人身御供はどう生きる?   作:うどん風スープパスタ

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113話 テレビ局での撮影(後編)

 ~控え室~

 

「お疲れ様です!」

「りせちゃんお疲れ様ー」

「お疲れさま」

『おつかれー……』

 

 久慈川さんが笑顔で俺たちを迎えてくれた。

 まだデビューしていないとはいえ、未来のトップアイドルの片鱗が見える。

 後ろに江戸川先生や他の先生方もいるが……

 うん。視覚的には中年のおっさんよりも、美少女に癒しを感じるのは当然だな。

 

「りせちゃん収録見ててくれた? うちらどうやった? 大丈夫やろか?」

「はい! 私、皆さん頑張ってる姿が分かりました」

「本当かよ……」

「僕たち、何を話したっけ?」

「……覚えとらん。……本番に入ってからが曖昧じゃ。あの緊張はまた違う……」

 

 椎名さん以外はグロッキー。どうやら三人は収録の緊張感に飲まれてしまったらしく、それぞれ先生に渡された飲み物をちびちび飲んでいる。

 

「あやや……本当にお疲れみたいやね」

「逆になんでお前ら平気なんだよ。特に葉隠! 俺らの三倍は喋ってたしめちゃくちゃ話が弾んでただろ」

「それ私も聞きたいです。カメラや大勢のお客さんの前で、どうしたらあんなに笑顔で話せるんですか?」

 

 富田は勢いで、久慈川さんは真剣に聞いてくる。

 

 

 そう言われても……

 

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 

 四日目と五日目。ここは二人の破天荒な姿でその前のシリアスさを吹き飛ばすような明るく笑える映像だった。

 

 しかし見終わった後の感想。司会者の第一声は

 

「葉隠君、よう頑張ったね」

 

 だった。

 

「ほんでお前らはなにやっとんねん!」

「いやぁ~」

「楽しかったわ」

「知るか! お前らフォローしに行ったのに、逆にフォローされとったやないか」

「あれは酷いぞー」

 

 ひな壇からもはやし立てる声が届く中、アシスタントのアナウンサーからの質問。

 

「葉隠君、実際どうでしたか?」

「最初はとまどいましたね。立ち位置がちょうど真ん中だったからか、両隣の話がちょくちょく噛み合ってないのが分かって。自分でもよく分からないまま間に入ってました」

 

 四日目を思い出しながら説明を加える。

 

「一番困った事はなんですか?」

「……四日目が始まってしばらく経ってからですね。突然! それまでもお二人の名前が書かれたカンペで“まとめて!!”って指示が出てたんですが……ADさんが何を思ったのか一回引っ込めて。次に出したとき。

 ……名前が“葉隠君”に変わってたんです」

 

 会場から驚きと笑いの入り混じった声が聞こえる。

 

「何しとんねんスタッフ!!」

「それでどうしました?」

「まず俺!? ってただただ驚きました。で、とりあえず指示を聞きながらやってはみて。そのまま四日目はよく分からないうちに終わった印象ですね……」

「でも僕たちもあの、撮影を丸くしようとしたんですよ!」

「丸く?」

「……たぶん、渋谷さんは“円滑に進むように”と言おうとしたんじゃ」

「そうそれ! それが言いたかった」

「丸く、○、円、円滑に……分かるかぁっ! 君よう分かったな!?」

「そうなのよ。この子なんでか渋谷きゅんの謎発言を理解できるのよ。だからね? すっごく楽だったの」

 

 アナライズによって状況と相手の聞きたい内容を確認し、アドバイスを活用して情報の取捨選択に返答内容のまとめ。こうして考えられる中では最善と思われる回答を続けた。

 

 特攻隊長でバイクの話が出たのなら実家の宣伝を挟み、突っ込まれて笑いを取り。

 お笑いの“天丼”というやつで“はがくれ”や後輩の店を紹介したり。

 

 他にも部員との交流でものまねを教えてくれた話が出た時は

 

「へぇ……練習とかしてんの?」

「少しですが、できそうなのを探していますね」

「じゃあせっかくや、何かやってみようか」

「えっ!?」

 

 練習の中から完成度が高く、それでいて誰もが知っているであろう物を選択。

 

「えー……それでは、“ジュネス”のCM。『ジュネスは毎日がお客様感謝デー! 見て! 聞いて! 触れてください! エブリディ♪ ヤングライフ♪ ジュ・ネ・ス♪』……ありがとうございました」

「仕上がってるやん!」

 

 突然の無茶ぶりにもなんとか対応した。

 どうしても判断がつかない、難しい場合は無理をせずプロに頼って事なきを得る。

 

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 緊張していなかったわけではない。むしろ全力で予防線を張っていた。

 けれど、地下闘技場ほど理不尽な罵声やアウェー感はない。

 ペルソナのおかげで話す内容は全部、脳内で一度推敲してから発言できたし……

 振り返ってみると結果は上々だったと思う。

 少なくとも大きな問題があったようには見えなかった。

 読書のおかげで知らずに伝達力が上がっていたのかも?

 

 しかしこれをどう二人に伝えるかを考えていると、椎名さんがこう言った。

 

「ん~、楽しかったからやね!」

「え?」

「どういうことだ?」

「だって目の前に普段テレビの中にしかおらへん人がいたり、自分がテレビに映るんよ? めったにないやん。ちょっと恥ずかしい気もするけど、おんなじくらい楽しくない?」

「それは……」

 

 まぶしい笑顔が本心からの言葉だと物語っている……

 これは完全に彼女の性格の問題だと感じられた。

 俺と同じことを考えたらしい久慈川さんの表情は曇り、俺を見た。

 

「……そうだな……あまり偉そうには言えないが、やっぱり事前の準備だと思う。台本があれば台本の内容をしっかり把握する。説明はしっかり聴いて、分からないことや曖昧なことはちゃんと質問して、答えを得ておく。何を話すか、どう話すか……そういう内容が定まっていれば、気持ちも楽になるよ。

 それに俺たちが素人や新人だってことは、相手だって把握してる。求められる最低ラインはあるだろうけど、それは無理のない内容のはずだ」

 

 テレビ局だって、番組が失敗すればそれまでにかけた時間やお金を損するんだ。

 

「仮に無茶なことを言う人が居たとして、久慈川さんは芸能プロダクションに所属しているだろう?」

「はい……」

「だったら久慈川さんは“一人じゃない”。俺たちと違って、ちゃんと君の実力を知って、専門知識と経験を持った人間が近くに居る。仕事はそんな人たちが選ぶだろう。無理な仕事は最初から弾いてくれるさ。

 ……まぁ、逆にやりたい仕事でも許してもらえないこともあるだろうけど」

 

 暗い雰囲気にいたたまれず、茶化すように言うと

 

「……そっか、そうですよね!」

 

 少し驚いたように目を見開いてから、クスリと笑ってくれた。

 なんとか励ますことができたようだ!

 

「ありがとうございます、葉隠先輩。ちょっと元気出ました! てか、せっかくの休憩時間なのにごめんなさい。まだ撮影あるのに」

「大丈夫だよ」

「影虎君は見た目よりもタフですからね。ヒヒッ、遠慮はいらないでしょう」

「江戸川先生」

「はい、影虎君の分です。話しかけるタイミングを失ってしまい、ぬるいお茶が余計にぬるくなっていますが。よければどうぞ」

「ありがとうございます。って、本当にぬるい」

 

 冷たくも暖かくもない、微妙な温度だ……

 

「そうだ、マジックありませんか?」

「それなら私が持ってますよ。はい! あと紙は……」

「あ、紙はいらない。ペンだけありがとう」

「ペンだけ? それで何するんですか?」

「あー、息抜きに手品をちょっと」

「手品? まさかそれでマジック、とか?」

「いやいや」

 

 理事長みたいなことを……

 前に木村さんもダジャレを言ってた気もするし、女子の間で流行ってるの?

 ……まぁいいや。ペットボトルに“イス()”のルーンを書き込む。

 

 オーナーに師事してルーン魔術を学び、俺も彼女と同じく石にルーンを刻んでいた。

 しかし記述式の実験で分かったが、紙にペンで書いたルーンでも魔術は発動できる。

 オーナーは石に刻む方がやりやすいらしいが、俺はどちらでも特に違いは感じない。

 だからこうして借りたペンでペットボトルに書き込んでも、ルーン魔術は使える。

 今度からメモとペンを持ち歩こう。小さいやつ。

 

「こうしてちょいと……まだぬるいお茶なのを確認して」

 

 カモフラージュに手品っぽい演出をしておく。

 

「えっと……はい、ぬるいお茶です」

「よし、じゃあ俺は何もないこの手で、お茶のボトルを包み込む様に持つ。そしてー魔法の呪文を唱えるとお茶に変化が現れます。三、二、一……南無阿弥陀仏」

「それちょっと違くない!?」

 

 べつに呪文とかいらないので適当でいい。

 必要なのは、ほんのちょっとの魔力。

 手の内側で程よい冷たさを感じられれば、ストップ。

 

「ほい」

「ひゃっ!? ウソ!?」

「冷たいお茶のできあがりー」

 

 頬に押しあてられたペットボトルの冷たさに驚く久慈川さん。

 

「影虎君、ついでにこれを温めてもらえませんか?」

「了解です」

 

 江戸川先生には俺が何をやったか、そして何ができるか分かったんだろう。

 差し出された弁当のフタに程よく温めると書き込む。

 火のルーンでは火事になるかもしれないので用心のため。

 記述式でもこのくらいなら問題ないだろう。

 

「はいどうぞ」

「いやぁ助かります。あんかけ料理はやはり温かいものにかぎりますね……ヒヒヒ」

「温めも自由なの!? すごい! どうやってるんですか?」

「手品のネタバラシはなし」

「え~、じゃもう一回! もう一回やってください! 私のお茶で」

「いいけど。冷たいの? 暖かいの?」

「冷たいので。ネタを見切れば、使えるかも……」

 

 ネタを見つけるのは無理だと思う。

 

「アブラマシマシニンニクカラメー」

「呪文がさっきと違う……しかも超こってりしそう。でもちゃんと冷たくなってるし……もう一回……」

「だったら俺ので」

「僕のも」

「うちも冷たいのがええな~」

「どうやっとるのか知らんが、頼む」

 

 冷たいものを欲したやつらが集まってきたので、余裕のある範囲で応える。

 その間、久慈川さんはじっくりと俺の手元を観察し、結局タネは見破れなかった。

 

 真剣に見て結果に一喜一憂する姿が面白く、おまけにコインマジックを披露したりもした。自分が押さえつけていたはずのコイン(ドッペルゲンガー)が、いつの間にか消えていた時のリアクションは特に見物だった。

 

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 

 夜

 

 ~○○テレビ前~

 

 別撮りのパフォーマンス収録まできっちりと終わり、撮影終了。

 俺たちは解散となった。

 久慈川さんは事務所の人と待ち合わせがあると言って、先に別れてしまったが……

 

「はぁー! 終わったー!」

「たった一日が長いような短いような」

「不思議な気分じゃ」

「でも先輩たちがいてくれて、楽しかった! ありがとね!」

「機会があればまた会おう」

「せやね。番号も交換したことやし、何かあったら連絡してな」

 

 こうして今日一日の収録を共にした方々と別れた。

 手を振りながら各々の帰路につく。

 

「いい子たちでしたねぇ」

「この仕事、引き受けてよかったかもしれませんね」

 

 思わぬ収穫もあった。後で和田か新井に連絡してみよう。

 

「そう思えるなら何よりです。さて、お土産でも買って帰りましょう」

「明日も学校ですからね」

 

 車に乗り込んだ俺たちは、誰に何を買うか、何が喜ばれるかを相談しながらテレビ局を後にした。




影虎は手品っぽい事ができるようになった!
影虎はテレビ局での収録を終えた!
これでテレビ出演の全日程が終了した!
何か得たものがあるようだ!

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