「で、これから先はどうすればいいんだ」
女性が指指した方向に、いくつか『光』を放つ本が在る。春秋がそれに触れた途端、本は轟音と共に門へと変化していく。
面食らいながら、春秋はこの世界の仕組みを少しずつ理解していく。この世界の主は己であり、この世界は春秋の意思によって自由自在に姿を変えることが出来る。
「そうね。すぐに次の物語でもいいのだけれども―――」
少し逡巡して、女性は紬を一瞥する。そうね、と呟いて奥の扉に視線を向ける。
「まずは居住区でも作ったほうがいいと思うわ。貴方たちの、ね」
女性に連れられて扉の前まで来ると、女性がおもむろにその扉を開ける。
扉の向こう側は、何もない空間。光もないもない、暗き闇の空間。
「まだ行ってはダメ。春秋以外だと、消滅してしまうわ」
「ひえっ」
「この闇の世界は物語の管理者でなければ通れない理の向こう側。たとえ貴女でも」
だから、と女性は続けて春秋に本を取り出させる。
この闇の世界は、物語の管理者の力によって自由自在に創りかえることができるという。
ものは試しに本へ、闇の世界に『通路』を描いてみる。挿絵のように記したそれに合わさって、闇の空間をさえぎる様に通路が創られる。
なるほど、と春秋は理解してすぐさま世界を構築する。和室がある普通に洋式の家であり、可能な限り住んでいた部屋を再現していく。
創り終えて、三人で中を歩いて見る。窓の外に広がる闇の世界に思わず気が滅入りそうになり、大地を作り上げ外に落ちないように結界を創ってみせる。
台所や浴室に、リビングにトイレといった生活に困らない空間。そして出来るだけ以前の紬の部屋を思い出し、彼女の部屋を創り上げる。
それと忘れてはならない二つの部屋。春秋と女性の部屋だ。春秋は本のページを一枚破り、女性に渡す。
「試してみたが、このページに書けば思い通りの部屋が創れるようにしてみた。これはお前の分だ」
「……あら、私の部屋まで作ってくれるの?」
「そりゃそうだ。お前はもう俺の……」
少しだけ悩んだ春秋は、名案が浮かんだとばかりに。
「そう、家族だ」
その言葉に面食らう女性と、驚く紬。
「は、ははは春秋くんそれってワタシどうすればいいの!?」
「え、紬は嫁だろ? ワイフ」
「~~~~っ」
春秋の返しに真っ赤になる紬。愛しくてたまらなくて、でも抱きしめるのを女性の前だから少しだけ堪えて頭を撫でる。
女性が、笑い出す。思わず吹き出す。
「……貴方って、変わらないのね」
「……そうか。お前は以前の俺を知っているのか」
「ええ。今なら恐らく、誰よりも。貴方のことを理解してるつもりよ」
「そうか」
ただそれだけで伝わったのか、春秋は女性に己の過去を詮索しない。
それは春秋が物語を旅して取り戻すものだ。女性はただ、協力してくれるだけに過ぎない。
「ところでお前の名前ってなんなんだ? ずっとお前呼ばわりも―――」
「いいわよ、それで」
きっぱりと、女性は名前で呼ばれることを拒否する。それは敵意があるけでも、悪意があるわけでも、春秋を信頼していないとか、そういうものの類ではなくて。
「私の名前は、貴方が思い出した時に呼んでくれればいい。それが、私が貴方に協力する条件よ」
そう言って、女性は微笑んで。
「……あの、少し、いいですか?」
紬が、女性に声をかける。できれば二人で話がしたいという紬の意思を尊重して、紬と女性は女性の部屋に。
首を傾げたままの春秋は胸の前で腕を組み、どちらかが出てくるのを待つしかない。とはいえ何もすることがないのは暇すぎる。
ふと思いついて、居住区の外へ。光を放つ門に触れ、本を開いて考えたことを本に記してみる。
それは、時間制限。いつまでも一つの世界に残りたくなるような、己の弱い意志を少しでも消せるように。
必要ない。自分の意思で決着をつけろ、と考えはする。それでも、自分が自分を取り戻すために、あえて戒めを作る。
「さて、それじゃ試してみますか……って」
設定し、本を閉じたその瞬間。小さな声が聞こえて。
その声を聞いて、心がざわついて、身体が前のめりに崩れていく。
倒れこんだ春秋の身体は、そのまま門の向こう側へ―――。
*
「それで、何のようかしら。大体春秋のことだって予想はつくけれど」
「はい……」
不安そうに、紬は女性を見つめる。
女性は紬の問いかけに予想がついていると言った。それは同じ想いを持つ者だからか、それとも。
「貴女も、春秋くんのことが……好き、ですよね?」
女性の目線、仕草、態度。それら全てが春秋に向けられていたことに、紬は気付いていた。
だからこそ、不安になる。春秋が取られてしまうのではないかと、春秋を独占したい思いが生まれる。
紬のそんな想いを知ってか知らずか、女性は考える素振りを一切見せず、そうよ、と簡潔に肯定した。
「私は春秋のことが好きよ。愛してる。彼に私を見てもらいたい、彼の全てを受け入れたい。彼に私の全てを捧げたい」
胸に手をあて、女性は春秋への想いを語る。語り続ける。全く自分と同じ感情を持つ女性の告白に、紬はその気持ちの大きさに気後れしてしまう。
自分だって、春秋への思いは負けていない。胸中に渦巻く嫉妬の感情は、女性の言葉にかき消される。
「でも、私は春秋に受け入れてもらおうとは思っていないわ。彼が多少なりとも私を気にかけてくれれば、それでいい。春秋は貴女を愛してる。私がそこに割ってはいるつもりはないわ」
何処か諦めを含んだ女性の言葉。
「それに貴女たち見てるだけで胸焼けするくらいよ。私には春秋からの愛は重すぎるわ」
そして、気付いてしまう。
目の前の女性が、どこまでも自分の感情を抑えて春秋に付き従っていたことを。
きっと、ずっと。それを知ってしまって、少し悲しい気持ちになって。
「そう言えば教えるのを忘れていたわ」
「……?」
「春秋は放っておくと手当たり次第にモテるからしっかり首輪付けときなさい。もしくは本妻としてハーレムを受け入れるくらい覚悟を決めることね」
少しウンザリするくらいに盛大にため息を吐いて、女性は呆れた仕草をする。
わかるところがあって、思わず噴出してしまう。そして、少しだけ女性と仲良くなれそうだと理解した。