人身御供はどう生きる?   作:うどん風スープパスタ

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99話 撮影開始

 6月29日(月)

 

 放課後

 

 ~生徒会室~

 

「葉隠君、心の準備はいいかい? 体調は?」

「どちらも万全に整えてあります」

「オッケー! 移動しよう」

 

 テレビ局の目高プロデューサーと校門へ向かう。

 

「いきなり撮影で悪いけど、まずは顔合わせだから気楽に頼むよ」

「承知しました」

 

 プロデューサーはいきなり撮影と言うが、本当に突然の始まりだ。

 顔を合わせて挨拶もそこそこに、まず校門前で撮影をすることになった。

 段取りも何もほぼ聞いていないがマイクをつけられ、これからの撮影で俺の補助とリポーターをしてくれる芸能人の方と顔を合わせる予定になっているとのこと。

 

 最初に顔を合わせる新鮮味や素の表情と言ったものを撮りたいらしく、まず何も知らない状態で挨拶するシーンだけ撮って、後の話はそれから一緒に聞くという流れになる。

 

 それだけ確認して校舎に向かうと、途中にはわざわざ理由をつけて居残っている生徒や目を光らせる生徒会役員、先生方の姿が見られる。

 

「やぁ葉隠君」

「ヒヒヒ、元気ですか?」

「! 理事長、お久しぶりです。江戸川先生も、何か御用ですか?」

「ただの挨拶だよ。今日は初日だからね。私たちも確認のために撮影の様子を見せてもらうよ。学園代表としてがんばってくれたまえ」

「理事長、それではむしろプレッシャーになるのでは?」

「おや、そうかい? ……まぁそのほうが後で、爽快(そうかい)な気分になるんじゃないかな? 開放感で……プハハハハハ!!」

「……影虎君、もう行っていいですよ。撮影スタッフの方々をお待たせしてはいけませんから」

「はい。失礼します」

 

 なにしに来たんだあの人……。

 

 

 

 

 

 

 

 ~校門~

 

「はい、ここで待っていてね」

 

 待機場所は正面入り口の近く、校門から入ってしばらく進んだあたりに目印のテープが貼ってあった。これが業界用語で言うところの“バミり”か。

 周辺把握ではもう少し校門の方向にもう一箇所バミりがある。

 

「リポーターが校門を通ってこちらを見つけたら、次のバミりまで近づく」

「そう! その後は質問に答えたりちょっと話したらオーケーだからお願いね」

 

 言い残して校門の外へ走り去るプロデューサー。

 しばらく待機か……

 

 現在の服装は一般的な月光館学園の男子制服に、ドッペルゲンガーのメガネ。

 特に乱れてもいないが、時間はあるので能力をフル活用して細部まで身だしなみを整える。

 

 そして見苦しくないようしっかり立って待つこと九分四十一秒。

 校門の外から、テレビでよく聴く音楽が聞こえてきた。

 

 これってもしかして……

 

 望遠で校門付近を観察すると、撮影スタッフを引き連れた二人組がやってきた。

 

「君って奴は~♪ ああ君って奴は~♪ いったい、どんな♪ ヘイ!」

「「どんな人なのぉ~♪」」

 

 人気お笑い芸人の“ピザカッター”だ。

 ギターとピアニカを演奏するコンビで、君って奴は~♪ のフレーズで去年ブレイク。

 最近はしょっちゅうテレビに出ているから俺でも知っているし、ネタも見たことがある。

 

「その僕たちが担当する高校生はどんな子なんでしょうか?」

「あっ! あそこに誰かいるよ!」

 

 こっちも行かなくては!

 

「はじめまして」

「「どーもー! ピザカッターでーす!」」

「葉隠影虎と申します。これからよろしくお願いします」

 

 ? 挨拶をしたら、二人が一瞬とまどったように目配せをした。

 

「どうかしましたか?」

「ちょーっと、聞いてた話とイメージがかみ合わなかったね」

「もっと不良っぽい子だと思ってたよ。“月光館学園の特攻隊長”だって聞いていたから」

「なっ!?」

「もしかして人違い?」

「いえ、確かに僕は特攻隊長と呼ばれていますが……」

 

 なんでよりによってそれが、テレビで放映されることになるんだ!?

 学校としてはいいのだろうか? 代表の生徒がこんな紹介されて。

 

「まあ見た目については僕らもあまり言えせんけどね」

「だなぁ。お前のそのガリガリの体、スポーツ番組のリポーターなのにスポーツがぜんぜん似合わない」

「ピザも人のこと言えないでしょその腹の肉! おまけに汗! 二分くらいしか歩いてないよね!?」

「人違いでないみたいだし、よろしく頼むよ。俺はピザ井口!」

「いやここで流すんかい! 僕がカッター井上!」

「「二人合わせてピザカッターでーす!」」

 

 手持ちの楽器を弾きだす二人。

 俺の周りをぐるっと回って、カメラに向かって両サイドに立つ。

 

「それでは、カメラに、もう一度~♪」

「君って奴が~♪ どんな奴か~♪」

「「名前と意気込み、教えてちょうだぁ~い♪」」

「は、葉隠影虎です! 誠心誠意、頑張ります!」

「……はいカットー! オーケーでーす!!」

 

 オーケー、なんだろうか?

 前途多難そうだ……

 

 

 

 

 

 

 ~移動中~

 

 ロケバスの中で説明を受け、ここでも撮影。

 

「さてこれから行くのは“辰巳スポーツ文化会館”という話ですが、葉隠君はこれまで行った事は?」

「確か部活の練習場所にも使ってるんだよね?」

「それが、実は初めてなんです。後輩とか部のメンバーは皆一度は行ったみたいなんですが、僕は今週まで部活を休んでいたので」

「それはまたどうして?」

 

 代表に選抜された経緯から一部を隠して説明。

 

「というわけで試合には勝ったけど額を割られちゃいまして」

「にこやかにすごい事言うな君……」

「大丈夫なの?」

「全然平気です。二週間、軽い運動だけで今日からのために体調を整えました」

「へー、ところで普段そういう移動をするときはどうやってるの? やっぱり電車とか?」

「どこに行くかにもよりますけど……基本は公共の交通機関で。後は顧問の江戸川先生が自分の車を出してくれたりしますね」

「顧問の先生が。先生とか仲間とか、みんな仲良くやってるの?」

「そうですね。よその事はあまり知りませんが、仲良くやっているほうだと思います。この前も後輩の誕生日をみんなでお祝いしましたし」

 

 俺の紹介用の映像素材として、たわいもない話を撮りながらバスは進む。

 

 

 

 

 ~辰巳スポーツ文化会館・練習場~

 

「「「おー!」」」

 

 リアクションは大きめに。

 

 アドバイスをいただいて声を出したけど、アドバイスがなくても叫んだかもしれない。

 

「広い!」

「すごいなこの設備!」

「まさかこれほどとは思ってませんでした……」

 

 パルクール同好会に与えられた練習場であり、今日から指導を受ける撮影場所。

 そう言われて案内されたのは広々とした陸上競技場だ。

 屋根付きでまわりを壁に囲まれてる以外は普通のトラックと変わらないように見える。

 正直、もっとこじんまりしたところを想像していた。

 

 部屋を一望できる位置に撮影機材が置かれているため、俺たちはトラックを背負って立つ。

 

「この辰巳スポーツ文化会館でコーチとの顔合わせなんだけど……」

「見当たりませんね」

「ここからさらに移動は……しなくていい」

 

 “これからここにきます”

 

 そう書かれたスケッチブックでADの男性から待機の指示がでた。

 スタッフさんたちの動きも慌ただしくなり、やがて俺たちが入ってきた扉が開く。

 

「誰か来たぞ!」

「おお!」

 

 小走りで駆け込む白いジャージの男性。

 頭髪は薄く、おそらく六十台くらいだろう。

 しかし……見おぼえが無い。有名人ではないのだろうか。

 

「はじめまして」

「はい、はじめまして」

 

 出会い頭に軽く挨拶をすると、また2人が楽器を弾いた。

 

「それでは、カメラに、向かって~♪」

「貴方が~♪ どんな人か~♪」

「「名前と競技を、教えてちょうだぁ~い♪」」

三国(みくに)智治(ともはる)。陸上競技のコーチをやっております」

 

 と言う事は、俺がやるのは陸上競技なんだな。

 

 

 撮影の邪魔にならぬよう、黙って話を聞くと、三国コーチもテレビ出演は初めて。

 しかし語られたこれまでの経歴には何人もの有名選手が名を連ねていた。

 俺のような一般人には無名でも、業界では引く手あまたの一流コーチらしい。

 そんな人に俺は何を教われるのかと気になったが。

 

「それじゃあ早速だけど準備運動して、一通り走って見せて」

「はい!」

 

 具体的にどの競技をやるかは俺の走り方を見てから、 一番向いていると判断した種目に決めるそうだ。

 

 気合を入れて、50メートルから指示の通りに走ってみせる。

 

 

 

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 

 

 

 

 陸上競技の経験は授業くらいだが、走ることなら長く続けている。

 最近はタルタロスでのトレーニングも積んでいるおかげか、あまり気負うことなく走れた。

 

「……」

 

 しかしコーチは最初、俺が一回走るごとに大きく頷くだけだったのに、次第に顎に手を当てて悩むような素振りを見せ始めている。

 

「ふぅ……いかがですか?」

「難しいね」

「ほう。それはどういった意味で?」

「葉隠君はだいぶ速かったとおもいますが……?」

「だからね、どれやらしてもたぶんそれなりの成績は出しますよこの子。スピード、スタミナ、よく鍛えられてる」

 

 だからこそどの種目にするかが選びづらい、と言われるのはちょっと嬉しい。

 

「……君は本当に陸上未経験者なのか?」

「学校の授業を除くとそうなります」

 

 番組からはオーケーが出ている。

 たしかに授業でやっただけで、俺陸上経験者だぜ! って言う人はいないしな。

 

 さらにコーチはしばらく考え、結論を出した。

 

「決めた、種目は“400メートル走”にしよう」

「はい!」

「練習メニューだが、基礎能力は申し分ない。しかし400メートルになると走り方に長距離の癖が出てきているから、短距離の走り方を確実にできるようにする技術面の指導が中心になるだろう」

 

 それから始まったのは理論の説明だった。

 

「いいか? まず400メートル走は“短距離走の中で”最も距離の長い種目なんだ。医学的には“人間がスプリントで走れる限界距離”とも言われている。この種目で勝つにはただ足が速いだけでなく、限界が近づいてもできるだけスピードを落とさない持久力が必要になる。

 見たところ、きみは瞬発力も持久力もかなりのものを持っている。だからそれを400メートルの中で、全て出し切ることを考えてほしい。何キロも走る長距離走やマラソンとは違って、 400メートル走は400メートルで終わる(・・・)んだ。その先のことを考える必要は無い」

 

 さらに、地面の状態による走り方の違いについても指導を受けた。

 

 陸上には競技場のようにゴムなどで覆われた“トラック”と、普通の道である“ロード”がある。これらは地面の硬度が違うため、同じ走り方でも違いが発生してしまう。

 

 例えばトラックはゴムなどで覆われているため弾力があり、走るとやや弾むような感触がある。対してロードはアスファルトなどで舗装されているため弾まず、足への衝撃が強く伝わる。

 

 トラックは弾力のある素材を使われているため、衝撃による選手の足の負担は軽減されるが、ロードの場合は自分の動きで衝撃を殺さなくてはならない。

 

 俺はロードでの練習が中心だったため、これまで完全にロードの走り方で走っていたらしい。走るために、ここでは無駄な動きが含まれていたことになる。コーチはこの無駄をなくし、さらなる効率化を図ることを今回の目標の一つとした。

 

 そして肝心の練習だが……

 まず今の自分の力を知るためにと、七から八割の力で400メートルを走ってジョギングを挟み、また400メートル。これを交互に十五回行う“インターバルトレーニング”。

 

 次に足の上げ方や地面の踏み方、腕の振り方といった細かいフォームの指導を受け、最後に全力で400メートルを三本走ると、今日の練習は終わりとなった。

 

「ふー……」

「お疲れ様」

「ヘイ! 初日の、練習、終わって~♪ 貴方の、感想、教えてちょうだ~い♪」

「感想……」

 

 教わった内容は全てアナライズで記憶してある。

 できる限り動きに反映させたつもりだけれど、まだ身についたとは言えない。

 それに全力での400メートルもまだ全力ではないらしい。

 アドバイスによるとまだ追い込む余地があるようだ。

 

 結論

 まだまだ練習不足。まだ初日だし、身についたとは到底言えない。

 教わった内容を完全にものにするため、今後も練習を続けていきたい。

 

 こう伝えたところで、今日の撮影は終了。

 

「なんとかなった……?」

 

 しかし、今日はまだ序の口。

 これからさらに本格的になっていくだろう。

 そう気を引き締めようとしたその時。

 

「……!」

 

 目高プロデューサーと目が合った。

 遠くで電話をしながらこちらを見ていたようで、彼はオーケーサインを高く掲げ、そのまま先生方を連れて練習場から出ていく。

 

 ……? 様子が変だったような……

 

「「お疲れ~」」

「あっ、お疲れ様です!」

 

 気を使って声をかけてくれたお二人と話しているうちに、プロデューサーの姿は消えていた。


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