ラブライブ!~オタク女子と九人の女神の奮闘記~【完結】 作:鍵のすけ
そろそろ空が赤くなり始めたころに、思穂は穂むらへと辿りついた。既に穂乃果達は集合している頃だろう。そう思った思穂は早速、穂むらの扉を開いた。
「こんばんはー」
「あら思穂ちゃん。久しぶりね~」
お団子を飲み込み、穂乃果の母は少し気まずそうにしながらも、笑顔で思穂を迎えてくれた。やはり母だからだろうか、うっかり気を抜くと穂乃果と話しているような錯覚に陥ってしまう。
「お久しぶりです~。穂乃果ちゃん達は?」
「上よ。海未ちゃんやことりちゃんも来ているわね」
「あ、やっぱりもう来てたんだ……。すいません、お邪魔しますねー!」
「ついでに穂乃果に勉強教えてあげて頂戴ね~」
さらっと突き付けられた無理難題を背中越しに受け、思穂は階段を登った。上がれば上がるほど何故か甘い匂いがするのは気のせいだろうか。家が和菓子屋だからというのもあるのだろうが、これは何だか違う気がする。
気づけばもう、穂乃果の部屋の前に来ていた。中から話し声が聞こえる。
「やっほ~」
「あ、思穂ちゃん来たね! お団子食べる?」
「食べる!」
即答してしまった。というより思穂が入ってきた瞬間、ことりがお茶を入れ、穂乃果がお団子を差し出してきたのだ。それを見ていた海未が思穂をジトーッと半目で見つめていた。
「思穂、貴方はマネージャーなんですから、むしろ穂乃果達を注意しなくてはならないのですよ」
「ほわっちゃ……!? ご、ごめんなさい。ところでさ、練習場所確保出来たよ」
「本当!? 思穂ちゃん流石!」
穂むらへ向かう前に、思穂は生徒会室へ立ち寄っていた。屋上を練習に使っていいかの確認である。ある程度広い場所と言ったらもうそこしかなかったのだ。しかし勝手に使ってあとで生徒会長に目を付けられるのも好ましくない為、先手を打っておいた。もちろん結果はオーケーである。むしろすんなり行き過ぎて怖いぐらいである。
それはそれとして、思穂はもう一つ気になっていたことを聞いた。
「そういえばさ、歌う曲ってもうあるんだよね?」
すると、三人が一斉に思穂から目を逸らした。この呼吸の一致は美徳であるが、今はそれが思穂を恐ろしく不安にさせる。
だが、穂乃果はどうやらアテを見つけたようだ。
「で、でもね! 一年生にすっごく歌のうまい子を見つけたんだ! それにピアノも上手で、きっと作曲も出来ると思うよ!」
その一言で思穂は察した。穂乃果の言う特徴に該当する人物は、思穂の知っている限り、たった一人しかいない。
「明日、その子に作曲をお願いしてみようと思うんだ!」
「もし作曲してもらえるなら、作詞は大丈夫だよね、って穂乃果ちゃんと話してたんだ」
穂乃果とことりの話を聞いて、流れを読み取った思穂はその視線を海未の方へとやった。当の海未は何の話をしているか分からず、首を傾げるだけ。
「大丈夫? ……ですか?」
そんな海未へ穂乃果とことりは顔を近づける。一瞬で何を言いたいかを察した思穂は逃げ道を塞ぐように扉側へ陣取る。
「海未ちゃんさ、中学校の時、ポエムとか書いてたよね……?」
「えっ……!?」
思穂は後ずさる海未の背後へ回り込み、逃がさないように肩をしっかりと掴んだ。穂乃果とことりのニヤニヤとした嫌らしい笑みは止まらない。
「私達に読ませてくれたことも、あるよね?」
そう言い、ニッコリと笑顔を浮かべることり。穂乃果とことりが何を言いたいのか理解した海未の全身に力が入り、勢いよく立ち上がる。その力はがっしりと肩を掴んでいた思穂が振り解かれるほどだ。
「うわっ! 海未ちゃんが逃げたぞー!」
「ことりちゃん! 思穂ちゃん! 捕まえてー!」
「海未ちゃ~ん!」
「止めてください! 止めてください! それだけは……! それだけはぁ……!!」
それから数分程、三人がかりで逃げようとする海未を引き留めた。嫌だ、それだけは、と呪文のように繰り返し続けた海未はやがて諦め、もう一度交渉のテーブルに着くこととなった。
「お断りします!」
「な、何で!?」
「当たり前です。中学の時なんて……思い出しただけで恥ずかしい……!」
「……うわ、すっごく分かる! 身体を焼かれるような恥ずかしさと来たら!!」
「それが分かっているなら思穂も助けてください!」
そんな海未の懇願を思穂は聞く訳にはいかなかった。名前もそうだが、現状最も急がれるのが曲である。曲が決まらなきゃ振り付けも練習も何もない。
「だけど……私、衣装作りで精一杯だし……」
「そーだよ海未ちゃん、海未ちゃんしかいないんだよ?」
「なら穂乃果がやればいいじゃないですか! 私は絶対嫌です!」
「え~……でも、私……」
珍しく、穂乃果が言い淀む。
そんな穂乃果を見て、思穂が思い出したのは小学校時代。まだ小さかった、というのを考慮しても穂乃果が作った作文はあまりにも簡潔明瞭すぎた。もはや単語の羅列である。海未もそれを思い出したのか、顔を引き攣らせる。
「海未ちゃん、無理だと……思わない?」
「そ、それは……」
ことりの一言がトドメだった。ならば、と海未は思穂へ視線を向けた。
「な、なら思穂が……!」
「私? 海未ちゃんの中学時代のポエムを完全再現しても良いのなら――」
「駄目です!!」
割と印象に残っているフレーズだったので、今でも思穂は記憶に残っていた。時間を掛ければ昔、海未に読ませてもらったポエムは完全に再現出来る自信があった。
……当然、即却下となってしまった。諦めの悪い海未へ、穂乃果が再度頼み込む。
「ねえ、海未ちゃんお願い!」
更にことりが援護する。
「海未ちゃんしか居ないの!」
「そうだよそうだよ、私達も全力でサポートするからさ!」
「何か、基になるものだけでも良いの!」
穂乃果の言葉に、徐々に揺らいできた海未。ふと海未がことりを見ると、彼女は自分の胸元に手を置いた。
次の瞬間、思穂の視界に天使が舞い降りる。
「海未ちゃん……おねがぁい!!」
一度しか言っていないはずなのに、何度も思穂の頭にリフレインすることりの“おねがい”。ことりの潤んだ瞳、表情、そして仕草。その全てが海未の心を射抜き、ほんのり頬を赤らめながら固まってしまった。
(う、海未ちゃんだけを殺すマシーンかよ! いや……これは耐性無視の固定カンスト全体ダメージでございます!!)
ことりの“おねがい”によって、海未はとうとう折れた。むしろ折れない奴を見てみたいというレベルだ。
「ずるいです、ことりは……」
「やったぁ! 思穂ちゃん、やったよ!」
「良かったね穂乃果ちゃん! ことりちゃん良い仕事したよ!」
次の瞬間、表情を引き締め、海未が立ち上がった。
「ただし! これからライブまでの練習メニューは全て私が考えます!」
「あーやっぱりそうだよねー」
思穂はこういう展開になると予想出来ていたので、うんうんと頷くだけ。だが、穂乃果とことりはいまいちピンとこないようだ。すると海未がパソコンを開くように指示を出す。
「彼女達は楽しく歌っていますが、その間ずっと動きっぱなしです。息を切らさず、ずっと笑顔を保ち続けている体力が必要です」
パソコンの画面にはA-RISEのライブPVが流されていた。その中の彼女達は終始笑顔で、だが少しも止まることなく歌と踊りを行っていた。簡単な話では無い。それを成し遂げるだけの体力が、彼女達にはあったのだ。
「穂乃果、ちょっと腕立て伏せをしてみてください」
「腕立て伏せ? こう?」
両手を地面に着け、足も揃えて地面に着けたのを見計らい、海未が更に指示を出す。
「そのまま笑顔を作って腕立て伏せ、出来ますか?」
笑顔のまま両腕を曲げた瞬間、笑顔を維持しきれなくなった穂乃果がそのまま崩れ落ちた。それを見た海未は。穂乃果の結果が分かっていたように頷く。
「弓道部で鍛えている私はともかく……穂乃果とことりと思穂は楽しく歌えるだけの体力をつけなければなりません」
「アイドルって大変なんだねぇ……」
穂乃果が鼻を押さえ、のたうちまわり、ことりが改めて自分が始めようとしていることの大変さを噛み締めている中、思穂だけが今の状況を理解できずにいた。
「えっ!? 私も!?」
「当然です! マネージャーとは言え、思穂もアイドル部の一員なのですから! これから」
「つ、つまり……笑顔で腕立て伏せ出来れば特訓しなくても良い……よね?」
「出来るのですか? 昔からマラソンなんかは常に下から数えた方が早いではありませんか」
あからさまに不審げな表情を浮かべる海未に、思穂は肩を落とした。同時に、しょうがないとも諦めた。
「……はぁ、しょうがないか。練習しなくて済むようにしなくちゃならないもんね……」
「……思穂ちゃん?」
ことりが首を傾げるのを横目に、思穂は先ほど穂乃果がしたように腕立て伏せの体勢をとった。
「ねえ。私が笑顔で腕立て伏せ出来たら練習要らないよね?」
「もしやれるならまあ……良いでしょう。思穂はマネージャーですし……」
「よぅし。契約成立だね」
そして思穂は笑顔を作り、腕を曲げた。顎を付け、腕を伸ばす行為を二十回ほど繰り返した所で思穂は腕立て伏せを止め、海未を見上げる。それこそ満面の笑みを浮かべて。
「どう? オッケー?」
「し、思穂……貴方、いつから……!?」
「すっごい思穂ちゃん! 私なんて一回も出来なかったのに!」
「いやあ、補習なんかで私の趣味の時間削られるのだけは絶対嫌だからさー。実技テストとかで引っかからないように合間見ていっつも運動してるんだよね」
海未が言っていたマラソンの件は特に力を出さずとも、補習という話にはならなかったからである。だが、逆に水泳のような技術の習得を目的とする授業などは少しだけ本気を出す。全ては自分の時間を確保するために。
「まさか思穂にこんな体力が眠っていたとは……」
「ということで練習は無し! だね!」
「……仕方ありませんね」
「よっし! やったあ!!」
思穂は確認が甘かった。海未は確かに練習は無しと言った。しかし、練習に“顔を出さなくて良い”とは一言も言っていなかった――。
◆ ◆ ◆
「海未ちゃんの鬼!! 悪魔!! 呪ってやるー!!」
次の日の早朝、思穂は神田明神男坂門前に立っていた。朝早く、海未から叩き起こされ、ジャージに着替えさせられた挙句、引っ張ってこられたのは何かの悪夢だと信じたかった。片手にはストップウォッチ、そしてもう片方には記録用紙とペン。
思穂の隣に立ち、腕を組んで穂乃果とことりを見守っていた海未がにこりと薄い笑みを浮かべる。
「私は思穂との約束を守りましたよ? 練習には参加させていませんからね。ただ……“私の手伝いをしない”というのは約束には入っていなかったので」
「それ詐欺師が使うタイプの言葉だよー!!」
下を見ると、穂乃果とことりが懸命に階段を駆け上がっているところであった。今日からファーストライブまでの朝と晩、この神田明神の階段で基礎体力の向上を図るようだ。ということは、と思穂に戦慄が走る。
それはつまり、これから毎日早起きをしなくてはならないということを明確に意味していたのだから。
「はぁ……はぁ……! ひー! キツイよー!」
「足、もう……動かないよぉ……!」
ようやく階段を登り切った二人は酸素を求め、喘いでいた。普段積極的に運動していない者がいきなり四百段近い急階段を駆けあがってピンピンしている方が難しいので、割とこの結果は納得のものだった。
「お疲れー二人ともー。はい、これ」
「ありがとう思穂ちゃ~ん!」
「疲れたよぉ~……」
二人にスポーツドリンクを手渡し、団扇で仰いでやる思穂。元から世話を焼くのが嫌いでは無い思穂にしてみれば、あまりに自然な行動すぎて、自分がその性分すら計算した海未の思惑通りに動いていることに全く気づいていなかった。
「もう一度言いますが、今日からライブまでの朝と晩、ここでダンスと歌とは別に、基礎体力を付けてもらいます」
「一日二回もなんて~……!」
「やるからにはちゃんとしたライブを作り上げます! そうじゃなければ生徒を集められません」
「は~い……」
穂乃果の文句を受け止めきった上に、やる気にさせる海未の手腕はやはり流石の一言に尽きた。気づけばことりもやる気を漲らせたようで、穂乃果と共に立ち上がった。
「君達」
もうワンセットの空気になった時、声を掛けてくる者がいた。その姿を見て、思穂は驚きの声を上げた。
「あ、希先輩!」
「副会長……さん?」
思穂はすぐさまその全身を舐めるように見回す。普段おさげにしているからか、一つに纏めた姿は思穂の目にはすごく新鮮に映った。元々ミステリアスな雰囲気を纏っているからか、神秘性の象徴とも言える巫女服と物凄くマッチしている。
「希先輩、もしかしなくてもここでアルバイトしているんですか!?」
「そうや。ここでお手伝いしてるんや。神社は色んな気が集まるスピリチュアルな場所やからね。それはそうと……」
希が片目を瞑り、ピッと人差し指を立てた。
「四人とも、階段を使わせてもらってるんやから、お参りの一つでもしてき?」
希の言葉に従い、四人は早速お参りをしに拝殿へ歩いて行った。穂乃果達、そして思穂の願いはたった一つ。――初ライブ、成功しますように。今、この瞬間、アイドル部の心は完全に一つとなった。
「――あの四人、本気みたいやな」
希がそう呟き、四人がお参りを終えるまでの間、ずっとその後ろ姿を見守っていた――。