「あのー、大鳳さん、一ついいですか?」
「はい瑞鶴、なんですか?」
「……どうしてこうなった?」
「そうですよっ。詳しい説明をお願いします!」
瑞鶴に葛城が続く。当事者の大鳳は艤装の調整を完璧にこなし、普段と遜色ない戦いが出来ると意気込んでいたところだ。
対するは、埠頭で空を見ている春秋。どこかつまらなそうに、傍らにいる紬が心配そうに彼を見つめ続ける。
「春秋くん、大鳳さんと戦うって、本気なの?」
「模擬戦闘だよ、訓練訓練」
「でも……大丈夫なの? 心も、身体も……」
心配八割、怒り二割といった表情の紬を宥め、腰に携えた昇竜をいつでも抜刀できる状態にしておく。
発作の心配は、ない。というより夜明け前からずっと不安定な状態が続いている感じだ。
今の自分の思考が正常ではないことも客観的に見て取れるし、このような状況で戦うなどまず止めたほうがいいだろう。
でも、きっと、予感でしかないのだが、この戦いに、この訓練には大事な意味がある。
「でも提督、いいのですか。そちらは私たちのように海上を移動する術は―――」
「お前は誰に物を言ってるんだ?」
「……失礼しました」
「うっわ提督さん、本当に人間?」
「う、浮いてます……!?」
「人間だよ。……恐らく、な」
自分のことを探し続けている春秋にとって、今の不安定な春秋にとって、葛城の冗談めいた一言は春秋の心を抉る。
それでも平静を装って、一歩を踏み出して。
海面に降り立った春秋は、瞬時に管理者の力によって情報を制御して書き換える。
自らの体躯が水上で行動できるように。『炎』を行使すれば空を移動することも容易いが、それでは条件が五分にならない。
手に取る武器は昇竜一つ。でもそれだけでも春秋は大鳳を圧倒できる自信があった。
春秋の真剣な雰囲気を感じ取って、葛城は自分が失言したことに気付く。だが謝罪の言葉すら出せぬほど、緊迫した空気が春秋と大鳳の間に存在している。
「提督、私が勝った時の条件、覚えてますよね?」
「ああ。指揮権の一部譲渡だろ」
「そうですね。それともう一つ。一つ、私の言うことに従ってもらう―――こっちの方が大事ですからね」
「約束しよう」
春秋が勝利した場合の条件は、勝った時に決めると投げやりにしておいた。
そうすれば、大鳳はさらにやる気を出すと思ったから。そしてそれ以上に、春秋は負けるつもりなど毛頭無い。
「そ、それでは提督と大鳳さんの演習を始めようと思いますっ!」
居合わせた翔鶴が、手を上げて空砲を鳴らす―――それが会戦の狼煙だった。
大鳳のボウガン式の射出機から、一斉に繰り出される艦載機。制空権を確保するために艦上戦闘機―――烈風が戦場を覆いつくさんと空を舞う。
だがこれは艦娘や深海棲艦との戦いではない。ヒトと艦娘との戦闘である。その点について、大鳳の初動はすでに間違っている。
通常の仕来りには当てはまらない戦い。そもそもヒトとの戦闘など考慮されていない。大鳳がその手が失策だと気付く頃にはもう、春秋の接近を許してしまっていた。
「俺がそんな距離で戦うと思ったのか?」
「っ!」
薙ぎ払われた刀を薄皮一枚の距離でかわす。恐らくその初太刀だけで決めるつもりだったのだろう。春秋は少し予想外といった表情をする。
だがその体勢のまま足を伸ばし、大鳳の細い足を狙い、引っ掛けて体勢を崩す。
「きゃっ!?」
「ほら、これで終わりだ」
体勢を崩した大鳳に、春秋は躊躇うことなく刀を振り下ろす―――もちろん峰打ちだが、当たればそれなりに負傷するだろう。
大鳳は咄嗟にボウガンで刀を受け止める、が勢いを殺すことは出来ずボウガンは大鳳の手を離れ水上に投げ出されてしまう。
主だった武器を奪われて、大鳳はかろうじて一旦春秋から距離を取る。
「みなさーん、何をしてるんですかー?」
「おはようございます。これは……」
「え、えーと。どう説明すればいいのかな……」
「提督さんと大鳳さんの痴話喧嘩?」
「それね、葛城ナイスっ」
「えへへ、褒められちゃいました」
ようやく起床した阿武隈とマックスが何事かと様子を見に来れば、次第にギャラリーも五月蝿くなる。
春秋はその光景を尻目に、大鳳を見据え―――そして、迫る頭痛に思わず無言で頭を抑える。
脳裏に過ぎるフラッシュバック。ああきっと、こういった光景を体験したことがある。
「っ、春秋くん、大丈夫―――」
「……大丈夫だ。大丈夫だ。大丈夫だ。俺は、俺は人間だ。人間なんだ。誰だってそう思ってる、そう接してくれている、だから、だから、だから……」
「……提督?」
少し、春秋に違和感を抱けたのは紬と大鳳だけだった。血が滲むほど強く握られた刀と、ずっと頭を抑え続ける春秋に他の艦娘たちも異常に気付く。
「大鳳さん、戦いをやめて。今の春秋くんは―――」
紬の声を掻き消すように、警報が鳴り響いた。それは、深海棲艦の襲撃を意味する。
咄嗟の出来事に大鳳が他の艦娘たちへ出撃準備の指示を出す。
「……イい、大鳳」
「……提督?」
「お前ら全員、出撃はしても……戦闘には、参加するな」
―――頭が、ぼうっとする。自分が何をすべきかも理解できない。そうだ、指揮を執るべきなのだ。だって、春秋は提督なのだから。
でも、何処か違う。違和感。違う、違う、違う。
「―――『私』がやる」
煌き輝く金色の炎を纏って、誰よりも速く、全てを置いて、春秋は飛び出した。
「春秋くんっ!?」
咄嗟に声を絞り出した、最愛の人の言葉すら届かないで。