「……お前も、奪うのか。俺から、紬を」
「話を聞いて、春秋」
「黙れっ!!!」
「ッ」
女性の声は届かない。春秋の全身を隠すようにあふれ出た闇の炎は、全てを飲み込まんと猛り狂う。
それはもはや炎と言っていいものなのだろうか。それとも、闇、と言うべきか。
「駄目よ春秋。まだまにあ―――」
「消え失せろ」
炎が巨大な大蛇のように、大きく口を開いて女性を飲み込む。
やった。邪魔者は消えたと嗤い声が零れる。
これで。
これで?
「―――甘いわよ」
炎が、裂かれる。天を指すように、振り上げられた手と、その手に連動して、女性の前で刃を春秋に向ける、巨大な剣。
「リヴァイアス、モード『ディバイン』。シュートッ!」
まるで指揮者のように、女性の手が踊る。それに合わせて巨大な剣が飛翔する。
闇の炎を裂き、一直線に春秋へと。春秋が振り払うと同時に炎も春秋を守るように正面で燃え盛り、突進してくる剣を受け止める。
一撃は弾いた。そして、春秋の背後から二撃目が。
「その炎だけは、認めないわよっ!」
「く、そがぁっ!」
冷静な思考力を失っている春秋は、見知らぬ女性が繰り出す連撃に炎を以って対応する。
まるでその炎は自分であるかのように、春秋の思い通りに動く。
そして、春秋は自分の激情が冷めていく。そのことに、春秋自身は気付いていない。
舞う。舞う。舞う。
春秋は炎を背に。そして空へ。
女性もまた、新たに剣を生み出す。それはまるで一枚の羽のような剣。それを背に。空へ。
女性の手の動きに、意思に応じて縦横無尽に襲い掛かる二振りの巨大な剣を、春秋は寸でのところでかわし続ける。
冷静に、冷淡に、隙を探す。世界がゆっくりと、スローモーションのように感じる。
声は、何も届かない。
わかることは一つ。
この炎は、全てを破壊する。
集約させる。炎を。己の掌に。
わかる。わかる。わかる。わかってしまう。楽しくなってくる。まるで自分の身体の一部のように、この闇の炎は、春秋の思い通りに、春秋の思考を実行してくれる。
迫り来る剣を、薄皮一枚が切れるぎりぎりでかわし、その刀身に炎が集った掌を、重ねる。
「―――」
轟音と、爆発と、闇の閃光。
刀身に罅を入れて、剣が女性の元に戻ってくる。
満天の星空の下で、春秋と女性は向き合う。
春秋は、自らの大切な者を奪わんとする仇敵として。闇の炎を剣として握り締め、二振りの炎を生み出す。
女性は、女性は。
「……わかったわ春秋。そうよね。元からそのつもりだったのだから、手加減する必要はないわよね。ああ、本当に嫌だわ。こうでもしないと、今の私は貴方を止められない」
「ごちゃごちゃと、煩い」
「そうね。闇の炎に心を食われている貴方には、私の声は届かないでしょう。だから」
ゆっくりと、女性はさらに空へ昇る。そして女性の胸元の、真紅の宝玉から、桃色の光が、あふれ出す。
それは女性の衣装を変える。
漆黒の衣装を、純白の衣装へと。赤き装飾を、青の装飾へ。
ロングスカートを翻し、下ろしていた髪を二房に分けて。
その姿を、春秋は、何処かで見た。
それは、その姿は。
「リヴァイアス、今一度、真実を映し出せ」
『yesマスター。御心のままに』
真紅の宝玉が応え、剣は消えうせ、機械的なロッドへと展開し、そして槍の形状へと変形していく。
「これだけは、使いたくなかったわ。だってこれは」
―――魔力が、集中する。
大気に拡散されていた魔力が、女性の下に集う。
それは、散ったはずの春秋の炎すら。
それは、消えうせたディストの漆黒の雷すら。
それは、移動する際にほんの少しだけ洩れた、漆黒の風すら。
それは、この世界に満ちる、人々の少しの少しの心の欠片すら。
『収束』
させる。
「『私』が最も忌み嫌う魔導師の切り札なのだから」
―――魔力が、集う。
槍と化した女性の装具から、音を立てて何かが弾き出される。
それは、薬莢のような。
冷静に、冷徹に、心を欠いた春秋すら、理解できた。
これは、不味いと。撃たせては、ならないと。
闇の炎を再び纏い、一直線に女性の下へ。
そこで春秋は二つ間違いを犯す。
止めたいのであれば、先ほど紬を取り返したように『物語の管理者』の力を使うべきだった。
そして。
今、春秋がそれを回避する、という行動を取れば。
その一撃は確実に―――春秋の眼下にいる、紬に、当たる。
それに気付いた春秋は、咄嗟に炎を防御の炎陣へと転用させる。
「集え、星の光よ。砕け、闇の復讐者を。今此処にて、貴方の過ちを『否定』する!!!!」
「やぁぁぁめろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」
「スターライトォ――――」
その単語を、春秋は知っている。
それは、この世界で買い漁った漫画の中にあった、一つの、巨大な、魔法の名前。
そして、その単語を、春秋は『覚えている』。
その人たちを、春秋は知っているはずだった。だからふと、あの作品を手に取ったのかもしれない。
「―――ブレイカァァァァァァァァァァァッ!!!!!!」
声が、聞こえた、気がした。
二つの、声。
一つは、かすかに届いた、紬の、声。
春秋を心配するような、声。
そして。一つの世界を幻視して。
知っているはずの少女が、膝を抱えて泣いていた。
『私は、あの世界で生きるはずだった。でも、少し、少しオリジナルと違うからといって拒絶された。私は、私だって、生きているのに……!』
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