転入は何事もなく終わり、春秋は少しずつだがクラスに解けこんでいった。
不安はあったが、同じクラスに紬がいたことが彼を安心させる。
気のせいか、やたらと見知らぬ女子生徒に絡まれることが多かったが、春秋はやんわりと断ることで数日経つころには大分周囲も落ち着いてきた。
同性の友人も出来、ある程度は砕けた会話もするようになった。
一週間が過ぎようとしたころ、紬に呼び止められる。紹介したいところがあるということで連れて来られたのは、縁がない特別棟だった。
そしてその最上階。通い慣れてはいないが、ここには図書室くらいしか存在しないと思っていた春秋が案内されたのは。
「……オカルト研究会?」
「うん。私も入ってる部活なんだ」
「魔女だけにってか?」
「そ、それは別に関係ないんだけどね」
でも最近は少しだけ、と付け加えて、紬は扉を数回叩く。すると中からどうぞ、と女性の声が聞こえ、紬は自然に教室に入っていく。
それに連れられて春秋も。教室には、二人の少女と見知った顔の少年、保科柊史がいた。
「あれ、保科」
「四ノ月……椎葉さんが連れてきたいっていった人ってお前だったのか」
「柊史くんのお友達なんですか?」
「っていうか先輩、友達いたんですね」
「因幡さんは大概失礼だよねっ?」
アハハ、とマフラーを巻いた少女が苦笑する。猫のような雰囲気というか、犬というか、とにかく小動物のような雰囲気の少女。
「えっと、綾地さんと因幡さんとは初めてだよね?」
「そうだな。まだクラスメイトしか把握してない」
「初めまして。別のクラスですが、綾地寧々です」
「一年D組の、因幡めぐるです。四ノ月先輩ってあれですよね、先週転入してきた噂のイケメン転入生さんですよねっ?」
「噂になったつもりはないが、確かに先週転入してきたが」
「うっわー……ほんとにイケメンなんですね。寧々先輩もこういう人捕まえたほうがいいんじゃないですか?」
「因幡さん、聞こえてるからねっ!?」
「四ノ月くんには申し訳ありませんが、私は柊史君一筋ですよ」
一気にやかましくなったな、と思う。それは本当に心に少し浮かんだ程度の感情だった。
「っ……ほ、ほら因幡さん。初対面の人にそれは失礼だと思うよ」
「あ、そ、そうでしたね。ごめんなさい、四ノ月先輩」
「……ああ、気にしてない」
本当に、気にはしていない。やかましいのも嫌いではない。けれども春秋には、手のひらを返したような柊史の態度が気になった。
そして、眼前の寧々から感じる、本当にかすかにだが、感じるそれは。
「四ノ月くん?」
「ああ、すまない椎葉」
春秋の薄っぺらい笑顔に紬は首を傾げながら、小声で問いかける。
「どうしたの?」
「少し気になることがあってな。この面子で椎葉が魔女であることを知ってるのは?」
「えと、因幡さん以外」
そうか、と返すと春秋は財布からお札を取り出し、紬にめぐるを連れてジュースでも買ってきてほしいと頼む。
わかりやすい、人払いである。その気配に気付いたのか、寧々と柊史の身体が強張る。
「さて」
わかったと紬は春秋の提案を受け入れて、めぐるを連れて外へ出る。
去り際に不安げな表情を見せたが、大丈夫だと念押ししておいた。
「保科。お前は人の心が読めるな?」
「っ」
あっさりと、事実を確認する。柊史の身体がさらに強張り、寧々の態度が、明らかに春秋を警戒しているものに変わる。
「大丈夫だ。確認したかっただけだし、何より」
そして、寧々に向き直る。春秋は確信している。寧々が隠していることは、柊史も知っていると。
「綾地。お前はかつて魔女だった。違いないな」
「……はい」
「お前の願いとか、目的とかに興味はない。だが、椎葉はそれを知っているのか? 知っていて、椎葉の欠片集めを手伝っているのか?」
「それは……」
「椎葉さんは、寧々が以前魔女だったことは知らないよ。ただ俺たちが魔女のことを知っていて、善意で手伝っているだけだ」
「その善意を、椎葉は受け入れているのか?」
受け入れてもらえました、と寧々は真剣な表情で春秋を見据える。
春秋が魔女に抱いていたイメージは、単純な話、我侭、である。
人の心のバランスをどうして保とうとするかは、結局は自分のため。
その人を心の底から心配しているから、ではないと、七緒や紬から聞いた話で抱いていた思い。
だからこそ、少なからず魔女に関わっている存在に十割の善意はないと考えた。
紬の願いは知らないが、今の春秋にとってこの世界で一番大事にしたいのは紬との関係だ。
その紬に何か迷惑がかかるのであれば。
「四ノ月、俺も寧々も、心の欠片を集めることがどんなに大変かは知っているし、それに」
「転校してきたばかりで、欠片を集めるのが難しい椎葉さんの力になりたいという思いに、裏はありません」
「……それを信じろと。魔法にかかわった、己の我侭に人を巻き込む奴らを」
自分の言った言葉に、春秋は咄嗟に自覚した。
今の自分が、崩れてきているのを。
だって、自分だって紬を巻き込んでいるのだから。
春秋の旅路の目的のために、紬を巻き込んでいるのを。
彼女の心の欠片を奪ってしまったのは他ならぬ自分だってことを。
「っ……」
視界が、グラつく。複雑な感情が一気に押し寄せ、手が震え、春秋を襲ったのは不安という感情だった。
今の自分が行っていることを、紬にされたら。
自分は誰を頼ればいいのか、何もわからない。底がわからない海で溺れもがく感覚に近い。
「四ノ月、お前―――」
「柊史くん?」
「……なん、でも、な―――」
いてもたってもいられず、立ち上がった瞬間。
春秋の世界が、暗転した。