物語の管理者:欠片集めのストラテジー   作:瑠川Abel

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 鎮守府を沖合いより目指す一団。異形の集団―――深海棲艦。その中心にいる、青色のオーラを纏った空母ヲ級が、大きく口元を歪ませる。

 気付かれている。わかっている。でも気付かれた程度じゃ遅いし、何よりこちら側の戦力は全てが異常に強化された集団。ただの艦娘に負けるわけが無い集団。

 『龍姫』の覚醒を待てず飛び出そうとした者たちを束ね纏めた烏合の衆だが、それでも並の戦力では太刀打ちできないほどの集団にはなっている。

 負けてもいい、が負けるわけが無い集団。正直に言えば、これらの集団に加えて深海棲艦の『切り札』たちを投入すれば、あのようなちっぽけな鎮守府はすぐに壊滅できるだろう。それだけの自信と、実力を持つ集団だった。少なくともヲ級の判断に間違いはないし、この空母、軽空母、戦艦、巡洋艦二隻と駆逐艦の艦隊が負ける要素などない。

 その考えは、突如として飛来した一本の刀剣によって駆逐艦が一撃で轟沈された瞬間に瓦解した。

 振り返った瞬間に、巡洋艦が轟沈した。

 気付いた時には、もう一隻の巡洋艦が轟沈した。

 それがようやく視認できたときには、艦隊の半分が失われていた。

 それは、艦娘などではなかった。金色の炎を翼に見立てて空を舞い、引き抜かれた刀を戦艦ル級に向けるそれは。

 四ノ月春秋という、ただの、提督であるはずの。

 人間、なのか。

 

ふざけるなふざけるなふざけるな貴様は誰ぞ(ヲ ヲ ヲ ヲ ヲ ヲ ヲ ヲ ヲ ヲ)っ!?』

 

 異形の声と、その意味が同時に春秋の頭に流れ込んでくる。言葉の通じない相手のはずなのに、どうしてかその意味が手に取るようにわかる。

 『物語を翻訳するモノ』。管理者の力の一端。ありとあらゆる言語や記号の意味を理解できる、管理者としての力。

 自覚することなく、春秋は刃を振り下ろす。向けられた砲塔をものともせず、一刀でル級は爆散する。その手に纏った炎が伸び、軽空母を貫き、爆散させる。

 

貴様は艦娘ではなくただの人間ではないか(ヲ ヲ ヲ ヲ ヲ ヲ ヲ ヲ ヲ ヲ)っ!』

 

「知るか。俺は……俺は……っ」

 

 少し正気を取り戻した春秋は、向けられるヲ級の言葉に答えを詰まらせる。

 人か獣か化け物か、それすら超えた何かか。

 わからないけど、今は。

 

「今は、お前を討てればそれでいい……っ」

 

 目にも止まらぬ速さで振るわれた刃を―――ヲ級は口元を歪ませながら、手に持っていた石の杖で弾いて見せた。

 そしてそれを逆手に持ち、槍のように連続して刺突を繰り出すが、次いで春秋も昇竜の切っ先を全て切っ先同士でぶつけて防御してみせる。

 嗤うヲ級。つまらなそうにする春秋。ヲ級の頭部の異形が大きく口を開き、それを見て春秋は艦載機による攻撃だと判断して距離を詰めようと屈み込んで。

 

馬鹿がっ!(ヲ ヲ ヲ)

 

「っ!?」

 

 口から放たれたのは、光線。レーザー兵器。それは一瞬にして接近しようとしていた春秋に肉薄し、彼の身体を、貫いた。

 

 ………

 ……

 …

 

「空母機動部隊火ノ鳥、出撃します! 目標は鎮守府近海ポイントエリア1-2-1っ。提督が先行されていますので艦載機による先制には十分な注意をっ!!」

 

「……大鳳さん」

 

 見るからに出撃を焦っている大鳳に、紬が駆け寄る。その表情を見ただけで、彼女がどれだけ春秋を心配しているかがわかる。

 羨ましい、と思う半分。自分はあの人にそこまで思ってもらえないと感じてしまい、悲しくなる。

 

「あのね、春秋くんは―――」

 

「大丈夫です。提督の悩みも、私の悩みも、全部ぶつけてくるつもりです」

 

 出会ったときから春秋がたまに呟いていた、『俺が出撃すれば』という言葉。あの意味と言葉を聞いてきた自分の意思。

 艦隊の全員の表情が引き締まると同時に、覚悟と決意を固める。

 紬が大鳳に、小さな小瓶を手渡す。それの真意はわからないが、それがきっと春秋に必要なものだと理解して、大鳳は何も聞かずに小瓶を受け取る。

 

「……春秋くんを、お願い」

 

「―――っはい」

 

 一斉に出撃する艦娘たち。速度を優先し、とにもかくにも春秋がいる海域まで全速力で向かう。

 速く、速く、速く。道中にはいくつかの敵の残骸を発見するが、生体反応は検知できず偵察に向かわせた艦載機からも連絡は無い。

 何処にいるのだろうか、何処に。

 

「……っ大鳳!」

 

「っ!」

 

交戦(エンゲージ)!」

 

 空より一斉に強襲してくる敵艦載機の雨を、空母四隻による一斉迎撃で対処する。

 確認できたのは敵は一隻、それもこちらと同じ空母ヲ級―――蒼穹のオーラを纏ったエリートと呼ばれる亜種。

 春秋は、何処に行ったのだろうか。

 

「葛城は索敵機による哨戒を続けてっ。提督はきっと近くにいるはずよ、絶対に探し出して。翔鶴、瑞鶴は私と共に航空戦を維持、阿武隈並びにマックスは雷撃の後砲撃戦用意!」

 

「りょ、了解っ!」

 

 艦娘たちの声が重なると同時に、緊張が走る。何度か出撃したことはあるものの、これまでは提督―――春秋の指示が出されていた。演習でもそうだ。この部隊は、圧倒的に艦娘たちによる独自での行動の練度が足りない。連携などは問題があるわけではないが、普段当たり前のことが無い、それがどれほどの影響を及ぼすものか。

 敵は単独だ。焦る必要は無い。敵がどれだけの実力だろうと、数で勝り航空戦で勝るこちらが負ける道理が無い。

 

『ヲヲヲ、ヲヲ』

 

「っ!?」

 

 だがそれは、常軌を逸した攻撃が来るまでの話。

 ヲ級の頭部の異形の口から突如として発せられた光線が空を舞う艦載機を薙ぎ払い、次いで大鳳を狙う。

 すんでのところでかわせたものの、脚部の艤装の一部を破壊された。このままでは航行に支障が出てしまう。

 

「っ……!」

 

「っ―――大鳳さん、後方の岩礁地帯! 提督を確認、負傷しています。行ってください!」

 

「で、ですが―――」

 

「行ってきて大鳳、ここは私と翔鶴姉で抑えておくから!」

 

「航行に支障がきている貴女では、いずれあの光線の標的になってしまいますっ!」

 

「っ……わかったわ。葛城、貴女も航空戦に参加してっ。阿武隈はいつでもヲ級を狙える距離を維持、マックスは阿武隈の援護を徹底。絶対に足を止めないでっ!」

 

 迫り来る爆撃の嵐をかいくぐりながら、大鳳は仲間たちに後を任せ後方の岩礁地帯に逃げ込む。

 隆起した岩場が艦娘たちの身長より高くそびえているそこは、緊急時の避難所として春秋が提案していた場所だった。

 

「……、大鳳、か……?」

 

「っ提督!?」

 

「……はは、情けないところ、見せちまったな……」

 

 息も絶え絶えで、岩礁に倒れこむように背を預けている春秋のわき腹あたりが、酷い火傷と共に少し抉られていた。

 見てわかる、あの光線に貫かれたのだ。むしろ生きているのが不思議なほどの出血量で、春秋の瞳は何処か虚空を見つめていた。

 

「提督、しっかりしてくださいっ」

 

「っ……だい、じょうぶだ。どうせ、次期に治る……」

 

「そんな馬鹿な話が―――」

 

 だがそこで大鳳は息を呑む。酷い出血量だった。でも、いつの間にか傷口は塞がっている。血の流出は収まり、抉られた部位は戻らねど確かに傷は治り始めている。

 本当に人間なのか、とつい口に出してしまいそうになるが、先ほどの模擬戦闘から春秋がその言葉を嫌がっていることに気付いた大鳳は、ぐっと堪える。

 言葉を、探す。春秋が求めている言葉を。きっとそれは、大鳳がずっと心に秘めてきた言葉。

 

「……提督。貴方は、確かに常軌を逸した力を持っているかもしれません。でも、それでも貴方は……貴方、です」

 

 そう言って春秋に差し出したのは、紬から預かっていた小瓶。

 大鳳には何の意味が込められているかわからない、春秋と紬しかわからない二人の秘密。

 紬が魔女として活動していた頃、彼女が心を貯めていた、小瓶。かつて春秋が奪ってしまった心が納められていた、小瓶。

 二人の出会いの象徴とも言えるそれは、確かに春秋にあの頃を思い出させる。

 

「俺は、俺……」

 

「そうです。貴方は優しすぎる人です。私たちが戦うべき存在であると言うのに、自分が行けばいいと自然と庇い、私たちを家族のように接してくれて、望んだこととはいえ、私たちを人として、女として扱ってくれる……」

 

「それは……当たり前だろう。お前たちが艦娘と言われようと、俺の目にはただの少女にしか見えない。守るべき存在だ」

 

「だからこそ、です。私たちは……だからこそ、貴方に甘えたくないんです。貴方が言った誇りと矜持を、私たちは戦いの中でしか見出せません」

 

「……」

 

「だから、せめて……一緒に戦わせてください。貴方の戦いも、私たちの戦いも、全部全部半分こさせてください。ずっと、ずっと貴方の背中を守らせてください。この大鳳に」

 

「……大鳳」

 

 すっ、と手を伸ばし、今にも泣き出してしまいそうな彼女の頭を優しく撫でる。それで気が和らいだのか、大鳳が春秋を見つめる。

 ああ、この向けられた感情には覚えがある。自分を求めてくれる感情だ。ずっと紬から感じてきた感情だ。

 春秋の思考は、少しずつ冷静さを取り戻していく。今此処にはいない最愛の少女の想いが詰まった小瓶と、今此処にいる少女から向けられる暖かい想いで。

 立ち上がる。手にした小瓶を握り締め、大鳳に立ち上がれと促す。

 

「……そうだよな。紬と出会った時からわかっていたじゃないか。『俺は俺を求めてるんだ』。人であるかどうかなんて些細なことでしかない」

 

「提督……」

 

「俺が愛する紬がいる。俺を愛する紬がいる。俺を信じてくれる奴がいる。お前のように、な」

 

「……はいっ」

 

「……心を受け入れるから、『愛』なんだよ」

 

 手の中の小瓶から、光があふれ出す。それはまるで羽根。それはまるで花びら。それは心の欠片。目に見えなくとも、紬が春秋を思い続ける確かな気持ち。

 収束する。春秋は目を閉じて、最愛の少女の姿を思い描いて。そして。

 

 

 

 

 『炎』が覚醒する―――!

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