―――目の前に、瑠璃色の髪の女性が立っていた。瑠璃色の髪を二房に分けたその女性は、彼を、春秋を、じっ、と見つめている。
「お前は、誰だ」
―――ひどく、懐かしい想いが胸を過ぎる。きっと彼女は、記憶を失う前の自分を知っている。
そして、自分が目の前の女性をこんな表情にさせてしまっていると理解して。
女性は答えない。答えられないのか、それとも。
『あなたは、だれ?』
「俺は、俺だ」
不意に問われた答えに、まるで当たり前のように、答える。
四ノ月春秋は、四ノ月春秋であると。記憶なんて関係ないと。
そう答えると、女性は悲しそうな表情をして顔を伏せる。
何か間違えたのだろうか、それとも。
『あなたは、なにをもとめてるの?』
「心を。記憶を。―――力を」
『平穏を求めているならば、力なんていらないはず。あなたはどうして、力も求める?』
「心も記憶も、力も。それら全てを合わせて『俺』だからだ」
即答。
女性の表情が少しだけ、明るくなる。
『なら、心の欠片を集めて』
まるで懇願。
わかったと即答して。
………
……
…
「―――ん」
「あ、起きた……?」
眼前に広がる、紬の安堵した表情。
やけに近いなと思い、そして頭がやけに柔らかいものの上に置かれていることに気付く。
差し込む夕日が、日が傾き始めていることを知らせる。
ぼんやりとした思考で、今の自分が、紬に膝枕されていることを認識する。
「どう、して」
「帰ってきたら四ノ月くんが倒れてて、それで、綾地さんが心を落ち着かせるには温もりがいいって」
それだけで、出会ったばかりの、ましてや異性にここまでするのだろうか。
意識を失っていた時に見た光景はもう思い出せないが、自分はきっと誰からもそんなことをしてもらえるほど立派な人間ではないということだけわかった。
「……椎葉は、心の欠片が返してほしくてこんなことをしてるのか?」
口からこぼれてしまう、不安な言葉。
自分はこんなに弱かったのだろうか、と自分に問いかける。答えは返ってこない。
「心配だから、じゃ駄目?」
家にはじめてきた時にも感じた、暖かい感情。
目の前の少女が、見返りを求めず自分を心配してくれてることがわかって。
ありがとうの前に、涙が出た。
「ごめん。すぐ起きる」
起き上がろうとして、やんわりと紬に制される。
「ゆっくりしてて。今はもうみんな帰ったから」
そう言われて、今の部屋に自分たち以外誰もいないことにようやく気付く。
気を使われたのだろう。そして、自分の現状は理解されたのだろうか。紬が話したのか、どうか。
「保科くんもね、四ノ月くんほどじゃないけど心に穴が空いてるらしくて……綾地さん、すぐに理解してくれたよ」
「そう、か」
起き上がろうとした気力は、もうない。
今はただひたすら、この優しさに甘えたかった。
涙は引いた。紬の手が頭に乗せられ、ゆっくりと撫でられる。
これほどの優しさをもらって、自分は何を返せばいいのだろう。
もちろん一番は自分の中にある心の欠片を返すことだ。多分それが一番喜ばれる。
でもそれは時間がかかる。ならば。
「椎葉。決めたよ」
「どうしたの?」
「俺は、お前の欠片集めに協力する。何でも言ってくれ。何でも手伝う」
起き上がり、立ち上がり、紬を正面から見つめる。
差し込んだ夕日がお互いの表情を誤魔化し、紬は少し逡巡して。
「ありがとっ」
嬉しそうに、はにかんだ。