物語の管理者:欠片集めのストラテジー   作:瑠川Abel

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 街から少し離れた海岸線沿いに作られた鎮守府―――建造されてまだ二年ほどのそこには、六人の艦娘と、一人の提督とその伴侶しかいなかった。

 整備員などは街の中小企業に依頼して、ようやく成り立つ小さな鎮守府。

 だが建物だけは立派だった。執務室や食堂に入渠ドッグ、そして出撃のための港に演習場など、必要最低限以上の設備が備えられており。

 艦娘たちが暮らす寮は一つしかないもののまだまだ艦娘を入寮できるほどだ。とはいえ六人はそれぞれ思うところがあるのか艦首も無視して全員が一階に住んでいる。

 また、他の鎮守府と違い提督が住む家も用意されている。木造建築の平屋だが造りはしっかりしており、二人で済むにはもったいないくらいだ。

 とはいえ、この提督の一軒家は艦娘寮と隣接しており、提督―――春秋の意向で渡り廊下が設けられ遊びに来れるように改造されている。

 そして本館の一室。春秋の戦場とも言える場所。執務室。

 山のような書類を抱えてきた大鳳が、音を立てながら春秋の前に書類を積み重ねていく。

 

「今週分の書類です。収支関係に阿武隈の改装のことについての意見書や嘆願書に技術提供を求める書類までありますね」

 

「なあ大鳳」

 

「どうしました、提督」

 

「休んでも、いいか?」

 

「ダメですよ」

 

 出来る限り格好つけて言ってみた台詞も、大鳳の感情の篭らない笑顔に黙らされる。

 出会って、提督として着任して二週間ほどになる二人の関係はいつしか恒例の会話まで生まれるほどに。

 

「俺は戦場で指揮する方が性に合―――」

 

「ダメです。危険です」

 

「いやだから―――」

 

「ダメです。戦うのは私たち艦娘の使命です」

 

「……使命ねぇ」

 

 諦めて春秋は書類の山と向き合う。毎度毎度の見飽きた内容に異常が無いかチェックして、判子を押すだけの簡単な作業。思わず眠くなる。

 始めてみれば早いのが春秋だ。適当ではなく、本当に一文字一文字見ているというのに、それでも早い。春秋から渡される書類に不備が無いことを確認する大鳳が追いつけないほどだ。

 あっという間に半分が終わる。静かな作業だが、人員の少ないこの鎮守府では提督と秘書艦が大本営や他の鎮守府からの依頼も全てさばかなければならない。

 

「提督、入りますよー?」

 

「ノックもなしか」

 

「あはは、すいません」

 

「大丈夫だ。気にしてない」

 

 声をかけてきたのは、この鎮守府でも一番の新米である雲龍型正規空母3番艦―――葛城だ。

 書類を片付けながら、葛城の用件を伺う。自身と先輩である翔鶴型正規空母2番艦・瑞鶴の外出許可が欲しいそうなので、帰宅時間を指定して許可証をすぐに渡す。

 

「あ、ついでに製鉄所の所長に阿武隈の改装の件でお礼を伝えておいてくれ。時期に俺から直接謝礼はするが、それでもな」

 

「はい、ありがとうございますっ」

 

「遊びに行くのは良いけどはしゃぎ過ぎたり散在するなよ? 給料の前借りはなしだからなー?」

 

「あはは。瑞鶴先輩も一緒だから大丈夫です」

 

「むしろ瑞鶴だから不安だなぁ」

 

「だ、大丈夫ですよ……多分」

 

 

 

    *

 

 

 

「よし、書類も終わった。俺は少し出るぞ」

 

「はい。何かあればすぐに放送を入れますね」

 

「任せた」

 

 立ち上がり、背後の壁にかけてあった『ソレ』を手に取ると、春秋は以降を大鳳に任せて本館を後にする。

 向かう先は、一面の海が広がる港。演習場の隣にあるそこは、出撃のない今の時間は無人である。

 だからこそ、静かで、カモメの鳴き声が聞こえてくる程度で。

 春秋は上着を脱いで、『ソレ』―――刀を抜く。

 目に見えて筋肉の塊ではない春秋の身体は、でもしっかりと鍛え上げられている。

 時貞楓と出会った日に出会った、此処にいた提督。その忘れ形見とも言えるべき刀。

 銘は、昇竜と言うらしい。譲り受けたものだが、刀剣としては非常に素晴らしい一品である。

 それを振るい、薙ぎ、身体の一部であるかのように流れるような動作で舞う。

 身体を動かしたいという思いで刀を振るっているが、どこか懐かしい気持ちになる。

 春秋の過去は、きっとそういった人生だったのだろう。過去の記憶のヒントになるかもしれないが、こうして鍛錬している間は考えないようにしてる。

 そうでもしないと、壊れてしまう。心が。

 考えないようにしているのに、焦って、焦って、急いて、急いて。

 早く欠片を見つけないと。でないと。

 

「―――ッ」

 

 不安が、形となって春秋を襲う。思考が纏まらず、ぐるぐるぐるぐると彷徨い続ける。

 迷い、迷い、迷い、出口のない迷宮に捕われる。

 誰もいない孤独の世界で、不安が春秋を襲う。誰か、誰か、誰か。

 タスケテと、届かぬ誰かに手を伸ばして。

 

「かっ、ぁ……」

 

 膝を付き、慌てて脱ぎ捨てた上着から無線を取り出した、その時。

 

「春秋くんっ」

 

「つ、むぎぃ……」

 

 呼び出そうと思った最愛の人が、目の前にいた。たまらず抱き締め、紬は春秋の身体を支えきれず、二人して倒れこむ。

 背中が痛むが、紬はそれどころではない。抱きついてきた春秋の頭を抱き締め、頭を胸にうずめるような体勢で。

 温もりを感じて、でも、それが足りないと感じて。春秋は力一杯紬を抱き締める。大きく息を吸って、最愛の人の全てを堪能する。

 暖かい感情も、まだ足りないと訴えてくる。でも、それでも、僅かでもと必死に必死に心は温もりを求めてくる。

 

「大丈夫だよ」

 

 聞こえてくる、愛しい人の優しい声。

 ゆっくりと、春秋の頭を撫でて、微笑んで。

 

「大丈夫だよ。ワタシはここにいるよ。春秋くんを一人になんてしないよ」

 

 不安が、和らぐ。愛しい人の思いを全身で受け止めて、少しずつだが、乱れた心が落ち着いてくる。

 手を突いて、眼下に紬を捉える。最愛の人。春秋の首に手を伸ばしてきて、優しく掴まり、そして笑う。

 どちらからともなく唇を重ね、ついばむようなキスを繰り返し、そして彼女の首筋に舌を這わす。

 

「ひゃっ、は、春秋くんここ外だよぉっ」

 

「ぁ……ごめん、でも」

 

 取り戻した理性が、制止する。そして一瞬だけ強く首の付け根あたりに噛み付き、まるで彼女が自分の物であるかのように、マーキングする。

 

「も、もう春秋くんっ。そういうのは夜にしてっ」

 

「……あはは、ごめん。思わず」

 

「もう……。大丈夫なの?」

 

「ああ。紬が抱き締めてくれれば一気に楽になる」

 

「でも、少しずつ長くなってるよね?」

 

「……ああ」

 

 あの世界で、飛鳥から欠片を回収してからずっと、春秋を悩ませているモノ。

 取り戻した欠片が、満たされていた春秋の心の中でぽっかりと穴となった。穴は満たされた心を侵し、孤独の不安となり春秋を襲う。

 今までは、今までの心だったら紬の思いで満たされていた。でも、拡張された心の分までは、満たしきれてないと、『女性』は辛そうに語っていた。

 それは『女性』にとっても予想外の事象だったようで、春秋の欠けた心を満たす方法と、次なる欠片を求めてこの物語に、世界に来た。

 解決策は、未だ見つかっていない。

 だが、春秋の心の欠片の行方だけは見当がついている。

 それが、それこそが、深海棲艦。時貞楓からもたらされた情報。今まで観測したことのない異形の深海棲艦を見かけたことがあると。

 だから、春秋たちは鎮守府に身を置いている。

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