………
……
…
「う、おぉぉぉぉぉぉぉ――――――ッ!」
閃光を、五重に渦を巻いた黒き炎が塞き止める。
炎が迸り、悲鳴を上げるたびに後ずさりし、春秋は己の心がどんどん冷めていくのがわかる。
ああ、この炎は。
この炎の性質を理解して、少し冷静になって。
でも、もう遅い。きっとこの炎を使い切ったら、彼は紬と出会う以前に戻ってしまう。
でも、炎を燃やし続ける。だって、今自分が倒れたら、背中にいる紬は誰が守る。
燃やせ、燃やせ、命の限り、心の限り。感情がなんだ、命が何だ。今、自分が守っているのは、心よりも命よりも大事なものだ。
守れ、守れ。なんとしても何をしても。絶対に絶対に絶対に。
「―――せない」
ぽつりと、零れる、言葉。
光を失った瞳で、空の女性を睨みつけて。
「奪わせ、ない」
それは、まるで呪詛。
「奪わせない」
それは、まるで宣誓。
「―――“もう二度と”」
“後悔”は。かつてした。
フラッシュバックのように春秋の脳裏を過ぎる、黒き炎を使い戦うかつての己。
その隣で、ずっと自分を支えてきてくれた、『誰か』。
敵として、ずっと自分を止めようとしてくれた、『誰か』。
いつも悲しそうに、泣きそうな表情で自分を見上げていた、小さな『誰か』。
―――今、すべきことは。
黒き炎が、微かに揺れる。
命を燃やして、愛しき人を守ること―――!
「……もう二度と、奪わせない。大切な人を。俺は、俺は―――守るって、誓ったんだぁぁぁぁぁぁぁぁッッッ!」
黒き炎が。その勢いを増していく。
黒き炎が、まるで翼のように。
黒き炎が、まるで剣のように。
黒き炎が、まるで盾のように。
黒き炎が、まるで鎧のように。
黒き炎が、春秋の心を燃やすことを、止める。
そして。
夜の世界を、黄金の光が照らし尽くす。
五重の炎の盾。それらは瞬く間に『金色の炎』に変わる。
感じる。力の使い方を、使い道を、何を『燃やして』何を得るかを。
「―――我が命よ。燃え盛れ。そして、
閃光を飲み込まんとする、圧倒的な炎。
黒き炎とは違う、暖かい、炎。
空の女性が、微笑む。やっと、と呟く。
閃光が、炎によって引き裂かれる。
炎はやがて収束し、春秋の身体の中へと戻っていく。
まるで自らの一部のように。溶け込んでいく。
「取り戻したようね。『守る決意』の金色の炎を」
「これは……」
「貴方の力よ、春秋。『命の炎』と呼ばれる、貴方の力」
「……俺の」
降りてきた女性からは敵意も何も感じない。
春秋は拳を握ったり開いたりして、先ほどの炎の感触を掴む。
「命を力に、力を命に換えることが出来る力。それこそが貴方固有の『命の炎』と呼ばれる無限機関」
そして、と女性は続ける。
「性質を変えるごとに、そのエネルギーを極大に増幅させ続ける。留めることすら出来ない、貴方でないと耐えられない炎の力」
女性の説明を受けても、今いち理解しきれない。
だが首をかしげている暇はない。倒れている紬を抱き起こし、何度か呼びかけてみるも、相変わらず反応はない。
「完全に心を奪われているわ。植物人間のようなものよ」
「でも、さっき確かに呼んだんだ。俺のことを。だから」
目を覚ましてくれと、何度も懇願する。すがり付いて、何度でも。
「…………」
「―――ッ春秋!」
女性に呼ばれて、ようやく気付き、紬を抱きかかえて咄嗟にその場から跳ぶ。
瞬間、衝撃と轟音と共に出来上がるクレーター。
「■■■■」
「あら、ずいぶんとしぶといのね、この子」
首を引きちぎられたソレが、いた。
いつの間にか首は胴体と融合しており、黒き闇が獣の肢体を覆い尽くし、いつしかその体躯は巨大なものへと変貌していった。
女性は槍を一度構えたが、思い出したかのように槍を仕舞い、数歩下がる。
「貴方がやりなさい、春秋。その炎で」
「……ああ。俺が蒔いた種だしな」
「違うわよ。貴方の炎なら多分、この獣が喰らった彼女の心も、貴方の心も取り戻せる」
「俺の、心?」
「ええ。この獣は元はただの動物だったのよ。でも貴方の不安定な心の欠片の悪影響を受けて暴走して、超常の力が混ざってこんな風になっている」
「それが、俺の炎とどう関係が―――」
「少なくとも、ただの協力者である私より、貴方が貴方自身の力で、貴方自身を求めたほうが可能性が高いということよ」
その言葉に納得して、春秋は前へ出て、ソレと対峙する。
巨大な口も、血走った目も、事実を知って、ようやく理解する。
「……お前も、心が欲しかったんだな。俺の心を受けて、それで」
「■■■■~~~~~ッ!」
先ほどまでの、黒き炎とは違う。
春秋が思い、描き、望むがままに、炎は応える。
金色の炎が、現出する。春秋の命を燃やして。そして、春秋の命として。
全身に力が漲る。視界がクリアになり、何をすればいいか、手に取るようにわかる。
炎は剣へと、盾へと、鎧へと、春秋の『決意』に応えて力を増して。
光、光だ。
暖かい、幸福の光の結晶体。
それはゆっくりと少女の胸から全身に溶け込んで行く。
そしてゆっくりと少女の瞼が開いてく。光の灯った瞳は、少女の顔を覗き込んでいる少年の顔を見つけた途端、不思議そうに辺りを彷徨う。
「あ、れ。春秋くん……?」
「―――紬ぃっ!」
「わ、わ、わわわっ?」
愛しい少女を抱きしめて、その温もりを確かめて。