日が落ちて、夜の帳が訪れる。
姫松学院の、体育館。誰もいないはずのその空間に、かつて春秋が紬への愛を叫んだ場所に、彼らはいる。
つまらなそうに、扉を見ているディスト。
楽しそうに、子供のようにその展開を待ち焦がれるフェルド。
待ち続ける、自らの求める者を。その、黒きケモノ。
そして、彼らの奥で両手と両足を縛られた紬。その目は虚ろ。意識が混濁しているのか、目を開いていても口を開くことはない。
「悪趣味」
「面白いだろ?」
「っけ」
フェルドに訴えても意味がないことをわかっているのだが、それでも言わずにはいられない。
大きな音を立てて、体育館の扉が蹴り破られる。
来たか、とフェルドが口元を歪ませて。
「紬を、返せ」
「取り戻したかったら、どうぞ?」
「っ!」
小柄な身体を半歩ほどずらして、拘束された紬の姿を春秋に見せる。
(―――思った以上に、早い)
春秋はその場から動かない。動いていない。
だがその腕の中にはしっかりと紬が抱きしめられている。
春秋は何度も何度も、最愛の少女に言葉を投げる。だが、多少は反応すれど紬は一切口を開かず、ただただ虚ろな瞳で春秋を見つめていた。
「この物語における自らが立つ居場所を『書き換えて』取り返すとは。いやはやさすが物語の管理者様」
「……紬に、何をした」
静かな、怒り。
「以前の貴方と同じですよ。心を奪いました。そしてその心は」
申し訳なさそうに、笑顔で、フェルドは黒きケモノを指さす。
「この子が食べちゃいました」
「―――っ!」
「でも、この子を――――っ!?」
速い、とは言えなかった。それほどまでに。想像以上に。
殺意に満ちた春秋が、眼前に居た。
だが春秋の視線はフェルドには一切向けられていない。
その、黒きケモノの喉笛を掴み、力任せに―――引きちぎった。
鮮血が舞う。生物だった黒きケモノは、ただの肉塊に姿を変える。
そして、フェルドとディストは、一瞬、死を覚悟した。
黒く染まる、春秋の片方の瞳。美しかった深紅の瞳は光すら飲み込まんとする、黒き、闇色へ。
「これは、まずいですね」
「おいフェルドぉっ! 取り戻す前に暴走してんぞぉ! やっぱてめーの悪趣味はろくなことにならねえ!」
ディストが刀を引き抜き、春秋へ肉薄する。
「も、え、ろ」
春秋の身体から、闇があふれ出す。
否、それは闇ではない。炎のだ。
黒い炎だ。全てを飲み込まんとする、漆黒の炎だ。
炎が猛り狂い、ディストへ迫る。
「叫べ―――カムイ!」
ディストの身体から、漆黒の雷があふれ出し、その雷は刀へと。そして、春秋の炎を受け止める。
「返せ」
炎と雷によるつばぜり合いは、互角の勝負など一切作らない。
「紬を、返せ―――――!」
黒き炎が、雷を砕く。
かろうじてその炎をかわすディスト。放たれた黒き炎は勢いを失わず、そのまま体育館の壁へ激突し。
轟音と共に、体育館の一つの壁が消失した。
「逃がす……ものかぁっ!」
「っちぃ! 退くぞフェルド」
「やれやれ。まあ一つ目の力は取り戻したようですし、結果オーライです」
「どこがオーライだ馬鹿っ! この物語がめちゃくちゃになってるだろうがっ!」
「いいじゃないですか別に。私たちの目的の前にはこんな物語一つ程度」
「てめえあとで一発殴らせろ」
「いやははは。怖いものですね……?」
空を舞うディストとフェルドは、さらに上空より飛来するその存在に気付く。
それは自らの等身ほどある巨大な二つの剣を携えた、女性。
瑠璃色の髪の女性。美しく、そして、まだどこか少女のようなあどけなさを残す。
「あぁん? お前、たかま――――」
「私をその名で呼ぶな。呼べば殺す。呼ばなくてもいつかは殺す。春秋と共に、お前たちを殺す」
「いやいや。ここで現れますか? 貴女が? どうして? 貴女は過去に―――」
その女性は、漆黒の衣装に身を包んでいた。
全体的に黒を基調として、所々に深紅のラインが引かれ。その胸元に光る真紅の宝玉は、主の言葉をただただ待つ。
「『リヴァイアスハート』。彼を止めるわよ」
「面白いことになったんですよ。邪魔をしないでもらいたい―――
「失せろ反逆者。もうお前たちはこの物語に必要ない。今だけは見逃してやるから―――さっさと失せろ」
そして、その女性は春秋と対峙する。
うわごとの様に、返せと叫び続ける春秋の前に。
「……ごめんなさい春秋、ようやく会えた。ようやく、ようやく」
嬉しそうに、でも、悲しそうに。女性は春秋を見つめて、掲げたその手を振り下ろす。
「……返せ。返してくれ、紬を―――!」
「リヴァイアス、彼を止めて!」
『Yesマスター。その願い聞き入れた』
彼の心が、再び壊れる前に。
物語の反逆者は去った。
失ったものを、心を失いながら春秋は取り戻さんと、眼前の存在を敵として認識する。
そして、女性はただひたむきに、彼の心を守らんとする。
「思い出して。その炎は、貴方の炎は絶望の黒き炎ではないことを!」
次回、煌き輝く命の灯火。