「春秋くん、ごはんできたよー」
「お、じゃあ皆呼んでくるぞ」
大き目のちゃぶ台に用意された色とりどりのおかずと味噌汁。逆さにされているお椀を手に取り、紬は一つ一つに炊き立ての白米をよそっていく。
その間に春秋は渡り廊下を通って、艦娘たちが生活する寮へ。入り口に用意されたベルを鳴らすと、たった六人の艦娘たちを纏めている大鳳が扉を開けて出てくる。
それが夕餉の合図だとわかっていたのだろう。大鳳の後ろには翔鶴に瑞鶴、葛城に阿武隈も立っていた。
「あれ、マックスは?」
「まだ部屋みたいですね」
「そか。じゃあ呼んでくるからお前たちは先に行っててくれ」
さも当然であるかのように、春秋は艦娘寮に乗り込んでいく。空母も巡洋艦も関係ない、それぞれが選んだ個室。その一番奥にある個室が、まだ出てきていない少女の部屋。
この鎮守府で唯一の、海外で建造され、この国での所属も軍歴も浅い艦娘である。
「マックスー、入るぞー?」
ノックを数回、返事がないのを確認してから春秋はドアを開く。部屋の中に、彼女はいた。
窓際に配置された机に向かって、何処か真剣な表情で机の上のあるものに意識を集中させていた。
部屋の入り口からはそれが何かわからないが、春秋はすぐに見当がついた。
それは、恐らく。
「……あ、提督」
「おう、気付いたか」
後ろに立って、肩を数度叩いて気付いてもらう。咄嗟に彼女が隠したそれは、間違いなく手紙。
きっと祖国か、同じくこの国に来ている友人に宛てた手紙だろう。
「飯だぞ。えーと、
「そう、もうそんな時間だったのね」
クスリと表情を綻ばせて、手紙を引き出しにしまい春秋の腕に抱きつき、甘えるように首を春秋の二の腕に預ける。
「お、甘えん坊さんか?」
「少しでも印象つけておかないと、負けるから」
「?」
その言葉が何を意味するのかを、春秋は全く気付かない。ただ家族のように扱っている少女が甘えてくる。
春秋はそれを絶対に拒絶しない。表情からは、感情の変化を読み取りづらいマックスだが、微かに喜んでいるのがわかる。
渡り廊下の出口まで、マックスは春秋の腕を独占する。それ以上は他の仲間に見られると慌しくなるから、と言って微笑みながら離れる。
「あ、春秋くんもマックスさんもおかえり」
「ちょっとマックス、早くしないと冷めちゃうわよ?」
「
「よし、揃ったな。じゃあ、いただきます」
阿武隈のちょっとした注意を意に介さず、マックスは自然な動作で春秋の対面になるように正座する。
全員が揃って、春秋の一声で一斉におかずに手が伸びる。
個人個人に用意されたおかずは、初日にあったおかずの奪い合いから紬の提案で分けられたものだ。
それぞれが食べきれる量をしっかり考えて、味の好みまで把握して作られた料理に少女たちは舌鼓を打つ。
美味しいと誰かが声を上げるたびにニコニコと笑う紬を、隣に座る春秋は幸せそうに眺める。
「あー、また提督さんと奥さん、二人の世界に入ってるー」
頬にご飯粒をつけた葛城が、羨ましそうに二人を指差して、気付いてなかった春秋と紬はきょとんとした顔で見詰め合う。
見詰め合って、笑いあって、春秋は思い出したように。
「そうだ紬。明日は久々の休みだし、街に行こう。デートだデート」
「いいの? お仕事、貯まってるんじゃない?」
ちらり、と大鳳のほうを見る。だが大鳳は黙々と目を閉じて食事を続けている。
それはここ数日でわかった暗黙の了解のサイン。春秋と紬の世界を侵さない大鳳のアピール。
わかって、嬉しそうに、満面の笑み。
それを見た全員が暖かい気持ちになる。そこには、幸せな『家族』の光景があった。
………
……
…
「えっへへー」
腕に抱きついた紬が、終始笑顔で離れまいとしっかり春秋を捕える。
その笑顔はまさに幸せ絶好調といった感じで、見ている人の頬がにやけてしまうほど。
「紬が喜んでくれて俺も嬉しいよ」
「ワタシも。こっちに来てから春秋くんと二人でデートできるなんて初めてだしね」
「あー……そういやそうだったな。ごめんな」
「あっ、いいよいいよ。お仕事が忙しいのは仕方ないことだし、朝も夜もしっかり一緒にいてくれるし。それに」
「それに?」
「こ、こうやって甘やかしてくれるし……っ」
「ああもう紬は可愛いなぁ! 流石俺の嫁っ!」
「えへ、えへへ……春秋くんのお嫁さんっ」
見ている通行人がぽつりと呟いた。砂糖吐くわ。まさにバカップル。
鎮守府を出て、街へ。それなりに賑わっているこの街は、流通も交通も利便性が良く以前は観光客も多かったほどだ。
だがそれも深海棲艦が現れるまで。海という一大レジャー施設を失ったこの街は観光客を呼び寄せる術を失い、経済的には苦しい状況にある。
そこに鎮守府設立の依頼だ。国の英雄とも言える艦娘の到来と深海棲艦と戦う者たちの存在は、街としても格好のアピールとなる。
以前までの提督では難色を示していたが、春秋が着任して以来、街には鎮守府に所属する艦娘たちのポスターが張り巡らされている。
にわかに活気付く街を見て、心の欠片を探す旅の途中でも、こうして誰かの役に立てた。春秋の心は、少し、充足していた。
幸せそうに歩く二人を、明らかに怪しい三人組が尾行している。もちろん春秋は気付いている。だが紬との幸せ空間をこのままにしていたくて敢えて黙っている。
阿武隈と、マックスと、そして大鳳。
「なんで私までいるんでしょう……」
「そりゃお二人のデートを観察するためですよ大鳳さんっ」
「……阿武隈はこういう時はノリがいいんだか悪いんだか、わからないわね」
「何言ってるのマックスウ。アタシたちの提督が普段どんな生活しているかを知るのは部下としても重要で―――」
「そもそも、提督は私生活の大半を私たちに見せてくれている方よ? こういう二人の時間を邪魔はしないほうが」
「だ、だって奥さんが羨ましくて―――あっ」
「帰ります」
「帰りましょう」
「あ、アタシの指揮に従ってくださいーーーーーっ!」
「いえ、旗艦は私です」
すたすたと帰り始めるマックスと大鳳を慌てて追いかける阿武隈。遠くでそんなやり取りが聞こえて、思わず春秋は噴出す。
何かお土産でも買っていくか、と思案している内に、目的の一つにたどり着く。
中川製鉄鉄工所。この街唯一の軍需工場であり、今現在春秋が指揮する鎮守府の依頼全てを請け負う工場。
事前のアポイトメントによって、スムーズに対応される。応接室に通されると、髭の豊かな、いかにも強面といった初老の男性が現れる。
「なんでえ旦那。急に用があるって」
「ああすまない
「まあいいってことよ。旦那が来てから家は大繁盛だしなっ」
大声で笑い出す男性―――中川厳。少し紬が怯えて萎縮してしまう。そんな彼女の頭を優しく叩き、春秋は記録媒体をパソコンに接続し、それを見せる。
『それ』の概要を見て、厳の表情が強張る。そして愉快そうに、春秋を見る。
「お前さん、こりゃあ」
「『常軌を逸した提案』だろ?」
「―――っはははははは! 旦那は面白いことを言い出すっ! これを家にやらせようってかっ!?」
「ああ。厳さんがこれまで培ってきた経験と、俺が持ち込める技術、そしてこの国における『提督』としての権限で動かせる資金。それらを以ってこの二つの理論を実用段階まで持っていって欲しい」
「旦那よぉ。そうまでしてこれが必要かい? ワシはこの工場を作って長い。深海棲艦たちへの兵器の開発にも関わった事もある。だがこれは」
「だからこそ、だ。現状深海棲艦に対抗するには艦娘の力に頼るしかない。だからこそ、だ」
「なるほどねぇ……一つ目は何度か調整すればすぐに作れるだろう。だが二つ目は―――」
「何が、足りない?」
「艦娘の情報だな。というより艤装の情報だ。こいつを仕上げるんなら、最低でも戦艦級の艤装が一つ欲しい」
「よし、必ず手に入れてくる。厳さんは一つ目の方を」
「へへっ。よしきたっ。面白くなってきたぜっ!!!!」
勢い良く立ち上がると、厳は愉快そうに笑いながら大股で退室する。後に残された紬は、春秋が提示した『あるもの』を見て、少し不安になる。
でもきっと、春秋が必要だと判断した。そこに間違いはないのだろう。もし間違ったとしても、自分が必ず春秋を止める。支える。隣にいる。
「……春秋くんっ」
「ん、どうした?」
「ワタシも、がんばるねっ」
「……ああっ」
紬の伝えたい思いを受け取って、春秋はにっこりと微笑みを返す。