコラボ回でした。
ハメでは珍しい女主の作品だったので、気合いが入りました。名無しさんの作品も面白いので、これをきっかけにぜひに読んで頂けるとなぁって思います。
ありがとうございました!