ラブライブ!~オタク女子と九人の女神の奮闘記~【完結】 作:鍵のすけ
何て事の無いある日。思穂は何気なく呟いた。
「コスプレって、良いよね」
「えっとぉ……いきなりどうしたの思穂ちゃん?」
真向かいに座っていたことりが困ったような笑顔を浮かべ始める。今日は皆、何故か来るのが遅く、現在部室には思穂とことりの二人きりだった。
思穂があえてこの話題をセレクトしたのにはちゃんと理由がある。それはもう、深淵な理由だ。
「いやさ。たまに秋葉原に行くと、コスプレしてる人がいて、それを撮影する人っているやん?」
「何で希ちゃんなのか分からないけど……うん、そうだねっ! コスプレイヤー……って言うんだったっけ?」
コスプレイヤー。それは思穂にとって心躍る響きである。要は、アニメやゲームに登場するキャラのコスチュームを着て、そのキャラに“なりきる”人達の総称だ。
「そうそれ! で、ことりちゃんはコスプレに必要不可欠な物は分かる?」
突然の問いに、ことりは人差し指を口元に当て、考えるそぶりを見せる。その姿が何とも愛らしく、つい抱き着けるかどうか隙を伺ってしまっていた。
(……しかし何とも隙のない……)
だが、ことりからは何故かその隙を一切感じさせず、“突撃”をするタイミングが全く掴めない。そう言った“眼”は常に養っていただけに、思穂のプライドは傷ついてしまったのはまた別の話。
「やっぱりコスチュームかなぁ? それが無いことには始まらないと思うし……」
「正解! 造語だけどコスチュームプレイなんだからコスチュームは絶対必要なんだよ! で、何で私がその話をしたかと言うとね……」
正直、ことりは思穂が一体何の話をしたいのかが全く予想できなかった。まさかいきなりコスプレの話が出されるとは思っていなかっただけに、悪くはないことりの頭の回転の速さが半分以下の速さとなってしまっているのだ。
だが、思穂がポケットから一枚の写真を取り出した所から、この話は急加速を見せ始める。
「まずはこれを見てもらおうかな。こいつをどう思う?」
「えぇっとぉ……これは探偵さん?」
写真に写っていたのは、後ろに大きな二つの輪っかがあるピンク髪とこれまたピンク色の探偵服を着た小さな女の子である。
これだけを見せられたら、疑問符大量発生が確実なのだが、思穂の次の言葉でそれは明確な形となる。
「これを海未ちゃんに着せたら可愛いと思わない?」
「可愛いと思いますっ!」
即答に、思穂の方が戸惑ってしまった。流石に髪をピンク色にするのは厳しいと思うが、肝心なのは衣装である。ただでさえ、海未が絶対着ないであろう服色に、フリルが付いた非常に可愛らしい衣装ときた。
思穂の表情が少し悪いものへと変わる。
「ことりちゃんってさ、衣装作っているじゃん? いつもご苦労様!」
「ありがとっ! でも、思穂ちゃんが手伝ってくれているお陰でいつも早く完成できているんだよ?」
「あっはっは! それは嬉しいことを! でさ、正直衣装製作経験豊富なのってことりちゃんくらいじゃん?」
「そ、そんなことないと思うけど……」
「まあまあ謙遜はこの際置いておいて。で、本題に入る前に聞いておきたいことがあるんだ」
スゥッと思穂の目が真剣なモノへと変わっていく。いつもとは打って変わって真面目な雰囲気になっていた思穂が少しだけ怖かったが、ことりは絶対に目を逸らさない。
「な、なぁに……?」
一拍置いて、思穂が言った。
「――海未ちゃんがこれを着ている所を見たくはないかね?」
「見たい!」
これまた即答であった。ことりはもう条件反射と言っても過言では無かった。普段真面目一色の海未が、こんなに可愛い衣装を着て、恥ずかしがっているところを想像しただけでご飯が進む。
満足げに頷いた思穂は、四つ折りになったA4用紙を何枚も取り出し、それを広げる。
「ちょっと小さいけど、その衣装の完成図と各パーツの設計図を作ってみたんだ」
「すごい……こ、これなら……!」
ことりの目から見て、その設計図は非常に分かりやすく丁寧な作りとなっていた。まさか製作工程まで細かい指示が書きこまれているとは思わなかった。服飾を齧っている人間からしてみれば、これで失敗すれば恥ずかしいレベルである。
「これを私とことりちゃんが作ったら恐らく最高の出来になると思うんだけどどう?」
「わぁ面白そう! 丁度、次のライブ用の衣装も一区切りついたし、息抜きにやってみたいなぁ」
「よぅし! 話は纏まったね! じゃあ……今日から始めよう!」
「何を始めるんですか?」
そう言って入って来たのは他でもない海未である。前の会話は聞かれていなかったようで、キョトンとしていた。
「う、うわあ海未ちゃんが出たぁ!」
「な、何でもないよ海未ちゃん!」
これはいわば、サプライズである。不意打ちで衣装を突き付け、海未をテンパらせ、押し切るという流れを計画していただけに、手の内がバレることはそのままサプライズ失敗を意味する。
「……思穂、ことり、何か企んではいないでしょうね?」
「ナンデモナイヨ」
「ウン、ナンデモナイノヨナンデモ」
その時の二人に言葉は要らなかった。二人は何の打ち合わせも無く、真顔かつ早口で海未の質問をシャットアウトするというコンビプレイを見せたのだ。
妙な迫力に圧された海未は、それ以上の追及をすることが出来なかった。深く突っ込めば、手酷い目に遭うかもしれないという防衛本能が働いた結果である。
何とか逃げ切った二人は、何とかコスプレ製作の第一歩を踏み出した――。
◆ ◆ ◆
「時間が経つのって早い。本当にそう思いました」
「ま……まだ三日しか経ってないけどね」
「でも、思った以上に早く完成して良かったよ!」
「うんっ! 私達、頑張ったよね思穂ちゃん!」
完成に三日。その道の人間が聞けば顔を真っ青にする驚異の速さだ。それも、思穂とことりの連携が最高潮に達した故の当然の結果である。
衣装を広げ、写真と見比べてみても、本物と何ら遜色ない出来栄えだ。オークションに出せば、そこそこのお小遣いは稼げるレベルだった。
「よっし! ならことりちゃん! 次にやることは分かるよね!?」
「もちろんです! 海未ちゃんに何とかして着てもらう、だよね」
「そう! まあ、海未ちゃんの事だから少し騙せばコロッと着てくれること間違いな――あれ? どうしたの?」
『騙せば』の下りからことりの顔が青くなっていたのは分かっていたが、とうとう震えだしてしまったので、思わず聞いてしまった。思穂は広げた衣装をプラプラさせながら、首を傾げる。
ことりが口をパクパクさせながらも、何とか言葉を紡ぐ。
「う、ううう……ううう、う……」
「う? お腹でも痛くなったの? これから海未ちゃんを良い感じの言葉で引っ掛けようって時に……お手洗いに行く?」
「ち、違うの……えと、その……う、ううううしうし……」
「牛? まあ、確かに海未ちゃんは闘牛ってレベルの戦闘力は持ってそうだけど!」
何だか気を失ってしまいそうな様子が伺えた。真っ青を越え、もはや真っ白というぐらい顔色が悪い。風邪でも引いたのか、と心配するが、ことりは首を横に振る。
そして、震えながら人差し指をゆっくりと上げる。
「思穂ちゃん……うし、後……ろ」
「後ろ? 何がいるってのさ! まさかお化け? 放課後だけどまだそんな時間じゃ――――」
ニコリと笑っている海未がいた。
「いやぁ! やっぱり誰も居ないじゃん! やだなぁことりちゃん! あれ、ことりちゃん地震でも起きてるのかな? さっきから視界がブレてるんだよね~不思議だね!」
「足、震えているよ……思穂ちゃん……」
足どころでは無く、身体全体で震えていたのだ。もはや悪寒がどうとか、恐怖がどうとか、そういう問題を越えていた。ガックガクである。痙攣でも起こしているのかと疑ってしまうレベルだ。
「――思穂?」
「ねえ、ことりちゃん。この学校ってAEDあるよね? ちょっと私、心臓止めるからそれで助けてくれないかなぁ?」
「……どうやってやるのか気になるけど、それは止めておいた方が良いと思うよ?」
「思穂?」
「じゃあ、あれだ! 今から呼吸止めゲームしよっか! 心臓止まった方の負けね!」
「それも止めておいた方が良いと思うよ?」
「思穂」
「まずは弁解をさせてください園田海未大明神様」
一回目の『思穂』から土下座をしていた思穂はとうとう海未の存在を認知した。直後、高速かつ素晴らしい滑舌で、素早く事情説明をし終えた思穂は、海未による判決を待つだけとなっていた。
「……状況を整理すると、この三日で作った素晴らしい出来栄えの衣装を私に着させるつもりだったと? お化けで、闘牛のような戦闘力を持つ私を、騙して」
「本当に申し訳なかったと思っている。ということで着てください、私はこれを着ている海未ちゃんが見たいのです」
非常にふてぶてしい態度で、そうのたまう思穂を海未は一刀両断した。
「ぜっっっっったい嫌です!!!」
そこから海未の機関銃のようなお説教が始まった。
「大体なんですかこのスカート丈の短さは! それに、こんなフ、フリフリの多さは破廉恥です! おまけにこんな派手な服の色なんて私には似合いませんよ! あと、一体なんなんですか闘牛のような戦闘力とは!? 失礼にも程がありますよ!!」
無くなった酸素を取り込むように、全身で呼吸する海未。土下座の姿勢を崩さずただ首を上下に振り、甘んじて受け入れていた思穂の前にことりが立った。
「う、海未ちゃん……あんまり思穂ちゃんを責めないで! 私もその、見たいなぁって思って作ってたし」
「こっ、ことりもですか!? 貴方達と来たら……!」
怒りのやり場に困った海未はとりあえず大きなため息を吐いた。そんな海未へ、思穂は土下座のまま言った。
「だからさー海未ちゃん着てください、ほんっとお願いします。私とことりちゃんに可愛い海未ちゃんを見せてください」
「海未ちゃん、お願い! ちょっと着るだけで良いからっ!」
「お断りします! どうして私がこんなかわ、可愛い服を着なくちゃならないんですか!?」
「……ライブ衣装は着れるくせにー」
「ライブだからです! これは違うでしょう! 明らかに趣味じゃないですか! 何故私がそれに付き合わなくてはならないのですか!」
ぐうの音も出ない正論である。全く反論出来ない。これはもはや取りつく島も無い。
――なので、あらかじめ取り決めていた“最強の矛”を繰り出すことにした。思穂はゆっくりと立ち上がり、ことりへアイコンタクトを送った。
「ねえ、海未ちゃん……」
「海未ちゃん……」
「な、何ですか」
ジリジリとにじり寄り、思穂とことりはそれぞれ両手を合わせ、一度顔を背けた。――そして一息に畳み掛ける。
「お願ぁい!」
「お願ーい!!」
瞳を潤ませ、甘えるような声色で、海未へ精一杯の“お願い”を繰り出した。ことりの“お願い”は正に一撃必殺だ。これで海未が落ちなかったことはない。
「そ、そんな……二人して……!!」
海未は堪えていたが、やがて大きく肩を落とし、降伏の意を示した。安心と信頼のお願いだ。正にエターナルなんとか、相手は死ぬ。
「……一回だけですよ」
「やったぁ!!」
「ありがとう海未ちゃん!」
――それから、海未は要求通り衣装を着てくれた。そして、駄目押しで思穂はそのキャラの台詞を書いた紙を渡し、台詞を言ってもらったり、ポーズを決めてもらったりなど、まさに玩具のような扱いであった。直後、部室にやってきたメンバーに見つかり、顔を真っ赤にした海未に再び怒られてしまったのだけは、最大の誤算である。
……余談だが、後で二人きりになった思穂とことりが『またこの手で行こうね!』という旨のやり取りがあったとか何とか――。