人身御供はどう生きる?   作:うどん風スープパスタ

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9話 部活動

 4月12日(土)

 

 ~朝~

 

「っしゃ!」

「ちくしょう負けたっ!」

 

 ランニングをしていたら宮本と会って体を心配されたので、大丈夫だと証明するために近くの公園で短距離勝負を吹っかけてみた。しかし、昨日の大量吸血のせいか今朝はやけに体が軽くて、結構楽に勝ってしまう。宮本は負けた事でよけいやる気になっているけど、俺としてはちょっとズルした気分。

 

 体はもういいと理解してもらったところで、適当なベンチに座って足を軽くマッサージしていると、隣でスポーツドリンクを飲んでいた宮本が思い出したようにこう言ってくる。

 

「そうだ影虎、陸上部どうする? お前なら絶対良い成績残せるだろうし、先輩は練習すれば大会優勝も夢じゃないってよ!」

「あー、その話か……」

「おう。昨日はなんだかんだで話せなかったから、伝えてくれって先輩がな」

 

 もしかして、先輩からせっつかれてるのか? だとしたら悪いけど

 

「やっぱり陸上部に入るつもりは無いな」

「そっか、残念だけどしかたねぇか。先輩にそう伝えとく」

「迷惑掛けて悪い」

「気にすることねーよ。中学の時から付き合いのある先輩が話のついでに言ってきただけだから。むしろこっちが、特に部長が迷惑を掛けたんじゃないかって先輩言ってたぜ」

「部長?」

 

 そういえば一昨日の放課後に押しかけてきた先輩の中に、ちょっと強引な人が居たなぁ……

 

「その人、背が高くて体格もいい、角刈りの上下関係に厳しそうな人?」

 

 俺がそう聞くと、竹を割ったような性格の宮本が珍しく苦笑する。

 

「三年生で陸上部じゃエースでもあるけど、まぁ、ちょっとそういうとこがあるとは聞くな」

「そ、そう……」

 

 初めて見たぞこんな宮本。あの人が部長だと聞いたら、余計に入る気が無くなった。

 

 だってその人、俺が陸上部に入ること前提で話を持ちかけてきて、お前足速いだろ? 下級生だろ? 俺上級生。お前上級生の俺に従って陸上部入れ。先輩命令な。って雰囲気を言葉の節々に感じさせていたんだから。一緒に来ていた他の先輩が執り成してくれたけど、あの人のおかげで帰りが遅くなった。

 

「まぁ、なんだ。結局影虎のやる気だしな」

 

 そんな宮本の言葉でこの話は終わり、陸上関係の話を聞きながら一緒に走って寮へ帰る。ついでに俺からもランニングや練習後のマッサージの効果などを話してみたけど、どうも宮本のトレーニングはほぼ完全なる根性論。そりゃ膝も壊すだろうな……一度西脇さんにも話しておこう。

 

 

 

 

 

 

 ~学生寮~

 

「何だこれ」

 

 

 共用のシャワーで汗を流して部屋に戻ると、部屋の前に俺宛の大きな荷物が置かれていた。両手でどうにか抱えられるくらいで、しかも重い……なんとか部屋に入れて開けてみると、中にはみっちり食料が詰まっている。どうやら両親からの仕送りみたいだ。

 

「米、食パン、缶詰、菓子。ありがたいけど多すぎるよ」

 

 他には両親と父さんの同僚でありバイク仲間のジョナサン(アメリカ人)から、近況報告と体に気をつけろとの手紙が三通。

 

「母さんは来年の転勤に向けて引越し準備、父さんは仕事の引継ぎで忙しそう。なのにバイクいじりは続けてるのか。ブレないなぁ……」

 

 父さんのバイク好きはもう病気だから仕方ない。そして同僚のジョナサンもかなりのバイク好きで、時間が合うと一緒に実家のガレージでバイクをいじる。二人そろうと夜中まで話し合ったり作業することもあるので、家に泊まったり一緒に食事をすることも頻繁にあった。

 

「まだ一ヶ月も経ってないのに、懐かしいなぁ……」

 

こうして俺は手紙を読みつつ思い出に浸る。

 

「さて、朝食に……!!」

 

 区切りをつけて立ち上がり、なにげなく見た部屋の置き時計を見て気づいた。

 

「朝食の時間もう終わって!? いや、急がないと遅刻する!」

 

 仕送りの食パンと缶詰のお世話になり、急いで着替えて学校へ向かう。予期せず慌しい朝になってしまった。

 

 

 

 

 

 ~放課後~

 

 いい加減にしてもらえないだろうか……

 

「入部はお断りさせていただきます」

「だから何で断るんだよ! 今ならエース待遇だぞ!?」

 

 今朝は始業ギリギリで順平と友近にからかわれたけど、ホームルームにも間に合い、ごく普通の半日授業を受けた。そしてさぁ帰ろう! と思ったところで、また陸上部の先輩が教室にやってきた。

 

 今朝も宮本に断ったけど、直接断りを入れていなかったので改めて断りを入れさせてもらった。しかし勧誘に着た部長さんが何度話しても納得してくれない。もう一人の先輩は納得してくれてるんだけど……もう何度このやり取り繰りを返しただろう?

 

 この人、悪質なクレーマーなみにしつこい。怒鳴り声を聞きつけて遠巻きに生徒が集まってるし、本当に迷惑……どうせ来るなら教師に来て欲しい。

 

「待遇の問題ではなく」

「じゃあ何が気に入らないんだ!」

 

 せめて最後まで聞けよ!

 

「何度もお答えした通り」

「部長、もうやめましょう! ホントに迷惑ですって!」

 

 部長さんの後ろでもがく宮本と捕まえる三人に感謝して部長の相手をしていたら、間を執り成そうとしていた先輩が部長の怒鳴り声よりも大きな声を出した。

 

「宍戸……わかったよ。……申し込み期間まではまだ時間がある。もう一度考えとけ」

 

 舌の根も乾かないうちからそれかよ。いったい何がわかったんだか……

 

「何度も誘っていただいてありがとうございます」

 

 教室を出て行く部長にそう言うと部長はチラッと俺の顔を見た後、平謝りするもう一人の先輩と一緒に立ち去り、緊張感に包まれた教室の空気が緩む。そして集まっていた野次馬が散り始め、騒ぎを見ていたらしい友近と順平が寄ってくる。

 

「おつかれー。影虎も大変だな。あの様子だと陸上部の部長、また来るんじゃね?」

「ともちーの言うとおり、諦めたようには見えなかったな」

「本当にな……何か考えないと」

 

 ある意味、戦うか逃げるで解決できるタルタロスより厄介だ。とりあえず今ある選択肢は“諦めて入部”か“徹底的に入部拒否”で、もちろん俺が選ぶのは入部拒否。あの勧誘で余計に入りたくなくなったし、これは確定。となると問題はどうやって諦めさせるか。

 

 荷物をまとめながら二人に相談してみると。

 

 

「普通あんだけ断られたら諦めると思うけどなぁ……」

「いやいや、それが諦めねーからこんな事になってんだろ。どっか適当な運動部に入ったらどうよ? 運動部二つの掛け持ちは出来なかったはずだし、あれだけ足速いならお前も何かやってんだろ?」

「俺がやってるパルクールは陸上競技とまったく違う物だよ。部活にもない」

「だったら、作っちまえばいいんじゃねーの?」

「作る? 部活を?」

「そうそう。同好会なら一人でも作れるって前に聞いた気がするからさ」

 

 部活を作る。そういえば山岸風花も一人で料理部だか何かを作って活動していたし、一人でも部の発足が可能なら今後何かと理由付けや隠れ蓑に便利かもしれない。例えば学校に残る場合とか……活動内容にパルクールのイメージトレーニングとして校外での活動を盛り込めば、タルタロスに持ち込む食料選びの時間もとれるかな?

 

 ずっと将棋部だったから校外活動は可能かどうか分からないけど……まぁ、無理でもサボればいいか。

 

「順平、その案いいかもしれない。どうすれば部を作れる?」

「えっ、まさか本気にした!? う~ん……オレッチも詳しくねーけど、部活関係は生徒会が色々やってたはずだし、生徒会室に行けばわかるんじゃね? そういや……お前、この前桐条先輩に何かあったら相談にこいって言われてたじゃん。この機会に行ってみたらどうよ?」

「ん……」

 

 生徒会……今後二年間の生活に関わる事だし、話を聞くくらいなら問題ないだろ。

 

「分かった、じゃあ早速行ってみるよ」

 

 部の発足について聞くことに決めた俺は、二人と別れて教室から生徒会室のある二階へ向かう。

 

 

 

 

 

 ~生徒会室前~

 

「ここか」

 

 ペルソナ使いとして、一生徒として、いろいろな意味で緊張しながら扉をノックする。

 

「……どうぞ」

 

 この声は

 

「失礼します」

 

 声に従って生徒会室の扉を開けると、長い机を四角く並べた会議室のような部屋の隅にただ一人、声の主がパイプ椅子に座ってこちらを見ていた。

 

「おや、君は確か……葉隠君」

「こんにちは。本当に覚えていてくださったんですね、桐条先輩」

「人の名前を覚えることには慣れているのでね。それに君の噂も何度か耳にした。ところで今日は何か相談か?」

「相談したい事があったのですが、他の方は?」

 

 桐条先輩の席の手元には数枚の書類があり、作業中だったことが分かる。だから他の人にと思ったけど、生徒会室には桐条先輩しか居ない。

 

「私は暇が出来たので少し作業を進めに来たが、生徒会の活動日は毎週月・水・金。土曜日は本来誰も来ないんだ」

「そうなんですか。でしたら日を改めた方が」

「気にすることはない。これは今やる必要のない仕事だ、話を聞こう」

 

 そう良いながら書類を片付けてしまう桐条先輩。忙しいだろうに、それに今日は活動日じゃないと言っていたのにこうしてきっちり対応しようとしてくれる。だから生徒も頼りにするのだろうか?

 

「今日は新しい部を発足するために必要な書類や手続きについて聞きたいんです。部活動は生徒会の管轄だと聞いて」

 

 書類をクリアケースにしまった桐条先輩に椅子を勧められたので、席について創部の話を切り出す。すると桐条先輩はこんな事を言ってきた。

 

「確かに部活動の申請は生徒会が受け付けているが、君は陸上部に入るのではないのか?」

「そのつもりはありませんが、どこでそんな話を?」

「先日今年の部活運営費の割り当てについて、各部から部長を集めて会議をしたんだ。月光館学園の部活動運営費は基本的に部員の人数から算出した規定額を基準とし、部の実績や実績を残す見込みを考慮して増減される。

 そこで各部の部長は会議で部の実績や見込みがあることをアピールするわけだが、陸上部の部長は50メートル走で6秒を切る新人、つまり君が入るから大会で優秀な結果を残せる見込みがある。だから遠征費のために部費を上げるようにと主張していた。……どうやら、事実ではないようだな」

 

 頭が痛い。勧誘がしつこいと思ったら、勝手に人を部費集めのだしに使ってたのかよ。

 頭にきたから今までの経緯も合わせて桐条先輩にぶちまける事にしよう。

 

「…………では陸上部の部長は君に無断で入部を見込み、そのつもりのない君に入部の強要を繰り返していたと」

「理由は知りませんが、何度断っても勧誘されたのは事実です。今日もさっきまで大声で勧誘されましたし、目撃者も大勢居るはずです」

「分かった、その件はこちらでも調査させてもらう。それから部の発足についてだが、こちらは陸上部の勧誘を断るだけが目的ならば、あまり薦められない。手続きは単純だが面倒だぞ」

 

 陸上部の件を抜いても部は発足させておきたい。

 

「具体的にはどのように? 人数が必要ですか?」

「部活動なら最低五名。同好会という形であれば一人でも構わないが、顧問をしてくれる先生を見つけることが難しいんだ」

 

 簡単な説明を受けてみると、必要な手順はまず書類に部長(俺)の名前と活動内容を書き、顧問を受け持ってくれる先生を見つけて承諾のサインを貰い生徒会に提出するだけ。最後に学校から簡単な書類審査と承認を得れば部活として活動できる。

 

 簡単に聞こえるが現在は手の空いている先生がいないらしく、負担を覚悟で顧問を掛け持ちしてくれる先生を見つけなければならない。名前と活動内容だけ記入して提出後に職員会議で決めてもらう事も出来るらしいけど、その場合たらい回しにされた末に顧問が見つからず却下となるケースが多い。

 

 こっちもこっちで大変そうだ。直談判して引き受けてくれそうな先生ね…………あ、一人居るかも……俺は携帯を取り出して、一応登録していた番号を確認する。

 

「一人心当たりが居るので、電話で聞いてからでもいいですか? すぐ済みますから」

「もちろんだとも。しかし、携帯の番号を交換するほど親しくなった先生が居るのか?」

「あれを親しくなったと言っていいのか分かりませんが……」

 

 俺は一度生徒会室を出て電話をかける。実際にかける事なんて無いと思ってたけど……

 

 数回のコールの後、先生が電話に出た。

 

「はい、江戸川です。どちらさまですか?」

「江戸川先生お疲れ様です。一年A組の葉隠影虎です。覚えてらっしゃいますか?」

「影虎君! 覚えていますとも! いやぁ、本当にかけてくれたんですねぇ……で、どうしました? また体調不良ですか?」

「いえ、今日は健康です」

「なんだ、そうですか……」

 

 健康と聞いて露骨にがっかりした声を出す先生に、説明を行う。

 

「なるほど、ちょっと怪我の危険のある部活の顧問ですか。別に構いませんよ」

「本当ですか!?」

「ええ、私は今は部活の顧問をやっていないので」

「先生は誰も手が開いていないと聞いたんですが?」

「養護教論が顧問をしても問題はありませんが、みなさんそれを知らないのか、職員会議でも部活の話は回ってこないんですよ。養護教論が顧問になるのは比較的珍しいのでしょうね……とにかく、話を受けてもいいですが……その代わり病気になったら?」

「…………先生に昨日の薬をいただきます」

 

 背に腹は代えられないし、日頃の生活とタルタロスの吸血で体調を維持すればなんとかなる。気がする。

 

「いいでしょう。では……どうしたらいいんですかね?」

「これから生徒会室で書類を貰って記入しますから、後ほどサインを頂きに保健室に行きます」

「それなら私が今から生徒会室に行きますよ。では後ほど……ヒッヒッヒ」

 

 切れた電話をポケットに入れ、生徒会室に戻る。

 

「桐条先輩、書類をお願いします」

「早かったな、先方には了承を得られたのか?」

「はい。お願いしたのは」

「私ですよ……ヒッヒッヒ」

「「なっ!?」」

 

 気づいたら、俺の背後に江戸川先生が立っていた。何を言ってるのか分からないと思うが……じゃない! いつの間に来た!? さっきまで居なかったよな!?

 

「は、早いですね、江戸川先生」

「たまたま、二階に居たので……」

「そうですか……」

 

 相変わらず不気味な先生だ……とりあえず手続きをしてしまおう。

 

「桐条先輩、書類をいただけますか?」

「あ、ああ」

 

 動揺を隠せていない桐条先輩が近くの棚から一枚の紙を取り出して、ペンと一緒に渡してくれた。江戸川先生は顧問の記入欄に必要事項を記入してすぐに生徒会室を出て行き、俺は音の消えた生徒会室で黙々と必要事項を記入する。

 

 部活動/同好会名称 ここはパルクール同好会。

 文化部/運動部 いずれかに丸で運動部、と……

 部長 一年A組 葉隠影虎

 部員 空欄

 部室 ……部室?

 

「桐条先輩、ここはどう記入すれば?」

「そこは家庭科室など、必要な設備があれば記入してくれ。希望する教室でもいい。希望が重なった場合は人数の多い部活動が教室使用の優先権を持つが、この学園は広いので設備が必要ない活動ならどこかの空き教室が提供されるだろう。活動場所も同様だ」

「わかりました」

 

 活動の目的はパルクールの練習場所の確保、場所は未定だけど走る、登る、飛ぶが出来る起伏に富んだ場所が望ましい。内容は体力づくりとしておこう。あとは校外でのイメージトレーニング。許可を取る必要と迷惑になる可能性があるので、校外で練習はしないことにして……活動内容が承認されるかどうかが怪しいけど……

 

「書けました」

「そうか。…………不備は無い。たしかに預かった」

「手続きをよろしくお願いします。それでは失礼します。お時間ありがとうございました」

「うむ……」

 

 それから俺はすみやかに生徒会室を後にしたが……部屋を出る直前に桐条先輩が「すまない」と呟いた気がした。あれは何だったんだろう……

 

 

 

 俺は知らなかった。

 学校のネット掲示板で“陸上部の強引な勧誘で精神的に追い詰められた生徒が新しい部を作る”と噂になる事を。

 そして“悪魔に魂を売ってしまった男子生徒”と呼ばれるようになるになる事を。

 来週の月曜日。話を聞いた陸上部の部長と副部長が、朝から土下座で謝りに来る事を。

 俺はこの時、まだ知らなかった……




月光館学園の部活について書いてみたけど、なんか変な感じになってしまった。
個人的に月光館学園の新部活創設はわりと簡単なイメージがあります。

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