「おーっす若人、元気にしていたか?」
鎮守府に戻った春秋と紬を待っていたのは、この世界で唯一物語の管理者のことを理解している人物、時貞楓だった。
ソファに深々と座り大股で足を広げ対応した翔鶴に出された茶を啜り菓子を貪っている。
その隣には、彼女が誇る大本営の第一艦隊の―――この国の最強艦隊の旗艦である大和が、物静かに目を閉じて佇んでいた。
「連絡も無しに何の用だ」
「陣中見舞いに用も何もないだろう」
「出撃もろくにしてないのによく言う」
「四ノ月さん。提督が申し訳ありません。実は本日海軍の最高責任者が来ることになっておりまして」
「なるほどサボリか」
「……いやーはっはっは!」
「笑って誤魔化すな。翔鶴が引きつってるぞ」
「い、いえ私はっ!」
「はーっはっは! 可愛い空母ちゃんじゃないかっ。どうだい一晩私に抱かれてみないか?」
「はいぃ!?」
「おい、うちのエースを引き抜こうとすんな」
「はっはっはぁっ!」
笑っている。いつまでも。誤魔化しも何もない心の底から。
だからこそ春秋も気兼ねなく接することが出来る。
「まあサボったのは事実だ。だがそれには理由があってな」
「ほう、つまらない理由だったらすぐさま大本営に連絡させてもらう」
「まあまあ待て待て」
制した楓が春秋に見せてきたのは、頼んでいた資材や資金の目処が立った報告書。これには思わず仕事が速いと春秋も口を滑らす。
その言葉に気分を良くしたのか、楓は全力で翔鶴の尻を撫でていた。翔鶴の表情が固まっていた。大和が和傘で全力で殴っていた。
「いいじゃないか大和。魅力的な異性がいない私は魅力的な艦娘に手を出すしかないのだ」
「それなら大和かいるじゃないですか」
「だってお前は恥ずかしがってくれないだろう!? 私は恥辱に震える女の子が見たいのだよ?!」
「憲兵さんに通報しました」
「買収した。問題ない」
「四ノ月さん大変です。この提督早く消してください!」
「うん俺の権力じゃまだ無理だから」
元帥を拘束できる権力とかどのレベルだよ、と突っ込みを入れながら翔鶴を退室させる。アフターケアは紬に任せることにして、二人が退室すると楓は待ってましたと言わんばかりに表情を引き締めた。成る程人払いを自然にしたかったということか。
「……で、本題はなんだ?」
「なーに、物語の管理者様に聞いておきたいことがあってな」
短めのスカートの中身が見えることなどお構い無しに、足をテーブルに載せ、腕を組んで楓は春秋を睨む。
引き締められた表情と、凍てついた空気。まさしく『元帥』が目の前にいる。
「お前の目的は、本当に心の欠片の回収だけか?」
「それだけだ。それ以上は何も求めちゃいない」
「ならば、なぜ己の力で欠片を見つけて回収しない。管理者ならば出来るだろう? お前にとって
時貞楓が知っている中で、物語の管理者という存在は、非常に規格外で、理解の及ばない存在で、そして。最も忌み嫌う存在だ。
彼らは世界の外に自分たちの世界がある。彼らにとって自分たちの世界とは、人の思考によって編み出された世界。
文字通り、物語なのだ。こちらの存在も認識できるようにしているだけで、根本が違う。
作者と、登場人物。管理者と、世界に住む人間の関係はまさにそれだ。人間たちは、どう動いたってそれは物語の一部でしかない。どんな行動をしても、それは物語に記されている。それは予言や予知といった形で世界に表れる場合もあるが、桁が違う。
時貞楓が物語の管理者を知ったのは、まだ年端もいかぬ頃だった。両親を事故で失い、たった一人の弟を守るために海軍に入隊した時に出会った、少女の管理者。
あの時の管理者と今の管理者が『違う』というのは理解している。でも、それでも時貞楓がかつて管理者に抱いた感情を拭い去ることなど出来ない。
『いいかい時貞楓。私は君に少しだけ未来を教えてあげよう。過去を教えてあげよう。君の両親が死ぬのは“仕方なかった”ことでそれは物語の一部。そして、いつか君の弟が世界の運命に捕われるのも物語の一部。君は全ての未来を知ることは出来ない。でも私に辿り着いた褒美に教えてあげよう。“この世界は私たちにとって造られた虚像”だと』
あの管理者は、人間を人として見ていなかった。物語に登場するモブキャラのように、道端に転がる石ころのように、人として扱うことはしなかった。
だから時貞楓は、物語の管理者を信用していない。かつての少女が春秋になったのかはわからなくても、物語の管理者という存在は、物語の中では全知全能の存在で絶対の化身であり、人を超えた存在だということはわかっている。
「答えろ管理者。貴様はこの世界で何をやらかすつもりだ?」
「……俺には、記憶がない。そのかつての少女と言う管理者にも覚えがない。ただ俺は」
「ただ?」
「俺が、俺を取り戻すために、欠片を集めている。俺は物語の未来を見ることも出来ない、管理者として不完全な存在なのだろう。だからこそ、俺は自分を探し続ける。大切な人と共に」
「……つまりお前は、お前の我が侭に私たちを巻き込むわけだな?」
「そうなる」
目を閉じて、春秋は断言する。わかっている。欠片を求め旅を続けるということは、遠くない内に提督としての責務を放棄することでもあるのだから。
それは間違いなく裏切り行為であるし、関わってきた人や物資をいたずらに浪費しているだけでもある。
「一つ、契約をしろ。お前の欠片は深海棲艦側にあるのだろう。だったら」
「誓おう。目の前の圧倒的脅威に対して。物語の管理者として、また、四ノ月春秋という一人の人間として、提督として、全力で対応しよう」
「よし、ならば契約の証に大和を置いていく」
「たすか―――は?」
「お前が戦艦の艤装を欲しがっていることも、戦力に対して懸念してることも報告が来ている。追って数名をこっちに派遣しよう」
「いやだからって大和型ってのは―――」
「そういうことでしたら。大和型戦艦一番艦大和、本日付でこちらにお世話になります」
「いやあのな―――」
「大丈夫だ。こちらが手配した艦娘についての消費資材は全部こっち持ちだ!!!!!」
「いやだからそういう問題じゃなくてだな」
「じゃあ私はこれで、さらばだーーーーーー」
「っああもう勝手に行きやがった! ふざけんなこの遊び人元帥っ!!!!!!」
「あーあとついでにこれ置いていくぞ。好きに使え」
「は? 指輪?」