全力フルボッコな、でも振り切られる82話
二回戦Bブロック・第二試合
古菲 VS 霧ヶ崎優
達人は達人を知る、とでも言うのだろうか。
一回戦とは違った中華な恰好(コスプレ)で現れ古と向き合った霧ヶ崎さんは、構えて睨み合うこと数十秒、どちらも動こうとしないままに彼女自身の棄権宣言によって試合終了となった。
「あれは無理無理、勝てないわ」と軽く手を振って落胆する彼女に、一番怒っていたのは一回戦で恥を掻かされた龍宮である。
「諦めんなよ! もっと頑張れよ! お前ならいけるいける! もっと熱くなれよぉっ!!!」
「たっ、龍宮隊長! 落ち着いてくださいっ!」
何故か彼女のことを隊長と呼ぶネギ先生に腰に抱きつかれつつも、てへぺろと頭を掻く霧ヶ崎さんに絶叫し続ける龍宮。
まあ脱がされて負けたわけだから、自分を倒した相手に相応に感情移入するのはわかる気がするが、それも普段の彼女からすると随分と雰囲気が違う気もしてくる。
やはり彼女なりにも今日の大会にてテンションが上がっているとか、そんな心情だったりするのだろうか。
「お米食べろよ!!」
× × × × ×
準決勝・第一試合
烏丸そら VS 桜咲せつな
『さぁて! お待たせしました準決勝!
正直武舞台何度壊すのこいつらっ!? と思わなくもなかった今大会もとうとう大詰め!
負完全だの過負荷だの言われ続けてもまだ負けてない! このまま汚名返上できるのか!? 麻帆良の混沌よりも這い寄る負完全、烏丸そら選手!
対するは、今まで戦わずに此処まで来たよ! 麻帆良武道四天王の名の片隅に陣取りつつも、ミステリアスな雰囲気で若干ボッチ!? 猫耳和風メイドの得物はデッキブラシ! 桜咲せつなっ!!!』
「そーいやあ蛙平気だったんだ?」
「? 何の話でござるか?」
と、真顔で返答した楓に怪訝な表情をしている烏丸さん。
次の相手は私なのだが、そんなことは微塵も気にしていないらしい。
私よりも楓の方が気になりますか。
そーですか。
あと朝倉さんのことも忘れないであげてください……。
というか朝倉さんの紹介に私に対する何某かの印象操作を感じなくも無い。
誰がボッチだ。
そんな烏丸さんが進み始めるのを視界の端に捉えつつ、連れ立つように武舞台上へと足を運ぶ。
彼の手には今回は既に得物が用意されていた。
どうやら素手で戦おうというつもりは無いらしく、両先端が三つに分かれた鉾のような武器を案山子のように担いでいる。
注意されないということは許可をもらっているのだろうが、何処かで見たことのあるような形状だ。
……あ、以前にお嬢様と観に行った『えばんげりおん』とかいう映画に出てきた『ろんぎぬす』とかいう槍に似ている気がする。
戦い方をそれほど知っているというわけではないが、今までに見たことの無いやり方で相手をしてくれるらしい。
エヴァンジェリンさんの話では砲撃タイプとかいう魔法使いらしいのだが、得物をころころ変えて戦える辺りはとても遠距離専門には思えない。
槍だか矛だかも扱える時点で、この人の格闘センスはかなりのものなのではなかろうかと勘繰ってしまいそうだった。
『さてさてっ、試合の前にちょっとだけお二人へ質問タイムといきましょうかね!
何かお相手にいうことがあるというならば一言お願いしますっ!』
ふむ。
朝倉さんの言い分は若干気に懸かるが、大会を盛り上げようという彼女なりの時間の使い方かもしれない。
此処は一つ、私から烏丸さんへ『挑発』といこうか。
マイクを借りて、向き直す。
「では、少々。
烏丸さん、私はあなたのことが嫌いです」
あ、真顔になった。
というか会場が妙に静まり返っているような気がする。
まあいい、このまま言いたいことを続けよう。
「いつもお嬢様と無駄に近しい貴方が嫌いです。
へらへらと笑っていられる貴方が嫌いです。
言いたいことを言いたいだけで済ませられる貴方が嫌いです。
雰囲気だけで機微を注視するわけでもなく物事を片付ける雑さが嫌いです。
本当は戦えるくせに、滅多に動こうとしないでいいところばかり掻っ攫うつもりですか?
なんでそんな恥ずかしい真似をできるのか教えて欲しいくらいですね。
ついでに最近調子に乗りすぎているようで、見ていて吐き気がしてきます。
負完全とかって言われる自分括弧いい、とかですか?
全然格好良くないですし正直アレすぎますよね。
それに軽口を叩いて女の子の嫌がる呼び名を使い続けるとかも止めて欲しいです。
貴方自分が毛虫みたいに嫌われているかもとか、そんな想像力は働かせる頭は持ち合わせてないのですか?
その髪も似合わないイメチェンとか、死ねばいいのにって言われません?
大体――」
「ちょっ、すとっぷすとっぷ桜咲さんっ!? もうやめてっ! 烏丸くんマジで凹んでるから! 既にorzの格好で土下座寸前だから! 戦う前からHP0だからぁっ!!!」
朝倉さんの言うとおり、地球の重力に押し潰されているかのように諸手を着いて四つん這いの烏丸さん。
顔を下げて震えているので表情は伺えませんが、今にも泣き出しそうな雰囲気すら感じます。
言い過ぎてしまったでしょうか。
まあ今のうちにボコるという烏丸さんお得意の戦法をここで使うのも吝かではないのですが、私としてはまだ言いたいこともあります。
これ以上時間をかける気も無いので、短めに締めましょうか。
「――ですが、そんな貴方でもお嬢様とは友人なのですよね」
今口にしたそれらは全て、烏丸さんに対する印象でしかありません。
彼のことは正直知りませんから。
彼とは実際、あまり接点が無いので、それ以上の印象を得る機会が今までなかったのです。
……エヴァンジェリンさんの別荘で顔を合わせているのになんで無かったのか、って誰か思いましたか?
――事故とはいえ、キスしてしまった相手と平然と顔を合わせるとか出来ると思ってるんですか?
「貴方を私は良く知りません。
教えて欲しいといっても正直に話す人では無いであろうというのは、まあ見ていた印象からそう感じていますので聞くつもりもありません。
なので、戦いましょう」
「………………えーと、桜咲さん? なんでそうなったの……?」
朝倉さんが口を挟みます。
無粋かもしれませんが、聞かれたことにはしっかり応える所存の私です。
何処かの誰かとは違うということを言葉で証明する必要もあるというのは、少々面倒ですけれども。
「私は不器用ですから。これ以外の付き合いで他人のすべてを知る術を、私は知りません。
即ち、――斬ればわかります」
某半人剣士は良いことを言いましたね。
「全力でかかってきてください。
私は貴方を知りたいのですから」
それだけ言ってマイクを返す。
烏丸さんもいい加減起き上がってください。時間はあんまり無いのですよ?
「え、えーっと……、なんだかすんげぇ発言聞いた気がしますけど……。
か、烏丸選手ー、何か言いたいこととか、応えたいこととかありますかー……?」
マイクを向けられて、俯いていた彼がよろりと立ち上がります。
その表情は、――笑っていました。
「ああー、うん。とりあえず、俺も此処まで言われたのは始めてかもな……。
言っておくけど負完全とかっていうのは朝倉が勝手に言い出した称号だから、俺自身はそういうつもり全然無いからな? 平気だと思っているんならちょっと後で屋上来い」
「ええー、いやそれは嘘でしょ? ならなんで笑ってられるのよ? ドM?」
「MでもなければSでもねえよ。バリッバリにドノーマルだよ」
「Sじゃないのは絶対嘘だよね」
……私のことは放置ですか?
朝倉さんとの掛け合いみたいな台詞の応酬が、続くかと思われましたが、すぐにこちらへと向き直しました。
「女の子相手に全力出すとか、紳士としてはやりたくないけどな。頼まれちゃったら、まあ応えるつもりだよ」
そう口にし、鉾を構える。
なるほど、これがツンデレというやつなのですね」
「いやそれは違ぇよ!?」
口に出ていたみたいです。
私もまだまだ修行が足りません。
人のことなど言えませんね。これでは。
× × × × ×
烏丸のニヨニヨが止まらないそうです。
まああんなこと言われたんなら、そうなるのも仕方ないんだろうな。
前半の罵倒は完全にアレだったけど、後半のアレはアレで完全に告白だろ。
そんなことで喜ぶアイツもマゾなんじゃないかと疑わしいのだが、美少女に言われて喜ばない男子はいない、ってことか。
そういう部分はやっぱり普通の男子なんだけどなぁ……。
――なんか、あんまり面白くないな。
「どうしましたかちうさん。お気に入りの友人が告白を受けたところを覗き見してしまった幼なじみみたいな表情をしてますよ」
「微妙に嫌なたとえだな……、っていうかアイツとは幼なじみでもねえし」
「アイツとは烏丸って人のことですか」
「……べ、別になんとも思ってねえし」
「とりあえず落ち着いてください。口調がヴィータちゃんみたいになってます」
「ツンデレでもねえし!」
というか美月はいつまで観客席にいるんだよ!?
お前も次が試合だろうが、とっとと選手側へ戻れよ。
「イリシャさんには必ず勝てとは言われて無いので。というか次に当たる人がかなりの使い手にしか見えないのであまりやりたくないです」
「あん? 試合放棄か?」
「そうですね。この後お暇なら麻帆良を案内してもらえませんか? なんせ三日間しかいられないそうなので」
「異世界人も難儀だな……」
あぁ、なんか非日常に慣れてしまってるあたしがいる……。
まあ、あの夢が全部マジもんだったってことを受け入れちまえば、非日常も日常か。
あいつらに聞きたいこともあるけど、それは今日が大体終わった後でも良さそうな雰囲気だし。
っていうか、この試合ネットで流れてるんだよな。
あの夢が現実なら、あそこで得た『原作知識』もある程度は有効活用できそうなわけだけど、正直見た記憶と現実が一致していないのは、『烏丸』っていうイレギュラーが関係しているのか?
そして『それ』によると魔法とかって秘匿するものらしいのだが、やっぱり超の一味がそういうことを全世界へばらすのに加担していたりするのだろうか。
……ちょっとその辺が気になるな。
「ネットですか」
「ああ、少し気になってな」
スマホを弄りつつ美月に応える。
麻帆良、武闘会、と検索すれば、すぐに映像が見つかった。
……見つかったのだが……、
「何処にも『魔法』の文字がありませんね」
「あるにはあるけど、すぐに塗りつぶされている感じだな。まあニンジャ多かったしな……」
見つかった映像に添えられたコメントの多くが、
―イザナギだ
―アイエエエエ! ニンジャ! ニンジャナンデ!?
―火遁劫火球出たー!
―ガマ仙人さんチーッス
と、麻帆良スレならぬNA●UTOスレになりかけていた。
ちなみに自来也と綱手は原典では夫婦らしい。
蛇・蛞蝓・蛙の三竦みも、件の原典から派生した設定だとか。へぇ、へぇ。
そんな胡乱な情報を斜め読みしていると、直ぐ隣の実況席からも胡乱な声が漏れた。
「……? おかしいな……」
「解説の豪徳寺さん、どうかしましたか?」
「ああ、いえ、ちょっと気になることが……」
胡乱な声の主は、大河内から解説役を仰せ付かった豪徳寺というリーゼント。
元出場選手なりに格闘に対しての知識はそれなりにあるらしく、描写されていないが今までの試合ではそこそこに詳しい解説を執り行ってもらったので観客席側からは評判はいい。
「烏丸選手ですが……、ちょっと強すぎませんか?」
そんなリーゼントの疑問の声に、あたしらは再び試合へと目を向けた。
× × × × ×
おかしい、この人の強さが異常な気がする。
いや、全力で相手をしてくださいと言い出したのは私ですから、そういうのはむしろバッチ来いですが。
それでも移動スピードとか、膂力とか、攻撃威力とか、そんな一つ一つのポテンシャルが上昇修正されているような気がする。
遠距離戦闘特化型だという魔法使いだが、呪文詠唱の禁止という項目がある以上は彼の得意なスタイルでの戦闘は無いと断言しても良い。
無詠唱で技を放てるのも彼の強みだろうけど、それをやるために必要な手順があるということは既に承知の上だ。
ので、私は自身の得意なスタイルで戦うことをまず第一に考えて、デッキブラシを構えて踏み込んだ――、
――はずが、その瞬間には目の前に烏丸さんの姿が既にあった。
距離を詰められた?
いや、あの歩法は脅威だが正直瞬動とスピードに言うほどの差は無い。むしろ瞬動のほうが素早いので、『目を騙す』タイプの移動術である歩法は瞬動に慣れた接近戦型の使い手ならば対処が出来るものだ。
それを、私が見逃した?
距離を詰めた烏丸さんの得物からの一撃が、腰の位置から放たれる。
鍔迫り合いをするつもりでブラシの柄でその攻撃を防ぐ。
――が、あまりの重さに後ろへと吹っ飛ばされた。
気で強化していた私を吹っ飛ばす威力?
烏丸さんはそういう強化術を使っている様子は無い。
そもそも強化術自体、彼は手順を組まないと形に出来ない。
気も扱えないし、ネギ先生のような『戦いの歌』を使おうともしない。
そんな烏丸さんの膂力が異常化するって、どういう手品を使ったんだ。
リーゼントの先輩と戦ったときは手を抜いていた?
否、別荘での戦闘を見せてもらったこともあったが、そこでの動きはまだ第一試合のときのほうが近かった。
相手取ったのはエヴァンジェリンさんなのだから、そこで手を抜くということが=逆鱗に触れる、ということを今更やらかす人ではないはず。
ということはこの数時間で強くなった?
どうやって?
思考の間も戦闘は続く。
私を吹っ飛ばしたままに追撃を食らわせる気だったのか、追いつく速度を出す踏み込みで鉾の切っ先を私へと向けている。
ので、咄嗟の判断で攻撃を往なす動きを数合、合わせつつ移動スピードは遅れぬままに、会場の屋根へと互いに着地。
が、やはり烏丸さんは隣接してくる。
完全に接近戦型の前衛の戦い方での動きに、こっちの思考が追いつかなくなる。
慌てるように屋根から退避。
『羽』を使わなくとも空中移動の心得くらいは得ている。そんな私に追いつける空中戦は出来ないはず。
そう思っていたのが甘かった。
烏丸さんは私以上の滞空時間と、私以上の高さでの跳躍を見せた。
太陽を背にし、空中で体勢を整え、私の方向へと脚の切っ先を槍のように向けて。
『羽』を出せない状態で、空中にて回避は不可。
行動が追いつかない状態での末に私が出した思考(考え)は、この技に対する実にどうでもいいことであった。
――ああ、これってひょっとして、ライ●ーキッ
× × × × ×
「」
「」
「」
叩きつけられるように舞台へと蹴りつけられた桜咲の様に、見ていた観客がそろって絶句していた。
というか確かに強すぎる。
第一試合でも二回戦でも、アイツはあんな戦い方を見せたことなんてなかった。
手を抜いていた? いや、それ以前に何処かがおかしい。
そんな理解できないものを見てしまったかのような考えに囚われていると、桜咲がゆっくりと起き上がってくる。
叩きつけられた舞台上にはクレーター状に床板が凹んでおり、人間一人分の重さでめり込んだにしてはその被害は大げさに過ぎたようにしか見えない。
まるで、
『『「まるで、重力でも操っているみたいだ」』』
私の思考と、リーゼントの呟きと、桜咲の台詞と、そして烏丸の声が重なった。
『……か?』
『どういう、ことですか……?』
距離を置いて着地していた烏丸に、起き上がった桜咲が向き直す。
が、蹴り落とされたにしては頑丈すぎるな、アイツは。
あれか、身体強化とかそういうやつをやってるんだったか?
『これだけ打ち合えばもう理解できると思っていたが。正体はこれだよ』
そう言って、手にした槍のような武器を桜咲へと向ける。
そういえばラ●ダーキックの瞬間にも手に掴んだままだったな。
不恰好だと思っていたが、アレは必要なアイテムだったとでも言いたいわけか?
『名を『帝釈廻天』。重力制御術式の具現化さ。傾けるだけで自重を変えられる』
――その瞬間、見ていたスレの発言が一気に沸いた。
―烈火の炎キターーー!!!
―火影忍軍の人材募集を読んだのですが
―ジョーカーの中の人だとぉ!?
―またニンジャだよ!いい加減にしろ!
ああ、アタシも言いたいね。
お前もうちょっと普通な奴じゃなかったっけ!?
『全力で戦えって、桜咲は言ったよな? 俺は少なくともやる気の時には手を抜かない。でも本気の全力を出すとなると、やっぱり舞台が狭いんだよ』
言葉を続ける烏丸。
お前今麻帆良で一番の非常識だって発言している自覚あるか?
『だから、本気でやる気は無い。
これだってペテンみたいなものだからな』
魔道具使うとか誰が予測できるものか。
というか桜咲にきちんと応えてやれよ。
ある意味一世一代の告白したというのに、桜咲が哀れすぎる。
『つーわけで俺は棄権する。
あとは頑張れ!』
――おい、最後アイツなんて言った?
~蛙
ニンジャが蛙を苦手なはずが無いじゃないですかやだー!
この世界線では京都にてカエル騒動が微塵も起こらなかったので、楓自身にはトラウマとなる事件がなかったという設定改変
実質蛙が苦手な人ってその形状よりは小ささが一番の要素な気がする。ソースは俺
あとは、うじゃうじゃいる物を直に目にすれば誰だって嫌だ、とか
~せっちゃんが鬼過ぎる・・・
とんでもない威力のクーデレだとでも思えば、感情移入していた読者さんたちでも平気だよね・・・?
~というか今日のせっちゃんが冷静すぎて別人
途中でゆえきちかと錯覚しかけたことは内緒だ!
~帝釈廻天
元ネタは烈火の炎。の、魔道具
重力魔法の具現化術式
切っ先を傾けるだけで自身に掛かる重力のベクトルを変更できる
術式を掌握している状態ならもっと捻った変更も可能となる